B.B

illustration:町田メロメ

架空畳 第17回公演

「かけみちるカデンツァ‐BLIZZARD BEAT MIX‐


作・演出 小野寺邦彦

8月25(土)、26(日)

吉祥寺シアター

うみのくるしみ



例えばそれは、『蛍の光』が流れる閉店間際の本屋の一画だった。

『一人で始める園芸入門』『一人で出来る映画監督』『一人で学ぶマナーの世界』。
一人で始める。一人で出来る。その言葉の前で私は身動きが取れなかった。
佇む私の背中で『蛍の光』のボリュームが一段階上がった。
アルバイトだろうか。背の高い痩せた男性店員が、
メタルフレームのめがねのつるを僅かに震わせながら、そっと私の肩を叩いて言った。

「申し訳ございませんが、閉店のお時間です」
不意を突かれた私は、つい反射的に答えたのだ。
「私のことでしょうか?」
すると彼は1秒ほど間をあけてから、ゆっくりと言った。
「あなたのことです」
「あなたの、ことなんですよ」

あなたのことなんですよ-。
その声はいつまでも、私の中で消えることはなかった。

期待いたします

川村 毅


小野寺邦彦氏は礼儀正しい人である。だから私はこの小文を寄せる。
小野寺邦彦氏とは、去年の二月、劇作家協会主催の月いちリーディングで初めて会った。その回のリーディングは協会新人戯曲賞で最終候補まで挙がらなかった戯曲を取り上げるという主旨で、小野寺氏の『かけみちるカデンツァ』が選ばれていた。
新人賞の審査員として正直に申し上げると、新人賞最終候補作とは「そこそこ」か「まあまあ」が多く、「圧倒的」であるものは滅多にない。そこで私なんぞは挙がってこなかった作品に思いを馳せる。そこにはとんでもなく「ろくでもない」ものがあったのではないか、と。
ここでいう「ろくでもない」とは、のびしろという名の可能性とコインの裏表の関係にあるねじれた賛辞であり、ある意味、「そこそこ」や「まあまあ」より先があるとも言える。 去年の時点での『かけみちるカデンツァ』はそういう「ろくでもない」戯曲であった。今回はそれの改作であるという。期待いたします。
それにしても『かけみちるカデンツァ』、どこか往年のシュールレアリスムの詩篇の一節を思わせるいいタイトルだ。
(劇作家・演出家)

T Factory(ティーファクトリー) 川村毅新作戯曲プロデュースカンパニー

出演

江花明里/佐藤美樹/佐々木千枝子/大迫綾乃/本田真唯/椎葉菜々恵/田中あやせ/佐藤桃子/久世理瀬/平川千晶/清水茜
岩松毅

スタッフ

照明:板倉葵/音響:山口諒/舞台監督:にしわきまさと/衣装:小川優太/デザイン:orange21/写真:松村事務所/イラスト:町田メロメ/制作:永井友梨

ご挨拶

深夜に電話がかかってくることがなくなりました。

35歳という年齢のせいかもしれない。もう、真夜中に「なにか」が起きるような歳ではないんだとも思います。 或いはSNSの浸透によるものでしょうか。誰に聞かせるでもない、けれど自分の外に出さなければ納まらない想いは「つぶやき」という名目でネットの大海に放り込まれ、一瞬でタイムラインの藻屑に消えてゆくのかもしれません。 それでいいと思います。 それがいいとも思います。

物語は「つぶやき」に勝つことはないのだと思います。 かつて、本棚に収まっていたどんな小説よりも、 深夜にかかってくる取り止めのない会話の内容は刺激的でした。 その内容がまるで刺激的でないことが、刺激的だったのです。 その会話で重要なものはタイミングだけでした。 相槌のタイミング、話題を変えるタイミング、 そして最も重要だったのは電話を切るタイミング……。

その電話はある晩、かかってきました。 私は生涯で三本目の戯曲を書いていました。 読み合わせを翌日に控え、まだ1ページも埋まっていないパソコンの画面の前で、 私はただ時間を食いつぶしていました。 電話に出た瞬間、よくない話であることが分かりました。 それは私だけに備わった特殊な能力などではなく、 携帯電話にしがみつくように生活していた、 2000年代初頭に20代を過ごした者には標準的な技能だったのです。

正直に告白すれば、私はその電話の中から、芝居の「ネタ」を拾おうと思ったのです。 書きたい欲望だけがあり、書く方法を持たない(それは今も変わらないのですが) 正しく愚かな私にとって、身近な他人のトラブルは光明に思えたのです。 けれど、すぐに電話をとったことを後悔しました。 それは私の手に負えるトラブルではなかった。 手に負えるトラブルの解決を深夜に電話で求める者はいません。 深夜、電話を受けた者に出来ることは、どうにもならないことを、 どうにもならないまま共有する、それだけなのです。

それは嘘話を一つ、どうにか捻り出そうとしているその晩の私にはへヴィな状況でした。 その話を聞いている間中、私が考えていたのは、 いつ電話を切るか、そのタイミングのことだけでした。 うまく電話を切ることができたのかどうか、それは覚えていません。 ただ、会話の間中、いつ電話を切ろうか、 そのことだけを考えていたことを、ずっと覚えているのです。 それと、結局戯曲は1ページも書けなかったことも。

今、私は戯曲を書いています。 Twitterのタイムラインを横目に、 Facebookのメッセンジャーの通知をオンにして。 もう、真夜中に電話が鳴ることはないでしょう。 さよなら!ミッドナイトコールの住人たち。 心を込めて、サヨナラ……。

この「ご挨拶文」を、スタッフたちは「ポエム」と呼びます。 「そろそろポエムお願いしまーす」みたいな調子で。 真夜中に書く、正気とは思えない恥ずかしい自分語り。 その薄ら笑いを込めたニュアンスを、勿論私は理解しています。 理解した上で踊っているのです。 そのことを証明するのは簡単です。 この文章を書いているのは、土曜日の真昼間なんですよ! 恐ろしいでしょう、正気ではないでしょう。 けれどご安心下さい。 スノッブに冷笑的に、ひたすら醒めてゆく時代の中でこの通り、 私はまだまだ恥ずかしい人間です。 劇場は、まだ、少し、そういう場所であってほしいと思います。 つながるはずのない電話を待つように、あなたを、待っています。

架空畳
小野寺邦彦

タイムスケジュール


  • 8/25(土)→20:00

  • 26(日)→13:30、17:00
  • チケット


  • 当日精算(一般)/全席指定:3,800円

  • 事前精算(クレジットカードのみ)/全席指定:3,600円

  • 当日/全席指定:3,800円
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