LABO

極私的・現代演劇アーカイヴ
▼岸田戯曲賞選評補完

update 2019.01.15

岸田戯曲賞を主催する白水社のウェブサイトには、各年の候補作と受賞作およびその選評が掲載されていますが、第43回(1999年)以前の選評は未掲載です。
当ページでは、未掲載選評の一部を原典より転載いたします。一部とするのは、法律に定められた引用の範囲内に留めるためです。

〈引用のルール〉
・原則として、受賞作品に言及した評言のみを掲載(該当作なしの場合を除く)
・引用の分量は全体で、原典の三分の一以下。
・引用部は「」で括り、文言の省略をする際には~を使用して示す。
・出典を明記する。

第01回(1955年) ~ 第10回(1964年) /  第11回(1965年) ~ 第20回(1976年)
第21回(1977年) ~ 第30回(1986年) /  第31回(1987年) ~ 第42回(1998年)

第11回(1965年)
該当作なし

選考委員
     評言     
茨木憲
2-2
小山祐士
2-2
菅原卓
2-2
関口次郎
2-2
田中千禾夫
2-2
久板栄二郎
2-2
矢代静一
2-2
『新劇』昭和40年/1965年9月号選評掲載





第12回(1966年)
『関東平野』
川俣晃自

『砂と城』
広田雅之

選考委員
     評言     
茨木憲
2-2
小山祐士
2-2
菅原卓
2-2
関口次郎
2-2
矢代静一
2-2
『新劇』昭和41年/1966年9月号選評掲載





第13回(1968年)
『マッチ売りの少女』
『赤い鳥の居る風景』
別役 実

選考委員
     評言     
福田善之
「ぼくは『マッチ売り』の場合ですよ、「別役世界がこれから始まるぞ」という楽しみがあって客席にいたけれども、いま八木 さんから剥製という非常にすてきな指摘が出たが、みているお前も「剥製ではないか」というふうに自分もされて行く。 インボルブされるんだよ。それが別役君の戯曲でぼくは初めて味あうことなんですよ。」
「~別役君というのは全く関係のドラマですよ。これは最初から。これは『象』に一番明らかに出ているわけですよ。 その関係のドラマというのは非常に、つまり多幕物にしにくいのですよ。どこかボカッとわかりやすい 対立を持って行かないとしにくいわけです。 ところが、にもかかわらず彼は『赤い鳥』で多幕物というのをどういう形で、おそらく劇団に強制されたかもしれないけれども 選んでなんかとやって来たわけですよ。だから、この『赤い鳥』というのは成功作だとは思わないのだけれども、 続けてほしい。」
宮本研
「『象』というのは彼が持っている新しい文体と新しい方法がある。それが、技術的な面でも大変リファインされて 、『マッチ売りの少女』という非常にきれいな、絶品みたいな感じで出来上がっている。 逆に言えば、その絶品みたいな形で出来上がっていることに一つの危惧みたいなもの、ある物足りなさを 大変感じざるを得ない。」
「『赤い鳥の居る風景』の場合は、たとえば大きな一幕というかな、そういう形でいくのであったらぼくは 大変面白いと思うわけよ。それをたとえば、台本では二幕六場となっており、その形で読むと、どうかなあということはある。」
「中身の問題で言えば、書けば書くほど磨きがかかっていく文体だよ。それがかなり出て来ている。けれども、スタイルが そういう形で定着して行くということは、ある意味では、作家に取っては困って来るわけでしょう。~だから、もっと彼が持っている 文体みたいなものを、テーマならテーマとの関係で壊して行くような仕事をもっと望みたいという気持が大変強いのだよね」
八木柊一郎
「もちろん作品としての完成度としてどっちを取るかと言えば、『マッチ売り』になるけれども、しかし 『赤い鳥』の構成を見ると、いくつかの場にはっきり分かれているけれども、それぞれに視点の違いがあるわけよ。 そういう視点の移り変わり、そういう構成をどれだけ知的にやったか知らないけれども、 その作り方はやはりまだ未完成だけれども、それはそれなりにもっと完成させる新しいドラマツルギーということも言える。 つまり、別役君のセリフ一つ一つが変な言い方だけれども、動物の剥製みたいなものだと思うのですよ。 生ではなくて、剥製の安定感というものは持っている。それはそれなりにチャンと自分の資質というか、 自分のスタイルというものを客観化して作っている。 その自分を客観化しているということを非常に高く買うのだな。」
矢代静一
「『赤い鳥』は三分の一ぐらいまでは非常に面白く読んだのだけれども、なにか途中から息切れして来るみたいな感じでね。 別役君という人の精神内部の心象風景みたいなものはすごくわかるのだけれども、 それを支え切るだけの思想性というか、観念性というか、そういうものがまだ弱いという感じがしたわけですよ。 ところが『マッチ売りの少女』の場合には、そういう心象風景だけでグッと押せるから、ある種の感動を与えるのだけれども、 長いものになるとやはりいろいろアラが出て来ちゃう。」
山崎正和
欠席
『新劇』昭和43年/1968年3月号選評掲載(座談会方式)





