血と暴力の星

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上演作品
▼血と暴力の星








すべての言葉はサヨナラ

かつてあった時代かつてあった街へと続く路線図の中心その心臓部から、 末端へと向かって枝分かれの血管をほどいて、ほどいてゆくといつか辿り着く爪の先、 寂れた無人駅こそが僕の少年時代の全てでした。
キセル乗車の不心得者が捨ててゆく二つ折りの切符を拾い集めてはどこから乗ってきたのか確かめる。
それが例え隣の駅からであっても僕には等しく地の果てでした。
けれどある日、拾った切符の行き先は空白で何も印刷されてはいなかった。

文明果つる不毛の地、無尽の砂漠を歩き続けていつかメキシコへ辿り着くために。
1999。僕は17歳でした。


































暗闇に閃光。世界が終わる音。やがてゆっくりと夕日が登ると、赤バットを握り締めた青年が一人、立っている。

スカー・フェイス …雑踏ですれ違った顔も知らぬ男の背中にいつか見た、懐かしい風景の匂いを嗅ぎ付けたそんな時。 かつてあった時代、かつてあった街へと続く路線図を広げるんだ。
幾つもの路線が複雑に交錯する都会の中心その心臓部から、 末端へと向かって枝分かれの血管をほどいて、ほどいてゆくと、いつか辿り着く爪の先、 関東平野の終わる場所。持ち重りのする錆に土埃、誰もが背中に貼り付けて辿り着く終着駅。 寂れたその無人駅こそが僕の少年時代の全てでした。
検閲御免の無人駅、 キセル乗車の不心得者が捨ててゆく二つ折りの切符を拾い集めては、どこから乗ってきたのか、 その来し方を確かめる。それが例え隣の駅からであっても僕には等しく地の果てでした。 けれどある日、拾った切符の行き先は空白で何も印刷されてはいなかった。 その瞬間、僕の少年時代は終わりを告げたのです…。
1999。かつて20世紀と呼ばれていた、 その終わり頃。他の一年と何ら変わらない、平凡なその年。1999。僕は17歳でした。

