ポストウォー・ベイビーの逆襲

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上演作品
▼ポストウォー・ベイビーの逆襲

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燃え上がれ、想像力。

ああ、ファビアン。 まだひと目も会ったことのない、まぶたの君へ。
週休二日の始まりを告げる金曜三時のチャイムが鳴れば
足取りも軽くウキウキと ウィーク・エンドへ消えてゆく 生徒たちを吐き出して
やがて逢魔がトワイライト。 夕暮れともなれば誰ひとり露と訪のう者もなく
ガランの校舎が僕の家、夜の学校へ君を招待致します。
君の住所がわからないので宛名には 待ち合わせ場所をしたためておきました。
真っ赤なポストの立つカドで この手紙を持って最初に現れる君こそが
僕のファビアン 夜の救世主。 末永くお待ちしています。

フロム・冒険王。

















薄明かりにポツンと郵便ポスト。その傍らに、冒険王。

冒険王 『ああ、ファビアン。まだひと目も会ったことのない、まぶたの君へ。週休二日の始 まりを告げる金曜三時のチャイムが鳴れば足取りも軽くウキウキとウィーク・エンド へ消えてゆく生徒たちを吐き出して、やがて逢魔がトワイライト。夕暮れともなれば 誰ひとり露と訪う者もなく、ガランの校舎が僕の家、夜の学校へ君を招待致します。 君の住所がわからないので宛名には待ち合わせ場所をしたためておきました。真っ赤 なポストの立つカドでこの手紙を持って最初に現れる君こそが、僕のファビアン、夜 の救世主。末永くお待ちしています。フロム・冒険王。』…ファビアン!

