モダン・ラヴァーズ・アドベンチャー

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上演作品
▼モダン・ラヴァーズ・アドベンチャー














恋人よ、眠り続けよ。

プロの覗き屋にして留年の達人、東京都教育委員会に畏怖と頭痛を持ってその名を知られる超の字が付く問題児童、高校十年選手三鷹ロダン君は、待ちに待った十回目の修学旅行その前夜、近所のデパートで開催されるモデルショウのリハーサルをショウウインドウ越しに覗き見したことがバレ、一人置いてけぼりを喰ってしまいます。謹慎のために放り込まれたアカズの間、オソロシの理科準備室の中で、彼は精巧な人体標本模型の少女ハリコと出会います。ですが、標本模型の哀しさ、彼女の半身は剥き身のカワハギ。情緒のカケラもアラレもない、すっぽんぽんとは興が削がれる、覗きのプロとして捨て置けん、と、ロダンは彼女に、その半身に相応しいコロモを見つけ出すことを約束します。
さて時を同じくして、本番が行われたモデルショウでは今まさにそのフィナーレ、クライマックスにところが目玉 の花形モデル、モダン嬢が行方不明。虚空を染めるスポットライトに照らし 出されたのはモヌケの空蝉、彼女がその身に纏ったハズの、豪奢な衣装だけだったのでした。





































ロダン ……いろはにほへと、ちりぬるを。匂えども、見えぬイロを探して迷い込んだ見知らぬ路地の裏口、やけに上気した鼻歌に誘われて目を向けたそこには、見も知らぬお姉さんがあられもない生まれたて、一糸まとわぬスッポンポンのあで姿で向こう向いてやがった。そうです、ボクはそうとは知らず見知らぬ家のオフロ場の前に立っちまっていたんです。どうにもこうにも心臓がドギマギドギマギ早鐘っちまって、そこは白金だったんだけどー、兎に角一旦落ち着こう、気配を絶って立ち去ろう、そう思ってゆっくり数を数えながら深呼吸をやってみたんです。ひい、ふう、みい、よお。するとどうだろ、ヒフ見ようなんて願掛けに取り違っちゃったか知らないけど、まるで霧が晴れたみたいで、さっきより鮮明にそのマッシロに透き通ったヒフが見えるんだ。もう立ち去ろうなんて思いもアワと消えてどっかいっちまっていた。だってお姉さんたら、ぜーんぜん気付きゃしないんだ。ホンのちょっとでも気配を察して、こちらを見返りゃ、「キャーっ!」って絹を裂く悲鳴が聞こえて一目散に逃げ出す準備は出来ていたから、それまではトックリ見てやろうと思って覗き込んでいる内に、時間も忘れてどれ程経ったろう?ボクはすっかり留年です。こうして手紙書く僕の目の前で母さん、今もあの人は、振り向いちゃくれないままなんです。こうして、月に雁の夜、見返り美人の見返らぬ鈍感さによって、ボクはデバガメ、いつしか右に並ぶ者のない、プロの覗き屋になりました。

