都市と恋人を壊すメルトメトロトロンの怪物たち

WORKS

上演作品

▼「都市と恋人を壊すメルトメトロトロンの怪物たち」

上演記録 /▼告知ページ








いないのに、いる。
いないから、いる

フィットネス・ジムの鏡には、決まって未来しか映らない。
いつか辿り着く理想のボディ、それを幻視しながらひたすらに「今」の時間を運動によって消化する人々。
彼らが肉体を酷使する間、その脳の機能は、電力に変換され「都市」へと貸し出される。
その「脳」が見る夢…。

それはギリシャ神話最後のエピソード『オデュッセイア』の世界で、怪物たちが眠りを求めて彷徨う物語。
怪物の前に決まって現れるのは、家に帰れぬ放浪の王・ユリシーズ。
冥界にひとり、恋人を置いて「今」の岸壁に漂着するために。
寄せては返すθ波にたゆたうセイレーンのスヌーズ、永久に継ぎ足される「あと3分」の甘い誘惑を断ち切って、どっちつかずの冥界・チルド室の壁面に バン!と手をついた瞬間。
ジムのミラーに亀裂が走り、閉じ込めたはずのミライが零れ出る。

いないのに、いる。
いないから、いる。
都市と恋人、追放の「back to back(背中あわせ)」。





















レム いないのに、いる。いないから、いる。…崖の上からこんにちは。あなたと夢のパートナー、逢泡レムです。
トロワ ようこそおいでくださいました、センセ。わがジムへ。
レム 呼ばれて来ました。ひたっ、ひたっ。
トロワ お呼びしました。私、当フィットネス・ジム、主任トレーナーの、安藤トロワです。
レム アンドゥー?
トロワ 安藤。センセ、早速ですがメディカル・チェックをお願いします。(パン!と手を叩き)集合っ!

ジムの人々、各々の運動を止めて集合する。

トロワ え、本日より、皆さんの脳と健康をケアするメディカル・チェック、福利厚生のグレードがグン!とアップ致します。ご紹介しましょう、逢泡レム先生です。
レム いないから、いる。逢泡レムです。
人々 ザワザワザワザワ。
トロワ ご存じの通り、センセは、高名な脳科学者であり、同時にポエミー極まる、夢占いの診断士でもあらせられます。
レム 女性週刊誌の巻末4分の1ページに、連載もってます。…計17本。
人々 ザワザワザワザワ。
トロワ いちいち、ザワザワしないでよろしい。…健康な肉体に、健康な精神は宿る。当ジムで汗を流す皆さんには、ボディばかりではなく、メンタルのケアも非常に重要であることは、言うまでもありませんね。身体も健康、心はもっと健康。その為にお呼び致しました。…それじゃ先生、診断をお願いします。
レム 出席を取ります。いない者はいますか?
トロワ …ハ?
レム 本日この場に、いない者はいますか。
トロワ センセ。いない者はおりません。
レム いない者はいますか。いれば、挙手。
トロワ いない者は挙手をしません。
レム では質問を変えます。いなくなった者はいますか。
トロワ え?
人々 …!
レム いなくなった者はいますか。
トロワ おりません。いない者も、いなくなった者も、おりません。
レム では質問を変えます。いなかったのに、いる者はいますか。いれば、挙手。

と、人々の中から、手を上げる者がいた。

ミラ …ハイ。
レム ホラ、いない者がいた。
人々 ザワザワザワザワ。
トロワ ホントだ!いなかったのに、いる。…あんた、名前は?
ミラ ミラ。
レム ミラー?
ミラ ミラだって。
トロワ さては本日より入会の新人だ。そーだ、そーだよ。ネッ。
ミラ ウン。そーだよ。
レム 未来から来たのね、ミラ。
トロワ・ミラ えっ?
レム 未来から来たのね。
ミラ …。
トロワ あの、センセ?
レム ミラはミラー。ミラーは鏡。このコは鏡の中から来た。だからして、未来人。ネッ。
トロワ どんなポエム極まるロジックです?
レム シラジラし!こーんだけ、スクエアに仏頂面したデッケェ鏡張りを目の前にして!
トロワ フィットネス・ジムが鏡張りなのはトーゼンです。
レム ではそんな鏡前に、整列。

号令に従い、人々、鏡の前にズラリと並ぶ。

レム さあ、鏡前に集まりしジム会員たちよ。レムに教えて。いま、その目には、どんな姿が映し出されているのか?