と、そこへバッタリと通りかかる、公職のファビアン。

ファビアン えっ?
冒険王君がそうなんだろ、ファビアン!僕だよ、君のレター・メイト。
ファビアン レター・メイト?
冒険王一方通行の文通相手。待ち合わせただろ、ウィーク・エンドの夕暮れに染まる、この真っ赤なポストの立つカドで。
ファビアン オカド違いだろう。
冒険王晴れの門出を間違えるもんか。
ファビアン 河童のサルスベリという故事もある。
冒険王だって君、ファビアンなんだろ。
ファビアン マレにそう呼ぶ者もある。
冒険王それってどれくらいの率?
ファビアン まあ一万人もいたらば、ざっと一万人程度は俺をファビアンと呼ぶね。
冒険王じゃ、やっぱり。
ファビアン 同名異人だ。俺はそんな大それた待ち人なんかじゃ、
冒険王なら、何さ。
ファビアン 名乗る程もない一介の国家公務員。
冒険王公務員?
ファビアン パブリック・サービスマン。
冒険王公職なのかい!
ファビアン いいかい、民間人。指折り数えること千年に余る昔、人類と呼ばれる二足歩行の霊長 類がアマゾンに生い茂る羊歯の歯ほども群生していた時代、俺の親方は天下の日の丸、由緒正しき郵政省。
冒険王公職なんだね。
ファビアン だが人類が20と一つの世紀を跨ごうとしたその刹那、親方はやんごとなきパブリック・サービスから、こともあろうにプライベート・カンパニーへと堕落したんだ!
冒険王公職から、民間企業に?
ファビアン ユウセイミンエイカと呼ばれる恐るべき呪いだ。
冒険王遊星より愛を込めて。放送禁止のミコトノリか。
ファビアン その日。公職の郵便局員としての俺の最後の仕事は、たった三枚の封書を配送することだった(懐から、封書を三通取り出す)。コイツを配りおえてしまえば、俺の身も明日から卑しき民間企業社員。だが…
冒険王だが?
ファビアン この手には未だ、その三通すべてが握られている。分かるか、民間人。この三通の配達業務を終えない限り、俺は終生、忘れ去られた国家公務員なんだ。
冒険王その忘れ去られた公職が、何の用だい、待ち合わせのカドに。
ファビアン 話を聞いてなかったのか?だから、探してんのさ。宛名を。
冒険王アテナ?
ファビアン 受け取りを貰わずば死せるとも帰らじ。どうだ原住民。聞き覚えはないか、この住所。
冒険王どれ。『千葉県成田市三里塚一丁目一番地…』
ファビアン 千年の昔に地上から滅びた住所だ。だが昼夜を問わずに解読した古文書と郵便局員としての俺のカンをブレンドすると、どうもこの辺りがキナ臭い。
冒険王…やっぱり君だ!ファビアン、僕の待ち人は!
ファビアン は?
冒険王読んでみろよ、その手紙の文面を。
ファビアン 『ああ、ファビアン。まだひと目も会ったことのない…』
冒険王そこは、早送りして。
ファビアン 『君の住所がわからないので宛名には待ち合わせ場所をしたためておきました。真っ 赤なポストの立つカドでこの手紙を持って最初に現れる君こそが、僕のファビアン、夜の救世主。末永くお待ちしています。フロム・冒険王。』
冒険王それ、僕が出した手紙だ。
ファビアン じゃ、冒険王?
冒険王まあね。房総大陸にあってはその名を知らぬ者はないほどのメジャーなアザナだね。
ファビアン 音に聞こえたこともない。とんだローカル・ヒーローだ。
冒険王音にも聞こえぬローカルな待ち合わせのカドで千年、初めて出会った君こそが、僕の待ち人、まぶたに夢見たファビアンその人だ。
ファビアン 千年もの有給休暇を棒に振り、探し果てた手紙の宛先が、俺自身だったって?
冒険王徒労だなぁ。
ファビアン 取ろうもやろうもない。貰おう、受け取りを自前の拇印で…んじゃ。
冒険王なあぁ、公職のファビアン。
ファビアン 色目を使うな、公務員に。
冒険王招待したいんだよ、君を。今夜、僕のネグラに。
ファビアン 夜だって?
冒険王そう、それもミッドナイト。
ファビアン とんでもない!時計の針が夕暮れ五時を指したその刹那、たったの一秒たりとて顧みず、天下の公務員はキッパリと帰宅の時間だ。
冒険王プライベートでも駄目かい。
ファビアン 冒険王。仮にもその名に王を背負う君が、何を期待するんだ。しがない舌先三寸を生業とする、一介の公務員ごときに。
冒険王舌先三寸?そのココロは?
ファビアン ホラ、封書に切手を貼る際に、舐めるだろう、舌先でペロペロと。
冒険王うん、千年モノだな。これが二十一世紀の味か。
ファビアン 俺は所詮、その舌先三寸から分泌される唾液100分の1CCばかりの思惑で、今日はこちら・明日はそちらと振り回される程度の、慎ましい好人物なんだ。
冒険王それだっ!
ファビアン え?
冒険王その舌先三寸の技術が必要なんだ!今、夜の学校に!
ファビアン 夜の学校?

風景は唐突にミッドナイト。


















ヒバリ 取りも直さず気を取り直して、どうでしょう、本日は。
冒険王 勝ちますよ。そりゃもう、勝ちますよ。
ヒバリ ここまでパチリと三等星も瞬かぬ、連日連夜の黒星続きですが。
冒険王 レコンキスタ!今日を堺の白星巻き返しで、盤面クルリと形勢逆転してみせます!
ヒバリ かつて広大な千葉の大地、そのほとんど全ての放課後を、たった三歩の歩幅で闊歩してみせたのも今は昔、揚げ足取られた連戦連敗で、ついに残すはぎゅう詰めの一歩限りと追い込まれて参りました。
冒険王 死守しますよ。何があろうとこの足元のたった一歩の土地だけは。
ヒバリ 失地回復、なりますでしょうか。注目の一戦は、間もなくゴングを待つばかりで~す。
サギ村 ああ~、いい声だ。はぁはぁ。ヒバリのさえずり、その美声ウグイスにも劣らじ。僕を昂ぶらせる。
ヒバリ 息をかけるな、このブタっ!
ファビアン おい、冒険王。
冒険王 コンセントレーションの真っ只中に何の用だい、ファビアン。
ファビアン 誰なんだ、失地回復に挑む、俺たちの相手は?
冒険王 恐ろしい相手だ。奴の口先からまろび出たる言霊は、想像力をてきめん堕落させる力を持っている。誰が呼んだか、生活王。
ファビアン 生活王?