と、背後から、西部劇の登場人物の様な扮装のヤング・レオ登場。

ヤング・レオ 見ない背中だな。
スカー・フェイス え?
ヤング・レオ 物語の幕開きに教訓のサービス、背中越しに話しかける人間に一㍉たりと心を許すな。
スカー・フェイス 許すとどうなる?
ヤング・レオ 振り向いた瞬間、つむじ風を貰う。
スカー・フェイス 不意打ちですか。
ヤング・レオ フイを突かれる前に距離を取るんだ、月面歩行で。
スカー・フェイス じゃあ消えてくれよ、あくまで自主的に。
ヤング・レオ 今の今まではそのつもりだった。けれどあまりに無防備なこの背中。殺伐としたこの地、この時にあって、いっそたまらなく愛おしい。
スカー・フェイス まだ顔も見ぬ他人の背中に向かって、肩肘張った過剰な思い入れを語るな。
ヤング・レオ 掛け値なしのイノセントを雄弁に語る、真っ白な背中を今、眼の前にして、俺としたことがこの場から、遺憾にも如何とも立ち去りがたい。
スカー・フェイス (振り向いて)風とともに去りぬる風上に立つ男、誰だい、お前。
ヤング・レオ 見て分からねえのか、風下に立つ男。
スカー・フェイス 有り体のリアリティに即してざっくばらんに申さば、ヒソヒソ声と後ろ指が常連のご近所名物、アメ横の怪人。すなわち一見、学芸会の西部劇、荒野のガンマン風。
ヤング・レオ そう、俺はセイブの男。
スカー・フェイス 西部の男?
ヤング・レオ 若き血潮にタテガミ逆巻く、誰が呼んだか、ヤング・レオ。
スカー・フェイス ヤング・レオ。
ヤング・レオ セイブの荒野を我が物顔にカッポカッポと闊歩する、キングオブキングス、百獣の王。
スカー・フェイス 地歴公民難関私大合格A判定の知性に照らし合わせて質問しますが、かつてからこれまで、いっぺんだって西部にライオンがいたか?
ヤング・レオ 質問にお答えしましょう、百獣の王から百聞の王へ。
スカー・フェイス 誰がヒャクブンの王だ。
ヤング・レオ 百聞は一見にしかず。お前のことだ、詰め込み教育。
スカー・フェイス 猛勉強の徹夜続きに、夜食の鍋焼きうどんをも折り詰めた蛍雪の知性が批判されたぞ。
ヤング・レオ 夜毎の暴飲暴食で膨れあがった内臓脂肪と肝に銘じて聞きなさい。
スカー・フェイス 有酸素運動を取り入れながら。
ヤング・レオ グリコーゲンが乳酸を経てブドウ糖へと分解される悠久の時を待つまでもなく、サイタマと言えばセイブ、セイブと言えばライオンと、相場が決まっているんだ。
スカー・フェイス サイタマ?
ヤング・レオ 見ろ!ジョン・レノンミュージアムを経てスーパーアリーナへと続く、果てしのない大荒野!ここがサイタマでなくして、いったいどこだというんだ。
スカー・フェイス 知らぬ間に、サイタマの荒野に足を踏み入れていたのか!
ヤング・レオ …どこから流れてきた?
スカー・フェイス え?
ヤング・レオ 寄る辺なき事情を秘めた移民だろう。澄んだ瞳にも一滴の泥が沈んで、長旅の疲れを隠し切れない。
スカー・フェイス どこから来たかは覚えちゃいない。どこへ行くのか、ただそれだけを知っている。
ヤング・レオ どこへ行くんだ?
スカー・フェイス 南だ。遥かメキシコ・シティー。
ヤング・レオ メキシコ?
スカー・フェイス そう、サイタマの荒野を歩きぬけたその果てに、いつか必ずメキシコまでたどり着く。おかしいか、ヤング・レオ。
ヤング・レオ めっそうもない。まさかメジャーリーグが照準とは、夢にも思わず無礼な口を。
スカー・フェイス メジャーリーグ?
ヤング・レオ 隠そうとも隠し切れぬその腰に光り輝く見事な業物。さぞや銘のある赤バットと見た。
スカー・フェイス よさねえか、一見の腰元に過剰かつ一方的な思い入れを注入するのは。
ヤング・レオ 思いもよらないだろう。しがなくも島国の片隅、サイタマに生きる男の気持ちなど。
スカー・フェイス どんな背中の美学なんだ。
ヤング・レオ セイブの荒野を行く男の目指す先はただ一つ。狭山丘陵は所沢に鎮座まします、犯すべからず神の鞍。セイブ・ライオンズ球場。
スカー・フェイス ライオンズ球場?
ヤング・レオ 天下の名門ベースボール・パーク。年に一度のプロテストが行われる聖地に、大荒野を抜けていつの日か辿り着くため、腕を丸太に鍛え上げ銃の腕を磨くのがセイブの男。
スカー・フェイス その実力の程は?
ヤング・レオ ワーキング・プアだった俺の親父は、 糸がほつれたボールの一個、合成ビニールのグラブ一つさえ俺に与えることもできず、 やっと拳銃一丁買える金を作ると、アッサリ脳溢血でくたばった。俺は生まれてこの方、 ボールを握ったこともなければ、グラブをはめたこともない。いわんや、バットなど、振ったことがあるわけもない。
スカー・フェイス え?
ヤング・レオ そこで耳寄りなお報せ。先行投資といかないか、流れ者。
スカー・フェイス 先行投資?
ヤング・レオ 未来の花形ベースボール・プレイヤーに栄光の第一歩をおすそ分けのチャンス。ホンの一振りいい、あんたのその業物を、俺に体験させてくれないか、兄弟。
スカー・フェイス 誰がいつから兄弟だ。
ヤング・レオ 無垢な背中を無垢なまま、傷の一つもつけずに許した仲じゃねぇか。兄弟いや、兄貴と呼んだっていい。
スカー・フェイス 気取るつもりか、傷だらけの天使を。
ヤング・レオ 四半世紀が過ぎて、視聴率のトレンドはすっかり「相棒」だ。
スカー・フェイス 黙れ青春の殺人者!相棒でも兄弟でもない。セイブの男を気取る身の丈に一匹狼の気概はねぇのか。
ヤング・レオ 俺、狼じゃないもん。群れてナンボのライオンだもん。
スカー・フェイス 鶏口牛後の訓えに背を向けた寄らば大樹の影から、気安く肩を組むんじゃねえ。
ヤング・レオ 群れて組んだ肩越しに、狙いを定めるんだ。からっぽの財布を懐に、週末ごとに通うウィンドウ・ショッピングの要領で…(と、バットに手を伸ばす)。
スカー・フェイス やめろ!触るなっ!「エラトステネスの棒」に!
ヤング・レオ 「エラトステネスの棒」?

