アルストロメリア・ケイデンス
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▼アルストロメリア・ケイデンス
2008.6.20_23
臨界への大回転<ケイデンス>
君は夢想する。
この国に息づく、目には見えぬ人々の
けれど確かにそこにいる
その証である心音が
この真昼のオフィス街
無人の交差点を荒々しく埋め尽くすこと。
それは毎分一万回転
早鐘を千切るフォルティシモ
呼吸を溶かす陽炎の速度
花咲かせ
花散らせる
臨界への大回転<ケイデンス>!
微熱少年
帰れと言われて、手ぶらでは帰れぬ事情があるんです。
アルス
その事情に、耳を貸す僕だと思うか?
微熱少年
せめて、傾けるだけでも。チラッ…(脚を見せる)。
アルス
へえ、キレイな脚だなあ…。
微熱少年
生まれたてのビーバーの鱗にも例えられる微熱少年の露な絹の肌です。
アルス
この白無垢の脚線美に、どんな事情が?
微熱少年
ハイ。手ぶらで帰ればこの脚線美が、厳しい厳しい責めをうけます。
アルス
どんな責め?
微熱少年
真綿のようなこの脛に、「渚の涙」を一滴垂らされます。
アルス
「渚の涙」?
微熱少年
成長促進ホルモン剤です。これを諸手で肌に塗りこめられます。
アルス
塗り込められると、どうなる?
微熱少年
スネを覆う、そよそよとした産毛が、たちまちのうちに、逞しいスネ毛へと進化します。
アルス
少年の絹の肌には不釣合いな、おぞましい剛毛が?
微熱少年
その剛毛を、ひと夏の思い出という名の毛抜きで、一本、一本、と、乱暴に引き抜かれます。
アルス
淡雪のような無垢の肌が、たちまち真っ赤なダメージ・スキンだ。
微熱少年
こうして夜毎に青春の苦いリグレットを、体に染みこまされるのです。
アルス
なんて酷い仕打ちだ。
微熱少年
ね、この脚線美を助けると思って。
アルス
何が望みだ?僕のサイン?
微熱少年
はい、それと。
アルス
握手会特別優待券?
微熱少年
はい、それと。
アルス
2泊3日の撮影旅行無料招待?
微熱少年
はい、それと。
アルス
たっぷりミネラルとコラーゲンの染み込んだ、使用済みステージ衣装?
微熱少年
はい、それと。
アルス
ペットボトルに瓶詰めにした、250cc入りの甘い吐息?
微熱少年
はい、それと。
アルス
昨晩の残り湯?
微熱少年
はい、それと。
アルス
それと、何。
微熱少年
…一夜の思い出。
アルス
あくまでも、一線を越える腹積もりか。
微熱少年
そして一線を越えたその後に、余韻の残る枕の中で、耳元に一言、熱いメッセージを頂ければ…。
アルス
いいよ。
微熱少年
えっ。
アルス
いいよ。「はい、それと」と言われておいそれと、この身を差し出すからには、けれど君にも相応の青春の代償を払ってもらう。
微熱少年
青春の代償。
アルス
その絹の肌の全てを、僕に捧げることができる?
微熱少年
はい、一夜限りなら…。
アルス
いや、一夜限りでは味わい尽くせない。
微熱少年
えっ。
アルス
その肌を覆う微熱がすっかり冷え切って、スネの産毛が、剛毛に取って変わられるまでだ。
微熱少年
僕を囲い込むつもりか。
アルス
囲い込むその線の中へと飛び込んで来たのは、君のほうじゃないか。
微熱少年
でも、それは…
アルス
いやかい?
微熱少年
いやよ、いいわ、の問題ではなく、世間。そう、世間が許しません!
アルス
せ・け・ん?
微熱少年
そう、世間。
アルス
風呂場で使う、バブルのことか?
微熱少年
そのせけんよりも、よく泡だって、噂がパチパチと弾けます。
アルス
バブルが弾けると、どうなる?
微熱少年
スキャンダルです。あれが、あれよ、と後ろ指を差され、根も葉もない中傷が、世間を席巻します。
アルス
席巻すると、どうなる?
微熱少年
もうその世間では生きていけません。転校したり、会社辞めたり、知らない町を歩いてみたい、と口ずさむ以外ありません。
アルス
なるほど、世間とは、世界のことだね。
微熱少年
えっ。
アルス
ならば恐れることはない。世間とは、世界、つまり僕のことだ。
微熱少年
…どういうこと?