第14回(1969年)
「幼児たちの後の祭り」

に至るまでの諸作品の成果
秋浜悟史

選考委員
     評言     
福田善之
「どうもその「仲間内の理解」というのが気になるのだ。つまり、仲間内でない理解がどこにあるだろうかというふうにわざと問題を出してもいいとぼくは思うのだけれども。」
「秋浜君は、いまとても難しいところに来てると思うな。」
宮本研
「~この作品の中で、「後向きになって前へ進む」ことが可能かということがあったよね。いつも彼は後向きだ。生まれて来た胎内と胎児との関係、母親と胎児の関係で言えば、いつもおふくろさんのほうを向いて、後向きで進んでいっている感じじゃない。ということがこの作品にもあると思うのだよ。だけども、出来上がったものは、結果的には内側へ内側へと世界が回っていく、外側に開いてく切れ目みたいなものが一つも出て来ていない、この作品の限りではね。」
八木柊一郎
「~秋浜悟史というのは自分の言葉を確かに持っている。自分の言葉と形式とをね。秋浜氏の言葉と形式というのは一種のストイシズムなんだな。その点でこの作品を推奨するわけだけれども、そのストイシズムというのはどこから来るかというと、ズバリと言いたいこと、内容は自分の中にいっぱいあるわけだが、それをズバリと言っちゃうと、そこにしらけたものを感じて自分の言葉ではないと感じるところからくるわけだ。」
「~秋浜氏もやはり生れ出た子供というものも自分の子供なんだというところに立ってその子供を育てなければ、やはり普遍性にいかないのではないか。」
矢代静一
「挫折感に対する非常に甘美なる苦悩みたいなものが出て来る。だけどそれは別にして、とにかく自分の言葉を持っているよ。非常に抒情的だけど、抒情的な裏には非常に自虐的な意味でのユーモラスなものがあるからね。ぼくは、七本の作品の中では一番自分の言葉を持っているということは認める。ただ、筆が滑って語呂合せみたいなもので「いい気なもんだなあ」というのはありますけどね。」
「つまり……自然に、ズバリと言えないからズバリと書けないというのではないんだな。ズバリと言っちゃ間違っているということが、ぼくは劇作家の態度だと思うのだけれども――」
山崎正和
「つまり、基本的にこの作家というものは、ドラマであることにテレているんですね。そのテレ方がこの作品に至ってはテレ方自体が一つのパターンになっている、テレの危険性みたいなものを感じない。もうひとつ、この人がテーマの上で何に照れているのかわからない。田中千禾夫や矢代静一が照れるのは、恐ろしく大きなものをかかえているからだが、この人の場合は、劇そのものに照れているだけのような気がする。それを面白がるのは同業者だけだ。」
『新劇』昭和44年/1969年3月号選評掲載(座談会方式)