と、その瞬間、銃声! 二人、反射的に身をかわす。

ヤング・レオ …弾が先。音が後。
スカー・フェイス スゴ腕か。
ヤング・レオ 腕が一流ならばきっと弾も一流だろう。拾っておこう、飯の種。
スカー・フェイス シケモクを拾うのか、百獣の王が。
ヤング・レオ 茜指す吸い口に火傷するほどルージュの伝言。火遊びに重要なのは体面じゃない、火加減だ。
スカー・フェイス 使用済みの鉛玉に、種火ほどの価値もあるもんか。
ヤング・レオ なぁに、筋金入の弾丸だ。根性据えりゃあ、あと一回くらいは使えるもんさ。…アッ!
スカー・フェイス 何かあったか、シケモクに。
ヤング・レオ 弾丸の表面に、ソドムとゴモラの登録商標。
スカー・フェイス どれだけ無節操なシンボルマークだ。
ヤング・レオ 噂に名高い、これこそ、北国の帝王の刻印!
スカー・フェイス 北国の帝王?
ヤング・レオ 最上級の畏怖と戦慄を持って語り継がれる、荒野を行く男たちの伝説。セイブ一の、
スカー・フェイス 殺し屋か。
ヤング・レオ いや、レールウェイ・コンダクター。
スカー・フェイス それってどんなマエストロ?
ヤング・レオ 早いハナシが鉄道車掌。
スカー・フェイス なんだ、ポッポ屋かよ。
ヤング・レオ 税金漬けの生ぬるい国鉄職員なんぞと間違ったって一緒にするな。 サイタマの荒野にあって、己が二本足以外、唯一の移動手段、セイブ線。 そのセキュリティーレベルはアルカトラズ・プリズンと並び称されるほどだ。
スカー・フェイス おどかすなよ、誇大妄想狂。
ヤング・レオ 脅しだと思うか詰め込み教育。セイブ鉄道交通法、人呼んで『鉄の掟』に触れた犯罪者を容赦なく極刑に処するその冷酷、 大宮ソニックシティに巣くうコヨーテだって裸足で逃げ出す。
スカー・フェイス コヨーテがそもそも靴を履くかよ。
ヤング・レオ 無賃か?キセルか?
スカー・フェイス え?
ヤング・レオ 北国の帝王が地の底まで追う相手は西武鉄道における最上級犯罪者、すなわち無賃乗車及びキセル乗車犯をおいて他にないというぜ。
スカー・フェイス 断固として事実無根だ。…ただちょっとボンヤリ歩いてたら 目の前に邪魔くさい柵があったので乗り越えてみたらそこは駅のホームで、 たまたま止まっていた列車のドアが開いていたので何となく入ってみたら突然動きだし、 こうなってしまえば仕方ない、少し落ち着こうと座席に座ったらうっかり終点まで眠ってしまっただけのハナシだ。
ヤング・レオ やっぱり。

と、再び銃声!二人のすぐ近くの地面が弾け飛ぶ。スカー・フェイスとヤング・レオ、飛び退く。

ヤング・レオ 夢から出た誠、地の果てもない大荒野にいながらよもや袋の鼠を体験しようとは。
スカー・フェイス 窮鼠猫を噛もうにも、相手の鼻っ柱さえ見えねぇ。
ヤング・レオ そうとばかりも限らないさ。…見ろ!北国の帝王、その空気をも斬り裂く弾丸の軌跡が、視界不良の砂塵を蹴散らして、今、砂煙がはれる!

遠く、砂煙と陽炎の向こう側に、北国の帝王の姿が浮かび上がる。

スカー・フェイス …あの距離から狙ったっていうのか?
ヤング・レオ けれど奴にとっては諾足歩行で進むロバ、その前足と後ろ足の距離ほどもないんだ。
スカー・フェイス 火力の差は?
ヤング・レオ こちらは貰い火のシケモク。あちらの火種はプロメテウスの左手。
スカー・フェイス 神話級の格差かよ。
ヤング・レオ お話になりまシェン。

遠くで北国の帝王、構えて、三度銃声!二人、とっさに物陰に身を隠す。

ヤング・レオ …次の一発は、いよいよヤバいかも知れねえ。
スカー・フェイス どの一発だってハートをかすめれば、平等に致命傷だ。
ヤング・レオ 当たらぬ弾こそ厄介なんだ。一発目で距離、二発目で弾道、三発目で腕前を計られた。
スカー・フェイス 残り三発か。
ヤング・レオ いや、二発だ。
スカー・フェイス え?
ヤング・レオ 一人に一発。四発目と五発目で俺たち二人を始末して、余った一発を持ち帰る。それがプロフェッショナルの仕事なんだ。
スカー・フェイス …震えてるのか、百獣の王。
ヤング・レオ 後悔はないんだ、百聞の王。人間どころか犬畜生の生き霊にさえ出会うことも稀な、 干からびた荒野のまん真ん中で、たった一瞬、刹那のすれ違いであったとしても、 志を同じくする兄弟に会えたんだからな。そうだろ、瞼の大リーガー。
スカー・フェイス いや、俺は…。
ヤング・レオ 一つだけ、聞いておいてもいいかい。
スカー・フェイス 一つでいいのか。
ヤング・レオ 知りすぎる登場人物は、物語の導入部には不向きだ。
スカー・フェイス ごもっとも。
ヤング・レオ 名前を教えてくれよ。
スカー・フェイス 名前?
ヤング・レオ 今ここで二人北と南に散り散りとなっても、 流れ流れていつかどこか、そうメキシコ・シティーの街角で見かけたとき、 よもやと我が目疑う後ろ姿に、それでも声を掛けられるように。
スカー・フェイス …名前か。
ヤング・レオ ダメかい?
スカー・フェイス …スカー・フェイス。
ヤング・レオ え?
スカー・フェイス もしもメキシコのどこか赤いレンガの曲がり角、 今と変わらぬ真っ白な背中で俺がいることが出来たのなら。 そう呼んでくれヤング・レオ。頭でっかちの理屈屋、 詰め込み教育の百聞の王、寝癖と目ヤニの友、カビ臭い受験生。俺の名はスカー・フェイス。
ヤング・レオ …スカー・フェイス。