人々、心なしか催眠にかかったように、鏡を見つめながらうわ言を喋る。

クライ …今より5センチメートル、上腕の盛り上がった自分。
オーロ 今より10ポンド、ふくらはぎが飛び出た自分。
トロイ 今より3インチ、胸板の厚い自分。
フクロ 今より8キロ、ウェイトダウンした自分。
アイオロス 今より1000ミリリットル、心肺の膨らんだ自分。
レム ごらん。フィットネス・ジムの鏡前に映し出されるのは、今の自分の姿ではないの。
トロワ 今の自分では、ない?
レム トレーニングによって鍛えられた、今より先の、未来の姿。
人々 (鏡の中の自分に見惚れて)うっとり。
レム いないのに、いる。やがて辿りつく、未来のボディ。それを見ている。
トロワ ホントだ…。じゃあじゃあ、鏡に映っているのは、未来の自分なんだ。そーなんだ!
レム そう。このミラーに映るのは、未来。…そんでミラ、あなたはどう?
ミラ え?
レム 鏡前に、どんな自分の姿が見える?
ミラ …今と一緒。今のマンマ。何も変わらない、私が映ってる。
レム ネッ。未来から来たコだから。イマの姿と未来の姿が、イコールなの。だから、未来人。アンダスタン?
ミラ 未来人。私は、未来人…?
レム 逢泡レムでした。ほいじゃ、今日はこのへんで…。
トロワ (ハっと夢から醒めたように)ぶるるるっ!危うくポエミーの海に飲み込まれるところだった。新入会員が、鏡を前にしても未来の姿を描けないのは当然です!
ミラ えっ?
トロワ だって、まだ理想のボディをデザインする想像力が育ってないんだから!…そんなことよりセンセ。
レム はい。
トロワ 会員のメディカル・チェックをお願いします。…サボろうとしても、ダメ。
レム どきっ。
トロワ あっぶねェ。噂に聞いてたんだ。脳科学の権威・逢泡レムは、腕は立つけどサボリ魔で、隙あらば夢見るポエムで煙に巻き、仕事もせずにギャラふんだくってうやむやっと帰っちゃうって。そーはいきませんて。
レム ちぇっ、バレた。
トロワ 頼みますよ、センセ。このジムの未来がかかってるんです、その診断一つに。
レム ダンシング?
トロワ 診断。
レム シャーない。ソイじゃちょっくら、ダンシングしまショっか。…オーロさん。フクロさん。

と、人々の中から、宵越オーロと朝帰フクロが現れた。

オーロ 宵越オーロです。
フクロ 朝帰フクロです。
レム 皆さんをお連れして。レムの診断室へ。…お一人ずつね。ひたっ、ひたっ。
オーロフクロ ひたっ、ひたっ。

レムとトロワ、去る。オーロとフクロ、残った人日を品定めするようにねめつける。

オーロ ジロリ。
フクロ ジローリ。
トロイ …一人ずつだって。
クライ 誰から行きますゥ?
トロイ 苦手だなあ。メディカルチェック。
クライ オレだってソーだよ。アタマの中、覗かれて。夢のことだって、聞かれるだろ。ソーだろ。
トロイ お前って、クライからな。
クライ そーだよ。オレの名は、畦道クライだ。お前こそ、トロイからな。
トロイ ああ。だってオレ、夕凪トロイだ。
クライ トロイ。
トロイ クライ。
クライ トロイ。
トロイ クライ。
アイオロス …オレ、行く。
トロイクライ アイオロス先輩!

アイオロス、前へ進み出るとゴオッと風が起こり、トロイとクライが吹っ飛んだ。

クライ ゴオッ!風が!
トロイ つむじ風が!
クライ アイオロス先輩が、なで肩切って歩くと、空気を切り裂いて竜巻が起こるんだ。
アイオロス オレ、行く。時間、勿体ない。メディカルチェック、連れてけ。
オーロ 宵越しに手ぶらの道行きで、よござんすか。
アイオロス 肩で風切る、この身ひとつ、あればいい。
トロイクライ かーっこいい!
オーロ それでは宵越オーロがご案内致します。行きはヨイヨイ、ヨヨイのヨイッ。…ひたっ、ひたっ。
アイオロス ひたっ、ひたっ。

オーロとアイオロス、去る。

クライ (フクロに)…オタクは、いかないんですか?
フクロ 復路担当だもん。嬉し恥ずかし・あ・さ・が。え。り(肩に頭を乗せる)。
クライ 朝帰りの肩に、見知らぬ人間のアタマが乗ってることって、あるよね。
フクロ …ねえ、ミラ。未来人。
ミラ 朝帰りの肩に乗った顔に話しかけられた。
フクロ ここに来る前の記憶、ある?
ミラ …ボンヤリしてて。
トロイ やっぱり。
クライ そーか、ソーだよね。でも心配ないよ。身体さえ動けば。
トロイ 動いた分、食べれば。

ミラ、目の前の鏡を見て呟いた。

ミラ 鏡よカガミ。この顔は…?(鏡に手をついて)…ひたっ。…ひたっ。

















キュクロプス お目覚めか、予言者サマ。
カサンドラ だれ…。ムニャムニャ。お願い、あと3分…。
キュクロプス その3分のスヌーズを延々と引っ張って、誘いこんだ。大漁だ。ハハハ。さあ、目を開けろ、予言者カサンドラ。
カサンドラ えっ?(目覚めて)…ギャーッ!怪物!
キュクロプス そう見えるか。
カサンドラ み、み、み、見える。デッカイ一つ目の、怪物。
キュクロプス そうだ。俺の財産はな、このデッカイ目ん玉ひとつ。それで相談があるんだけど。
カサンドラ ソソソ、相談?
キュクロプス 俺がこの目を休めるとき。お前さんに、その肩代わりして貰いたい。
カサンドラ 目を肩の代わりにするって?
キュクロプス その肩に、俺の目を乗せて、導いて欲しい。凍てつく冥府の、暗夜行路。
カサンドラ キュクロプス。セイレーンの歌声に酔っぱらってマドロんだアタマの中に、まるで、ぐらぐら、響いてくるような声だ…。サラウンドだ。
キュクロプス どうだ?カサンドラ。五里霧中の予言者。…おれを導いてくれ。
カサンドラ …ああ、いいよ。あんたが一つだけの目を休めるとき、そのマナコをこの肩に乗せて、行きたい道へ、歩いてやるよ。
キュクロプス ビビー!ビビーッ!言質をとったぜ。
カサンドラ えっ?えっ?
キュクロプス あんたの予言は、俺の第六感の嘘発見器に今、紐づけた。ビビー、ビビーッ!運命共同体の幕開け、末永くヨロシク。