音楽と共に、女を従えて、生活王の入場。

ヒバリ さて赤コーナーより勿体つけてリング・インいたしましたのは、目下連夜の祝勝会に酔いどれた千鳥足のステップも軽やか、千葉の放課後はもはや手中に収めたも同然。一里、二里と召し上げて、本日は残るただ一歩踏み固め、完全制覇の偉業は成るか。女連れで余裕の入場、生活王!音に聞こえし夜の帝王。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことであります。
サギ村 落ちた鳥は、キチンと供養してあげましょう。
ヒバリ その際には、トドメは私が。
値踏み女1 ねえ~ん、ダーリン。
生活王 どうした、ムギコ。
値踏み女1 ムギコ、おニューのパジャマ、欲しいのぉ。
生活王 ハイ、シモーヌ・ペレールのスケスケランジェリー。
値踏み女1 きゃああああ!赤ちゃんできちゃう!
生活王 今夜のベッドはシモンズのロイヤル・クィーン、キング・サイズよ。
生活王値踏み女1 おーほっほっほっ。
値踏み女2 ねぇぇぇん、アナタ。
生活王 何だい、ハニー。
値踏み女2 チクリチクリ。刺激が足りないの。甘~い、刺激。
生活王 マカデミアン・ナッツ・チョコレートをプレゼントしよう、100ダースばかし。一仕事終えたら、ワイハーまでひとっ飛びよ。
値踏み女2 す・て・き。
値踏み女2生活王 おーほっほっほっ。
ファビアン なあ、俺あっちがいい。
冒険王 色に狂うな、公務員!
ファビアン あっちの水のが甘そうなんだ。
冒険王 そんな心変わりに水を向けるのも、知らないからだ。生活王、そのおぞましき企てを!
ファビアン 何を企んでいるんだ?
冒険王 このたった三里ばかりの成田の土地に、恐れ多くも160tもの鉄のカタマリを飛ばそうとしているんだぞ!
ファビアン 鉄のカタマリ?
生活王 ジャンボジェットよ。
ファビアン ジャンボジェット?
生活王 ボーイング747。三里の塚より直線距離4000メートルの助走をつけて、全長70メートル、重さ160tの航空旅客機がその身に400人のツーリストをまんまんとたたえ、海を越えて空を飛ぶ。ワイハーにも行ける。ひとっ飛びよ。
冒険王 バカを言え!常識で考えろ、浮くわけないだろ!そんな鉄のカタマリ。
生活王 俺の常識は手ぶらじゃない。サイエンスという付加価値がついているんだ。それに、
ファビアン それに?
生活王 鉄のカタマリが人を乗せて空を飛ぶ…もとはと言えば冒険王、これは君が俺に酔いどれて語った夢物語なんだぜ。
ファビアン え?
冒険王 俺は思っただけだ!現実とごっちゃにするな!妄想の産物、想像力のタワゴトだ!
生活王 君の吐いたタワゴトに、俺がサイエンスという付加価値を与えれば、それはたちまち真実になるんだ。
ファビアン 舌先三寸の虚言癖に、肉付けを与える腹積もりですね。
生活王 これをウソから出たマコトと呼ぶ。
冒険王 やめろ!
ファビアン 冒険王?
冒険王 やめろ!想像力に実体を与えるのは!一理も二理もある理詰めの弁証法で、この三里の塚を埋め尽くすのは!モノ想う夜が堕落する!
値踏み女2 おだまりっ、この舌先三寸(踏む)!
冒険王 あっ。
値踏み女1 口先ばかりの役立たず(踏む)!
冒険王 あっあっ。
値踏み女2 ウスノロ(踏む)!
値踏み女1 夢想家(踏む)!
値踏み女2 虚言癖(踏む)!
値踏み女1 酔いどれ(踏む)!
値踏み女2 種無し(踏む)!
値踏み女1 人でなし(踏む)!
ファビアン とんだアウェーじゃないか!
冒険王 (息も絶え絶え)公職のファビアン。退勤時間十分前の区役所窓口職員のように冷ややかなその瞳に、わずかひと匙ばかりの曇りを入れて、世界をホンの少し、ヤブにらんで見てごらん。君は舌先三寸のエキスパート。この三里の塚に鎮座まします、冒険王の後継者。モノ想う夜の二代目だ。
ファビアン 俺が、二代目の冒険王?
ヒバリ さあさあさあ、明けの明星瞬く直前、夜と朝との衣擦れが今、軋みをあげて制限時間はいっぱいイッパイ。満を持していざゴング!
サギ村 カーン!

