WORKS | KAKU-JYO
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P・K・ディックのおじさん、さようなら。

街外れの小さな古本屋の埃っぽい一角であなたの書いた本を初めて見つけたとき、 その本の裏表紙には『サイエンス・フィクション(冒険小説)』と書かれていました。 20世紀と呼ばれた時代のある日ある時までは、科学は冒険と翻訳されていたんです。 僕に読書を教えてくれた親愛なるフィリップ・K・ディックのおじさん。
今、僕たちの世界では科学は生活と翻訳されています。 今日もニュースキャスターが伝える言葉は、 生活と技術、生活と進歩、生活と戦争!
…さようなら、ディックおじさん。さようなら、20世紀。
さようなら僕のポストウォー・ベイビーたち。


幕が上がると、そこは場末の映画館の雰囲気。スクリーンには今、「THE END」の文字が出た。それはフランクリン・J・シャフナー監督の映画「猿の惑星」の、あの有名過ぎるラスト・シーンの映像である。客席に独りの男の姿。やおら立ち上がると、オーケストラの指揮者のように両手を振った。その瞬間、音楽が流れ込んでくる。ジャンゴ・ラインハルトの演奏する「オールマン・リバー」である。気づけば彼は真夜中の飛行便パイロットだ。

ファビアン  …ブエノス・ノーチェス、ずぶ濡れのコーネリアス諸君!今夜もお招きどうも有り難う。 こちら、フライト・イン・ザ・ダーク、夜間飛行の直立猿人。現在、南緯23度26分22秒。南回帰線からバビロニアのカプリコーンをターンして、ブエノス・アイレスは今、27時を回った。残念ながら今晩のフライトも無駄足だった。太平洋からプラタ川へと注ぎこまれた海流に街はすっかりと飲み込まれ、栄光のボカ・ジュニアーズのユニフォームごと、オケアミスの待つ海の底へと沈んでしまった。背中一杯に詰め込んだ、エア・メールの宛先が一揃い、またしても今宵この地から永久に消え失せたことになる。かつてヘリオスの時代、まだ夕暮れが西に沈んでいたころに、天におわしますパエトーンが太陽の操縦を誤って地軸をすっかり傾けてしまって以来、日増しに溶け出すグリーン・ランドの永久凍土が、やがて歴史のすべてを水に沈めてしまい、住所録が白紙に書きかえられてしまえば、真夜中の飛行便も廃業だ。そしたら明日から早起きして毎日ピクニックにでも行こうか。勿論、グリーン・ランドにさ。…現在29時30分。モザンピークを抜けて、マダガスカル海峡沿いに帰宅する。真っ赤な絨毯を用意して待っていてくれ。

と、雷音がして。

ファビアン  …コントロール、アクシデントだ。パタゴニア上空で、雷雲に捕まった。猿は盲目、立ち往生だ。座標をくれ。…どうした?コントロール。座標だ。サンジュリアン、応答せよ。サンジュリアン?…俺としたことが、一番腕の太い神の逆鱗に触れたようだ。フライト・イン・ザ・ダークからサンジュリアンへ。これより最後の通信を試みる。雷雲の腹を突っ切って、イチかバチか、雲の上へ出る。だが、雲を超えればもう二度と、この目で陸地を探すことは不可能だ。地表から天を覆う雷雲越しに、この身を影と浮かび上がらせるための、サーチ・ライトをくれ。…エアフレーム イズ ヒア!どうした!サーチ・ライト!サーチ・ライトだ!エアフレーム イズ ヒア。サーチ・ライトをくれ!ブライト・オン!ブライト・オン ザ エアフレーム ウィズ サーチ・ライト! ブライト・オン!…サーチライト!!

轟音と共に、音楽がプツリと途切れると、そこはまた場末の映画館。

映画館主  兄ちゃん。
ファビアン  …え?
映画館主  終いやデ。
ファビアン  シマイ?
映画館主  オシマイや。もう、閉めるデ。悪いけど。
ファビアン  ああ…そうか…終わりか。
映画館主  よう眠っとったみたいやナ。
ファビアン  なかなか始まらないからさ。つい、ウトウトして。
映画館主  映画(シャシン)一本分、まるまる眠っちまったってか。…入場料、返したろか、学生さん。…内緒やデ。
ファビアン  いいんだ。
映画館主  え?
ファビアン  いいんだ。…眠りにきたんだから(去ろうとする)。
映画館主  ちょ、待ち。何処行くんや。
ファビアン  ピクニック。
映画館主  ピクニック?
ファビアン  たっぷり眠って、早起きしたから…ピクニックへ行くんだ。
映画館主  何処へ?
ファビアン  勿論、グリーン・ランドへさ。(去りかけるが)…アレ?…ねえ。
映画館主  ん?
ファビアン  これ、開かないよ、ドア。
映画館主  ああ。
ファビアン  困るよ。
映画館主  寝ボケとるんか?
ファビアン  え?
映画館主  せやから、言うたやないか。もう、シマイやって。
ファビアン  え?
映画館主  あの音が聞こえんかったんか?よう、眠っとったからな…。
ファビアン  え?
映画館主  なんもかんも、もう終わっちまったよ。あんたが居眠りしとる間にナ。
ファビアン  え?
映画館主  そのドアは、もうアカン。物語は、もう終わっちまったんやから。あんたは、出遅れちまったんやから。冒険は、終わりだよ。あとはここで。
ファビアン  …ここで?
映画館主  ここで生活しよう。ポスト・ウォー・ベイビー。
ファビアン  …エアフレーム イズ ヒア!どうした!サーチ・ライト!サーチ・ライトだ!エアフレーム イズ ヒア!サーチ・ライトをくれ!ブライト・オン!ブライト・オ ン ザ エアフレーム ウィズ サーチ・ライト!ブライト・オン!…サーチライト!!

