NOTE

生活と創作のノート

update 2018.04.27

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フィクショナル街道乱読亭長閑諧謔戯曲集ここで逢いましょう


ここで逢いしょう

BLIZZARD BEAT.s NOTE


#138 ヴィデオ・クラッシュ 2018.04.27 SAT


■散髪をした。

■20年来、髪は殆ど自分で切ってきた。いや、切る、などという高踏な行為ではない。風呂に入ったついでに、なんとなく伸びてきてジャマだな、と思った箇所をつまんで、テキトーにハサミでジョキジョキと排除する。それだけ。ために、一年を通して少しずつおかしなアタマになっていき、もうこれ以上、取り繕うことが不可能、となった時点で床屋に行く。そうしてキッチリ揃えてもらったアタマを、また一年かけて少しずつ台無しにしていくのである。我ながらどうかと思わないでもなかった。けどまあ、少なくとも一年に一度はチャンとしているワケだし、それなりに誤魔化せているだろうとも思っていた。実は全然そんなことなかった。「いや、すごいヒドいなって、思うことも多いよ」と劇団員に言われた。その瞬間の、周囲の人々の「あ、言っちゃうんだ。それ」という雰囲気を、私は逃さなかった。皆、思ってた。そうなんだ……もっと早く言ってくれよ。以来、まあ半年に一度くらいは行くようにはなった。

■先日、予定と予定の間がフと数時間空いたので、本屋にでも行こうと向かったら、そこが美容室になっていたのである。店の前でボーゼンとしながらも、あ、そうか。今、髪を切ればいい。そう思い、我ながら驚くほどスルリと入店した。予約ないんですけど、と告げると、幸い10分ほど待てば大丈夫だというので、切って貰うことにした。店内にかかっていたBGMが『VIDEO CRASH』なのが、何かいい気がした。席について、兎に角短くしてくれれば、文句はありませんと宣言。まずシャンプー。豪快に洗われる。
「かゆいところありませんか」 毎度、これになんと答えていいか分からない。「左耳付け根の2センチ右」とか答える人がいるのだろうか。「つむじから垂直に7センチ上空」とか言われたらどうするのか。ファントム・ペイン。しかしこういった文言は、全国共通なのだろうか。だとしたらどこで考案されているのだろう。専門学校で教えるのか。美容師ギルドのような組織が存在し、各年ごとにテンプレートを公表しているのだろうか。そう思うほどに、画一的である。
「今日はお休みですか」
「この後どうされるんですか」
「シャンプーの流し足りないところはございませんか」
「睡眠は足りていますか」
「親の死に目には会えそうですか」
「生まれ変わりを信じますか」

■間抜けなことをボンヤリ考えてたら、豪快に刈り上げられた。なんかモヒカンっぽくなっていた。世紀末、荒廃した都市ですぐ死ぬザコキャラみたいなルックスだなと思った。会社員ではない、と言ったからだろうか。ま、短ければ文句はないと言ったのはコチラだ。いいのだけど、終わって会計を済ませると、担当した女性に「まあ~本当にスッキリしましたねえ~」と呆れたように言われた。あなたが切ったんですよ?そういうモノなのだろうか。さっぱり慣れないのである。

■演出のことを、ずっと考えている。

■私は舞台を、テキトーに演出している、と思われているらしい。先日、何かの話の折、フとそんなことを言われた。「あなたの演出って、テキトーだからさ……」。ショックだった。ショックだったが、そう思われているということは、実際にそうなのだろう。以前の公演の打ち上げで、「デラさんは、演出をしないじゃないですか」と言われたこともあった。その時は、ある喩えとして「演出をしない」と言われたのだと思っていた(「演出をしない」という「演出」をする、とかその類のコト)。でも今思うに、きっとそうじゃなかった。正真正銘、字面のとおり、演出を「しない」と思われていたのだろう。

■確かに私は演出に関しての事前準備はしない。人物のサブテキストも作らない。なるべく白紙のまま稽古に行き、俳優の演技を観て、その場で「思いついたこと」を形にしようと思っている。それは瞬発力のようなものである。演出家は稽古場において「意見」を表明しなくてはいけないが、それを「準備」して備えるのではなく、追い詰められてポンと出て来る発想こそが、大事だと思ってきた。今もその考えに変わりはない。けれど、きっとそれに必要な技術が、まだまるで備わっていないのだろう。俳優たちはいつも不満をもっていたのだろうか。独創的な脚本と出来合いではない本質的な演出、と私が悦に入っていた方法も、視点を変えれば、支離滅裂な脚本にその場の思い付きでつけられる演出、ということだ。私が「よい」と思う生理と、俳優のもつ生理の溝を埋めてこなかった。舞台で実際に客前に出るのは、俳優である。「恥をかかされた」そう思われたら、続けることは出来ない。演出だ。演出を勉強しよう。まだ誰も使っていない方法で、確信に満ちた道具を手に入れること。それが課題だ。こんなこと書くと、いや、そういうことじゃなくて……と言われそうだけどね。難しい。本当に難しいけど、まあ、やる。