第15回(1970年)
『少女仮面』
唐 十郎

選考委員
     評言     
福田善之
「甘粕大尉が「少女たちが来た」というあたりのせりふは美しいし、一番好きなところなんですけれども、少女たちが来て、出す。春日野はわかりすぎるほどわかる反応を呈するんだが、そこで貝という少女が書けていないということね、そこのラストで。この書き方ではそこを書くことによって、もうひとつからいところへ彼には行ってほしかったし、おそらくこれが彼の重要な問題になってくるんだろうな。」
「~彼が、一つの役は自分が必ず受け持ち、自分が演出するという形で、それから劇場も自分の劇場という、自分が用いあるいは作り替えることが出来る劇場という形で出していた舞台表現、芝居の表現というものを、彼は今度の場合は突き放してというか、他の知らない俳優たち、知らない舞台において書くという意識がもちろんあっただろう。そこでは唐の持っているものが、ある面でかえって典型的に出て来たということをぼくはわかるわけです。だけども、そうなったからわかり易いということは言えると同時に、ぼくはやはり唐の仕事というものをその総体として評価したいということを思うわけです。」
宮本研
「今度はすごくあの芝居はわかっちゃったね。これまで見た数少ない状況劇場の芝居で言うならば、ほとんどわからないわけだよね。」
「今度はやっぱり耳の中に確実にはいってくる。弾みたいな形で。そういう形で、つまり、言葉というか、戯曲としてのある姿、性質を持った作品なのではないかというふうにぼくは見ていた。それを彼の演劇論ではないかと見た場合に、そうも見れる構造を一つ持っているということ、そこらへんが、わかり易いと同時に、それまでにみられた、なにかもやもやとした何かみたいなものがかわりになくなっている。」
「~彼の作品の中にある何かというのが外在化されている、はっきり外に出されているという問題も一つ感じちゃったね。」
八木柊一郎
「むしろぼくは唐十郎のなかの感性なり悟性なりが自爆をしつづけて来たということがまずあって、その連続的でラジカルな自爆作業ゆえに作品が一種の観念劇として見られるかたちになったというふうにみたい。それから、これは俗な言い方だけれども、唐十郎というのはここで初めて自己をそのまま言ったというか、解放したというか、そういう面があると思うな。肉体を求めるという、その肉体というのを一つの現実というふうに言い換えちゃうとまたミもフタもないようなものだけれども、つまり肉体という文字どおりの意味のものももちろんあるけれども、そうじゃない面というのがかなりはっきりして来たと思うのだな。」
「それと、いろいろな分析や批判を超えて、ずば抜けて才能ある作家というふうに言ってもいいし、今年の作品としてもやはり抜きん出ているというのが『少女仮面』に対する結論だな。」
矢代静一
「ぼくはね、『少女仮面』というのはね、なにかやけっぱちの抒情というか、絶望的な楽天主義みたいなものが同居しているような気がしたね。とにかく、滑稽だよ、読んで。吹き出したよ、ぼくは。」
「ぼくはね、肉体がなくなっちゃったという発想が愉快だったね。魂がなくなっちゃったというようにしないところがね。可愛げがあってよかったと思うね。」
山崎正和
「これは私は大変な観念劇だと思います。観念劇というのはいい意味で言っているのです。しかしながら、観念劇というものはその中で観念が自爆してくれないと困るし、あるいは、別種のセットになってくれないと、昇華してくれないと困るんだけれども、どうも初めにでてきたセットを一、二、三と裏返し、裏返して、「どうですか、おわかりになったでしょう」という話なんだな。」
「~最初の思いつきはアイデアとしてお見事です。二度目から展開しないんだな。そういうひ弱さみたいなものがこの作品にもあって、ひょっとすると作者は、カッコをつけているつもりでほんとうにその感情の中にいるのではないかという猜疑心を起こさせる。」
「~非常に立派なダイナマイトを仕かけた。仕かけたダイナマイトよりも破裂した効果が小さいんだよ。それは戯曲として非常に残念だね。」
『新劇』昭和45年/1970年3月号選評掲載(座談会方式)