その瞬間、無数の機動隊員がなだれ込み、一瞬で冒険王を鎮圧する。ストップ・モーション。

ファビアン あっ…と瞬く間もなく、俺の目の前で一人の男が頭から真っ逆さまに墜落していった。千年もの間、探し求めた宛名の一通を突き止めたその日の晩、連れ込まれた夜の教室では、やせ衰えた想像力が、たった三里の居住権すら認められずに、きりもみながら堕ちてゆくところだった。その一部始終を実況生中継のリングサイドで手に汗握って観戦した俺のその手の平の中には、宛先不明の手紙があと二通、残されているばかりだった。

ジャンボジェットの墜落する音がする。轟音。


















ヒバリ 静粛に!ハイ静粛に、静粛に!…万感の思いを込めて思い起こさば教師生活ウン十年。先生は今日ほど、ええ今日ほど、学園の生活指導主任として、誇らしい思いをした日はございませんっ!ソレというのも、皆さんと机を並べる級友の築根イチコさんの頭上にサンゼンと、この度与えられた輝かしい功績のためでありますっ。…築根イチコ。その名は生徒指導室では知らぬ者のないブラックリストの常連。授業中、ただの一度としてそのマブタの開かれた試しのない、まどろみの眠り姫。けれど先生、誤解しておりました。全ては連日の過酷な労働のタマモノ。朝は新聞配達。昼休みには土木工事。放課後はドブさらい。深夜はいかがわしいキャバレーのナンバーワンホステスと、八面六臂の大活躍!額に落つる汗もサワヤカ、闇の勤労少女だったのでありますっ。では一体、誰がためのハードワーク。何と全ては無垢なる博愛精神への供物、その報酬のすべては、週末のアカい羽根募金へと献金するために荒稼ぎされた、近年稀に聞く美談だったのでありますっ。なんという、ああなんという人類愛っ!…晴れてこの度、闇の功績が表舞台の明るみに出(いで)て、『ミス・赤い博愛』栄光の戴冠と相成った次第でありますっ。パチパチパチパチパチッ!…それでは本日の主役、ヨロコビのスピーチを築根さん、どうぞっ!
ハテナ・マヨイ ありがとう、ええドウモありがとう。コンニチの栄光は、一重にも二重にも、二重に満たない瞳の生活指導主任教師によります生徒指導のタマモノです、とよくもまあしゃあしゃあと口をついて出るデマカセでもって身に余る栄光への釈明と代えさせて頂きます。
冒険王 先生っ!
ヒバリ ハイ、少年王。
冒険王 ええ、僕まだただの一歩も踏み出せない、清くてウブな少年王です。
ヒバリ そのナマガキが何の質問?
冒険王 僕、昨日、築根さんの働くキャバレーに行きました。トワイライトの放課後に。
ヒバリ ナマガキがマセガキに進化したわ。
冒険王 赤まむしのユンケル割に付け合せのカロリーメイトで、占めて17万8千円もの会計をボッタくられたんですっ!
ヒバリ 並外れた営業努力のタマモノっ。築根さんてば偉い!偉いわぁ。
冒険王 え。
生活王 先生っ!
ヒバリ ハイ、凡人。
生活王 …凡人ですか、僕。
ヒバリ ヒトの尻馬に乗って手を上げる様が凡人以外のナニモノでもないっ。
生活王 ヒドい。
ヒバリ その凡人が何の質問?
生活王 僕、築根さんにカツアゲ喰らいました。金曜午後三時、ウィークエンドの下校の角で。
ヒバリ いかほどの金額を?
生活王 ご和算で願いましては、パチパチ、と。これっくらい。
ヒバリ 並外れた金銭感覚!やっぱり凡人とは違うわ。
生活王 そんな。僕、破産です。
ハテナ・マヨイ 先生。凡人を責めないで下さい。悪いのは、勤労意欲、金銭感覚ともに人並み外れた私の方なんです。
ヒバリ んまっ!んまぁ!どこまでも寛大かつ厚顔なる博愛精神。先生、感動のハナジルを禁じえませんっ!ずるるるるるる。…では皆さんも今後は築根さんを見習って、当学園に栄光と世間の好奇の目をもたらすべく、陰日向となく努力を続けるように。解散っ!