■小劇場の芝居を観て思うことは、おそらくはテレビ番組に影響を大きく受けているのだろう、と思う作品が多いことだ。話の筋ではなく(それもあるけど)、演出方法においてである。シーンをこま切れにして、ちょっとした場面の移り変わりに、チョン、と暗転が入ったりする。台詞の随分前から情緒的な音楽がかかってきて、シーンの意味を伝える。私からすれば「台無し」だと思うような手法だが、近頃とくに多く見られるようになったし、客席では違和感なく受け入れられているようだ。私は、10代を通してテレビを観なかった。単純に、テレビがなかったのである。本ばかり読んだ。だから、実は今でもテレビの見方が下手である。きっとそういう弊害がある。私見だが、テレビは短距離走、読書は持久走に例えられると思う。1分に1回笑える、泣ける、それが熾烈なチャンネル争いを演じてきた、テレビの世界の鉄則なのだろう。

■対して読書は、一般的に2時間以上の時間をかけて、作品中でゆったりとした情感の波を描く。そのピーク、ここしかない、という頂点で、私は暗転を入れる。だから私の作品で暗転が入るのは、基本、一度だけである。大きく緩やかにつながった波をそこで一度だけ「切る」からこそ、効果的なのだと思っている。だが、テレビの文法に従えば、それは「タルい」ということなのだろう。もっとスピーディーに、いくつもの波を次々と乗りこなしてゆきたい、と思うのが「今」の感性なのかもしれない。それはそれで理解はできる。カッコいい。自分にない感性の作品が、客席でドカンと受けているときに、うーん、敵わないな、と唸ってしまうことも多い。これから先は、YOUTUBE やウェブ配信なんかに影響を受けた作品が出て来るのだろうか。それともそんな世代は演劇なんか見向きもしないのだろうか。

■とにかく、自分だ。自分のことをやるかしかない。人のことも、そりゃ気になるけど、それはもう、仕方がないことだ。仕方がない、は、諦めではない。

■ニュースを見る。ネットを見る。Twitterを見る。なんだか眠くなる。主語が大きいのだ。「男が」「女が」「わが国が」「あの国が」……。私は、主語が大きい話がよく分からない。最近、特に分からなくなった。老化だろうか。そうかもしれないと思う。私が知りたいのは、「あなた」の話だ。世間に、世界に、異議申し立てを表明する「あなた」の話である。もちろん、それは絵空事だ。無責任な綺麗事だと、後ろ指をさされても仕方がない。そんなわけで私は近ごろ、まどろんでばかりいる。

小野寺邦彦



#137 ソー・ラッキー 2018.04.24 TUR


■戯曲を書き進める中で、物語について考えている。物語、物語……それは何なのだろう?作り話、嘘、作為。愛せる嘘と、愛せない嘘。したり顔の作為、意図の外にある物語……と、そんなことをグルグルと考えつつ、領収書を買おうと寄った百円ショップで、信じられない商品名が目に飛び込んできた。

『両面テープ物語』

両面テープでさえ、物語を主張する時代。イヤだよ。両面テープくらい、ただの両面テープであって欲しい。だって、両面テープじゃないか。「両面テープにだって物語があるのさ」ふざけるな。そんな壮大な文具、使えるものか。 身の程を知るがいい。両面テープの分際で。

■オーディションが終わりました。もともと、今回は劇団員が出られないという事情でキャストを募り、まあ二、三人も来てくれれば御の字、と思ったのだけど、予想に反して20人以上の人が応募してきてくれた。ために、当初はまんまとやって来た応募者を【説得】して舞台に出て貰おうと思っていたものが、キチンと【選考】をしなくてはならなくなった。【選考】は初めての経験だった。そう、私はこれまで、ほぼすべて【説得】によって、人を舞台にあげてきたのである。演出家としてのスキルより、【説得】のスキルを磨いた10年間だったかもしれない。過去、出演をお願いする人に
「まあ、出る出ないはともかく、とりあえず会って話しませんか」
とメールを送信したら
「あなたと会って話すと、出ることになってしまうことは明らかだから、会いません」
と返信を貰ったことがある。私こそは正しく詐欺師である。水道水だって月額50万円で売れる。そんなわけで【選考】は難しかったが、愉しかった。キャスト発表までしばらくお待ち頂きたい。