回想のキュクロプス、去る。

カサンドラ …と、こんな具合。
キルケ― キュクロプスの目になったのよ。あなたも、アタシも。
カサンドラ 目?
キルケ―キュクロプスは、目を集めてる。金の林檎、そのありったけを根こそぎ探し出すための、百の目を。
カサンドラ その百の目を総動員して、寿命よりも沢山の、ネムリを探してるのか。
キルケ― そーだよ。ソースだよ。…そしてまた一つ、新しい目を見つけた。
カサンドラ 新しい、目。

別の空間。キュクロプスとテレマコスがいる。キルケ―とカサンドラ、それを遠くから見ている。

テレマコス 新しい、目?
キュクロプス そのスカウトに、この岸壁まで来て貰った。あんたは、ええと…、
テレマコス テレマコス。
キュクロプス 「ギャーッ!怪物」とは、叫ばないのか。
テレマコス 見知った顔だもん。
キュクロプス 見知った怪物に免じて、どーデスか、テレマコス。オレの目になってくれマスか。
テレマコス でもでも、あなたには立派な目がチャンとあるでショ。
キュクロプス 足りないんだよ、そう…99個ばかし。
テレマコス そんなにィ?
キュクロプス 空腹で眠れぬ午前様。カラッポとワカり切っていて、それでも開いた冷蔵庫、その隅々に、いやしくも抜け目なく目を配るには。
テレマコス 欲張りねェ。ラッキー方位の全てに、目くばせしようだなんて!
キュクロプス …俺は元々、百の目を持っていた。
テレマコス えっ?
キュクロプス それを奪われた。怪物退治の専門家、あの、ユリシーズの策謀に欺かれて!

と、冷蔵庫の中からユリシーズ現れると、またしても回想シーンに突入します。世紀の対決を見学しようと、聴衆がドヤドヤと押しかけて、ゴザを敷いたり、弁当食べたり。ヤジを飛ばしてすっかり観戦ムード。その場を仕切るのは、イカリオス。

イカリオス はいはい、回想シーンだよ、回想シーン。物見高いおとッつぁん、おかーさん、席あるよ、席あるよ。アッ、こっから先には入んないでね。ツバつけちゃ、ダメね。おさわりは別腹。弁当あるよ、弁当あるよ、紅白、だんだら、幕の内。あ、ボク、ボク、お代払った?ノンノンノン、払ってないコは、立ち見だよ。ハイ、オネーさん、イー席あるよ、かぶりつきだよ。お後はないか?お後がナイ…?それでは本日のメーンイベント、ユリシーズ対キュクロプス、世紀の凡戦、回想シーン、見てのお帰り、…ファイッ!

一瞬で、静寂。世界が閉じて、ユリシーズとキュクロプス、二人だけの空間。キュクロプス、いつの間にか布団に包まっていた。

ユリシーズ おい、不眠症の引きこもり。
キュクロプス (布団の中から)…誰だ、お前。
ユリシーズ 誰でもない。その布団を引っぺがしにきた。
キュクロプス 無理な相談だ。これは、おれの皮膚だ。
ユリシーズ だったら、皮膚を引っぺがす。そこにいられちゃ、ジャマなんだ。
キュクロプス ジャマ?おれが、ジャマ?
ユリシーズ ジャマだね、キュクロプス。目玉が百個もある、恐るべき番犬野郎。
キュクロプス そうだ、おれは番犬。この布団の中から、真紫の夜、その全ての方位に目を配る。百の目玉をランランと光らせて。
イカリオス (囁くように)…キュクロプスには、かつて目玉が百個もあった。眠るときは50個ずつ、交代で目を閉じたので、その監視には、昼も夜も死角がなかった。
ユリシーズ 百の眼を持つ番犬よ。その目玉が全部、一斉に閉じられることはないから、お前は生まれてこの方、一度だって、真の暗闇というものを見たことがないハズだ。
キュクロプス 真の暗闇?
ユリシーズ だが、知らなかっただろう。その暗闇の中に住んでいる神もケモノもいるんだ。
キュクロプス え…。
ユリシーズ 分かるか、キュクロプス。お前はその布団の中から百個の目で、全てを見通しているつもりだろうが…実は暗闇の中にいる侵入者のことはまるで見えていない。お前の目を盗むことなんて、暗闇を通れば、まるでワケのないことだ!
キュクロプス それが本当ならば…。オレは番犬失格だ。今すぐ、この目の全てを塞いで、暗闇の世界を見張らなくては。
ユリシーズ そこへ誘ってやろうか。

ユリシーズ、金の林檎を取り出し、キュクロプスに渡した。

キュクロプス …これは?
ユリシーズ 金の林檎だ。いっそひと思いの丸かじりで…漆黒の眠りを得ることが出来る。真の闇、そのただ中へ旅立てる。
キュクロプス …。

キュクロプス、金の林檎をガブと齧る、その瞬間。

ユリシーズ 百の眼が塞がれる瞬間。オレはその首を、スポンとはねた。お望み通り、キュクロプスは真の暗闇の中へ旅だった。
キュクロプス (ガバっと布団を跳ねのけて)眠りの中で目が醒めた!俺の首がはねられる、そのホンの一瞬より早く…俺は、暗闇の世界を見張る、たった一つの目を開けていた。そのただ一つ残った目だけが…俺に残された、暗夜行路の道しるべ。