人々去る…と、場面は一瞬にして薄暗くアヤシげなムード。

ムギコ …ふっ、ふっ、ふっ。諸君、ご覧のように計画はついに最終段階へと移行した。これまで千夜一夜の永きに渡り、千葉の闇夜に潜伏を続けてきた我が闇の組織『世界の終わり』がついに華々しい表舞台へ打って出る時が来たのであるっ!それでは紹介しよう。わが組織のオサにして当学園のウラバン。生徒指導の常連、退廃のマドンナ。成田小学校三年二組出席番号二十二番、築根イチコこと、ミス・テラフォーミング、ハテナ・マヨイさまの登場だいっ!ジャジャジャジャーン!
ハテナ・マヨイ やあ、諸君、お出迎えご苦労。
ムギコ ピーピー。マヨイさまぁ。ステキぃー。
ハテナ・マヨイ オホン、さて諸君。今朝の学級朝礼で既に明らかなように、千葉の夜を統べる我が闇の組織『世界の終わり』、その恐るべき行動をついに昼日中、満天下の世間に知らしめるトキが来た。
ムギコ 待ってましたぁ!
ハテナ・マヨイ しかして、その恐るべき行動の実態とは。
ムギコ 実態とは!
ハテナ・マヨイ 朝は、新聞配達。
ムギコ 新聞配達!
ハテナ・マヨイ 昼は、土木工事。
ムギコ 土木工事!
ハテナ・マヨイ 夕方にはドブさらい。
ムギコ ドブさらい!
ハテナ・マヨイ そして深夜には水商売。
ムギコ 水商売!
ハテナ・マヨイ 随時ボッタクリ、時としてカツアゲ。
ムギコ ボッタクリ!カツアゲ!
ハテナ・マヨイ これら闇の稼業を学園総出によって推進する。
ムギコ 恐ろしい!なんて恐ろしいの!
ハテナ・マヨイ ふふふ。そしてゆくゆくは全校児童を駆り出します。
ムギコ 誉れ高き成田小学校に通う全ての良い子が従事するようになるのね、闇の稼業に。
ハテナ・マヨイ ザッツライト。
ムギコ して、その暁に得られる、膨大なオアシの使い道は?
ハテナ・マヨイ 当然、全額没収。即刻、九十九里の高波に寄付および廃棄。
ムギコ きゃあああ!悪魔的行為!
ハテナ・マヨイ そう。なぜなら世界の終わる日に、マネーはノーサンキュー。無用の長物、お呼びでないっ!
ムギコ 金銭の価値を下落せしめることで、逆説的に世界を破滅へと追い込むのね。
ハテナ・マヨイ 世界が滅亡する日にマネーが無価値であるというのなら、裏を返して、マネーを無価値にしてしまえば世界は滅亡する道理。
ムギコ 素晴らしい詭弁的発想力。
ハテナ・マヨイ どう、この舌先三寸。
ムギコ 思わず丸め込まれてしまいました。
ハテナ・マヨイ 丸め込め!誉れ高き成田小学校その全校生徒を!舌先三寸から導き出される人類滅びへの行進曲。その第一歩は、われわれ『世界の終わり』が記す!
ハテナ・マヨイムギコ おーほっほっほっほっほっ!

