WORKS | KAKU-JYO
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追って来い、ヒトの影。

誰が知るだろう。 サーカスの花形、空中ブランコのトップ・フライヤーが、万来の拍手と共に、真っ赤なスポット・ライトをその背に浴びたまさにその瞬間、少年が、螺旋の屋上から、その身を投げたことを。

誰が知るだろう。 二人のランナーが、凄まじいまでのデッド・ヒートを展開したトラック・レース。ゴール・テープの目前で崩れ落ち、意識を失った彼が実は周回遅れのランナーだったことを。

誰が知るだろう。 午後の授業を抜け出した少年が、真っ青な空に向かって吹かしたタバコの白い、白い一筋が、そのまま掻き消えることなく今もあの屋上に漂い続けていることを。

僕は知っている。
ある初夏の昼下がり、 それは僕に向かってまっすぐに落ちてくる。 目も眩むような暗闇の中で、僕は両手をいっぱいに拡げた。


じーさん …土煙けぶる五月のグラウンドに、一本の白線が引かれると、二つに分かれた時間から、朝と夕方の兄弟が生まれた。 二人で一つの体しか持たない兄弟は、白線の上を飽きることなく行き来して、私を夢中にさせた。…だが、朝と夕方が止め処も無く続いたある日のこと、私はいつの間にかたった一人、帰り損ねてグラウンドに取り残された、老人になっていることに気付いた。
ミチヲ  じいさん。
じーさん えっ。
ミチヲ  独り言かい?
じーさん いや、世迷言。
ミチヲ  さっさと電気を消して、寝言にしちまいなよ。明日も早いんだから。
じーさん ちょいまち。
ミチヲ  え?
じーさん そりゃ、誰の小言だ?
ミチヲ  母さんから預かってきた。
じーさん 預言か。
ミチヲ  返しといておくれよ。
じーさん 言葉を預かってくるたぁ、成長したもんだ。
ミチヲ  随分前から、やってるさ。
じーさん 夜中に、こっそりとだろう。
ミチヲ  迷惑はかけちゃいないよ。
じーさん ふーん。今、いくつだ。
ミチヲ  いくつって?
じーさん 指折り数えた、その指に、あと何本の余裕がある?
ミチヲ  とっくに、両手に持ちきれなくなっちまった。
じーさん 何、そりゃ、いかん。
ミチヲ  まだ両足の指が余ってるさ。
じーさん あっという間に塞がる。
ミチヲ  両肩がある。
じーさん 両肩が塞がっちまったら?
ミチヲ  頭のてっぺんがある。
じーさん 頭が塞がっちまったら?
ミチヲ  腰にでも乗せりゃあいい。
じーさん 腰が塞がっちまったら?
ミチヲ  両膝で、リフティングしてやりゃいいだろう。
じーさん 誰もがそう言うんだ!若いときにはな。今に自分の体の中が、時間で溢れて身動きとれなくなるだなんて夢にも思わない!まず、肩にどしっと食い込んでくる。お次は頭だ。てっぺんからまんべんなくハゲ散らかし、腰、膝まで溢れてきたらもう遅い。気付けばすっかり晩年で、思い出なんか残っちゃいねえんだ。
ミチヲ  脅かすない。
じーさん 手をお出し。
ミチヲ  プレゼントかい?
じーさん 手遅れにならんうちに。
(二本の腕時計が出てくる。)
ミチヲ  なにさ?これ。
じーさん 時間。
ミチヲ  えっ。
じーさん 俺は昔、サーカスにいたんだが。
ミチヲ  サーカス?
じーさん マグレ大サーカスってんだ。そこでは、子供が、指を折らずに数を数えられるようになった日に、これをプレゼントする。
ミチヲ  何かの儀式かい?
じーさん いっぱしの儀式だ。サーカスでいっぱしの奴は、皆、自分用の時間を持ち歩いている。
ミチヲ  どういう仕組なんだい?
じーさん 居間に吊ってあるやつと、理屈は同じだ。
ミチヲ  じゃあ、こいつからも、鳩が出る?
じーさん 鳩は、出ない。
ミチヲ  一回りごとに、「エーデルワイス」を歌うかい?
じーさん 歌わない。但しこいつは持ち運べる。
ミチヲ  時間を、外に持ち出せるのか!
じーさん しかもお前さん専用だ。
ミチヲ  一体どこに、あったんだい?
じーさん 伊勢丹デパートの六階宝飾品売り場で見つけた。
ミチヲ  逸品なんだね。
じーさん 安物ったって、四・五千円はするシロモノだ。
ミチヲ  天文学的数字だ。
じーさん 地質学にも通じてる。
ミチヲ  発掘したのかい?
じーさん キズモノたたき売りワゴンの中から掘り当てた。
ミチヲ  価値は高まるばかりだ。
じーさん その手に入った逸品を自分のモノにするために、まずはしっかりと観察してごらん。
ミチヲ  長い針と短い針が、螺旋(らせん)を巻いて追っかっけこしてら。
じーさん 二つの螺旋を、よーく、見比べてごらん。
ミチヲ  こいつは、螺旋が左巻きだ。
じーさん 左手にはめろ。北半球用だ。
ミチヲ  こっちの螺旋は、右巻き。
じーさん 右手にはめろ。南半球用だ。
ミチヲ  バンドの穴を一つ、緩めてもいいかい?
じーさん 逆だ!穴はもう一つ分、きつくするんだ。
ミチヲ  手首が締め上げられる!
じーさん それでいい。締め上げられた血管がバンドの下で脈打つ音が聞こえるだろう?
ミチヲ  とくん、とくん、と波打つ音が。
じーさん 時計と脈拍はいつもセットだ。
ミチヲ  それが、俺の時間か。
じーさん し・ごせんえんのシロモノを身に付けたら、子午線の上にお立ち。
ミチヲ  しごせん?
じーさん 足元の大動脈だ。螺旋の読み方を教えてやる。…体を15度ばかり捻って、ごらん。左半球を。
ミチヲ  午前6時12分。
じーさん 右半球は、どうだ。
ミチヲ  午前7時12分。
じーさん わかったかい、螺旋の意味が。
ミチヲ  時間はいつも、一本の子午線の上で、追っかけっこをしてるんだ。螺旋の軌道を描いて!
じーさん 無軌道な若者の軌道だ。
ミチヲ  ああ、もう、いても立ってもいられねぇ!
じーさん お行き、いっぱし。弁当持って、螺旋の軌道に。
ミチヲ  俺の夕方、俺の夜、俺の明け方、俺の時間…無軌道のレールに乗って!