闇が晴れると、学生服姿の青少年たちが「ふすま」のスキ間を覗きこんでいる。

学生1 やい、覗き屋。
ロダン へえ。
学生1 ここがカブリツキに間違いねえな?
ロダン へえ、アリーナで。
学生2 有り金払ったからなあ。
学生3 払ったよお。
学生4 相場の倍払った。
ロダン ダフ屋が出ましたか。
学生2 フダ付きを掴まされた。
ロダン では額面通りの文無しで。
学生1 門はなくとも表札があらあ。
学生4 質札だってある。
ロダン どんな札つきの因縁をつけようってんです?
学生1 ……何ンにも見えねえ!
ロダン ダンナ、いけねえ。そんなに目を見開いちゃ。
学生2 目を開かずにどうやって覗くんだ。
ロダン 血眼にびっしりの毛細血管がぷっくりと呼吸して、台無しの視野狭窄。弱り目に祟り目のドライ・アイがワイドビューを濁らせます。
学生3 札付きにカブリツいた、血眼を咎められる道理があるか。
ロダン かかる道理はまつげに絡めて、夜飛ぶ雁もアレ?っと思わず見失う二日目の月のように、細く、細~く、極めて細く。マナコは細めて見るんです。
学生4 細めて見る?
ロダン 上まつげと下まつげが絡み合おうとするその刹那、触れなば消えん、世界が閉ざされる黒のスキマに一筋の、眩い明かりが浮かび上がる。
学生4 ……浮かび上がった!
学生2 ……浮かび上がった!
ロダン 恐れ多くも厳かに、勿体無くも慎ましい、その一筋の光明こそが、門ナシのフダ付き質札に代えて、有り金ハタいてでもアリーナで拝みたい、幻の見返り美人、その絹のヒフでござい。
学生1 こいつあすげえ!
学生3 カブリつきだねえ。
学生2 こいつが幻の、絹のヒフかあ。
学生4 凄いねえ。
学生3 凄い。
学生1 上まつげにへばりついた目ヤニと見間違うくらい、凄い。
ロダン 痙攣に耐える薄目を凝らして、さらにもう一睨み、じっとりと覗き込む。
学生2 じっとり。
学生3 じっとり。
学生4 じっとり。
学生1 じっとり。
ロダン さすれば初めは真綿か絹かとばかりに見えていた無垢のヒフ、あらわの肌のその奥に、うっすらと蠢くものが見えてくる。
学生2 そいつは何だい?
ロダン 内臓でさ。
学生達 内臓?
ロダン 特等席のアリーナにかじりついておいて、肌を見ただけじゃ、ハダカを鑑賞したとは言えねえ。
学生1 細く見開かれたなけなしの月明かりの下、ただヒフのみのデバガメでは飽き足らず、その内に包(くる)まれている内臓までをも覗き込もうって了見か。
ロダン そこまで覗いて「通」と呼ばれるのよ。
学生2 その通用門を通ることが出来るんですか?ビギナーにまつ毛の生えた程度の僕等、文無しであっても?
ロダン よくぞ言ったスカンピン。モチのロンで誰しもが、覗き込んだヒフの中に、内臓を透かして見ることが出来るようになる、レッスン次第では。
学生4 レッスン?
ロダン まずは呼吸を整える。無心の心でゆっくり四つ数を数えながら深呼吸してごらん。
学生1 ひー、
学生2 ふー、
学生3 みー、
学生4 よー。
ロダン そう、一歩踏み込んでヒフ見ようと思ったのなら、「ひ、ふ、み、よ」と四つ唱えて心を鎮める。
学生3 鎮めた心を何に使います?
ロダン 練習問題だ。
学生1 練習問題?
ロダン 全ての道は、四十六文字に通ず!

