WORKS | KAKU-JYO
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僕は空洞、想い零れる。

その時、君は、傷つき、疲れ果て、遠く南極の彼方から、砂浜へと打ち揚げられた一頭の鯨だった。
満潮の海水に身を浸し、獣特有のガラス玉のような目で私を見上げた君は、やがてただ一言、休ませて欲しいと言った。 私は、君に言った。
夜の間に出発したほうが良い。朝になれば、近所の漁師があなたを見つけます。あなたの肉は、この冬の大変なご馳走になるのです。
君の虚ろなガラス玉の光が、ふと、常夜灯の優しい灯りに変わったような気がした。 大丈夫。朝になれば、引き潮が沖へと運んでくれるから。
そして君は眠った。潮が引き始めた頃、すでにガラス玉の目に戻っていた君は、沖へ帰ることは二度とできないであろう巨体を引きずって、それでも最後に一度、浜辺中に響き渡る声で嘶いた。
また会いましょう、いつかまた。ある晴れた日に、もう一度。
私には、その言葉が、悲鳴のように聞こえた。


 …こちら「ピンクの鯨」。感度良好。よく聞こえる。応答ないか?
寒河 QRA。本当に、君なのか!?
 QRA。本当に、君なのか。
寒河 あの日、あの晩、嵐の中を、月面反射でやって来た鯨か。
 あの日、あの晩、嵐の中を、月面反射でやって来た鯨だ。
寒河 一度目は偶然、
 二度目は待ち伏せ。
寒河 あれから、ずっと。
 あれから、ずうーっと。
寒河 QTH。今、どこにいる。
 足下で塩水が砂を磨いて、星を創っている。
寒河 浜辺か。海にいるんだな。
 満潮までには、まだ少し時間がある。
寒河 そういえば、波の音が聞こえる気がする。
 まさか。耳鳴りだろう。
寒河 いや、確かに聞こえる。
 児童公園の砂場で拾った貝殻でも、耳を当てれば、夏休みの思い出が波打って注ぎ込まれることもある。
寒河 何だか目眩がしてきた。
 1825キロヘルツ。マイクロ波という波の仕業だ。 
寒河 音の波か。
 ただの波じゃない。嵐の前の、凪の音波だ。
寒河 凪の、音波?
 そうだ。波(パルス)の無い一直線の凪の音波だ。ツー、ツー、ツー、ツー。
寒河 えっ。
 …波が消えた。浜辺の星を星座まで巻き上げて、砂嵐がやって来る。ツー、ツー、ツー、ツー。
寒河 CQ…!CQ…!「ピンクの鯨」、応答ないか。
 感度不良。砂嵐がやって来る。ツー、ツー、ツー、ツー。
寒河 応答ないか!「ピンクの鯨」、聞こえるか。僕の声が聞こえるか!ある晴れた日に、もう一度。…この声が、まだ聞こえるのなら…
 ツー、ツー、ツー、ツー。…鯨から地球へ。鯨から地球へ。
寒河 えっ。
 地球は、空洞だ。…繰り返す。地球は、空洞だ。
寒河 何だって?
 マントルを越えて来い。地球は、空洞だ。
寒河 空洞?
 マントルを越えて来い。俺は待っている。
寒河 待っている?…待っているだって!待っているのは…
 待っているのは…俺のほうだ。
寒河 !
 鯨から地球へ。地球は空洞だ。マントルを越えて来い。俺は待っている。HPE CUAGN。通信終わる

