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生活と創作のノート

update 2021.05.14

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#165 アマゾンの石 2021.05.14 FRI




■石を買った。

■外出が出来なかった一年だった。子供の時分より日中、部屋にいることが苦手な性分だ。目覚めて、顔を洗う。その瞬間には文庫本を掴んで、もう外に出ていきたい。だが、それが出来なかった。

■気分を変えようと、本棚を作り、床に積まれた本の山を収納した。レコード棚を作って、溢れたレコードとCDを収納した。パソコンを自作した。スピーカーの吊り位置をいじり、アンプを新調した。電気圧力鍋を購入し、日に三度の自炊。気付けば、エレキギターの配線をハンダ付けまでしていた。イロイロやってはみたが、部屋はどう足掻いても部屋である。なんか、快適になればなるほど、あまり居たくない。散らかった部屋、足の踏み場のない部屋、崩壊した秩序、山のようなガラクタと寝床。それが私の部屋だ。滞在する場所ではない。帰ってくる場所だ。

■それで、庭をいじってみたのだ。家であり同時に屋外でもある場所、それが庭だ。毎朝起床して朝風呂に浸かり、珈琲を飲んだら庭へ「出勤」した。通勤時間、1秒。土を耕し肥料を与え、花を植え作物を収穫した。水を撒き、めだかまで飼った。そうやってニワカにウロついたもので、踏みしめた芝生がすっかり剥げてしまった。それで、踏み石を買ったのだ。Amazonで注文し、翌日には届いた。日焼けした、屈強な佐川急便のドライバーが「重いですよ」と渡してくれた石は、本当に重かった。梱包を解き、しばらく石を眺めた。

石だ。
石だよ。
石を買うような人間に、私はなってしまった。
かつて公衆電話ボックスで寝たこともある私が。電車賃がなく、三軒茶屋から吉祥寺まで、7時間かけて歩いた私が。石を。Amazonで。今は、冷蔵庫さえ持っている。すべては夢なのだと思う。石の上で冷たくなった、私の夢だ。

■稀に出かければ出かけたで、職務質問に遭遇する。

■10代の終わりから様々な場所で、様々なシチュエーションで、様々に職質を受けてきた。だが誇るべきか当然と言うべきか、一度だって御用になったことはナイ。となれば、職質それ自体・そもそもの効用を疑ってしまっても仕方ない。「シロ」である人間が何十回も掛かってしまう、ということは、その網はとんでもないポンコツという事だ。職務質問という方法は、不審者を網にかけるには、致命的な欠陥がある。それは私が身をもって実証してきた、事実だ。これまで夜道で私を拘束した都合何時間かで、何人の不届き者を取り逃がしてきた事か。初老の警官が私の荷物をひっくり返している間、もう一人の若い警官の目を一度も逸らさずそう言ってみたが、そいつは飄々と「この辺でねえ、亀の首を斬り落としてるヘンタイがいるんですよ。子供が怖がるでしょう。そういうのは」と言うのだった。つまり、そのヘンタイ野郎が、私ということだ。「そんな紅い帽子を被って。ハデだねー、ソレ」。

■翌日の昼間、まったく同じ格好で世田谷区の経堂を歩いた。信号待ちをしていると、紫色のスカーフを巻いたマダムが話しかけてきた。
「ちょっとゴメンね」
「はい」
「オニイさん、芸術家?」
私は何者だ。

■不自由な世界になった。いや、それは違う。はじめから、ずっと世界は不自由だったのだ。ホンのしばらく、透明なシートがその不自由の上に覆いかぶさって、忘れていただけだ。それが剥がれた。もともとの姿を現した。

■演劇は本質的に不自由なものだ。非合理・不合理、非経済・不経済、お手の物だ。私は自由が欲しいと思ったことはナイ。許しを得て、貰うものではない。 不自由な世界で自由にやる、せいぜい勝手に振る舞う、それが好きだ。コケてばかりだが愉しい日々だ。不自由な時代には、不自由な表現がある。8月の架空畳は、リーディングをやる。俳優が、台本を持って演じる。その不格好さ、不自由さ、あけすけさ。それによって、作品から削がれる芸術性は少なくないだろう。ひょっとしたら、舞台にかかるはずの魔法が、跡形もなく消えてしまうかもしれない。だが、それによって不自由を表現することは出来る。うまくいかなさ、それ自体を娯楽として現出させる。いつもながら、どうなるかは分からない。ただ、今、この特別の時代を、ただ何となく通り過ぎたくはない気分だ。今という時間にラベルを貼りたい。それがどれだけズレていて、滑稽なことであっても。我々は、ズレて滑稽なことをした。そんな2021年だった。曖昧な今だけが、未来。明日なにしようか、考えたことはない。目覚める。顔を洗う。文庫本を掴んで、ただここから出ていきたい、それだけだ。

■庭に石を埋めた翌日のことだ。突如として花が狂い咲いた。 ラッパ水仙につられて、冬に咲くはずで咲かなかった日本水仙、一旦枯れたクリスマスローズ、おまけに覚えのないない沈丁花まで咲いた。完全に季節がバグった不思議時空庭と成り果てた。石だ、石が怪しい。

小野寺邦彦




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