カーディガンの女 今、誤解を恐れずに申し上げますと、
と、声がして。
ゴカイ ゴカイを恐れなさい。
カーディガンの女 え?
ゴカイ ゴカイを恐れなさい。
カーディガンの女 誰、アンタ。
ゴカイ だから私が、ゴカイです。
カーディガンの女 ハ?ゴカイ?
ゴカイ 環形動物門多毛綱。一山幾らの、早いハナシが、釣りの餌。
ゴカイの資料映像が出る。
カーディガンの女 ううううううウジ虫じゃん!げえっ、キモッ。
ゴカイ そう、話のキモを読み違えちゃあダメ。働かせなさい、引きこもりと読解力。
カーディガンの女 ウジ虫が人の道を説くんじゃねえ。
ゴカイ ジャリメ、アオムシ、岩イソメ。釣りの生き餌たるゴカイがいるということは、理の必然、シチュエーション的にここは海辺ってコトよね。
波の音。
カーディガンの女 ワザとらしい波の音だ。
ゴカイ プライベートビーチ?(と、急接近)
カーディガンの女 出会い頭に目が合ったウジ虫程度の間柄で、厚かましくも上がりこむな、プライベートにも程がある、急接近のパーソナル・エリアに。
ゴカイ それはゴカイだ!人肌もうっとおしいパーソナル・エリアに引っ張りこんだのは、私じゃない。アンタの方です、過敏のひと!
カーディガンの女 えっ?
ゴカイ 論より証拠のゴカイの小指(と、小指を見せる)。
カーディガンの女 アッ、赤い糸。
ゴカイ その運命の赤い糸のキッサキは、見なさい、艱難・真紅のカーディガン、その一糸の乱れに端を発しているんです。
見れば、カーディガンから、糸が一本ほつれて、ゴカイの指にからまっていた。
カーディガンの女 あれ?いつの間にほつれたんだろ。
ゴカイ …って、ああっ!こ、こ、こ、このカーディガンの網目は!?
カーディガンの女 網目がどうしたって?ウジ虫。
ゴカイ 放物幾何学曲線!ユークリッド幾何学の網目を根底から覆す模様だ!
カーディガンの女 ユークリッド?
ゴカイ プトレマイオスをも嘲笑う、非ユークリッド幾何学の模様でもって編まれたカーディガン。その紅い一糸のほころびが、ほつれにほつれ、ゴカイの指に絡みつき、ねじれにねじれた結果、図らずも超ひも理論を弁証法的に実践してしまった、というわけですね!教授!
カーディガンの女 だれが教授だよ。
ゴカイ かしずく生徒が釣りの餌、匂いたつナマモノでは不服でしょうか。
カーディガンの女 せめて桃色サンゴくらいの見栄えだったらなあ。
ゴカイ 産後の肥立ちには、黒砂糖をどっさり入れた、ラズベリーティーがマスト。
カーディガンの女 思わずゾっと、身の危険を感じるほどに、黒糖を入れたな。
ゴカイ 怖がらなくていーのよ。(カルテ見る素振り)初産ね。既婚?未婚?
カーディガンの女 結婚はマダですが。
ゴカイ あっ、血痕(と、小指見て)!
カーディガンの女 え?
ゴカイ ペロリ。ち、ち、血よ!血だわ!何てこと!コ、コ、コ、小指に絡まっていたのは、カーディガンからほつれた紅い糸なんかじゃない!因業なる鮮血!殺人の返り血、その血痕だったのね!そーなのね!
カーディガンの女 オイ。
ゴカイ 言い逃れはできませんよ、教授!あなた先ほどおっしゃった!『血痕はマーダー』。すなわち、血塗られた殺人鬼の告白だ。ベストセラーだ。
カーディガンの女 ウジ虫の告発に耳を貸す賃貸着業者がいるかバカ。
ゴカイ 一寸のスイスバニラ・ロールにも1002キロカロリー。では何?このダイイング・メッセージは?
カーディガンの女 ダイイング・メッセージ?
舞台壁面に文字が現れる。
『うみのくるしみ』
カーディガンの女 あっ!ボトル・メール。
ゴカイ (手にカラの瓶をもって)そう、今朝方、あなたがこの浜辺から流した、ロマンの涙、ボトル・メールの中身です。
カーディガンの女 カラの瓶に何か書いてある。…『MAILER-DAEMON』…。
ゴカイ 証拠隠滅を図りましたね!ハッキリと明記されていますよ、『うみのくるみ、し』。 死、つまり殺された。誰に?あなたしかいない!そうですね、海野くるみさん!
カーディガンの女 …うみのくるしみ。
ゴカイ うみのくるみ、し!
カーディガンの女 うみのくるしみ。
ゴカイ うみのくるみ、し!
カーディガンの女 執拗に言葉尻を逆しまに弄ぶなよ。産みの苦しみ、って書いてあるだろ。
ゴカイ 1億6,525万キロ平方メートルの太平洋に漂う、一寸足らずのゴカイの見地からは、宇宙のチリにも等しいほどに些細なアナグラムです。
カーディガンの女 目を、こぼしたな。
ゴカイ こぼしました。盆に返らぬ覆水と婚期。
カーディガンの女 じゃあ、聞くけど。
ゴカイ ハイ。
カーディガンの女 誰?海野くるみって。
ゴカイ え?
カーディガンの女 誰なのよ。そのアナグラムのミコ、海野くるみってのはさ。
ゴカイ …では、アナタは?
カーディガンの女 お前が呼んだんじゃないか。キョージュって。
ゴカイ 確かにアナタは言いました。誰が教授だよ?って。
カーディガンの女 アナグラムの尻は寛容に目こぼしておいて、ヒトの言葉尻には食らいつくのかよ。
ゴカイ 斜に、構えてますから。
カーディガンの女 そんな斜に構えた逆しまの視線でウロンに見つめるな、ウジ虫っ。
ゴカイ ウロン、ウロンと斜め読む、逆しまのマナコに照射されたとて、ビクとも揺るがぬ、ニュース・ペーパーが流れてきました。
カーディガンの女 え?
新たなボトル・メールが一本、流れ着く。ゴカイ、瓶からその中身を取り出した。
ゴカイ ハイ。上から読んでも下から読んでも新聞紙。
カーディガンの女 うっ、くせえ。
ゴカイ 事件の匂いですか。
カーディガンの女 いや、カルキの匂い。
ゴカイ 洛陽の感傷とベッドルームの不感症とを紐づけるマリンライナー。夕凪のフレーバーです。
カーディガンの女 夕刊か。どれどれ、と。
ゴカイ ナニが書いてあるんです?
カーディガンの女 …『ワルキューレ、羽衣盗難被害』。
ゴカイ それから?
カーディガンの女 …『アフロディーテ、トランス・ジェンダーをカミングアウト』。
ゴカイ それから?
カーディガンの女 …『コノハナサクヤ姫、重婚』。
ゴカイ それから?
カーディガンの女 …『海の向こうで、何かが起こった』。
ゴカイ え?
カーディガンの女 『その日、その時。海の向こうで、何かが起こった』。