      

昔、昔のお話です。
島国の王様が、砂漠の国の王様を、パーテイーに招待しました。砂漠の王様は、喜び勇んで出かけて行きましたが、実はそれは、島国の王様の企んだワナだったのです!
食事に薬を入れられた砂漠の国の王様は、捕らえられ、恐ろしいミノタウロスの住む、迷宮へと幽閉されてしまいました。
それから、何十年もの、時間が過ぎ、王を失った砂漠の国は、島国の属国へと落ちぶれてしまいました。誰もが、王様はミノタウロスの生け贄になったのだと諦めていたのです。
ところが、実は王様は、生きていました。恐ろしいミノタウロスの影に怯え続けながらも、迷宮を逃げ惑い、そしてある朝ついに、迷宮を脱出することに成功したのです。
砂漠の国に帰った王様は、油断していた島国の虚をつき、たちまちのうちに島国の王様を捕らえてしまい、そしてこう言ったのです。
「結構な迷宮を、どうもありがとう。お礼に今度は、私の迷宮に案内しよう。」
島国の王様は、目と耳を塞がれ、一頭のらくだの背に乗せられました。
砂漠の王様が合図をすると、らくだは駆け出しました。どこまでも、どこまでも、らくだは駆けてゆきます。
十日が、過ぎました。
らくだは、駆けてゆきます。
一月が、過ぎました。
らくだは、駆けてゆきます。
一年が、過ぎました。
らくだは、駆けてゆきます。
そう。砂漠の王の迷宮とは、この果てしなく続く、砂漠そのものだったのです!
この空虚な迷宮の中で、島国の王は、夢想します。
らくだの上の、生活。らくだの上の、家族。らくだの上の、国家を。
駆けるらくだの背の上で、妻をめとり、子を育てる。
やがてらくだは砂漠を埋め尽くし、
その中央にある砂漠の国を、
ぐるりと取り囲むだろう、と。
島国の王は、
この幻の国家を、
デイアスポラ、と名付けました。

DATA

2007年10月4日(木)~10月7日(日)
@ザムザ阿佐谷

【作・演出】
小野寺邦彦

【出演】
岩松毅、山本駿、赤城智貴、林純平、松田榛名、桐村理恵、江花実里

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