「ふすま」に記された五十音表が浮かび上がる。

ロダン ええ、今日はレッスンも初日ということで、簡単な練習問題をご用意致しました。
学生4 親しみやすい順列組み合わせが見えてきた。
ロダン いかに無学文盲の文無しといえど、勿論知っておりますよねこの展開図。
学生2 ウン、勿論―、
ロダン そう皆さんすっかりお馴染みの、極めて精巧なる人体模型です。
学生達 え?
ロダン ぴかぴかビギナーの諸君にあっては、生身の肌を覗きこむ前にまずはこれなる人体模型をつかって、ヒフから内臓を除き見るレッスンを致しましょう。
学生2 (ひそひそ)どこが人体模型だ?
学生3 (ひそひそ)無味乾燥なあいうえお、じゃねえか。
学生4 (ひそひそ)ヘンタイにも節度が欲しいねえ。
学生1 先生。
ロダン ハイ、視野狭窄。
学生1 そのお。恥ずかしながら血眼に視野狭窄の身の上からは、人体模型というよりは、在りし日の手習い、いつか見たひらがな五十音早見表に見えるんで。
ロダン ええ、五十音表です。
学生達 えっ。
ロダン だが同時に、精巧なる人体模型でもあるのです。うわべのヒフばかりに目を奪われず、一見巧妙に隠された肉の奥、ヒダのヒダ、その内臓まで深読みして参りましょう。
学生3 何だか、インビだなあ。
学生2 ばかっ、神誓ってセイなる学問だぞ、これは(にやにや)。
ロダン 一段目から参ります。「あ」と「え」の間。その中に「言う」が隠されています。
学生2 (ザワザワ)あッ、本当だ!
学生3 (ザワザワ)ある、ある。
学生4 (ザワザワ)これが内臓かあ。
ロダン お静かに。ではお次。「か」と「け」の間には「聞く」が隠されている。
学生1 (ザワザワ)あった!
学生4 (ザワザワ)あったあ!
ロダン では隣。「さ」と「せ」の間には?
学生1 「し・す」?
ロダン そう、死す。すなわち、デッド・エンド。
学生3 もう寿命かよ。
学生2 儚い生涯だったなあ。
学生4 サドンデスで力尽きたんだねえ。
学生達 おーい、おいおいおい(と、アラレもなく泣く)。
ロダン けれど感傷は無用の長物。死せる魂はすぐさま輪廻転生して、また別の命へと産声を上げます。
学生1 君がいて、僕がいる。死の一番近くには生があるという、あり合わせのヒューマニズムなんですね。
ロダン そう、いつだって死と生とは隣り合わせの仲立ち。死せる魂、その隣の段をご覧下さい。
学生4 「た」と「て」の間だな。
学生2 「ち・つ」?
ロダン そう、膣。即ち、誰しもがその身に覚えのある、十月十日の揺りかご。
学生4 胎内回帰ですね。
学生2 どんな子が生まれるかなあ。
学生3 どっちに似るだろね。僕かな?君かな?
学生2 何れにしろ凡百のガキんちょとは一線を画すハイブリッドには違いないわねえ。
ロダン とんびが鷹をの高望み、その願いはハイお次の段、「な」と「ね」の間に埋まっている。
学生4 「に・ぬ」?
ロダン 世界に一つだけの花、誰にも「似ぬ」子が生まれて欲しいとは、親の欲目か、期待過剰。
学生3 ではその期待過剰を受けて生まれ出る、新しい命の手触りは?
ロダン ここまで見えれば、あと一歩。いよいよクライマックスの「は」と「へ」の間をまさぐってみましょう。
学生3 「ひ・ふ」!
学生4 え?
学生1 ヒフだ!
学生3 ヒフに触れた!
学生2 ヒフを覗き込んだ内臓の中に、またヒフを見つけた!
ロダン パチパチパチパチ。おめでとうございます。それこそ「通」の覗き屋のみがお目にかかることの出来る、「ヒフの中のヒフ」。
学生3 ヒフの中のヒフ。
ロダン これにて人体模型でのレッスンは全て修了と相成りました。修了証明書は後日、着払いにて郵送させて頂きますです、ハイ。
学生4 やったねえ。
学生2 いいもん見たねえ。
学生1 ありがたいねえ。
学生3 眼福だねえ。
ロダン ではここらへんでデバガメの夜からお別れしましょう(去りかける)。
学生2 あれ?でも……。
ロダン ナンです?
学生2 五十音表には、まだ続きがありますよ。
学生1 え?
学生4 本当だ。
学生1 脅威の小宇宙・人体の底はようとして知れない。
学生3 きっと次回までのお楽しみなんだぜ。
学生2 ボク、予習しておこう。
学生3 あ、ボクも。
学生4 ボクも。
学生1 ボクも。
ロダン ちょっと……。
学生3 「言う」「聞く」「死す」「膣」「似ぬ」「皮膚」と来たんだからお次は
学生2 そう、きっと「見る」だね。
ロダン え……?
学生1 細く、細~く棚引きたる薄目を頼りにじっくりと「見る」ことから始まった覗き屋のレッスン、胎内回帰を経たその大トリも「見る」ことで閉めるってわけか。
学生2 そうかそうか。
学生3 良くできた話だ。
学生4 美しいハナシだなあ。
ロダン あの、
学生2 「ま」と「め」の間だね。
学生4 ウン。
学生1 ……「み・む」。
学生2 ……みむ?
学生3 アレ?
学生4 アレ?
学生1 アレ?
学生2 アレ?
学生4 先生?
ロダン ア、はい……。
学生4 みむってナンです?
ロダン ん、それはそのう……。オホン、オホン。
学生1 おやあ。
学生2 雲行きが怪しいなあ。
学生3 月が翳ったねえ。
学生4 一転俄かに視界が曇ったぞ。
学生1 釈明できませんか?
学生2 釈明できませんね?
ロダン ……(ヒヤアセの沈黙)。
学生1 ……デバガメの論理が破綻した!
学生2 インチキだ!
学生3 金返せ!
学生4 札つけて返せ!
学生1 ノシつけて返せ!
学生2 表札ごと返せ!
学生3 恩をアダで返せ!
学生4 踵を返せ!
学生1 野朗をひっくり返せ!