音楽!激しい金属音と共に、暗転。

マヨイ  アラ、いけない。時間だわ。
ファビアン  えっ、もう?
マヨイ  光陰矢の如し、と申します。
ファビアン  ほんの気付けの一杯を口にしただけだ。
マヨイ  その前に駆けつけ三杯をカラにしたでしょ。
ファビアン  みる間に時間が駆け抜けて行っちまった。
マヨイ  …どうします?
ファビアン  え?
マヨイ  延長、する?
ファビアン  え、う、うん。
マヨイ  じゃあ、ハイ。(手を差し出す)
ファビアン  なに?
マヨイ  乾く間の無い舌の根もまろやかなうちに先だって、先立つモノを頂戴します。
ファビアン  だって、追加料金一切ナシって…。
マヨイ  世間知らずのぬるま湯と違って、房総の波は、そんなに低くないの。
ファビアン  お金ですか。
マヨイ  ズバリ言うでしょ、タイム・イズ・マネー。時間を買うには相応のオアシが必要なの。
ファビアン  それでは、僕ら二人の時間に必要なオアシの見積もりは?
マヨイ  ほい来た。ご破算で願いましてはパチパチ、と。ハイこれっくらい。
ファビアン  …週末の交遊費としては出過ぎた出費だ。
マヨイ  あら、あなた終末論者?
ファビアン  終末論?
マヨイ  THE WORLD END。世界の終わりを声高に叫ぶニヒリストのこと。
ファビアン  そんな退廃思想に染まって見えますか、僕。
マヨイ  朱に交わってまっかっか。特に、ウィーク・エンドの家計簿が赤い!
ファビアン  どきっ。
マヨイ  思ったとおりよ。あんた、アカね。
ファビアン  どきどき。何を根拠に、そんな根も葉もない。
マヨイ  その真っ赤な家計簿、週末の火の車が動かぬ証拠よ、この文無し。
ファビアン  これ、墜落の美学です。
マヨイ  タダノリの思想にハマッたわね。
ファビアン  宵越しの小銭は持たない主義なんです。
マヨイ  あら、文無しじゃこの宵は越せないわ。
ファビアン  じゃあ、まだ陽も高いうちにイソイソとおいとまします。
マヨイ  残念ね。カーテンを開けて見てみれば、もうとっくに夜のトバリの真っ只中よ。
ファビアン  あっ、いつの間にミッドナイトになったんだ。
マヨイ  あなた、私に尋ねたじゃない。名前。
ファビアン  名前?
マヨイ  そう、名前。私、ハテナ・マヨイ。真夜中と書いて、真宵(マヨイ)。
ファビアン  まだホンの宵の口だとばかり思っていたら、マヨイの口に誘いこまれていたのか。
マヨイ  口先関係で私に勝てると思って?さっ、払うもの払って頂戴。
ファビアン  いや、でも先立つモノが…。
マヨイ  いい?盲目の想像力に賭けて聞いて、ニヒリスト。もしも、よ。もしも明日、世界が滅びるとしたら。
ファビアン  明日、世界が滅びる?
マヨイ  もしも、よ。どう?明日には世界がご破算になろうというそのときに、お金が必要?定期預金組みたいと思う?
ファビアン  一向に思いません。
マヨイ  じゃあ、一週間後は?世界が滅びるのが一週間後なら?税金対策に走る?
ファビアン  走りません。
マヨイ  じゃあ、一年後なら?一年後に世界が無くなると分かっていて、三十年満期の住宅ローン組む?
ファビアン  組みません。
マヨイ  ね、そういうことよ。
ファビアン  どういうことです?
マヨイ  いつか世界が消えてなくなるその一年後が、百年後でも、千年後でも、例え一万年後でも同じこと。世界とは本質的に消えてなくなる定めにあるというテーゼに従えば、金輪際お金なんて価値はないわけ。
ファビアン  はあ。
マヨイ  でもそれって裏を返せば、お金の価値が流通しているウチは、世界は滅びないってことでしょ。
ファビアン  ウン…。どうも舌先で丸め込まれてる気がするけど。
マヨイ  今日お金が必要なそのココロは、明日が必ず来るという無邪気なオプティミズムの賜物なの。この紙切れ一枚、銅貨一つまみが、明日がトコシエに続いてゆくという、その想像力に賭けるための踏み絵であり、通行手形。アンダスタン?
ファビアン  目からウロコの終末論だ。
マヨイ  分かったら、落ちたウロコを質に入れてでも払って頂戴。情け心で取りっぱぐれたが最後、私の中の明日という日がぐらぐら揺らぐわ。さ。
ファビアン  …。