銃声!スカー・フェイスの手からバットが弾き飛ばされ、二人別々の方向に走り去る。北国の帝王、身を翻すとゆっくりと砂煙に消えた。
























種子 …と、斯様なコトがあったのやもしれません、一千年前のある日、この場所で。
マダム・イヴ 何をおいても想像力こそは、次代を担うデザイナーの必須科目。育ててみせなさい。種子に今、芽生えた、その古代への妄想。
種子 コダイ妄想?
マダム・イヴ キッカケはしがない誇大妄想に身ごもった想像妊娠であったとしても、十月十日その身に宿せば、やがて血肉の通った歴史的事実となって産声を上げる。
種子 手に余るには思春期のリビドーに等しい、そんなキカン坊の鬼子を、育て上げろっていうんですか、女手一つで。
マダム・イヴ 水臭い!枯渇した世間体という井戸の底に聞き耳を立てれば、云うじゃない、立っているモノは親でも使え、と。
種子 寝てるじゃないスか。
マダム・イヴ 主が寝てる間にも全自動で働く、マダム・イヴの手足をレンタル・ユー。
種子 へ?

と、ボロボロの格好をした肉体労働者ヒルコの集団が現れ、てんでに地面を掘り出し始めた。

種子 何です、このむくつけき肉体労働者たちは。
マダム・イヴ ヒルコよ。
種子 ヒルコ?
マダム・イヴ このマダム・イヴが涼しげなるホワイト・スワン、モードの泉に浮かぶ白鳥であるならば、ヒルコはまさしく水面下のバタ足、すなわちブルーカラー担当。
ヒルコ1 (古レコード盤を掴んで)シュープリームスのファースト、モータウンオリジナル、ゲットー!
ヒルコ2 「ストリート・ファイティング・マン」、ピクチャー・スリーヴ・シングル発見!
ヒルコ3 「エルビス・クリスマス・アルバム」オリジナル赤ビニシールド未開封!
ヒルコ4 「ボールド・アズ・ラヴ」、なんとモノラルコピー盤!
ヒルコ1 「ケイン号の叛乱」サウンドトラックRCA純正品!
ヒルコ2 スプリングスティーン「夜のスピリット」コロンビア・リミテッド・45!
ヒルコ3 「プリーズ・プリーズ・ミー」ゴールドパーロフォン盤、UKオリジナルしかもステレオ!
ヒルコ4 …幾ら、ソレ?
ヒルコ3 500万。
ヒルコ皆 ないないないないない。
種子 …チンプンカンプンなんですけど。
マダム・イヴ なにせヒルコは、雛にも稀なサヴァン・シンドローム。ズバリ、先天性ジオパシスト。
種子 ジオパシスト。
マダム・イヴ 私たちは、通常、昔から、今だって、お互いの脳から脳、すなわち思考と思考で会話してるでしょ。
種子 ノー・ブレイン、ノー・コミュニケート。脳波と脳波を絡める以外に、意思伝達の手段があろうはずもなく。
マダム・イヴ そう、人類の99%までは極めて平凡な健常的テレパシスト。ところが残り一%に潜り込むヒルコは、生まれついてのコミュニケーション不能者。
種子 コミュ障すか。
マダム・イヴ 然り。稚児にも可能な脳会話の一言、ただ一単語すら、生涯交わすことが出来ない。
種子 押しも押されもせぬオシというワケですね。
マダム・イヴ けれど代わりに広大なるジ・アース、土地土地に刻まれた古代の思念と会話するの。
種子 地面と、会話を?
マダム・イヴ ああして地層を掘り返しては、かつてその地で交わされた、いつかの会話を再現する。すなわち、ジオパシー。
種子 では一方的かつ無分別に、今、ズズイと脳髄に流れ込んでくるこの会話は。
マダム・イヴ 偉大なる労働階級、ヒルコの発掘成果というわけ。
種子 地質学的霊媒、歴史学的イタコというワケですね。
ヒルコ1 おっはー。あーテストだるぅ。チョコンバー。
ヒルコ2 ネズベンだべ?うちもネズベン。マジ飛びそうなんですけどぉー。
ヒルコ3 やっべえ。うちなんて絶対赤点超ギリセンでオヤ汗出まくりオワッツ。
ヒルコ4 聞いて聞いて。昨日ユミコとブーヤでマクってたらマルウでグーキーのガンブロンからパーされてマジ圏外やけどバブってきたからバリカラからの返しゴチって連れッティングの隙に即撤収。したっけ帰り井のヘッドでユミコがリバってマジBMでBAのBKでチョバチョブからのチョハニクミエスンってわけよ。
ヒルコ(4以外) …あに言ってんだオメェ。
種子  言語レベルが飛躍的に上昇し、より複雑困難な暗号と成り果てました。
マダム・イヴ  突然変異。著しい進化のシルシね。
ヒルコ1 (ポケベル取り出し)うぉっ。めっちゃウザベルなんすけど。
ヒルコ2 いやいやいやいや。ちょっとマジすか。ベルって。ないっしょ。今時。プレルって。
ヒルコ4 (携帯取り出し)ピッチ小僧がナマってんじゃねーよ。Iモードって知ってっか土人。
ヒルコ3 …ストップ!(と、携帯を取り上げた)