明かり変わって。

ハテナ・マヨイ …こんなモンで良かった?
ムギコ もう、バッチリ。グーですわ。
ハテナ・マヨイ 格好良く編集してよね。
ムギコ お任せアレ。これを明日のクラブ・サークル説明会で流せば、部員激増間違いナシ。
ハテナ・マヨイ また一歩、野望に近づくワケよね。
ムギコ 順調すぎて怖いほどです。
ハテナ・マヨイムギコ おーほっほっほっほっほっ!
ハテナ・マヨイ けれど用心してね、単細胞。風が穏やかな昼下がりにこそ、惨事の足音が忍び寄る。
ムギコ まさか!こんなうららかな午後三時に。
ハテナ・マヨイ どうやら、まんまと足音の侵入を許したようね。
ムギコ え?






















モンブラン オモテをあげろ。
ハテナ・マヨイ …。
モンブラン オモテをあげるんだ!…この顔に相違はないか。
審問官1 朝のヒバリの第一声も未だ明けきらぬ、明け暮れないに通報を受けて来てみれば、誓ってこの顔に相違はございません。
審問官2 昨夜のトバリの落ちぬ内から目星をつけウォッチさせておりました。
モンブラン 一見可憐なこのご婦人が、ここアイスランドはレイキャヴィークの都を騒がす、トキの存在、魔女の正体だというんだな。
審問官3 逢魔が刻のホームルームで噂した、悪夢の子殺しに間違いないかと。
モンブラン 証拠は。
審問官4 開いてるドアからずずいと隣の部屋に。
審問官2 (覗き込み)…うわぁ、やったぜ!すっげえ。
審問官1 (覗き込み)ワオ。血の池地獄。
審問官4 その地獄に浮かぶコッテリと油の乗った三寸ばかりの肉片をよっくご覧下さい。
審問官2 どれどれ…み、みみみ、見た、見た!見て、ホラ。あれこそ紛れもなく…タンだ、タンだよ。いひひひひ。三寸ばかりのタンの先っちょだ!
モンブラン 舌切りスズメの現行犯。ピタリと動かぬ物証だな。…犯行の推定時刻は?
審問官4 穏やかな昼寝時、週末金曜日。すなわちウィークエンドの午後三時。
審問官1 アンサー・ミー。どうして切ったの?生まれたばかりの我が子の舌先を三寸ばかりも。
ハテナ・マヨイ …。
モンブラン 地に足ついた事情聴取に答えてみせろ、その口先で!
ハテナ・マヨイ …義理堅い子でしたから。
審問官たち ハ?
ハテナ・マヨイ ええ、そりゃあもう義理堅く、律儀な子でした。生後五分ですけれど。
審問官3 義理堅い新生児がいるかバカ!
ハテナ・マヨイ 義理と人情に厚くてねえ。頑固でちょっぴり寂しん坊、女の涙にめっぽう弱い。そんな昔気質な新生児でしたよ、あの子は。まだ泣いたことさえ、なかったっていうのにねえ。
モンブラン 話の先が見えないな。
審問官1 根っこも見えません、私には。
審問官4 それが魔女のひとつの特徴です。言葉が通じない。
審問官3 我々とは異なる言語体系でスピーチします。
審問官2 ただのキチガイじゃねぇのか。
モンブラン 体系は不問だ。動機をさえずれ!今、目の前に広がった風呂敷、大惨事の動機を。
ハテナ・マヨイ …私のせいか?と問われれば、ええ紛れもなく私のせいです。私があの子に、あんな長すぎる名前をつけたばっかりに。
モンブラン 名前?
ハテナ・マヨイ ハイ。あまりに長すぎた名前です。
モンブラン 住民基本台帳を調べろ。