差し出されたマヨイの手のひらの上に、ゆっくりとファビアンの手が重なる。と、その瞬間。

ファビアン  …掴まえたっ!
マヨイ  えっ?
ファビアン  つーかまえた、掴まえたっ!ついに掴まえたぞっ!
マヨイ  えっ、えっ、えっ?何よ、何?
ファビアン  しらばっくれるないっ!ミス・テラフォーミング、ハテナ・マヨイ。いや築根イチコ!
マヨイ  どうして、その名前!
ファビアン  舌先三寸、巧妙な話術で客をまんまと丸めこみ、思想改造を施す政治犯。この道十年。指名手配のオーソリティーだな。
マヨイ  あんた!
ファビアン  ふっ、長かったなあ、ここまで。捜査の手が伸びる度に行方をくらまし、あと一歩という所で決まって霧と消えるその後腐れのなさ。歴戦の名ストーカー達をことごとく廃業に追い込んだほどの腕前、噂に違わぬ見事さよ。
マヨイ  ふん、あたしもヤキが回ったわ。
ファビアン  ふっふっふっ。さあ観念して…ハイ、お手紙受け取ってください。
マヨイ  …ハ?
ファビアン  お手紙届いてますよ、築根イチコさん。受け取りお願いします。
マヨイ  はあ?
ファビアン  あっ印鑑無かったらサインでも。無教育ならボ印でも結構でーす。
マヨイ  あんた、サツじゃないの?
ファビアン  は?おサツ?
マヨイ  国家権力関係。
ファビアン  最初から言ってるでしょ。しがない舌先三寸関係だって。由緒正しき国家公務員、人呼んで郵便局員です。
マヨイ  どーして舌先三寸関係が郵便局員よ?
ファビアン  だってホラ、封書に切手貼る際に舐めるでしょ、舌先で。ぺろぺろと。一流の郵便局員ともなればその唾液の成分から、お届け先の住所を嗅ぎ取ることなど常識的なスキルなのです。ぺろっ、ぺろっ。


古来万葉の昔より、フェミニストの皆様方には口にするのも憚られる、色狂いの金言が御座います。
曰く、「女は家族としたがる。男は他人としたがる」。
好色の舌先が求める永遠のアカの他人の関係は、このヒトとは永久に他人でいつづけたい、枯れることなく逢う度に「したい」と想い合う関係でいたい、
そんなありえない関係を願う、ナルシスティックな酔いどれの甲斐性、クチベタな殺し文句さ。かつて冒険と蜜月の同棲関係にあったカガクも魔術も、今は別れ分かれて墜落の美学。
終末を願うニヒリスティックな世界でけれどもう一度、アカの他人として出会いやり直せばいい。永遠の他人の関係、それこそ、スケコマシの哲学。
ウィークンドの放課後午後三時から、真宵の口のミッドナイトを繋ぐ、逢魔が刻の舌先三寸。色狂いの説いた口から出任せのサイエンス・フィクションだ。
その出任せを使って、未だ答えの出ていない一つの命題に光を当ててみようか。
そう、人類は猿の問いかけには未だ答えてはいない。
何故、モノが宙を飛ぶのか?それはカガクでも、魔術でもない。
…想像力に実体を与えるな!
週休二日の始まりを告げる金曜三時のチャイムが鳴れば、ガランの校舎が僕の家、夜の教室その片隅の勉強机の奥深く、ホームワークを忘れた少年が真宵の口に誘われて一歩足を踏み入れた時、鳴るはずの無いチャイムが鳴って、見る間に夜が明けてしまえば、思い出すんだ、いつだって、言葉は世界に手遅れだって!
だから先回りしてやろう。
この舌一つで世界を丸め込み、ニヒルなペシミストたちの鼻を明かしてやろう!
俺が使うのは裸一貫この舌先一つ。それさえあれば世界をまるごと丸め込むのに造作も無い。Flyt in the dark, bright on the light.
千夜一夜の夜間飛行も、舌先三寸で乗り越えてゆくさ。

DATA


illustration : 伊藤彩子

2009年7月8日(水)~7月11日(土)
@多摩美術大学 八王子キャンパス メディアホール
【作・演出】
小野寺邦彦

【出演】
岩松毅、山本駿、赤城智貴、林純平、松田紀子、桐村理恵、本庄あゆみ

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