薄明かりにポツンと郵便ポスト。その傍らに、冒険王。
冒険王 『ああ、ファビアン。まだひと目も会ったことのない、まぶたの君へ。週休二日の始
まりを告げる金曜三時のチャイムが鳴れば足取りも軽くウキウキとウィーク・エンド
へ消えてゆく生徒たちを吐き出して、やがて逢魔がトワイライト。夕暮れともなれば
誰ひとり露と訪う者もなく、ガランの校舎が僕の家、夜の学校へ君を招待致します。
君の住所がわからないので宛名には待ち合わせ場所をしたためておきました。真っ赤
なポストの立つカドでこの手紙を持って最初に現れる君こそが、僕のファビアン、夜
の救世主。末永くお待ちしています。フロム・冒険王。』…ファビアン!
と、そこへバッタリと通りかかる、公職のファビアン。
ファビアン えっ?
冒険王君がそうなんだろ、ファビアン!僕だよ、君のレター・メイト。
ファビアン レター・メイト?
冒険王一方通行の文通相手。待ち合わせただろ、ウィーク・エンドの夕暮れに染まる、この真っ赤なポストの立つカドで。
ファビアン オカド違いだろう。
冒険王晴れの門出を間違えるもんか。
ファビアン 河童のサルスベリという故事もある。
冒険王だって君、ファビアンなんだろ。
ファビアン マレにそう呼ぶ者もある。
冒険王それってどれくらいの率?
ファビアン まあ一万人もいたらば、ざっと一万人程度は俺をファビアンと呼ぶね。
冒険王じゃ、やっぱり。
ファビアン 同名異人だ。俺はそんな大それた待ち人なんかじゃ、
冒険王なら、何さ。
ファビアン 名乗る程もない一介の国家公務員。
冒険王公務員?
ファビアン パブリック・サービスマン。
冒険王公職なのかい!
ファビアン いいかい、民間人。指折り数えること千年に余る昔、人類と呼ばれる二足歩行の霊長
類がアマゾンに生い茂る羊歯の歯ほども群生していた時代、俺の親方は天下の日の丸、由緒正しき郵政省。
冒険王公職なんだね。
ファビアン だが人類が20と一つの世紀を跨ごうとしたその刹那、親方はやんごとなきパブリック・サービスから、こともあろうにプライベート・カンパニーへと堕落したんだ!
冒険王公職から、民間企業に?
ファビアン ユウセイミンエイカと呼ばれる恐るべき呪いだ。
冒険王遊星より愛を込めて。放送禁止のミコトノリか。
ファビアン その日。公職の郵便局員としての俺の最後の仕事は、たった三枚の封書を配送することだった(懐から、封書を三通取り出す)。コイツを配りおえてしまえば、俺の身も明日から卑しき民間企業社員。だが…
冒険王だが?
ファビアン この手には未だ、その三通すべてが握られている。分かるか、民間人。この三通の配達業務を終えない限り、俺は終生、忘れ去られた国家公務員なんだ。
冒険王その忘れ去られた公職が、何の用だい、待ち合わせのカドに。
ファビアン 話を聞いてなかったのか?だから、探してんのさ。宛名を。
冒険王アテナ?
ファビアン 受け取りを貰わずば死せるとも帰らじ。どうだ原住民。聞き覚えはないか、この住所。
冒険王どれ。『千葉県成田市三里塚一丁目一番地…』
ファビアン 千年の昔に地上から滅びた住所だ。だが昼夜を問わずに解読した古文書と郵便局員としての俺のカンをブレンドすると、どうもこの辺りがキナ臭い。
冒険王…やっぱり君だ!ファビアン、僕の待ち人は!
ファビアン は?
冒険王読んでみろよ、その手紙の文面を。
ファビアン 『ああ、ファビアン。まだひと目も会ったことのない…』
冒険王そこは、早送りして。
ファビアン 『君の住所がわからないので宛名には待ち合わせ場所をしたためておきました。真っ
赤なポストの立つカドでこの手紙を持って最初に現れる君こそが、僕のファビアン、夜の救世主。末永くお待ちしています。フロム・冒険王。』
冒険王それ、僕が出した手紙だ。
ファビアン じゃ、冒険王?
冒険王まあね。房総大陸にあってはその名を知らぬ者はないほどのメジャーなアザナだね。
ファビアン 音に聞こえたこともない。とんだローカル・ヒーローだ。
冒険王音にも聞こえぬローカルな待ち合わせのカドで千年、初めて出会った君こそが、僕の待ち人、まぶたに夢見たファビアンその人だ。
ファビアン 千年もの有給休暇を棒に振り、探し果てた手紙の宛先が、俺自身だったって?
冒険王徒労だなぁ。
ファビアン 取ろうもやろうもない。貰おう、受け取りを自前の拇印で…んじゃ。
冒険王なあぁ、公職のファビアン。
ファビアン 色目を使うな、公務員に。
冒険王招待したいんだよ、君を。今夜、僕のネグラに。
ファビアン 夜だって?
冒険王そう、それもミッドナイト。
ファビアン とんでもない!時計の針が夕暮れ五時を指したその刹那、たったの一秒たりとて顧みず、天下の公務員はキッパリと帰宅の時間だ。
冒険王プライベートでも駄目かい。
ファビアン 冒険王。仮にもその名に王を背負う君が、何を期待するんだ。しがない舌先三寸を生業とする、一介の公務員ごときに。
冒険王舌先三寸?そのココロは?
ファビアン ホラ、封書に切手を貼る際に、舐めるだろう、舌先でペロペロと。
冒険王うん、千年モノだな。これが二十一世紀の味か。
ファビアン 俺は所詮、その舌先三寸から分泌される唾液100分の1CCばかりの思惑で、今日はこちら・明日はそちらと振り回される程度の、慎ましい好人物なんだ。
冒険王それだっ!
ファビアン え?
冒険王その舌先三寸の技術が必要なんだ!今、夜の学校に!
ファビアン 夜の学校?
風景は唐突にミッドナイト。