■電車を乗り過ごす日々。

■京王線、小田急線ともに春からダイヤが変わり、終電間際の時間やら接続やらがイロイロ変化してしまった。以前はとにかく最終電車に乗ってさせしまえば終点で接続できたのだが、新しいダイヤでは、途中駅での乗り換えが必要になったのだった。これに対応できない。ぜんぜんできない。その対応、私のハードウェアには実装されてないよ。駅まで足早に歩き、何なら走り、既にホームで発車を待っている車輛にスルリと乗り込んだ時点でミッション成功だ。余裕の笑みだ。まんまと「勝った」気だ。勝ってない。勝ってないのに、文庫本など読んでしまい、気づけば見知らぬ駅で途方に暮れる。折り返す登りの電車は、もちろんナイ。今月もう3回目だ。毎度、深夜割増料金のタクシーに乗るのも切ないハナシだ。ダイヤ改正でタク送特需だ。タクシー業界は俄かに沸き立っているに違いない。「間抜けどもを拾い損ねるな」ダイヤが切り替わってまだ日も浅い今が狙い目だ。恰好の餌食である。

■そんな狙いにまんまとはまり込むのもシャクなので、沿線に暮らす友人に連絡すると、来てもいいという。GOOGLEマップで道順を検索すると、徒歩100分。音楽でも聴きながら歩けば楽勝だ。SPOTIFYを起動し、テクテクと深夜の道を歩く。歩きながら、懐かしい気分になる。そうだ、7年前の震災の翌日も、私は同じ友人に会うために、同じこの道を歩いていたのだった。

■そのときは、ラジオを聴きながら歩いた。被害状況や交通情報を伝える音声を耳にしながら、けれど私は呑気だった。非日常を楽しんですら、いた。いつもそうである。私は、自分の身にどれだけシリアスなことが起ころうとも、深刻になり切れない。最悪の状況ならば、最悪の状況を遊ぼうと思ってしまう。絶望の中に座り込むより、絶望しながら歩く。それが絶望から遠ざかる方法かどうかは分からない。性分なのである。だから……あの時期、私は口をつぐんだ。そのとき、私が思っていたことを口にすれば、間違いなくそれは「不謹慎」なことであったし、実際、多くの人の心を傷つけたに違いない。とても身近な友人で、実家が被災した人もいた。だから黙った。そういう意味で、孤独だった。震災で傷ついたのではなく、震災が産んだ状況に、引き裂かれた。

■世間で叫ばれたまっとうな言葉の数々に、私は到底なじむことが出来なかった。「絆」や「連帯」の呼びかけを、眼を伏してやり過ごした。それは悪いことではない。非難するつもりは毛頭ない。ただ、馴染まない。私にはまるでフィットしない。いつだってそうなのだ。世間を睨みつけたいわけではない。ただ、合わないだけだ。そんなときにどう過ごせばいいのか。呑気するしかないではないか。呑気は私の処世術なのである。ただの呑気ではない。血の流れている呑気である。すべては気分だ。気分じゃないか。たかが、気分。だから恐ろしい。たかが気分が、人を支配する。フと、芝居をしようと思った。半年後に、『薔薇とダイヤモンド』を上演した。劇場からは、災害時の客席避難経路を提出するように言われた。上演後、私は2年半、芝居を作らなかった。あれから7年。声高に「絆」を叫んだ人たち。今もその「気分」は変わらぬままだろうか。

■ぴったり100分で友人の部屋についた。あのさ、震災の日もおれ、歩いてきただろ、と私が言うと、俺もそれを考えていた、と彼は言った。
「あのとき、コンビニの商品がまるでなくなってしまって、部屋にあったうどんを茹でて二人で食べただろ。だから、今日もそうしようと思って、うどんを買ってきた」
友人の謎のはからいで、7年越しのうどんを食べた夜。BGMはノエル・アクショテの「ソー・ラッキー」。モダンジャズである。そのオシャレなんだか、底抜けに間抜けなんだか、微妙な気分の中でうどんを啜った。きっとこの「気分」を、いつかまた、思い出すだろう。