審問官2 直ちに。エート、アイスランド、レイキャヴィーク三丁目十二番地、『コーポあすなろ』301号室。…おっ、コレだ。
審問官1 何と出まして?
審問官2 …ア・シ・タ。
モンブラン アシタ?
ハテナ・マヨイ ええ、アシタ。ウチの子の名前です。どうです、遥かに常軌を逸して長すぎる名前でしょう。
モンブラン 長いか?
審問官3 普通です。
ハテナ・マヨイ いーえ、やっぱり長すぎました。生後五分の新生児が発する名前としては。
審問官1 そりゃそうね。
ハテナ・マヨイ …泣かなかったんです。
モンブラン エ?
ハテナ・マヨイ 泣かなかったんです。あの子は、アシタは。
審問官4 泣かなかった?
ハテナ・マヨイ 生まれてきた時にね。舌が喉に絡まってしまっていてね。 他の子よりも常識を越えてホンの少し、そう三寸ばかりも長い舌をもって生まれてきてしまったばっかりに。 声がね、出なかったんですよ。 私は必死でね、名前を呼びましたよ。アシタ!アシタ!私のアシタ!ってね。 そしたらね。義理堅い子でしたから。 その時分にはまだ生後三分ですけどね。 義理堅い新生児でしたよ。必死で呼びかける私に答えようとしたんでしょうね。 自分の名前を発音しようと、舌を動かしてね。まだ泣き声もあげていないのにですよ。 私を安心させようとして。女の涙にメッポウ弱い子でしたから。母親とて例外には置いておりませんでした。でも生後三分でしょ。 ロレツが回らなくてね。もつれて、もつれてね。喋れないんですよ。喉で絡まっちゃって。 あっ!長すぎた!名前、長すぎた! 私がこんなに途方もなく長い名前をつけてしまったばっかりに、うちの子はタダの一言も囀ることができずに喉に舌、 絡ませて死んじゃう!舌先がたった三寸、常識よりも長いばっかりに! …改名!そうだ、改名しよう!もっとシンプルでそれでいてタウンページの一番初めに載るような、ナイスな、ベリーナイスな名前に改名しよう! …必死でした。生涯でたった一度。子供のために必死でやりました。絡まった舌を喉から引っ張り出して長すぎる三寸ばかりを、チョキン。
モンブラン 切り取ったんだな、アシタからシタを。
審問官1 アシタからシタを切り取ったら、そこに残るモノは?
審問官2 …ただ一文字。『ア』だけが残ります。
ハテナ・マヨイ そう、『ア』です。それがあの子の新しい名前です。分相応ですよ。生後三分の子供が名乗る名前としては。子供はね、親のオモチャじゃないんです。期待をかけ過ぎて、ツブしちゃいけません。分相応です。お陰様でうちの子も、ちゃんと名乗りをあげましたよ。「アア、アア」って。
審問官4 (耳打ち)こいつは、狂っています。
ハテナ・マヨイ 儚い命でしたけどね。享年五分でしたけどね。でもうちの子は、歴史に名前を残しましたよ。だって、三分!三分ですよ!生まれて三分で自分の名を名乗った新生児がいましたか、これまでに!いませんよ、これからだってきっといませんよ!うちの子みたいに義理堅く、人情に厚かった新生児なんて!ハァハァ。…あら、やだ。マーお恥ずかしい。親の期待をかけ過ぎました。分相応でね、いいんですよ。分相応。人並みに、せめて人並みに、育ってくれたら、それでね…。
審問官3 失礼ですがもうこれ以上、お子さんが育つ見込みはないんじゃござんせんか。