学生達が迫るその瞬間、ストップモーション。「考える人」の姿勢で物思いに耽るロダン。

ロダン ……母さん、どうしてだろう?どうしてだ?いつだって思っていた。「は」の段までは天才なんだ。ああ、それなのに、畜生。どうしてあと一段、「ま」のところでマヌケにも、破綻してしまうんだろう。「まみむめも」が「まみるめも」だったら、カンペキなのに。……答はカンタンさ。僕、確信があって思うんだけれど……、「む」と「る」は場所を間違ったんじゃないだろうか?本来「む」がある場所には「る」があって、「る」の場所には「む」があったのではなかろうか?きっと、僕、そう思うんだ……。違いますか、母さん?






























全く予期せぬタイミングで、天井から、「人体模型標本」が落っこってくる。

ロダン うわああああああああっっっ!!!……何だい、節操のない内蔵丸出しか。……しかし何ともマア慎みのないフォルムだね。年期の入ったプレミアモノ、一点限りの一張羅だけれど、武士の情けに渋々と、これでも着てろ、丸出し野郎。

ロダン、ふわりと自らの年期の籠った上着を掛けてやると、どこからともなく声。

ハリコ 野郎じゃないよ。
ロダン え?

すると「人体模型標本」はひょいと天井裏に引っ込んで代わりに少女が現れます。

ハリコ どうだ参ったか、参ったね、参ったと言え。実は野郎じゃないんだ、こう見えて。
ロダン あのう、見え過ぎですよ。
ハリコ え?
ロダン プリプリピンクの内臓がハミ出てます。
ハリコ アラ、失礼。
ロダン お宅も、シンキングを封じられたキンシンの身の上ですか?ご同輩。
ハリコ キンシンなら、かれこれ一世紀は食らったかなあ。
ロダン えっ、そんなに!
ハリコ 脇にかく、汗の匂いもホルマリンだ。
ロダン 見上げた生き字引の先輩だ。
ハリコ 見下げ果ててるじゃないか。
ロダン たかだかホンの10年ばかりの留年でいい気になっていた、我と我が身の年輪が、今はただひたすらに恥ずかしい。
ハリコ 御陰さまでその年輪が、アタシのヒフになった。ありがとう、留年してまで、年輪を繕ってくれて!
ロダン え?
ハリコ 恩を買っても売り切れない、皮膚移植の恩人に名前を尋ねてもいいかい。
ロダン 僕、ロダン。25の春。
ハリコ アタシはハリコ。
ロダン お針子さんですか。
ハリコ 開かずの理科準備室に張り付いて一世紀。この姿を見て、きゃあ、と逃げ出す人はあっても、ヒフを着せてくれたのは、ロダン、あんたが初めてだ。
ロダン それじゃああんたが、今しがた、武士の情けの気まぐれに、僕が一張羅を着せてやった、あの人体標本模型?
ハリコ うん、ほら。チラリ。(と、服をまくって内蔵ブリ出し)
ロダン うわおうっ!?あっコイツは確かに汗と涙でアップリケした、僕の年輪だ。
ハリコ お古となっても受け継いでいくよ、その汗と涙。
ロダン しかし、解せないなあ。
ハリコ 何がさ?
ロダン ほんのさっきまで、忘れ去られたオーパーツ。一介のデク人形に過ぎなかったお前さんが、たったの汗臭い衣一枚、身に纏った程度で、いやに饒舌にお喋り捲し立てるとは、一体どういったわけだろう?
ハリコ ……ロダンさん?
ロダン はい?
ハリコ モロ見えにこう見えても、メスの端くれなんです、ワタシも。
ロダン はい。
ハリコ いくらなんでもモロ出しの丸出しじゃあ、お恥ずかしくって人様と口なんぞ聞けませんでしょう?
ロダン じゃあ硬直してたんですか。