常田 ロケットは、どこにあるんです?
寒河ヒミコ えっ。
常田 どこなんです。あるんでしょ、ロケット。
寒河 …何のこと。
常田 隠しても、無駄だ!情報は掴んでるんだ。…完成したんだろう?地球から脱出することの出来る、ロケットが!
寒河ヒミコ !
常田 おっと、動くな!俺は公安の常田三郎だ!ぬかったな。潜入捜査よ。
寒河 潜入捜査?
常田 寒河太郎!神妙にしろ!…ふん、カルトだか何だか知らねえが、世間を騒がせて、ちょいとした有名人気取りか。だが少々調子に乗り過ぎたな。ここに篭ってる奴らの家族から拉致被害届けが出てるんだ。悪いが、つれて帰らせて貰う。お前らも、一緒にな。
寒河 馬鹿馬鹿しい。彼女たちは、自ら望んでここに来たんだ!
常田 ゴタクはいいのよ。俺はサラリーマンだからよ。仕事だけさせて貰うぜ。
ヒミコ 要求は?
常田 何?
ヒミコ 要求を聞けば、見逃してくれるんでしょ?
寒河 ヒミコさん?
ヒミコ 要求は?
常田 …フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン。
寒河 えっ。
常田 月まで、乗せていってもらおうか。俺もいいかげん、こんな世の中には愛想が尽きたんでね。
ヒミコ 拒否した場合は?
常田 分かってるだろう?警官隊を突入させる。お前らは、終わりだ。それに…
寒河 それに?
常田 その女の昔のシゴトも、公になることになる。
寒河 !
常田 さあ、分かったろ。分かったら、ちゃっちゃと、ロケットまで案内するんだ。フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン。ははは。夢のスペース・フライトといこうじゃねえか。
寒河ヒミコ …どわっはっはっはっはっはっ。
常田 オイ。
ヒミコ ありませーん。
常田 え。
ヒミコ ロケットなんか、ありませーん。
常田 おいおい、今更下らん時間稼ぎなんか。
寒河 その情報は、私が流した。
常田 !
寒河 少し考えれば、分かることだ。たかが一介の新興宗教団体が、地球を脱出できるほどのロケットを製造できるはずがないだろ?
常田 貴様…。
ヒミコ ようこそいらっしゃいました。あなたこそ、私が探していた人です。
寒河ヒミコ えっ。
ヒミコ ようこそいらっしゃいました。ロケットで脱出できる…こんな話に泳がされてのこのこやって来る人が本当にいるなんて、思ってもみなかった。どう?一つ、私から、お願いがあるんだけど。
常田 …言ってみろ。
ヒミコ 私の代わりに、アイドル、やってみない?
常田 はあ?
ヒミコ 私、もう辞めるからさ。後釜、やってよ。
寒河 ヒミコ!
ヒミコ 大丈夫。出来るわよ。きっと、私より上手に。
常田 あのな、
ヒミコ あなたみたいな人こそ、皆に期待を抱かせることが出来るんだと思うの。何せ、
常田 …何せ?
ヒミコ 何せ、あなた自身が、多くを期待している人だから。
常田 …突入だ。
寒河 早く!早く、地下シェルターに!

一転、空間変わってそこは地下シェルターの中。

寒河 ヒミコさん…無事ですか、無事ですよね。
ヒミコ お陰さまで。
寒河 よかった…。
ヒミコ ね。私、もう行くわ。
寒河 え。
ヒミコ これ以上、ここにいる意味ないし。
寒河 そう。
ヒミコ 今までアリガト。楽しかった。サヨナラ。
寒河 最後に。
ヒミコ え?
寒河 最後に、何か、言葉。
ヒミコ 言葉?
寒河 出来れば、その、心が安らぐ…。
ヒミコ …ごめん、ムリ。出来ないわ。
寒河 そんな。
ヒミコ 私に期待しちゃ、ダメよ。
寒河 俺は、君が…
ヒミコ 知ってる。でも、ゴメン。どうにもならないわ。
寒河 俺が、重荷?
ヒミコ ううん。重くもないし、軽くもない。あなたは私にとって、何でもない。
寒河 それは、
ヒミコ どうにもならないわよ。私に、その気が無いんだもん。
寒河 一言でいい。たった、一言。それが例えどんな言葉でも俺は、
ヒミコ じゃあ、お金、頂戴。
寒河 えっ。
ヒミコ お金。持ってるでしょ。
寒河 …うん。
ヒミコ じゃあお金を払って、私と寝ましょ。
寒河 !何を…、
ヒミコ 300ドルでいいわ。相場よ。
寒河 ヒミコ?
ヒミコ これは救いじゃない。交換よ。あなたのお金と、私の体。平等な取引ね。
寒河 そんな…。
ヒミコ 私に期待しちゃ、ダメ。たった一人で世界を受け止める覚悟があるのなら…お金を払って、私と、寝ましょ。
寒河 ヒミコ!
ヒミコ 違う。
寒河 え?
ヒミコ その名前は、違うわ。モノガミ・ヒミコは、あなたのための私の名前。もう、返すわ。
寒河 返す?
ヒミコ 必要ないもん。私の新しい名前はね、
寒河 …聞きたくない!…嫌だ!
常田 寒河ァ!全く度し難い男よ!手前は今、この世で最も重い罪を犯したぞ!俺の前で、女に恥をかかせた事よ!その罪、万死に値する!光栄に思えよ!俺のマグナムで、涅槃に送ってやるからな!

爆発音!


DATA


illustration : 巨島紗映子

2009年1月9日(金)~1月12日(月・祝)
@池袋シアターグリーン Big Tree Theater
【作・演出】
小野寺邦彦

【出演】
岩松毅、山本駿、赤城智貴、林純平、桐村理恵、松田紀子、本庄あゆみ

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