ユリシーズ、倒れたキュクロプスを乗り越え、その奥へ向かう。

キュクロプス …お前は…だれだ…。どこにいる?
ユリシーズ おれは…ユリシーズ。…「いない者」と呼ばれる。
キュクロプス いない者…ユリシーズ。
ユリシーズ いないのに、いる…。いないから、いる…。
キュクロプス よくもウソで殺したな…!ビビーッ!ビビーッ!俺の第六感に紐づけた、ウソ発見器が二度とそのウソの侵入を許さない。ビビーッ!ビビー!…どこだ、ユリシーズ。…お前は…どこに…。
イカリオス …お時間イッパイ。回想シーン、それまでっ!

回想シーンの終了。ユリシーズ、冷蔵庫の中へバタンと去る。聴衆、拍手喝采のあと、満足した様子で、ソソクサと散っていくと、そこに残ったのは、テレマコス、カサンドラ、キルケ―。

テレマコス 苦労なさったのねェ。
キュクロプス 失った99の目、その由来が飲み込めたか。
テレマコス 鵜呑みの隙間に、ツルツルと。
キュクロプス 情けにホダされたか。
テレマコス ホダされましたっ!失われた99の目、その一つとなってワタシも導きましょう、キュクロプス。十七の女性週刊誌に記された、ラッキー方位でもって、アナタを。
キルケ―カサンドラ パチパチパチパチ。
キルケ― また目玉が増えワ。
カサンドラ よろしくね、テレマコス。

と、イカリオス。誰からも相手にされぬママ、意地汚くもその場にズっと居残っていた。

イカリオス …ようがすっ!このイカリオスも、一肌、脱ぎまッショウ!
キルケ―カサンドラテレマコス (冷たく)ハア?
イカリオス 傍目八目、冷蔵庫の四隅のスミのスミ、ズズイと探るには、ただ目玉ばかりでなく…ヒタヒタと跡を付けて廻る、アシだって必要。…違いますカナ?
キュクロプス その足を、お前が用意するって?足踏み野郎。
イカリオス お任せアレ。スイッ、スイッ。
テレマコス えーっ。ホントにィ。じろじろ。
イカリオス インギンに値踏みなさんな。…ドヴォルザークの旋律、セイレーンの歌声に惑わされ、岸壁を漂っている足が今、真紫の闇に張り巡らせた、トレジャー・ハンティングの網に掛かった!

と、闇の中にトロイの姿。

トロイ おーい、クライ。…ミラ…。どこだぁ…。おれは今…どこにいる…?寄せては返すドヴォルザークに足を取られて…。足取りが…重い…トロイ…。この一歩が堪らなくトロイんだ…。
イカリオス トロイ、トロイと持ち重り、二の足踏んだそのアシ、頂きっ!

トロイ、闇の中に、足を引っ張り込まれる…その刹那、朝帰フクロ現る。

フクロ 足を止めて!肩を出してっ!
トロイ えっ?
フクロ (トロイの肩にアタマを乗せて)踏み出せぬ一歩の暗夜行路、酔ったら乗るな、乗るなら酔うな。安心安全の帰り道代行、朝帰りフクロが、お迎えに上がりましたン。

フクロ、トロイを連れて闇に消えた。





















開いた冷蔵庫から、テレマコス現れる。地面から週刊誌を広い集めるアクション。

テレマコス …十三、十四、十五、十六…、と。

そこにトロイ。女性週刊誌をめくりながら。

トロイ …えー、どれどれ。『今週のハートフル・ポエム。恋人は背中併せ。合わせ鏡の肩甲骨を、剥がして歩けば光溢れる、暗中模索の暗夜行路…』、か…。
テレマコス あのう。
トロイ (遠く物思いにふけって)…。
テレマコス あのう~。すいません。
トロイ え?…オレ?何スか?
テレマコス いや、その女性週刊誌。読み終わったら…そのぉ…譲って頂けません?
トロイ あ、コレ?ハイ(手渡す)。
テレマコス いーんですかっ?
トロイ ウン。もう読み終わり。
テレマコス 良かったぁ!
トロイ 表紙がバリバリで、ゴメンね。
テレマコス なんの、なんの。譲って頂きさえすれば、マルっと、オンの字です。…ヨシッ!これで今週も17誌、コンプリート。
トロイ エラい大荷物だね。
テレマコス ええマア。毎週17誌拾って集めるのも、コレでけっこー骨でして。…それじゃ、ドーモ。
トロイ あ、ちょっと待って。
テレマコス ハイ?
トロイ これってさ、オタクの夢、なのかな?
テレマコス ハ?夢?
トロイ そう。運動中の脳みその貸し出し先。誰が見てる、夢なんだろう?って。
テレマコス …さあ?すいません。ワタシ、コッチに来てまだ日が浅いもので。
トロイ あ、そう。いや、いいんだ。ゴメンね。そいじゃ。