ハリコ 恥ずかしさの余りにフリーズしてしまいました、一世紀あまりも。
ロダン 血は立ったまま眠っていると言うが、内蔵は立ったまま硬直していやがったんだねえ。
ハリコ その硬直に熱い血肉の潮を注いで雪解け水のように優しく、あくまで優しくフリーズを解いてくれたのが他ならぬロダン、君のヒフだ(そっと寄り添う)。
ロダン (目を見て)ハリコさん。
ハリコ (見つめ返して)うん?
ロダン ……寄るんじゃねえっ!
ハリコ ええ?
ロダン ヒフを合わせるんじゃない!
ハリコ いいじゃない。元は一つのヒフ同士、ぴったりと里帰りさせてやっても。
ロダン ズバリ言いましょう、ハリコさん。べっこうぶちの色メガネに掛けて、あなたは、僕の趣味の範疇からは大きく逸脱しています。
ハリコ それって、どんくらい?
ロダン 天文学的な距離が計測されました。
ハリコ ひどい!
ロダン いいですか、デク人形。誇り高くも、僕は覗き屋。
ハリコ 覗き屋?
ロダン 細く、細く、見開いた「社会の窓」、その無自覚の隙間から、ホンの一瞬、隠された肌がチラリと覗く。これが、ロマンだ。チラリズムの教えだ。
ハリコ それはフェチズムだろう。
ロダン 光り輝く絹の柔肌。にらみ続けるほどに赤みさし、うっすらと奥に蠢く血管が、皮下脂肪が、内蔵が透き通って見えてくる。
ハリコ 内蔵なら、売るほどあるさ。
ロダン 俺は覗きこみたいんだ!お前さんのように、表も裏もない、ハナから何もかも丸出しの女になんぞ要はない。興が削がれることハナハダしいのよ!
ハリコ 甚だしいハダが無いんだから、しょうがないじゃんか。
ロダン 黄金色の一言を進呈しましょう。「服を着てから出直して着やがれ」。
ハリコ だったら皮膚移植義援活動に協力しやがれ!(ドタバタ)……アレ?何だいコレ?
ロダン え?
ハリコ 内ポケットから出てきた。
ロダン あっ、あっ、そ、そ、それは!
ハリコ (開いて読む)えー、「モダンさん。今日は月曜恒例の人身事故で通勤快速に17分26秒ほどの遅れが出た模様です。それでは、また」。……何、コレ?
ロダン 人のラブレターを音読する奴があるか!
ハリコ ラブレター?
ロダン 伝統と様式に乗っ取った、由緒正しい赤面の記録だ。
ハリコ へえ!ラブレターなんか書いてやがるんだあ!
ロダン 何かとは、何だ。
ハリコ ばかばかしいのお。
ロダン 侮辱したな、若干25歳、留まり続ける春の記述を。
ハリコ どんな女さ?
ロダン へ?
ハリコ どんな女なの?トウの立った青少年一人、長すぎる春の季節に留まらせ続けるほどの罪作りは?
ロダン ええ、そのお。
ハリコ さだめし大層な器量よしなんだろうねえ?
ロダン ・・・まだ、その器量を拝んだことはないんだ。
ハリコ えっ?ご本尊を参拝していないんですか?
ロダン 恐れ多くも背中の白無垢を拝ませて頂いた程度だ。じっくりタップリ舐る様に。
ハリコ そいじゃあ、まだ顔も見たこともない女に狂ってるんだ?
ロダン クルって振り向いてもくれないんだ、どんだけ覗き続けても。
ハリコ それで引っ込みが付かなくなったね。
ロダン 引っ込みも出っ張りもつかずに、早10年目の春を迎えました。
ハリコ ラブレターの返事は?
ロダン ただの一度も返信のない、ナシのつぶての一方通行。
ハリコ 兄さん、こいつは無理筋だ。もう諦めよう?
ロダン バカ!一度モノにすると決めたらテコでもドントムーブ。雀百まで踊り忘れず。
ハリコ 欣喜雀躍スズメの踊り。
ロダン あの人の肌を思い出すだけで、25歳、赤みさすこのお肌の曲がり角に触れてみろ。