ヒルコ3、ボロ切れを脱ぐとその正体はグビダケであった。他のヒルコたち、一斉にその場を去る。

種子 クビダケ!?
マダム・イヴ アラ、ダーリン。筋金通った一匹狼の胸にもそぞろ孤独の虫、どろんこ遊びのグループワークに混ぜて欲しかったの?
クビダケ 歴史の垢に塗り込められて朱に交わった赤ら顔、秘密を紐解くそのカスガイを掴んだ。
種子 !…それは。
マダム・イヴ 古代の地層にはありがちな、未発達なテクノロジーの化石ね。
クビダケ そう。どの地層からも、ある時代を境にこっち、コイツばかりが出土しやがる。
マダム・イヴ それっていかほどの水揚げ?
クビダケ ご覧に入れようか、新嘗祭にも奉納可能なゴールデン・ハーヴェスト、その大収穫。

と、クビダケの懐から、ドサドサと様々な携帯・PHSの化石が転がり出た。

マダム・イヴ …こんなに…いつの間に。
クビダケ 知らぬはババアばかりなり。子飼いの卵子よりの横流しよ。
マダム・イヴ 種子ね。
クビダケ 東大生親元暮らし、かじられる大黒柱とスネの太さは常に気に止めておくべきという、シロアリ駆除会社からの教訓だぜ、バーサン。
種子 お母様!…これは、その、
マダム・イヴ いいのよ。元より私には不要な漏斗の底の搾りカス。廃棄されたるゴミを誰がどうしようと全くの自由。かじりなさい、遠慮なくこのスネ。
種子 ガブリ。まあ、なんて美しい、傷だらけのスネ。
マダム・イヴ それで?忘れられし時代の、忘れられしテクノロジー、このチープなゼンマイ仕掛けから、どんな物語の謎が紐解かれるの?
クビダケ メンデル以来の変拍子で綴られた進化論。
マダム・イヴ 聞きましょう、しっとりと眉に唾つけて。
クビダケ …かつて1000年も昔。人類は今とは全く違う方法で会話していた。
種子 違う方法で、会話?
クビダケ そう、俺たちが今、互いの脳波のチャンネルをキリキリと合わせて思考を読み合っているこの技術は、かつての人類、その未発達かつ未成熟な前頭葉では到底不可能であったと、解剖学的に結論は出ている。
マダム・イヴ では一体、いかなる手段を用いて意志疎通を?
クビダケ その回答の入れ知恵は、横流しの胴元に刷り込み済みだぜ、大先生。
マダム・イヴ 種子に?
種子 え?…あっ…暴力。
マダム・イヴ ボウリョク?
クビダケ そう、かつて人類は「暴力」と呼ばれた手段でもって会話をしていた!だが勤勉なるヒルコの捜査網を持ってしても、未だその具体的な方法までは分からねえ。まさしく人類史上最大のミッシング・リンク。俺はそいつが知りてぇ。
マダム・イヴ では、この機械は?
クビダケ 暴力を用いた会話から、脳波を用いた会話への過渡期、すなわち脳会話をサポートするために使用された、外付けハードと俺はみた。
マダム・イヴ 確かに。直感、無根拠、夢見がちと三拍子揃って、変拍子の看板に嘘偽りない、世紀のタワゴトだわね。
種子 (携帯をいじりながら)信じられませんわ。こんな不格好な機械を使わなければ会話もできなかっただなんて。…アラ?
マダム・イヴ どうかして、種子。
種子 お母様、動きます、この機械。
マダム・イヴクビダケ えっ!?
種子 バテバテのバッテリーから僅かばかりの人肌。瀕死の電源が辛うじて生きてるみたい。
クビダケ よこせっ!!(引ったくる)