第16回(1971年)
『鼠小僧次郎吉』
佐藤 信

選考委員
     評言     
福田善之
「佐藤の場合は演出家であることも含めて、《あさぼらけの王》をエレクトした男根の形でパッと現す。それがごろんと 転がるとその底に「子の刻参上」とある。それは非常に多義的な-これは比喩ではないのだな。 戦後史をたとえ話で語っているのではない。 ついた部分はあるよ。しかしAのたとえがBなのではなく、逆にBのたとえがAなのでもなく、それがCも生み出すような、 それを透してみるというかな、そういうようなつまり操作をもっている芝居というものが、 つまり今年ほかのどこにあるかというと、あまりないというふうにぼくは思うわけだよ。」
宮本研
「~ある自分の思いのたけみたいなもの、テーマという形で言ってもいい、それを言っているとするならば、佐藤信は 『鼠小僧次郎吉』のなかでは言っていないというふうに思う。テーマはもっと先にあるというふうにおれは思うわけだ。」
「『鼠小僧次郎吉』にはおれの視野のなかにはいってくるものがある。視野にはいってくる部分でいうならば、 つまり、なんというか、ひじょうにわかりにくいような形だけれども、 ひじょうにわかりやすいということではなく、ひじょうにぼくに近い感じで、 「ぼくにはわかっちゃう」という部分がこの作品のなかにあるわけだ。」
八木柊一郎
「~時代に捉えられない青春の論理、それから、時代に捉えられてしまう庶民の論理、これはこれでわかる。 個性的なものから出てくる叙情というもの、これはこれでやっぱりわかると思う。 それから、個々の人間が理性的に考えた一つの無機的な社会認識、あるいはまた、社会を変革しようとする図式というか、 そういうようなもの、それは論理で捉えられる。しかし、その四つのものの交差点となるとわからなくなるというか 論理では捉えられなくなるということがある。」
「あんまり世代論というものは導入したくないのだけれども、彼のもっている社会認識というものは、 かなりそれに沿って考えないとわからない面がある、ひと言で言ってしまえば、かなり徹底的な喪失の感覚というか 、つまり反体制といっても、その体制というのは何かということははっきりしない。それで、たとえば、作品のなかで、 「こういうものが体制である」と言ってしまった場合、彼の普遍的な叙情の論理なり青春の論理なりが 反逆して、それが嘘だということになる。」
矢代静一
「ぼくは《あさぼらけの王》というのが出てきて、二度読んだがわからない。 あれは天皇陛下なんですか。」
「いや、ぼくはなぜそういうことを言うかというと、それがもっともっと、もっと巨大なもの-なにも《神》と言っているのじゃないよ-もっとなにか 測り知れないもの、実存でもなんでもいいのだけれども、そういうようなものの場合に《あさぼらけの王》というのなら わかるのだけれども、なんか、天皇でなにも《あさぼらけの王》と言うことはないし~」
「ぼくは『鼠小僧次郎吉』をひじょうに好意的に読んだんだよ。読んでいると、たとえばエヴァジオンというのがあるでしょう、 日本語にすると現実逃避、そうすると、この作家は、対社会的にも対人生にたいしてもなんかエヴァジオンで、その エヴァジオンのおもしろさで貫いているのかというふうに好意的にはとったね。」
山崎正和
「《あさぼらけの王》というのが一つの例として出て、それがたとえば天皇を思わせたり、たとえば男根を思わせたり するとかおっしゃるが、私にはぜんぜんどちらも思わせない。」
「つまり時代認識として、これを書いたらひじょうに一義的な結論が出てしまうので、やめてしまったという印象がある。 つまりそれを書いて向こうに突き抜けた人ではなくて、出そうなところを押えて、その結果、いわゆる個人の叙情、 個性の叙情というものとの火花の散り方もヴォルテージが低いのじゃないか」
『新劇』昭和46年/1971年3月号選評掲載(座談会方式)