トロイ、いずこかへ去る。と、キュクロプス、カサンドラ、キルケ―が現れて。

テレマコス こちらです、みなさん。
キルケ― こっちね、テレマコス。
テレマコス あ、やっぱり、あちらです、みなさん。
キルケ― あっちね、テレマコス。
テレマコス あ、やっぱり、そちらです、みなさん。
キルケ― そっちね、テレマコス。
テレマコス あ、やっぱり…、
カサンドラ いい加減にしてッ!
テレマコス はい?
カサンドラ ハクションッ!。イタズラに冷蔵庫の四隅のスミまで連れまわされて、すっかり身体がビッショビッショだ。
テレマコス だって、今週のラッキー方位は、どこをとっても暗中模索、タタラを踏んだ暗夜行路の揃い踏みなんですっ!
キルケ― そーなの?そーなんだ。それじゃあ、盲目ね。
カサンドラ 新しい目が増えても、ド近眼じゃ、しょうがないよ。
キルケ― 予言は?カサンドラ。
カサンドラ しーん。沈思黙考、ナシのつぶて。
キュクロプス まーいいさ。それより、足踏み野郎はどこ行った。…電話してみろ。
キルケ― ピッ、ポッ、パッ。

別空間に、イカリオス。

イカリオス ぷるるるる…。ぷるるるる…。え、現在、お電話に出ることが出来まっセン。御用とお急ぎの方は、居留守の都の居候まで、以心伝心、お願い致しマッス。
キルケ― 居留守だって。
イカリオス なお、この電話は公明正大に逆探知されておりますっ!ガチャン!

イカリオス、消える。

キルケ― 逆探知?
カサンドラ ピーン!来るよ、来る!その居留守に繋がれた電話線の足跡を逆探知して、ドヴォルザーグたゆたう岸壁から、一足飛びに追っ手が来るっ!
キュクロプス 足踏み野郎、逆張りの足跡を、売り渡しやがったな!
キルケ― 教えて教えて、カサンドラ!追っ手の方位は、西?東?
カサンドラ 夕凪に暮れて真紫に沈む、西はチルドの、冷蔵庫っ!

カサンドラ、西にある冷蔵庫を指し示す。と、真逆の冷蔵庫から、スキュラ飛び出す。

スキュラ シャーッ!がるるるるっ!
カサンドラ ぎゃーっ!ぎゃーっ!
スキュラ ガブリ。予言者一匹、噛み合わせた犬歯の牢獄に、捕まえましたン。
カサンドラ えええええ?
テレマコス スキュラ!

冷蔵庫からユリシーズ、現る。

ユリシーズ よーし、よし。エラいぞ、スキュラ。
キルケ― あっ、怪物退治の専門家。
ユリシーズ 逆探知の航路を乗り越えて参上しました、ユリシーズです。…さあ、囚われの予言者、カサンドラよ。指し示せ。寄せては返すθ波にたゆたう、セイレーンのスヌーズ、永久に継ぎ足される「あと3分」の甘い誘惑を断ち切り、どっちつかずの冥界の岸壁、チルド室を脱出する、その道しるべ!
カサンドラ え?え?え?エート、えーと…。
キュクロプス ユリシーズ。それは俺の目だ。俺のモノだ。勝手に使うな。使用料払え。
ユリシーズ それでは請求書届かぬ船底の牢獄に、イザ拉致監禁。
キルケ― あっ、カサンドラ!

ユリシーズとカサンドラ、二人の閉じられた空間。

ユリシーズ (カサンドラに)目を見開け、予言者。その瞼の裏に、何が見える。
カサンドラ …何も見えない。夕凪が落ちて、一面、真紫の暗闇だ。
ユリシーズ その暗闇を見るんだ。濃霧にシケった荒波に犬歯を突き立てて、真紫の奥に光る、羅針盤を。
カサンドラ …彫像だ。
ユリシーズ 彫像?
カサンドラ 顔のない、彫像の群れ。いや、違う…。顔がないんじゃない。見返してるんだ。射すくめられた、英雄の顔を。こちらから向こうへ、背中合わせの、合わせ鏡!
ユリシーズ 顔のない彫像。背中合わせの、背中。シカと頂きました、その予言。
カサンドラ え?

二人だけの空間が解かれる。と、その瞬間、バコン!と冷蔵庫開いて、ペネロペ現る。

ペネロペ …ひたっ、ひたっ。…ひたっ、ひたっ。
テレマコス あっ!ペネロペお母さま!
ペネロペ …なんだ、テレマコス。しばらく姿を見ないと思えば、そーか、あんた、ソッチにいたんだ。
テレマコス え?ソッチって?

と、キュクロプス、ペネロペに近づく。

キュクロプス ひたひたと寄せては返す足音。ウン、こいつは大分、「こちら側」に傾いてるなー。
スキュラ (近寄って)クンクン。…ニオう、ニオうぞ。殆ど、腐りかけっ!
ペネロペ うるさいっ!この駄犬、駄犬、駄犬、駄犬!
スキュラ キャンキャンキャン!
ペネロペ ハクションっ!…あー、もう。生きてんの?死んでんの?の二律背反に引き裂かれるうちに…ぶるるるっ、チルド室のゼロ℃に彷徨って暗夜行路、…寒い…眠い…。自分が生きている、だなんて…もう…この、ひた、ひた、と響く足音ごと冷蔵庫の四隅に落として…ウトウトと…忘れてしまいそうだ…。
キュクロプス 来い、ペネロペ、半分腐りかけの亡者。冷蔵庫の四隅這いまわる、俺の目、俺の足となれ。
ペネロペ …ひたっ、ひたっ。