クビダケ、夢中になって携帯のボタンをガチャガチャと、デタラメに押しまくる。すると、

携帯 『留守番メッセージをお預かりしています』 
マダム・イヴ種子クビダケ !!
携帯 『お預かりしているメッセージは1件です』
クビダケ …うわああああああああああ!!!!!(携帯を取り落とす)
種子 お、お母様!!コ、コ、コ、コトバが!オ、オ、音に!!
マダム・イヴ まさか!!
クビダケ コイツは脳に伝わる声じゃない!空気を振動させて、オ、音の波を出しやがった!
マダム・イヴ ありえない!ありえないのよ、こんなコト!!
携帯 『メッセージを再生します』
マダム・イヴ種子クビダケ …!
 「…おかえりなさい」

誰も動けないまま、辺りは唐突に暗闇に包まれた。
















ヤング・レオ …元気だしなよ、フクロウ博士。
ウィンスロー 通り一遍の気休めだったら、無用の気遣いだぜ、ミスター・ホワイト。
ヤング・レオ 慰めの報酬って言いたいのかい。
ウィンスロー 誰がダニエル・グレイグだって?
ヤング・レオ ハロルド坂田のクセに。
ウィンスロー せめて島田テルって言ってくんない。
ヤング・レオ やさぐれるなよ、文豪。このヤング・レオがセイブに轟くベースボール・プレイヤーと成り上がった暁には、自伝に一行、その功績を書き加えておいてやるから。
ウィンスロー …なれっこないよ。
ヤング・レオ どうして。
ウィンスロー 憧れは妄執の別名。夢見る頃を過ぎてなおのうのうと、何がベースボールだ!何が役者だ!芝居でメシが喰えてたまるか親不孝!
ヤング・レオ たまさかの関係から親心を気取るな。大手を振って何を目指そうが頑として自由だ。
ウィンスロー 自由とは牢獄の通り名。若者は皆、自縄自縛、自らの想いに囚われの虜。
ヤング・レオ 何に囚われてるっていうんだ、伏し目がちの千里眼。
ウィンスロー ボールとバット。ジクムント・フロイトの寝言に出典を求めるまでもなく、分かり易過ぎるほどに分かり易い、男根崇拝のメタファーだ。
ヤング・レオ 未だ一発も打ち込まれたことのないこの体に、弾痕があろうはずもないだろ。
ウィンスロー その虚勢こそが語るに落ちるマッチョ崇拝、男性的なるモノへの憧れ。裏を返せば未来永劫手には届かぬその距離に、恋焦がれているだけなんだ。どうだ!図星だ!
ヤング・レオ まあ、当たってるかな。
ウィンスロー そうでしょ、そうでしょ。
ヤング・レオ だって、オレ、女だし。
ウィンスロー えっ?
ヤング・レオ 生きて荒野を渡りきるにゃあ、かかるハンデがちと身に余る。マッチョに憧れるのは理の当然の範疇だろう。
ウィンスロー …オンナ?
ヤング・レオ ハ?
ウィンスロー 今、女って言った?
ヤング・レオ (呆れて)見りゃあ分かるだろう?
ウィンスロー いやあテッキリ男役者が見つかんなくて女役者に男役やらせてんのかと思ってたから。
ヤング・レオ うん、まあ、それもあるんだけどサァ。
ウィンスロー そうか…女か。…それならハナシは別だ!
ヤング・レオ え?
ウィンスロー なれるよ、ヤング・レオ!セイブにその名を轟かすビッグ・プレイヤーに。それも、
ヤング・レオ それも?
ウィンスロー わざわざ無法の荒野を渡ってゆく必要もない!向こうからやって来る。是非ウチのチームに入って下さい、とね!
ヤング・レオ どんな魔法を使うんだ!?
ウィンスロー セックスしよう。
ヤング・レオ …ハ?
ウィンスロー セックスしよう、私と。できれば、うーんと愛のない、乱暴な、ヒドいやつ。
ヤング・レオ なんでまた。
ウィンスロー 初めてか?
ヤング・レオ まあね。
ウィンスロー 惜しいかい?
ヤング・レオ そうでもないけど。
ウィンスロー そうか、うん。いいぞドライで。…そうだ!いっそのことレイプってのはどうだ!
ヤング・レオ えっ?
ウィンスロー ベースボール・プレイヤーを目指し、男として育った少女に降り懸かる行きずりの凶行、寝耳に水の悪夢。その日を境に墜ちる場所まで墜ちてゆく。売春、妊娠、堕胎、自暴自棄から自殺未遂…これだっ!
ヤング・レオ 堕ちるばかりに身を任せたフリーフォールからどう経由すれば、入団発表記者会見に繋がるのさ。
ウィンスロー (携帯を手渡し)書くんだ。その物語を、真実のドキュメンタリーとして!
ヤング・レオ ドキュメンタリー?
ウィンスロー 強姦、売春、妊娠、堕胎、自殺未遂。これらは今、流通している「女の子の神話」、そのほぼ全てに搭載されている共通のフォーマットだ。
ヤング・レオ ありきたりってことじゃんか。
ウィンスロー 吐いて捨てるほどに。だがね、ヤング・レオ。君の書く物語のウリ、それはこれらがすべて作り事ではなく、「真実」である、という点だ。つまり。
ヤング・レオ つまり?
ウィンスロー 君が、君の存在が、物語そのものになるんだ。
ヤング・レオ 有名人ってことかい?
ウィンスロー カリスマだよ。口コミは光の速度でもってマスメディアの寵児。全てが手に入る。
ヤング・レオ 栄光のナイン、そのレギュラー・ポジションの椅子も?
ウィンスロー 射程圏内だ。充分に顔を売った頃合いを見計らって告白するんだ、あらゆる媒体で。夢はセイブへの入団だ、とね。さすれば向こうが放っておかない。群衆を相手の商売人が一番欲しいカード。それが分かるか?
ヤング・レオ 19番目の神経衰弱にも耐えうる、ハートのエースかい。
ウィンスロー ジョーカーズ・ワイルド。話題性だ。ヤング・レオ、現在の君の作文能力は?
ヤング・レオ 義務教育終了の頂きにあと三歩半ほど足りない程度。
ウィンスロー 上等だ。文章は拙いほどいい。共感を生むからね。…完璧だ。どうだ!痛快じゃないか!今から生まれる新しい神話が、ケータイの電波に乗って、かつて私が奪い取られた物語、その全てを蹴散らすんだ!復讐だ!ここに私の復讐が完成する!
ヤング・レオ …でもさぁ。
ウィンスロー まだ、何か?
ヤング・レオ 結局、ウソだなんだろう?
ウィンスロー え?
ヤング・レオ 脚本・演出・プロデュース、全部あんたの筋書きじゃんか。
ウィンスロー だからそれを、その筋書きを、これから全て本当にするんだ主演女優!来いっ!
ヤング・レオ あっ?