第17回(1972年)
『道元の冒険』
井上ひさし

選考委員
     評言     
宮本研
「なんというか、テーマと方法とがジャスト・ミートしていない。だから、道元を書くのだったら道元そのものに関心をもっているのだったら、違った芝居にしようがあったのじゃないか。」
「だけど、異常というのはわかるね。あの枚数というのは信じられないような長さじゃない。これを読むのにぼくは二日かかったからね。」
「そんなに書いて、読むやつも見る人もどこかに行ってしまうかもしれないけど、とにかくかれは書かざるをえないわけだ。」
八木柊一郎
「~井上ひさしがもっている諷刺というか、諷刺ということについての作者の考え方がね、楽天的すぎやしないか、諷刺という形をかなり古風な意味合いで信じすぎちゃっているのではないかという気がする。つまり、そこに安住しているんで、言葉の遊びが実に楽々とできる。それ自体は特異な才能であるし、ひじょうにかなわないと思うところがあるわけだけれども、その遊び方、ズッコケ方の姿勢というものを自分で信じちゃっているというところがひじょうに大きな不満だね。」
矢代静一
「自分のモティーフかテーマか知らないけれども、そういうものと自分のテクニック、ドラマトゥルギーとの分裂が出ているから、ぼくは前の作品『表裏源内蛙合戦』、あっちのほうがなんかうまく溶け合っているような感じがしたね。」
「ついでにぼくはうがちすぎなことを言うと、これに道元と日蓮と親鸞が出て来るでしょう、それで、「お互いに三人とも比叡山を否定するためにやった三人じゃないか」というところがあるでしょう。ぼくはあれはやはりヴァチカンだと思うのだよ。」
「だから、隔靴掻痒なんだよ。自分がわかっているんだよ。自分で隔靴掻痒の思いでおれは書いているということ。」
山崎正和
「ミュージカルとしての完成度からいうと、これはおそらく長すぎるし、なにか適当に冗談を言う度を越しているんだよ。これは、作品として壊れる寸前まできている。」
「これだけ道元という人間にこだわり通して、最初から最後まで、道元についてなにも書いていない。したがってこれは道元を書かないための道元劇であって、それがちゃんと伝わってくるという意味においてちょっと買っているんです。」
「~つまり、この人はやはりある形式を作ろう、作ろうとして形式を壊しているわけだ。ミュージカルという形式を使ったりして。そういう作者のものを作ってゆく緊張と、作品のなかに出てくるそういう不安感というものは、やはりこれは不即不離なものだと思うな。」
『新劇』昭和47年/1972年3月号選評掲載(座談会方式)





第18回(1974年)
『ぼくらが非情の大河をくだる時』
清水邦夫

『熱海殺人事件』
つかこうへい

選考委員
     評言     
石澤秀二
「もし劇作家が小説家のように個的に自立し、戯曲を文学的に完成させる作業を営む者であるとするならば、おそらく清水邦夫はそのような劇作家及び戯曲の芸術性を信じていない、いや、少なくとも拒否しているにちがいない。彼は彼自身の内部に、集団としての他者を、地域的にも風俗的にも「新宿」という未成熟な現代を引き受ける前提に立って、困難な創造活動に敢えて挑戦してきたことを、作品の行間にみなぎらせている。」
「つかこうへい氏の受賞について、積極的に反対はしない。『異邦人』の世界を寛一、お宮の熱海に移しかえる才能が、今後、どう展開されていくか?注目したい。」
田中千禾夫
「臨場感という言葉がある。現場の生々しい空間を居ながらにして体得させるような感じで、レコードを聴いたりする再生作業で用いられるようである。
清水氏のも、つか氏のも共にその臨場感に溢れ、強烈である。近頃の新人は台詞など書けないだろうと、実は多寡をくくっていたがその偏見は忽ち引っくり返ったので我ながら驚いたが、両氏とも「物言はせる術」は見事である。殊につか氏は若年にして何処で習得されたのか、柔軟で縦横無尽だ。」
別役実
「~つかこうへい氏の場合は、全ての言葉を類型として形骸化しないではおかないという「悪意」に充ちているようであり、形骸化されたそれと己との間の距離の中に、計量可能な批評性を確立しようとしているようである。」
「~そうした計量可能批評性を確立しようとすればするほど、それ自体ではなく、その結果もたらされる寂寥感によってより強く印象づけられるというように、作業の方向と全体のたたずまいから受ける印象が、うらはらな関係にあるように思われる。だとすれば、その矛盾が今後の作業において、氏を苦しめることになるのかもしれない。」
八木柊一郎
「清水邦夫氏は、『泣かないのか……』によって、新宿アートシアター、蜷川幸雄演出という一連の作品の決着をつけており、次の作品への期待のほうが本当は大きい。」
「逆につかこうへい氏は、受賞がかなり負担になるかも知れない。氏はまちがいなく戯曲を書く才能をもっているのだが、受賞という突発事件を冷静に処理して、賞とは関係なく自分で自分をみとめなおすというほどの傲慢さがこの際必要になる。」
矢代静一
『ぼくらが非情の大河をくだる時』
(清水邦夫)
「この劇の背景をなす政治的状況の中で、共に生きた若者たちにとっては、作者清水氏の誠実と苦渋を読みとるにちがいないが、私のように、少し離れた立場に立っている者にとっては、ある種のいたましさとユーモアを併せ備えた、巧妙な作劇術に注目した。」
『熱海殺人事件』
(つかこうへい)
「人生を斜に構えたような作者の柔軟な姿勢と、エスプリのある会話が、心地よかった。この早熟な作者が、今後、そのすぐれた資質をどのように延ばして行くか、なかば不安を持ちながら、注目して行きたい。」
山崎正和
「清水邦夫氏は、かねて二種類のテーマと、それに対応する二系統の作風をめざしながら、久しくその間の分裂に悩んで形象化の不徹底を見せて来た。今回の『ぼくらが非情の大河をくだる時』は、やうやく二つのテーマが統一される兆しをうかがはせ、この才能が長年の混迷にピリオドを打ったといふ印象を感じさせた。」
「つかこうへい氏の『熱海殺人事件』は、テーマと作風が明快に一致した佳作である。」
「知的な構想と乾いたせりふから見て、この着想が僥倖によるものではないことを信じて将来を祝ふことに決定した。」
森秀男
「『ぼくらが――』は父と二人の息子によるゲームであり、弟が狂人であるということでも清水作品の原構造をそなえているが、夜の公衆便所という舞台を設定することで、やさしさと憎悪にみちた兄弟の孤独を際立たせただけではない。兄が手にかけた弟の死体を背負って歩み始める結末には、自分を辛い立場に追いこんだ作者の一つの決断を示していた。」
「つか氏の登場のしかたには、いかにも新人と呼ぶにふさわしい魅力がある。日常的なことばを駆使して、奇妙で辛辣な時間をつくりだす方法は、『初級革命講座』にもよくでているが、『熱海殺人事件』のほうがより意識的であり、構成もたくみである。」
『新劇』昭和49年/1974年3月号選評掲載