ペネロペ、キュクロプスの元に近づくが。

ユリシーズ ヒタヒタとうそぶく、化け物の言葉にホダされるのは、チョイと待った!
ペネロペ え?
ユリシーズ 予言を持ち帰った。この冥界から脱出する方法。

と、キルケ―興味津々で近づく。

キルケ― 予言?カサンドラの予言?どんな予言?
ユリシーズ 顔のない彫像。背中合わせの背中。それは、洋の東西、時の今昔を問わない、スタンダードな物語のひな形だ。すなわち、離れ離れの恋人、その別離と再開のストーリー!
カサンドラキルケ― こここ、恋人?
ユリシーズ プロメテウスにパンドーラ。オルフェウスにエウリュディケ。イザナギ・イザナミ。いずれも同じ。片足突っ込んだ、冥界からの脱出に必要なアイテム。それは顔をそむけ、背中の裏においていく、決して振り返ってはならないフィアンセの存在だ!
スキュラ キャンキャン。恋人を、置いていくんスか。
ユリシーズ そーだ。冥界に潜った恋人を迎えに行き、しかるのち、背中を向けて、一目散に駆けだす!振り返ってはいけない、この足元の一本道が、唯一無二の、脱出ルート。
テレマコス あっ!そーいえば。
キルケ― どーしたの?テレマコス。
テレマコス 今週のハートフル・ポエム。『恋人は背中併せ。合わせ鏡の肩甲骨を、剥がして歩けば光溢れる、暗中模索の暗夜行路』。
ユリシーズ その顔をそむけた全力ダッシュ!の道筋の果てに、光溢れる…金の林檎がきっとアル!
ペネロペ だけどサ、ユリシーズ。ソレって、冥界に置いていく片割れが、恋人であることが前提なんだろ。
ユリシーズ ああ、そうだ。だからペネロペよ、俺はアナタに今、求婚しますっ!
人々 えええーっ!
ユリシーズ このプロポーズ、成った暁には、その瞬間!晴れてアナタを背中に置いてゆき、全力ダッシュ!で冥界を抜けたその先、光溢れる金の林檎を両手いっぱいにもぎ取ったら、それを手土産にまた、迎えに来るからネ。それまで、腐らずに、いいコで待ってるんだ。分かった?
ペネロペ 自信ないなー。
カサンドラ ゴクリ。両手いっぱいの、金の林檎…。
テレマコス ハイ、ハイ、ハイ!それじゃ、私も立候補します!お母さまのフィアンセに!
人々 はあ?
ペネロペ アンタ、言ってる意味分かってる?
テレマコス だってズルいじゃない!求婚の機会は、誰にだって、平等であるべきだわ!そーなんだわ!私も欲しい!金の林檎!
キルケ― あ、それじゃ、ワタシも。
カサンドラ じゃ、ワタシも。
スキュラ えへへ。アタシも。
キュクロプス オレも。
ペネロペ ちょっと!どー収集つけるの、この事態!
ユリシーズ 望むところだ、化け物ども!横一線に並べ!

ペネロペを背にして、人々、横一列。と、そこへイカリオス現る。

イカリオス …よござんすっ!このイカリオスが、預からせて頂きやしょう、このプロポーズ!
人々 …ハ?
イカリオス 冥界に置いてゆく花嫁は一人。だが求婚者は、よりどりミドリ!かくなる上は、顔をそむけた全力ダッシュの果て、金の林檎をもぎ取って、より早く再び、この冥界に花嫁を迎えに来たモノに、エンゲージリングを授けやしょうっ!そーしやしょうっ!ネッ!
キルケ― ワクワク。何だか燃えてきたワ。
スキュラ 犬歯が鳴るぜ。カチン、カチン。
キュクロプス …ちょっと待った。…俺は逆張りを行くぜ。
カサンドラ キュクロプス。
キュクロプス カサンドラ。元をただせば、コイツはお前の予言だ。お前の言葉だ。嘘を吸って、嘘を吐く。その嘘に背を向けた逆張りのルートを俺は行く。
イカリオス ようがす。それでは、背中合わせに横一線。どちらさんもよござんすか?…よござんすね?3・2・1…スタート!

闇の中に駆けだす!





















フクロ ポンパンポンピン。政府調査室より、メトロトロン指数導入のお報せです。
トロワ メトロトロン指数?
フクロ 都市の定義をご存じ?
トロワ 都市。…さあ。
フクロ 実は、都市に定義はナイのです。人口、面積。どこからが都市か。基準はありません。ただ…統計的事実として、都市と呼ばれる密集地帯には、ある法則があります。それが…人口における肉食率の割合です。
トロワ 肉食率。
フクロ 都市化する過程で、人々の肉食率が急上昇するのです。ある一定値を越えた肉食率が計測されたエリアを、暫定的に、都市とみなす。それがメトロトロン指数。勿論、タダの数字です。でも…すがるモノが必要でしょ。我々には。
トロワ …このジムの、数値は?
フクロ スレスレってとこ。
トロワ だって仕方ないよ。運動すると、悪夢を見るんだ。「肉」が見る夢。ボイコットが続いて…運動も、肉食も、ジリ貧だ。
フクロ もう、ネを上げますか?安藤トロワ。

フクロ、ゆっくりと去る。

トロワ ノーだ。私は、このシェルターの…、いや、フィットネス・ジムの主任トレーナーだ。伝染病によって死に絶えゆく人類が、だがそのことを忘れて閉じこもり、ただ目の前の鏡だけを見て、運動に没頭する。その運動が肉を作る。その肉を食べる。メトロトロン指数を維持し…このジムが、決して人類の廃墟などではない、文化の礎たる「都市」なのだという、夢を…幻を、ただ私だけが信じる。愚かにも信じ込む。私だけの為の数字。それで充分だ。その数字だけが、私の、今ここに立つための、ふくらはぎだ。