ウィンスロー、ヤング・レオの手を強引に引いて闇に消えた。
















サラ・ベルナール ねえカミサマ。推理したの。王様の本棚から失敬した神話のペーパーバックを斜め読みに継いだ付け焼き刃でもって。どうしてカミサマが一言も喋らないのか。 喋らない人はね、預言者なんだって。偉い人から預かった言葉をこぼさないように黙ってるんだって。 だからね、こうして(首を抱く)カミサマの首をすっぽり隠してしまえば、頭に詰まった世界の秘密はぜんぶ、ハンディーに独り占めできる。
北国の帝王 ……。

と、唐突にレポーターの伊武とアシスタントの種子が現れる。

アシスタントの種子 預言者の首をご所望ですか?
サラ えっ!?
レポーターの伊武 ならば七つのドレスを脱ぎ捨てる、ストリップの儀式が必修科目でしてよ、お姫サマ。
サラ どっから入ってきてんだよ。
伊武 縦横1センチ四方の隙間があれば這い出て回るのがマスコミの生態です。
サラ 消えな、デバガメ。
伊武 愛の嵐!消えましょう、世間が涎を垂らすビッグ・ネームへの独占インタビューをつつがなく終了した後であれば。
サラ ビッグ・ネーム?
種子 あらゆる数字を一桁変えるマジックを持つ、いわゆる一つの有名人。
サラ 部屋が違うよ。タテガミ姉ちゃんなら、辻むこうの三軒隣の奥向かい。
伊武 ここでいいんです。是が非であってもゼヒゼヒと、我々が激写スクープしたいそのターゲットこそ、お姫サマ、あなたの愛しい預言者、無口なる時報の君。
サラ カミサマが、ビッグ・ネーム?
種子 商売道具の脚線美をこむら返した鉛の火種に刻まれし、ソドムとゴモラの登録商標。
伊武 セイブ広しといえどもこの弾丸を所持せしめるオトコは、ただ一人。
サラ …聞きたくない。
種子 サイタマの荒野にあって、己が二本足以外、唯一の移動手段、セイブ線。
伊武 鉄のレールに刻まれた血よりもクールな茨の戒律。セイブ鉄道交通法、人呼んで『鉄の掟』に触れたる犯罪者を容赦なく極刑に処する、レールウェイコンダクター。
種子 最上級の畏怖と戦慄を持って語り継がれる、荒野を行く男たちの伝説。『北国の帝王』。
サラ 『北国の帝王』?
北国の帝王 ……。
種子 ついさっきの気もするいつかの昔、凡百のキセル乗車犯を追って失踪したと噂の人。
伊武 こんな辺境の独立国家で、いたたまれぬ再起不能の余生を送っていたなんて!
種子 エウレカ!天才的な企画を思いつきました!題して『あの人は、今』。
サラ よしなよ。そんな、払った肩の埃を積み立てて一張羅のスーツに縫い込むようなマネ。
伊武 ???…わかり辛い喩えだわ。
種子 コホン。…ねえお嬢ちゃん、時給いくら?お小遣い、欲しくなぁい?
伊武 払うわよぉ、キャッシュを。クールビューティの脚線美も面喰らうごっつぃオアシを。
サラ 誰がグレース・ケリーだって?
伊武種子 はぁ?
サラ そんな泥棒成金と間違うな。あたしゃサラ・ベルナールよ。タダより高いハシタ金で売れるか、唯一神を!
伊武 侮らないで、ハシタ金の神通力。何だって買える。どこへだって遊びにいける。
サラ アソビ?
種子 書を捨てよ、町へ出よう。いけないわ、今が華のモチ肌レディーが、こんなカビ臭い辺境の一室で、あたら青春の全てをすり減らそうだなんて。