ハテナ・マヨイ アラアラアラアラ、まーオカシイ。そんな十五、六世紀の常識でウチの子を亡き者にしようだなんて。
審問官3 ハ?
ハテナ・マヨイ そりゃね、うちの子は、今はピクリとも動かずにコンコンと眠っていますけれどね。目を覚ましますよ。四十一世紀に。
審問官たち ヨンジュウイッセイキ?
ハテナ・マヨイ ええ、そう。二十一世紀を越えてさらに千年、そこからもひとつ千年分、延長のオアシを頂いてたどり着く、ご和算で願いましてはパチパチ、と。都合四十一世紀。
モンブラン いかなるワザを持って復活する?
ハテナ・マヨイ ハイハイ。ヒトというのはね。二十三対のらせん構造の順列組み合わせ、マー早い話がパターンで出来ておりまして、それをチョイと再現出来ましたら同じ人間を生み出すなんぞ造作もないこと。あとは疲れを知らぬアルマイトのボディーに滋養たっぷりフルオロカーボンの合成血液を加えてパーペキ。人類を超えた人類、レプリカントが誕生します。これはね、四十一世紀の科学水準では常識なんですの。
審問官4 カガク?
モンブラン 誰か、そのカガクとかいうワードを説明できる者がいるか。
審問官1 音に聞こえたこともありません。
審問官2 それこそ、悪魔の使うワザに違いないかと。
ハテナ・マヨイ ついでに私も、復活させて頂こうかしら科学の力でもって四十一世紀に。そいで目を覚ましたらね、丘を越え行こうよ口笛吹きつつ、ピクニックへ行きますの。親子水いらずでね。
モンブラン 残念ながら私には、一切が理解を超えたコトダマだ。
審問官1 当然です。ピーチク鳥のさえずりが鳥同士にしか通じないように。
審問官2 狂人の言葉は、狂人にしか。
審問官4 魔女の言葉は、魔女にしか分かりません。
ハテナ・マヨイ そうなの。…だったら(ファビアンに向かって)あなたには?
ファビアン えっ?
ハテナ・マヨイ あなたにも、分からない?同じくキチガイと名指され、世間から氷の視線で製氷された者同士、私の言葉。
ファビアン イヤ、もう…畜生!(混乱して)何がなんだか!
ハテナ・マヨイ そう。でもこれが、あなたの書いた筋書きです。『アタシの物語』の筋書きです。
ファビアン …え、…そうか…そうだ…俺だ!俺がたった舌一本、口先ひとつでストーリーテリングしたんだ、これ、全部!この壮大な舌先三寸、口から出まかせを!ヒョイヒョイと出るぞ!なんて才能だ!
ハテナ・マヨイ 採用します。
ファビアン え?
ハテナ・マヨイ おめでとう。採用します。あなたの書いたこの筋書き。『アシタの物語』を『アタシの物語』として、採用します。

DATA

2014年
9月5日(金)~ 8日(月)

吉祥寺シアター
http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅/ 佐藤辰海/ 門田友希/ 佐々木諒/ 永井友梨/ 江花実里/ 田村友紀/ 柴山花奈子

スタッフ
照明:志田順一/ 音響:久郷清/ 舞台監督:Hitoe/ 衣装:浅井夏江/ 宣伝美術:orange21/ 制作:大木詩織/ イラスト:本秀康



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