ハリコ (触れて)あっ!熱い!ロダンが、暖炉みたいにポカポカと熱い!
ロダン すげなくされればされるほど、ハートがポッポと燃えるのよ!
ハリコ スズメじゃなくてハトぽっぽじゃねえか。
ロダン 昨晩も覗いていたんだ、ポッポと灯火燃ゆるハート携えて。
ハリコ でも所詮、添い遂げられない仲なんだろう?
ロダン あの人と添い遂げた時が俺の青春の終わりだ。「時間よ止まれ、お前は美しい!」と叫んでもいい。
ハリコ そんな誇大妄想に触れることも叶わない瞼の中の絹の肌より、目の前にイイモノがあるのに。
ロダン イイモノ?
ハリコ 指を伸ばせば触れる事のできる、リアルな肉の触感。(と、ロダンの手を自分の肌に導く)
ロダン ……やっぱし趣味じゃないや。
ハリコ じゃあ、ロダン、あんたの趣味の女にしてよ!
ロダン え?
ハリコ 何もかも丸出しで気に食わないっていうのなら、もっと皮膚を頂戴。あんた好みの皮膚を。
ロダン おれ好みの皮膚。
ハリコ ハリコは人形。どんな皮膚、どんなコロモだって着こなしてみせる。
ロダン カスタマイズしろってのか。
ハリコ ヨダレがじゅるっと落ちるような、あんた好みの、あんただけのソソル女に仕立てて頂戴。
ロダン これが噂に名高い、「好きにしていいのよ」ってやつか。
ハリコ ♪あなた好みの、あなた好みの、女になりたい。
ロダン 何だか、やにわにむくむくと食指が動いてきやがった。
ハリコ その動く食指でチクチクと、縫い合わせてよ、アタシの皮膚。
ロダン ようし、決めた!ハリコ、俺はお前をいいように造り直して、俺好みの女に染め上げてやる。モデルは、勿論、いつも瞼の裏に覗き続けるアノ人だ。いつかその肌をチラリと覗き見るために、服を着せてやるんだ。こいつは豪気だ。とんだフェチズムだ。これでもうあと10年、青春ができるぞ!♪らんらんらん。
ハリコ そんなにらんらんと目を輝かせて。
ロダン いいか、ハリコ 。こいつはお前が誘った話だ。後の祭りの泣き言は、いいっこナシだぜ(と、そっとハリコの肌に触れる)。
ハリコ ……触んないで!
ロダン ハア?
ハリコ そんな覚束ねえ手つきでいじくられたんじゃ、たまったもんじゃないや。
ロダン だって、お前さん、今さっき……
ハリコ ねえロダンさん?何にだって、手順というのもがあるのよ。
ロダン 手順?
ハリコ 留まり続ける春の呪い。25にして、あんたリアルな女の扱いに関しては、丸っきりのシロウト以下だ。
ロダン どきっ。
ハリコ 顔も見えない瞼の裏に住む女なんかにウツツを抜かして引きこもってるから、いざ目の前に、ホカホカと湯気を立てるプリプリピンクの食・べ・ご・ろ・を出されてもどう料理していいか、皆目見当が付かない。
ロダン どきどきっ!
ハリコ いくら「好きにしていいのよ」ったって、あてずっぽうの目暗撃ちはご勘弁。どうせならキレイに縫い上げてくれなくちゃ、イヤ。
ロダン 経験を詰めってのかい。
ハリコ 遅すぎた春にそんな悠長なハナシをしてるイトマはないでしょ。
ロダン じゃあ、どうしたらいいのさ。
ハリコ 弟子入りよ。
ロダン 弟子入り?
ハリコ レクチャーを受けるといいわ、その道のプロ。人体デザインの巨匠に。
ロダン 巨匠が相手にしてくれますか?
ハリコ 当たって砕けろガラスの青春。もう失うものなんか微塵も残っちゃいないくせに。
ロダン どこにいるんだ、その巨匠は。まずはアポイントメント取らなくっちゃ。
ハリコ 修学旅行よ。
ロダン 修学旅行?




