サラ あたしはここから動かない。生涯ただの一歩だって、国境から向こうへ出るもんか。
伊武 楽しいわよぉ。西武園ゆうえんちに浦和スプリングレーンズ。吉見百穴、スプラッシュガーデン秩父。思い切るならいっそ、トーキョー。
サラ えっ?…トーキョー!?
種子 そう、トーキョー。渋谷、原宿。、六本木。憧れでしょ?けやきっ子。
サラ …何、言ってんのアンタら。
伊武種子 ハ?
サラ トーキョーなんて、影も形も無くなったんだろ。あの日、あのとき。十年も昔に。
伊武種子 ハァ?
サラ この荒涼たるサイタマの荒野の先には、金輪際、世界なんかないんだろう!?
種子 …先輩。綿密の上にも取るものとりあえずのロケ・ハンで判明した事実ですけど。
伊武 発表なさい、メゾ・フォルテで。
種子 この口ばかりの独立国家内のテクノロジー、生活習慣、ファッション、その他。その全ては十年前、すなわち1999年のあの日よりビタ一文進歩しておりません。
伊武 まぁ。…では情報も?
種子 規制されております。ハード&ルーズな国王の手によって極めて適当かつズサンに。
サラ 進歩だって?おかしいじゃないか。話が違うじゃないか。進歩と調和の時代は終わったんだろ?人類は、沈没と枯渇の美学に埋もれてゆくほかないんだろ?
種子 国政不干渉。ヨソのオウチの方針に口を出すつもりはござんせん。
伊武 でもね、レディー。突然の情報過多にオーバーフローを承知で真実の報道を手渡すならば、あの日の後、トーキョーは、驚くほどの速度で、アっという間に復興したのよ。
サラ 嘘だ。
種子 サイタマが荒野という城壁に囲まれた絶対鎖国を通していたのだって、たったの三年足らずのハナシなの。今じゃ誰だって、トーキョーに日帰り旅行くらいできるのよ。
サラ 嘘だ。
伊武 噂だけどね。近いうちに、人口の大量移動があるって。そうなればこれまでサイタマの国境線であったセイブ線だって、外に繋がる可能性があるし。
サラ 嘘だ!…いらない!今更、そんな世界いるもんか!歪め!バロック!…助けて!カミサマ!!嘘になれ!バロック!!…バロック!!…バロック!!
種子 …先輩。
伊武 マズったかしら。(肩を掴んで)お嬢ちゃん?ちょい、落ち着いて。
サラ (振り払って)嘘になれ!嘘になれ!嘘になれ!…歪め!!バロック!!!

その瞬間!北国の帝王が拳銃を抜くと、一瞬で伊武と種子を打ち抜いた。

北国の帝王 ……。
伊武種子 !!!

2人、崩れ落ちる。瞬間、暗転。暗闇にサラ・ベルナールの嗚咽の声。

DATA

2014年
1月22日(水)~ 26日(日)

池袋シアターグリーン
Big Tree Theater
http://www.theater-green.com/

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅 / 佐々木諒 / 倉紀子 / 佐藤辰海 / 田村友紀 / 門田友希 / 江花実里 / 鈴木まりこ / 柴山夏奈子

スタッフ
照明:志田順一/ 音響:久郷清/ 舞台監督:Hitoe/ 衣装:田窪真由子/ 宣伝美術:orange21/ イラスト:本秀康



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