第19回(1975年)
該当作なし

佳作・『木蓮沼』 石澤富子

選考委員
     評言     
石澤秀二
「石澤富子作『木蓮沼』は何よりも、せりふの力強い奔放さ、イメージの多彩さ、女臭さに惹かれた。まるで『マクベス』の魔女たちが仕込む魔法の大鍋をのぞき込む想いである。一種、混渾の魅力である。同時に、一人であるかも知れない三人の幼児にして老婆の無償の演劇(=遊戯)を取囲む世界の訝え返る静謐さに、きわめて現代的荒涼感を覚えた。」
田中千禾夫
「花やかに塗り重ねた絵模様から、死者たちの熱い怨念の声が聞える、これが『木蓮沼』である。ここにも刺激と興奮とがあるが、重い厚化粧の言葉で内面化される。唯、アクチュアルな世界に開くところの色調の変化が拙速である。」
別役実
「一見してこれは、女性特有の肉感的な言葉によってからめとられた情感の世界のようにも読みとれるが、そして、まさしくそうした才能に於て並々ならぬものを感じさせるのは事実であるが、決してそれだけのものではないと思う。作者は、この情感の世界を、岩見重太郎伝説に於ける「晴着を着てひたすら狒狒を待つ女」の関係を根拠に、空間化しようと策しており、逆に言えば、これを焦点にして、空間を理論化しようとしているのである。」
八木柊一郎
「作者がもちいている、女の生理を反語的に使って天皇制を撃つという方法は、卓抜であり、有効だと思うのだが、もともとのモチーフやテーマは女の生理から発したものではないはずで、そのへんの関係を明瞭にする視点が、歴史的時間を記号化したポピュラーでアクチュアルな言葉のインサートという域にとどまり、構造化されていないのが惜しい。」
矢代静一
「ドラマツゥルギイの点からみると、構成は難があるが、詩劇というジャンルの中に入れてみると、逆に奔放な感じがしてあまり気にならない。」
「この作者は作者自身の小宇宙を持っている。その情念のみづみづしさは、女性特有のものである。次作の完成を心から期待している。」
山崎正和
欠席
森秀男
「風の走る白木蓮の林のなかに浮かびあがった三人の女の会話によって、妖しい幻想の時間を織り出してゆくのだが、たしかなスタイルが感じられ、選ばれたことばにイメージを喚びおこす力がある。」
「しかし、作品のなかに持ちこまれたさまざまな歴史の断片が、断片のままにとどまって、重層的な世界を開くことなしに終っているのは、かなり重大な欠点だし、地獄と極楽という二つの極の位置づけも曖昧である。説話体のト書はたくみでおもしろかったが、最後の部分はまったくの説明というものだろう。」
『新劇』昭和50年/1975年3月号選評掲載





