WORKS | KAKU-JYO
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僕は空洞、想い零れる。

その時、君は、傷つき、疲れ果て、遠く南極の彼方から、砂浜へと打ち揚げられた一頭の鯨だった。
満潮の海水に身を浸し、獣特有のガラス玉のような目で私を見上げた君は、やがてただ一言、休ませて欲しいと言った。 私は、君に言った。
夜の間に出発したほうが良い。朝になれば、近所の漁師があなたを見つけます。あなたの肉は、この冬の大変なご馳走になるのです。
君の虚ろなガラス玉の光が、ふと、常夜灯の優しい灯りに変わったような気がした。 大丈夫。朝になれば、引き潮が沖へと運んでくれるから。
そして君は眠った。潮が引き始めた頃、すでにガラス玉の目に戻っていた君は、沖へ帰ることは二度とできないであろう巨体を引きずって、それでも最後に一度、浜辺中に響き渡る声で嘶いた。
また会いましょう、いつかまた。ある晴れた日に、もう一度。
私には、その言葉が、悲鳴のように聞こえた。


常田 ここが、お前のアジトか。そうだな?
寒河 …。
常田 得意のダンマリか。ま、いいや。時間はあるんだ。
寒河 時間。
常田 喋れるじゃねえか。…オレは待つのには慣れてるからよ。
寒河 職業柄。
常田 刑事のほうのじゃねえぞ。
寒河 え?
常田 刑事は世を忍ぶ仮の職業。本職は、ヒモよ。
寒河 ヒモ?ヒモって、あの。
常田 あの?
寒河 仕事もせず、女性に食べさせていただく?
常田 そのヒモだ。一つ事件が終わるとな、有給取って女の下に転がり込むのよ。いいぞ、ヒモは。
寒河 はあ。
常田 ヒモはな。膨大な一日のうちの時間の全てを、待ちながら過すんだ。
寒河 一日中?
常田 一日中だ。夜遅くなっても、女が帰ってこない時の不安さったらねえぞ。そんな時でも、ただ待つだけだ。
寒河 もし、一晩中帰ってこなかったら?
常田 待つ。
寒河 もし、一週間、帰ってこなかったら?
常田 待つ。
寒河 もし、ひと月、帰ってこなかったら?
常田 そんときゃ、別の女のとこに行くな。
寒河 あ、さすがに。
常田 別の女のところで、その女を待つのよ。
寒河 え。…でも、その別の女も、帰ってこなくなったら?
常田 またまた別の女のとこで、二人の女を、待つ。
寒河 電話かなんか、しないんですか。
常田 重荷になるだろ。
寒河 重荷。
常田 家で男が待っている。それが女の重荷になるようじゃシロートだ。
寒河 はあ。
常田 ある日、ひょいと捨てても全く惜しくない。重さを一切、感じさせない、いくら待たれても、もたれない、それでいて、いると安心。そんな男が、プロのヒモよ。
寒河 テレビの上のこけしみたいな人生だ。
常田 それがヒモの優しさよ。ヒモが売るのは、優しさだけだ。
寒河 見上げた根性を見下げ果てました。
常田 どうしてだ?
寒河 え?
常田 どうして、女を追い詰めた?

あの日、上りと、下りの、路線を挟んで、私たちは出会った。 何本もの列車が、二人の前を猛スピードで、通り越していった。 次の列車が行ったら、もう帰ろう。この列車が行ったら、もう帰ろう。 この列車が通り過ぎればきっと、向かいのホームに立っている間違い電話のあの人はいなくなっているから。 でも、あなたは立っていた。 次の列車が行っても、次の次の列車が行っても、あなたは、変わらずそこにいた。 次の瞬間、私は咄嗟に、思った。 あのとき、あの人が、もし電話番号を間違うことなく掛けていたのなら、ここに立っているのは私ではなかった。 ほとんど何かの間違いで、今、私はここにいる。 ここに立っている女性が、もし私でなかったとしても、あの人はきっとそこに立っているだろう。 同じ服を着て、同じ靴を履き、同じ笑顔で。 ふと、一台の列車が、私たちの前で、停車した。車輪が鉄道を擦る、ブレーキの音。

その音が、私には、私には、悲鳴に聞こえた。

DATA

2007年6月15日(金)~6月17日(日)
@アイピット目白

【作・演出】
小野寺邦彦

【出演】
岩松毅、山本駿、赤城智貴、古賀慈猛、松田紀子、桐村理恵、本庄あゆみ

【スタッフ】
照明:志田順一、音響:佐川堅央、舞台美術・宣伝美術:三宅寛治、衣装:江阪朋子、制作:黒鳥辰也

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