トロワ、去る。

レム 施術は成功。メルト・アポトーシスの病巣は除去されました。じきに目を開けるワ。

レム、去る。クライが起き上がる

クライ …目が開いた。開いたけど、暗闇だった。眠っている間に、世界が終ってしまった気分だ。夕凪どころか、真紫の闇が広がるばかりで…。

スキュラが現れる。

スキュラ メディカル・チェックのお時間です。
クライ えっ?
スキュラ 聞かせて、クライ。畦道駆ける運動中、「肉」に貸し出されたアナタの脳が、一体どんな夢を持ち帰って来たのか。
クライ …悪夢だ。色のない、モノクロームの、悪夢。
スキュラ その悪夢をキレイさっぱり、取り除くためのメディカル・チェック。全てを忘れて。忘れたことさえ、忘れて。明日もただ運動だけに没頭できるように。…さ、話して。
クライ 夢の中で…「肉」たちは、眠りを探していた。
スキュラ 眠り?

冷蔵庫が開く。

カサンドラ そのとき、私は目だった。踏み出す一歩先の確かな未来、それが欲しくて瞼を閉じた。浮かんでくるのは、貌のない彫像の群れ。私はその貌を覗き込もうとして…けれど、いつだって、その手前で躓いた。躓いた…自分の貌を見ていた。彫像の貌が見えないのは…私自身が、貌を背けていたからだ。私が覗き込む私の貌から…そのとき、私は目を背けた。

冷蔵庫が開く。

キルケ― そのとき、私は目だった。選んだ道はどこもぬかるみ、一歩ごと、泥土に足を取られ、転んだ。いつだって、裏切られる。行く道が、踏み出す一歩が、決まって私を拒絶する。やがて私は…自ら進んで転ぶようになった。私の選ぶ道が、私の転ぶ道になるように。私は変わってるんじゃない。変わったんだ。裏切りは、スリルに変換した。私がそれを望んでいる、そう思い込んだ。それが、私の、私自身にかけた、呪い。

冷蔵庫が開く。

テレマコス そのとき、私は目だった。盲目の、目だった。進む道は五里霧中、暗中模索の暗夜行路。道しるべがなければ、タダの一歩だって踏み出せない。例えばそれが、ガラクタの羅針盤。17に散った、使いまわしのラッキー方位であったとしても。その全てがデタラメであったとしても。…私には、それが必要だった。

冷蔵庫が開く。

キュクロプス かつて俺は番犬だった。百の目玉を持つ番犬。眠るときは50個ずつ交代で目を瞑るので、俺は真の暗闇を知らなかった。だが99の目を奪われたとき…残るたった一つの目が、闇の中で開いてしまった。…番犬は、半分ずつしか、目を瞑ることを許されてはいない。闇の中で開いたままの目は、閉じることがない。替りに瞑る目が…ないからだ。
カサンドラ 私が、その目になった。
キルケ― 私が、その目になった。
テレマコス 私が、その目になった。
キュクロプス おれの…おれたちの望みは、目を閉じて、ただ眠ること。眠り続けること。身体を引きちぎられ、目玉をくり抜かれる。それを忘れるための、眠りだ。忘れることさえ、忘れるための、寿命よりも、永い眠り。その為の金の林檎だ。だが、それも、もう…。

亡霊のようにユリシーズ、現れる。

キュクロプス 半目を開いたマドロミの波間にも、目を閉じた真紫の闇の中にも、あいつが…ユリシーズが現れる。神出鬼没に、アタマから布団を被ったオレの皮を剥ぎ、肉を削ぎ、目を持っていく。それが、いつまでも続く。終りなく、続く。
ユリシーズ おれはいない。いないのに、いる。いないから、いる。おれは肉ですらない。肉であるお前らが生みだした、妄想の処刑人。帰る家もなく。辿り着く岸壁もなく。ただ、漂流する。流され続ける、追放者。永遠の追放者だ。アイ・キャント・ステイ・ホーム。行きつく先は…怪物の根城だ。血なまぐさい、チルド室。そこがおれの、住処(すみか)で、常世で、異界だ。
スキュラ …(息を吸い込む)!

その瞬間、バタン!と全ての冷蔵庫が閉じられる。

クライ …アレっ?おれ、何をしていたっけ?何を…怖がっていたんだっけ?
スキュラ 記憶ある?この部屋に来る前、来た後。
クライ ボンヤリしてて。
スキュラ オーケー。悪夢は、取り除かれました。メディカル・チェックは終了。今日運動した分、肉を食べて、眠って。また明日、元気に運動しよう。
クライ 何だかサ。何だかね。明日の朝には、スキュラ。君のことも忘れちゃいそうだ…。

闇の中に、クライ、去る。スキュラ、冷蔵庫にもたれかかって。

スキュラ …辛いね、マイ・チャイルド。アンタたちを培養し、冷蔵庫に詰め込み、脳波で叩いて、終らぬ夢を見せ続け…或いは食べ、或いは人体のストックとして収穫する。そんな私に、母と名乗る資格があるか?…すっかりノイローゼだ。夢。色のない夢。モノクロームの夢。私はもう、それを見たくは、ない。