ファウスト 失礼しやんす。
ロダン あ、そんな、大胆にも第一歩で、プライベート・エリアへ侵入して!
ファウスト 大胆、という文字を、大股、と読み違えてしまいました。
ロダン またまた、うまいんだから。
ファウスト ♪こっちの股はう~まいぞ。
ロダン いやあ、アハハ。いやに、つ、つ、月が細い夜だなあ。
ファウスト 覗き屋さんなんですって?
ロダン ええ、まあ。一応プロ、やってます。
ファウスト 覗いてばかりじゃあ詰まらないでしょ。
ロダン いえ、これ、フェチズムですから。
ファウスト 鼻の下を伸ばして、一体、何を見つめているの?
ロダン 長襦袢とシュミーズのスキマから光り輝く絹の柔肌。
ファウスト それから?
ロダン 無自覚にも無防備な、金色のうなじに絡みつく、塗れ葉色の後れ毛。
ファウスト それから?
ロダン 背後に回ってピクリとも身じろぎも許されぬこの身にあっては、ただ心許ない想像力に助けを借りて妄想するしかない、ご本尊のあちら側。
ファウスト それから?
ロダン ……「ま」と「め」の間。
ファウスト ハナシをまとめにかかってるの?
ロダン まとめ、じゃありません。「ま」という文字と「め」という文字との、間のことです。
ファウスト それ、どんなフェチズム?
ロダン ジメジメと留年を更新し続けるしがない覗き屋にこびり付いた唯一の知性、社会との架け橋、五十音早見表に記された、「ま」と「め」の文字の中に蠢く内臓をウォッチングするんです。
ファウスト ……「み・む」?
ロダン そう、まるで意味を成さない、崩壊した知性の残骸です。
ファウスト そんなモノ見て楽しい?
ロダン 青臭く苔むした勉強部屋、そのすすけた壁に今もかかったままの五十音早見表を覗くたび、今夜こそはと思うんです。ひょっとしたら今夜こそ、この「ま」と「め」の間に、「み・む」ではなく、「み・る」という、知性の輝きが瞬いているのではないか、と。
ファウスト 「み・る」?
ロダン そうすなわち、「まみむめも」という一行が、「まみるめも」に変わっているのではないか、と。「む」がある場所には「る」の字があって、「る」がる場所には「む」の字があるのではなかろうか、と!そんな淡い希望を託して、僕、覗いてみるんです。……けれど、
ファウスト けれど?
ロダン けれど結局、世界のコトワリは変わらない。無いものねだりの駄々っ子に、唯の一遍だって、望む通りの世界が表れた試しはないんだ。
ファウスト ……へえ、成るほど。思った通りのアタマでっかちね。
ロダン え?
ファウスト おっかしい!世界の方から変わってくれるのを、ただ待っているだなんて。
ロダン どういう意味です?
ファウスト コロンブスの卵よ、ロダン。世界の方に変わる気がないのなら、自分の方から世界を変えてしまえばいい。
ロダン え?
ファウスト 覗きにしたってそう。へっぴり腰に10年も留まって、振り返ってくれるのを待つばかり!どうして、一度だって、自分から彼女の肩を、ぐいと掴んで振り向かせてみようとは思わないの?
ロダン それは、そのう。
ファウスト 世界を変える勇気の持ち合わせすら無いくせに、たった一人の女を征服できると思って?
ロダン 一つの世界と一人の女は、同じ比重なんですか。
ファウスト 一人の女を征服することは、一つの国家を征服するのと同じくらいに難しい。
ロダン とんだ偉業だ。
ファウスト でもそれは同時に、砂場の城を踏み崩すことと同じくらいに容易いことなの。アンダスタン?
ロダン 弄んでいますね、ボクを。
ファウスト ……もうすぐ、「ワルプルギスの夜」が来るわ。
ロダン 「ワルプルギスの夜」?
ファウスト この地上で一番のお祭り。それは修学旅行のメインディッシュ。夜が最高潮に達した時間にやって来る。
ロダン やって来ると、どうなる?
ファウスト 理性が溶けるわ。
ロダン え?
ファウスト 溶かしてしまいなさい、ロダン君。留年の君が抱える唯一の理性、五十音早見表という名のコトワリ、寄る辺なき世界のルールを。さすればそこに、あなたの思い描いた通りの彼岸が現れる。
ロダン でも、それは、
ファウスト (シッポリとしなだれかかって)……明かりを消して。
ロダン え?
ファウスト マックラにし・て♥そしたら、連れて行ってあげる。理性を溶かす、「ワルプルギスの夜」に。
ロダン ……!