小野寺邦彦



#136 素敵じゃないか 2018.03.27 TUR


■実家に帰ることになったから、と、友人からメールが届いたのは明け方だった。

■会える?と書いてあったので、いつ?と問うこともなく、それが『今日』なのだと分かった。全ての予定をキャンセルした。渋谷に15時。100メール離れていても、彼だと分かった。とりあえずという感じでブラリと入った駅前のスターバックス。いつも混雑していて、絶対に座れないはずのその席がまるまる一組、我々のためにサーブされたかのようにポッカリと空いていた。それから7時間、一度も立ち上がることなく、二人で機関銃のように喋った。この時間があれば、もう、一年間黙っていたっていい。言葉は、一瞬も留まることなく二人の口から溢れ続けた。

■店を出て、彼が不意に、ジャケットのそでを捲って二の腕を見せた。ニヤニヤと笑って、「こんなになっちまったよー」と言った。 骨の形が見えるのではないかと思うほど、白く、細い腕だった。そして、遠くに見えるタワーレコードの灯りを見ながら、あそこの7階にあった洋書屋は、まだあるんだろうかね?と言った。 言われてハッとした。
そうなのだ。
かつてそこは我々の場所だった。そこでよく待ち合わせた。約束したこともあったし、しなかったこともある。約束がなかった日でも、夕方にそこへ行けば、5回に1回くらいは彼に会うことができた。その頃リリースされた曽我部恵一のソロ・シングル『ギター』の歌詞に、【渋谷の洋書屋】が出てきて、絶対にソコだ、と興奮して喋ったことを思い出す。そんなあれこれをすっかり、忘れていた。そこにまだ、あの店はあるのだろうか?シネセゾンも、HMVも、ない渋谷に?

■2000年代のはじめ。初めて携帯電話を持った頃、彼と夜中に長電話をした。さんざん喋って、「それじゃ」と言いかけたところで、プツリとキレた。1分後にメールが届いた。一行、「それじゃ、また」。と書かれていた。いいそびれた別れの挨拶をメールで言い直す、その律義さに笑った。私たちは、人類史上においてもっとも『電話』で人と会話した世代になるのだろう。あんなに『電話』で人と喋る日々はもう、二度とやって来ない。電磁波の影響で、50年後に脳がぶっ壊れてるかもしれない。ザマァないのである。SNSで世界は接近した。電話はその役目を終えた。何ひとつ、憂えることなど、ない。

■一駅歩いて、代々木駅前で別れた。別れ際に、今日のこと、書いてもいい?と聞くと、何でも書くがいいさ、と笑った。だから、書いた。

■また逢おう。雑踏で逢おう。あの店で逢おう。約束して逢おう。偶然に逢おう。都市で逢おう。知らない場所で逢おう。二人きりで逢おう。大勢で逢おう。映画館で逢おう。暗がりで逢おう。午前中に逢おう。いいことがあったら逢おう。不機嫌に逢おう。空腹で逢おう。満腹で逢おう。汗をかきながら逢おう。震えて逢おう。逢いたくない日に逢おう。晴れた日に逢おう。雨が降ったら逢おう。苛立って逢おう。笑いながら逢おう。惨めな気分で逢おう。予感があったら逢おう。嫌われたら逢おう。騒々しく逢おう。ふさぎ込んだら逢おう。100メートル上空で逢おう。地下で逢おう。すれ違ったら逢おう。目を瞑って逢おう。歩きながら逢おう。立ち止まって逢おう。音楽を聴きながら逢おう。ノイズの中で逢おう。24時間逢おう。時間を気にして逢おう。磨いた靴で逢おう。スニーカーで逢おう。絵を眺めながら逢おう。本を読んだら逢おう。電話して逢おう。気まぐれに逢おう。準備して逢おう。優しい気分で逢おう。殴りたくなったら逢おう。許されるのなら逢おう。しゃがみ込んで逢おう。背筋を伸ばして逢おう。照れながら逢おう。開き直るために逢おう。上着を替えたら逢おう。靴下に穴があいたら逢おう。ニュースを伝えるために逢おう。悪口を聞いたら逢おう。歌うように逢おう。親切をしたら逢おう。歯が抜けたら逢おう。話題がなくても逢おう。いつだって、ここで逢おう。

■なんとなく帰りそびれてしまい今、午前4時前。新宿三丁目の珈琲貴族で書いている。始発が動くまで、あと1時間くらい。店内には薄く、『Wouldn't It Be Nice』が流れている。恰好つけた文章で申し訳ない。格好いい気分になってしまったのだった。だが消さない。推敲もしない。この気分に付箋を貼って、いま、このノートに残して置く。

小野寺邦彦




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