第20回(1976年)
『琵琶伝』
石澤富子

選考委員
     評言     
石澤秀二
「~『琵琶伝』は、前回佳作の『木蓮沼』と比べ、戯曲的発展をその構造に感じさせるし、文体感覚と言語イメージに籠められた固有な質感は失われていないと思っていたことは確かである。」
田中千禾夫
「夫々に傾向と体質とが著しく異なる四作が残ったが、価値観の多様化を、まさしく見せつけられた。多様化は同次元で行はれるだけではないから、正確には、分裂、分散、拡散というべきかもしれぬ。そういう中で選ぶとすれば、言葉への回帰性の一番強いものということになる。私が『琵琶伝』を推した理由である。」
別役実
「『琵琶伝』は、昨年佳作になった『木蓮沼』に続く作品であり、いずれも、我々の風土が持つ記憶の中に、女性特有の生理的な時間軸を見定めようとしている点において、同種の作業であると言えるものである。ただ今回の『琵琶伝』においては、その方法をやや意識的に前面に押し出しすぎたきらいがあり、作品としてのスケールは大きくなっているものの、その分だけ、前作になった濃密なイメージが、希薄になっているようである。」
「しかしともかく、この二作によって作者の示した、個別的な記憶を風土が持つ民族的な記憶の中に還流させ、そこに生理的な新たな時間軸を見定めようという方法は、独特のものであり、同時にまたそれは、論理的に手なづけられ、管理されつくされた感のある我々の周辺の空間を、新たな生気のある演劇空間に組織しなおすためにも、有効な方法に他ならない。」
八木柊一郎
「『琵琶伝』を候補作品中の最優秀作とすることに異存はなかったが、作品はたしかに存在し得てはいても作者の輪郭がこちらに見えてこないという不満があった。劇作家としての批評精神の所在が曖昧で、自己の資質から生まれる一種の幻視の能力につきすぎているということだろうか。」
矢代静一
「長い戯曲になると、当たり前のことだが、どうしても構成が複雑になってくる。ラセン状の階段を、はじめは、ゆっくりと、次第にスピードを増して、やがて頂に辿りつくといったような構成が必要だ。今度の作品は、平面上の輪を、ぐるぐる繰り返し廻っているような印象を受けた。
それにしても、この作者は、特殊な、官能的感覚とでも言うような文体を持っている。」
山崎正和
「石澤氏の作品は洗練度の点に多少の問題を残しながら、最近珍しい正攻法の詩劇として強い印象を残した。」
「若干の冗長さと、田中千禾夫劇の色濃い影響が気になったが、言葉の力業とその背後の熱気は明らかに作者自身のものである。おそらくそれは全体の冗長さと背中合わせにあるものであろうが、言葉にたいするいわば「縄文」風の執着は或る迫力を持ってゐるといはざるを得ない。」
森秀男
「こんどの『琵琶伝』が、前作の二倍ほどの分量を費し、重層的構造をはっきり意図して書かれているのは、発展とみることができる。しかし、イメージを螺旋状に拡げるために意識的に用いられた反復の手法が、わずらわしさとして映り、いま少し省略による飛躍が必要と思えたし、前作の濃密な色調が薄れたのも惜しまれた。」
「消極的賛成とみられるかもしれないが、二つの詩的作品によって独自な作風を確認させた新しい才能の道途を祝うという意味では、積極的であったつもりである。」
『新劇』昭和51年/1976年3月号選評掲載


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