ゆっくりと二人の姿が重なって、明かりが消える……と思ったその刹那。

ヨダレ ピピー!
ロダン え?

「ふすま」が開いて、そこには一部始終を覗いている青少年たちがいた。

ヨダレ ハイ、そこまで、そこまで。こっから先は青少年お断りだよ。
ロダン 何だ、お前!
ヨダレ 私は、天下御免の風紀委員長だ!
ロダン 風紀委員?
ヨダレ 修学旅行の夜。小癪にも女子の部屋へとトランプ持って夜這いに出掛ける不埒な男子生徒を捕縛するのが、ボクの勤めです。
ロダン あ!お、お、お前等あ!さては一部始終を、の、覗いてやがったなあ!
ファウスト いやだ、恥ずかしい。
マチズモ (ニヤニヤ)いやあ、先輩。お盛んですなあ。
ハリコ (ニヤニヤ)不潔よお、フケツ。
ヨダレ (ニヤニヤ)こいつは、捨て置けない。義理と人情、計りに掛けても、風紀委員長の名に掛けて、担任教師に報告の義務があるなあ。
ロダン え?担任?
ボタン先生 ロダン君!君って生徒は!んまあ!んまあ!
ロダン あの、先生。これには事情が。
ボタン先生 二乗が三乗でも、許すわけには参りません!今日という今日はキンシンじゃすまないわよ。失禁するほどの戒めを与えてあげます!
ロダン (ファウストに)おい、何とかしてくれ。
ファウスト 何とかって?
ロダン ウヤムヤにしろと言ってるんだ!
ファウスト そのお願いを聞いてあげるからマックラを頂戴(首に手を回してベタベタ)。
ボタン先生 ロダン君!!
ロダン だから、そのまっ暗闇での秘め事のトガに、体罰を喰らうところなんだ!
ファウスト いいから、早く!マックラ!マックラを頂戴!

その瞬間、トートツに天から無数の枕がドサドサと落ちてくる。

ロダン え?
マチズモ なんだ、こりゃあ
ハリコ まくらじゃない?
ボタン先生 まくら?
ヨダレ 確かに、まくらだ。
マチズモ ソバガラのまくらだ。
ファウスト さあ、時は今。修学旅行の夜は正に、最高潮。生涯忘れえぬ思い出のために、この一度この一瞬だけはお咎めナシの無礼講。教師・生徒の別も無く、投げ合って頂きましょう。本日のメインディッシュ、まっくら投げ大会「ワルプルギスの夜」、スタート!

知性を吹き飛ばす狂乱の宴、まくら投げが始まる!

DATA

2010年7月24日(土)~8月1日(日)
中野テアトルBONBON
  http://www.pocketsquare.jp/

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅 /山本駿 /赤城智貴 /斉藤未佑 /加藤愛子 /加藤景子

スタッフ
照明:志田順一/ 音響:山口諒/ 舞台監督:海老沢栄/ 舞台美術:二宮花梨/ 衣装: Eily K Jammy (えさかともこ・巨島沙映子)/宣伝美術:倉和範/ イラスト:せきやゆりえ



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