アルス
生まれついてのアーモンド・アイのおかげで、見ろ、僕の一挙手一投足は、いつも世界が見張っている。僕が追うものを世界も追い、僕の見るものを世界も見る。言い換えれば、君、つまり僕が世界そのものなんだ。
微熱少年
世界そのもの…。
アルス
僕が許せば、世間も許す!世界の広さとは、僕が拡げた手の幅を言うんだ!こっちへ、おいで。
微熱少年
あっ。
アルス
どうだ、ひとたび一線を越えて、このプライベート・エリアで僕と肩を並べたならば、君も見るんだ、この線の、こちら側から、あちら側を。
微熱少年
あちら側。
アルス
そうだ、見るんだ、
微熱少年
。こちら側から。君がせ・け・んと呼ぶ、あちら側の世界の姿を。その視線こそがスターの視線、アーモンド・アイ。いつも半分濡れている、星降る瞳の見る景色なんだ。
光
どうして?
路傍の王
はっ?
光
どうして、描きたいの、少女マンガ。
路傍の王
あ、ハイ。あの、これ、これまでの経緯を詳細に記した、履歴書です。
光
どれどれ、風に吹かれてどこまでも・路傍の帝王・ローリング・ブリッジストーン。…本名、石橋ワタル。
路傍の王
ええ、僕、歩くより先に自転車を漕いで育った、世にも珍しい野生のロードレーサーなんですけど。
光
履歴書にも、そうあるね。
路傍の王
実は今、自らのアイデンティティーをも掛けた、大事なレースの最中なんです。
光
(履歴書見て)人生の長さにも等しい3500キロメートルのグラン・ツール。
路傍の王
そうです。ブッチギリの一位で通過中、けれど、大事な道しるべを見失い、途方にくれていたそんな時、暮れなずむ場末の本屋で開いたマンガ雑誌で、見つけたんです。少年アルストロメリアの、濡れた瞳に瞬く、天の北極星、ポラリスを!…アーモンド・アイ、その先にきっと、僕の目指して走る、グラン・ツールのゴールチェッカーがあるんだ。
光
ケイデンスって、何。
路傍の王
はっ?
光
書いてあるじゃない、特技欄。ケイデンス、マックス300。
路傍の王
それは僕の早鐘の心拍数です。
光
早鐘の心拍数。
路傍の王
右、左、右、左、…右ペダルから、右心房、左ペダルから、左心室。熱い血のオイルを総身に巡らせるために、一分間で回すペダルの回転数です。
光
脳溢血の脈拍じゃないか。
路傍の王
ハッキリ言って、人間業じゃありません。この数字が出せるのは、風に転がる野生のレーサーに限られます。
光
成る程、なるほど、大体わかった。
路傍の王
それじゃ、
光
うん、今の君じゃあ、少女マンガは描けないね。
路傍の王
どうして!
光
少女の瞳を描くには、君のタッチには、足りないものがある。
路傍の王
この生まれついての自転車漕ぎのケイデンスのどこに足りない要素が?
光
君のタッチは、そう、あまりに叙事的に過ぎる!
路傍の王
そんなに、僕、官能的ですか?
光
バカ、情事じゃない!叙事!
路傍の王
叙事?
光
道なき道を切り開き、一歩、一歩とひた走るために発達した、太ももの愚直な筋肉の別名だ。
路傍の王
ええ、その筋肉こそ、たった一人で時速90キロの世界を漕いで行くこの身に、容赦なく襲いかかる突風を切り刻むために身につけた技術です。
光
いいか、少女の瞳に繊細な星の飛沫を飛ばしたいと思ったのなら、相応の覚悟が必要だ。
路傍の王
どんな覚悟。
光
君が今日まで身につけた、その技術を一度、全部捨てるんだ。
路傍の王
えっ!
光
少女の瞳に星を降らせるものは、叙事じゃない。
路傍の王
では、何です。この用なしの太ももに取って変わる技術とは?
光
…叙情だ。
路傍の王
叙情?
光
雨の日には、晴れの日のことを、晴れの日には、雨の日のことを思って、瞳を濡らす、追憶の技術だ。
路傍の王
ひとたびスタートの号砲を聞いたが最後、脇目も振らずに漕ぎ続けたこの僕に、後ろを振り返れと言うんですか!
光
そのメジャー調の視線を、マイナー調に切り替えるんだ。
路傍の王
マイナー調。
光
トラッド・フォークだ。
(マイナー調の音楽、流れる)
光
どう、この旋律。
路傍の王
…こんな感傷的な歩みで過酷なロードの道のりが走破できるもんか!俺の行く道は、その地下に意識の脈拍、大いなるコンセプトが横たわっているんだ!
(プログレッシブ・ロック流れる)
光
安易にプログレに走るんじゃない!
路傍の王
自転車一つを相棒に、まだ見ぬ出会いに思いを馳せるロードの住人はいつだって、プログレたい年頃なんだ!
光
切りなさい!…口で言ってもわからないのなら、仕方がない。実力で黙らせてやろう!
路傍の王
望むところです。
光
それでは試しに一つ今持てる技術で存分に星降る少女の瞳を描いてみなさい!