スキュラ、冷蔵庫を開ける。そこにミラがいる。別空間に、フクロ。

ミラ 開けたね、母さん。このカンオケを。
スキュラ ずっと見てたんだね、ミラ。未来から。その鏡の奥から。
ミラ ウン、見てた。朝帰りの顔を肩に乗せて、この記憶までショートカットして来た。
スキュラ 私にはもう、アナタたちを…「肉」を食べることは出来ない。食べないものは、動けない。それはこのジムにおいては、メトロトロン指数を下げる、無産階級者。この冷蔵庫の、外側に立つことは許されない。だからミラ、私とアンタ、内と外を交換しよう。
ミラ 交換?
スキュラ あなたは未来人。皮膚、内臓、脳、そして…言語。全てが人間と同じ姿・カタチで作られた、けれど合成タンパクの、シミュラークル・ミート。アナタの存在を許すまで、化学の倫理が育つには…まだ、永い時間がかかる、未来の子供。本当は冷蔵庫の中で、その時が来るまで眠っていて欲しかったけど。…アナタの言語から「てにをは」を溶かす情操教育を与えぬまま、いま冷蔵庫の向こうへと消える、母を許してくれる?
フクロ そっくり、人間と同じ、姿カタチ、そして言語。
ミラ それが、私。どれだけ鏡を覗いても同じ顔しか映らない、ここから行く「先」のない…未来人。

トロワ、現る。

トロワ スキュラ。あんた、肉、食べた?いつ食べた?何グラム食べた?
スキュラ ゼロ。ゼログラム。…イヤだ、イヤだけど…サヨナラ。子供たちとせめて…同じ夢を。悪夢を。

スキュラ、ミラと入れ替わりに、冷蔵庫の中に消えた。

ミラ オモテと裏がひっくり返った。私のカンオケと、母さんの鏡前。
フクロ 見せて貰ったよ。ここチルドの冷蔵プラントで。「その日・ナニが起こったか」。そして、やっと会えた。ミラ、未来人。あなたに、会いたかった。
ミラ え?

オモテとウラがひっくり返り、冷蔵庫の中の風景。アイオロス現れて。

スキュラ 冥界の出口の先、いま、思い出してはいけないことを、思い出した気がする…。
アイオロス 母さん。
スキュラ アイオロス。
アイオロス オレ、言った。ここから先、こない方がいい。忘れたほうがいいって。
スキュラ ウン。そーだね。
アイオロス オレ、肉、食う。食って、動く。母さんの分も、食う。二人前だ。そしたら…もう、母さん、肉、食わなくていい。迎えにいく。…必ず。

アイオロス、去る。テレマコス、現れる。

テレマコス こちらにいらしたんですか。…お母さま。
スキュラ え…違うよ。アタシは、母さんなんかじゃない。
テレマコス でも、
スキュラ この先、この世界で…夢の中で。次に初めて見た者を、アナタはお母さま、と呼びな。そして私のことは…ケダモノ扱いで、蔑むといい。
テレマコス …その言葉を、鵜呑みしてしまった。

テレマコス、去る。と、そこへイカリオス。

イカリオス 今、ケダモノとおっしゃいましたかな?
スキュラ え?
イカリオス 言ったよ。聞いたよ。確かに、ケダモノだって。
スキュラ アイ、言いました。これから先の闇、記憶も知性も失くして這いまわる…四本足の、六本首の、アタシは…化け物で、ケダモノ。それが望み。
イカリオス ではケダモノよ。このイカリオスが、手綱を引いて差し上げよう。アナタのお名前、なんてーの?
スキュラ スキュラ。犬の子供と書いて、スキュラ。
イカリオス ハイ、オッケー!スイッ、スイッ。いま、過去と現在が夢の中で交差した!捕まえろっ!その足を!

トロイ、現れるとスキュラの足を掴んだ。

トロイ スキュラ…知ってる。覚えてる。いたのに、いなくなった。ここににいたのか…。
スキュラ トロイ?夕凪トロイ?
イカリオス 夕凪しょった重ーい足取り、その記憶の片隅にこびりついたワダチを辿って、この夢の、このメモリーにまで逆探知で巻き戻ったァ!さあ、姐さん!冥界の出口は目と鼻の先ですぜ!

ペネロペ、現る。

ペネロペ 私って…生きてんの?死んでんの?…ひたっ、ひたっ。
スキュラ クンクンクン。うっ!これは…匂う、匂うぞ…半分腐りかけっ!
イカリオス 置いていかれた恋人が、ただ待ちぼうけ食らうばかりと思うナカレ。ニュー・ノーマルのラブストーリーは、この世の果てまで、その背中を追いかけてやって来る!

冷蔵庫から、「ひたっ、ひたっ」と足音を響かせて、肉=怪物たちが現れる。

DATA

2022年11月9日(水)~13日(日)

新宿村LIVE

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅 /柴山花奈子 /大浦孝明 /江花明里 /黒澤風太 /小島あやめ /本田真唯 /大矢紗瑛 /亀井陵市 /河西美季 /菊川耕太郎 /内柴楓 /真野壱弥 /富山華佳 /西川翔太 /山本耀
スタッフ
音響:久郷清 / 照明:松田桂一 / 美術:金座 / 舞台監督:久保田智也 / 衣装:小川優太 / デザイン:orange21 / 写真:松村晋一朗 / イラスト:町田メロメ / 制作:永井友梨 / 協力:guizillen、サンミュージックプロダクション、オフィスサカイ、World Code、三木プロダクション、劇団NLT

↑TOP


←BACK