路傍の王
はい、サッ(と、ボードに描かれた絵を出す。拙い少女の瞳に、土星や木星や果ては星雲までもが浮いている)
光
ほら、見ろ!
路傍の王
ダメだ!どうしても、ダイナミズムを捨てきれない!
光
思い知ったか、路傍の王。
路傍の王
思い知りました。今日からは、アシスト王として、瞳に星降らせるための叙情の技術習得にいそしみます。
光
いい心がけだ、じゃ、コレ。
路傍の王
何です?
光
仕事だよ、アシスト王!さっそく、取り掛かってもらう。
路傍の王
はあ、でも、コレ、
光
どうしたの。
路傍の王
マッシロですけど。
光
セリフ、入ってるでしょ。
路傍の王
ええ。
光
だからあとはコマ割って、アタリ取って、下書きして、ペン入れして、ベタ塗って、消しゴムかけて、トーン貼って、トーン削っておいて。
路傍の王
えっ?
光
思い切って、ズバッとやんなさい、ズバッと。
路傍の王
いいんですか?
光
うん。そういう建設的な分野は任せる。あ、でも瞳は描かないでね。そこは僕がやるから。
路傍の王
でも、それじゃあ、
光
いいんだ君。僕ほどの大御所になるとね、キャラに瞳を入れるだけで立派に自分の作品になるんだよ。裏を返せば少女マンガは目が命!追憶に濡れるアーモンド・アイさえ描ければ、食いっぱぐれは無いんだ!…んじゃ、僕はもう、上がるから、あとヨロシク。
路傍の王
え、あの、
光
…編集を、起こさないように。
路傍の王
…ハイ。
光
頼むね、んじゃ!(去る)
路傍の王
…(原稿に目を落として)「少年アルストロメリア 第14話」
微熱少年
あの、陽炎の向こうのアルスさん。
アルス
うん?
微熱少年
したたる汗が、3秒で搾りつくされてしまいました。
アルス
僕は、1.5秒だ。
微熱少年
まるで燻製にされるような気分だ。
アルス
ちょっと、温度計を見てくれないか。
微熱少年
…摂氏、2万6千度。
アルス
えっ?
微熱少年
2万7千、2万8千、2万9千…まだ、まだ、上がってゆきます。
アルス
…ねえ、ご主人。
湯水
ハイ、私が主人の湯水トオルです。
アルス
これ、大丈夫?
湯水
はっ?
アルス
だから、大丈夫なの、コレ。
湯水
質問の意図を理解しかねます。
アルス
温度、上がり過ぎじゃない?
コケル
ウチのボイラーの原動力は、ウブいカップルのラブラブ熱視線。お二人の関係が、人智を超えて、アツアツであることの証明です。
アルス
えっ、じゃあ、この蒸し焼きの温度は、天井知らずなのか!
湯水
大丈夫。半永久的にウブいままの関係など、有り得ません。今は陽炎を生むほどに頂点を極めているその熱量も、やがてゆっくりと、静かな放物線を描いて、冷めてゆきます。
アルス
それじゃ今すぐ、その関係を絶とう。
コケル
と、言いますと。
微熱少年
きっぱりと、退室させて頂きます。…アレ。
アルス
どうしたんだ。
微熱少年
…ドアが、開きません!
アルス
えっ。
湯水
モラトリアム期が終わるまで、そのトビラは開きませんよ。
微熱少年
そんな!
アルス
関係の晩年まで、蒸し焼かれろというのか。
微熱少年
摂氏、3万度を突破!
コケル
その、焦げ付くようなヒリヒリとした蒸し焼かれ具合こそ、モラトリアム期の特権です。
微熱少年
摂氏、3万1千度!
アルス
ボイラーは?
湯水
は?
アルス
摂氏何度まで持つんだ、創業80周年のボイラーは?
湯水
ご心配には、及びません!我が「入浴(にゅーよーく)シティ」のボイラーに、理論上、臨界値はございません!
アルス
理論は、いい!実践の話をしろ。
微熱少年
摂氏、3万4千度!
コケル
ご安心ください!ウチのボイラーは、世界一、安全なエネルギーで駆動しておりますので。
アルス
ウブいカップルの熱視線なんだろう?
湯水
それは、あくまで、着火の火種。ひとたび芯に火が付けば、当銭湯、自慢のエネルギーがオートメーションで動き出します。それこそが、世界一安全なエネルギー!
アルス
世界一、安全なエネルギー。
湯水
アトミック・エナジー。すなわち、
アルス
すなわち?
湯水
すなわち、原子力。
アルス
えっ!
2008年6月20日(金)〜6月23日(月)
新宿シアターブラッツ
http://www.theater-brats.jp/
作・演出
小野寺邦彦
出演
岩松毅
山本駿
赤城智貴
林純平
ハルナノリコ
桐村理恵
本庄あゆみ
BACK
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