太陽は凍る薔薇

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上演作品
▼太陽は凍る薔薇

-絶対零度の解剖学-

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かくしごと

神話の時代。
天におわしますパエトーンは、太陽の操作を誤り、その燃えたぎる円球を、地表に落としてしまった。
神々は代わりの太陽を探し、やがて一人のヒトの左胸に、それを見つけた。

現代。
そこにひとつの身体があった。
それは物言わず、身動きもとれない、一般に『脳死』と呼ばれる状態にあった。
その身体はいま、液体窒素によって凍らされたメスによって開かれようとしている。
その左胸から、未だ燃え滾る太陽を取り出すために。

だが、一つだけ問題があった。
その身体には、麻酔が効かなかった。
脳死と診断された身体は、つまり、眠る事のない死体だった。
現在、脳死状態の身体から臓器を取り出す際には『全身麻酔の実施が義務付けられている』。
そう、

『死体を開腹する際には、全身麻酔の実施が義務付けられている』

だが、手術は行われる。
眠りは、羊の力を使い、呪術的に施される。
果たして取り出された左胸の太陽ーそれは真っ赤に熟れたまま、絶対零度に封印された、一房のトマトだった。



















かもめ アテンション、プリーズ。地上より垂直に62.1マイル、海抜100キロメートル上空に引かれましたる、カーマンライン。大気圏と宇宙圏との境目より今、開演のアナウンスを務めますワタクシ、通信衛星の「かもめ」でございます。え、一口に100キロメートルと申しましても、それが垂直か?平行か?X軸かY軸かのプランニングによりまして、ご予算のほうも大きく変わって参りまして、垂直ですと、値切りに値切って100億円、けれど仮にそれが平行であったなら、100キロメートルはホンの目と鼻の先、東京から熱海、1980円の道のりでございます。どうぞご予算と重力との折り合いをソイヤとつけまして、きっとまた再び、お芝居の中でお会い致しましょう。…私はかもめ。また、会うかもね。

かもめ去ると、羊の群れの中心から、二本の足がニュっと飛び出て、羊を蹴飛ばす。裸足のパエトーンの登場。

パエトーン 群盲、象を撫でるとは言うが、毛布の群れに臓腑を舐めとられようとは思わなかった。…アレ?(フラフラと)おかしいな、下半身と重力との折り合いがつかない。

プロクルステス フラッフラッすね。
パエトーン ラフランスは洋ナシの心なしかホンの少し、身の丈が縮んだような気がする。
プロクルステス プロクルステスのベッドで眠ったからさ。
パエトーン プロクルステスのベッド?
プロクルステス ベッドエンドからはみ出たオミ足を良かれと思って切り落とす、善意の有り難迷惑。
パエトーン (蹴散らし)難関国公立単願の身の上、足切りはゴメンだ!
プロクルステス 身の丈以上の行く末を嘆願したね。
パエトーン ケダモノ如きに見透かされてたまるか。前途洋々たる伸びシロを。
プロクルステス それってどんな功名心?
パエトーン 雨後の竹の子、と命名しました。
プロクルステス メエメエ。手相を見てやろうか。
パエトーン 手相?
プロクルステス コルヌー・コピアイ。あんたの未来とこの芝居の行く末を案じて。
パエトーン じゃあ、遠慮なく(と、足を出す)。
プロクルステス そう言って、どうして足を出すの?
パエトーン 逆子なんです。
プロクルステス ハ?サカゴ?
パエトーン 十月十日の揺りかご、羊の毛の混じる泉から、晴れて現世にデビューしたそのとき、何の手違いか足違い、180度ひっくり返って産まれ出た。
プロクルステス 凡百の嬰児が、両の手を引かれて現世に現れるところを、両の足を引っ張られてまろび出たというわけだ。
パエトーン DNAも逆立ちの、それで僕、逆子です。
プロクルステス だから、足蹴にしたんだね。
パエトーン え?
プロクルステス 両手でそっと、慈しむように。
パエトーン え?
プロクルステス 最上級の愛おしさでもって。優しく、穏やかに、愛を込めて。 パエトーン そうだ…。足蹴にした。両手でそっと、慈しむように。最上級の愛おしさでもって。優しく、穏やかに、愛を込めて…。

パエトーン、裸足でそっと、地面を踏みしめるその足下に業火が広がり、大地はたちまち焦土と化す。羊は消え、アポロン登場。

アポロン パエトーン。
パエトーン え?
アポロン 大変なことをしてくれた。
パエトーン 申し訳ございません、アポロン。
アポロン 無断で太陽を持ち出したばかりか、それを大地に落としてしまうなんて。
パエトーン 埋め合わせることが出来るでしょうか、このトガ。
アポロン 二重帳簿に空いた致命的な空白を埋め合わせることの出来た第三セクターは、有史以来、存在しない。
パエトーン では開闢以来の歴史的偉業でもって申し開きを。
アポロン そんな歴史の重荷をしょっていくほどの健脚でもあるまい。案ずるな、パエトーン。失った太陽の変わり身には、既に目星を付けてある。
パエトーン それってどんなチェンジリング?
アポロン 世にもマレなる地上の星。
パエトーン まさか、地上に?
アポロン ありうべからぬ、地のポラリス。一人の人間の左胸に、ソレを見つけた。
パエトーン え?

地上。一人の人間が手術台に横たわり、足裏だけをこちらに向けている。

医師 偉大なるオシリスの名において、オスシリンダーとメスシリンダーを天秤にかけなさいっ!
助手 オスですか?メスですか?
医師 メス!
助手 (メスを手渡して)やるんですね、オペ。
医師 やりますよ。そりゃ、やりますよ。このたった一つの死体から、引く手あまた、79ものピチピチ臓器が取り出せる。
助手 死体ですか。
医師 死体ですよ。脳死判定のお墨付きは下っておりますし、ごらん、ドナドナドーナー、ドナーカード。このオペは、患者の意思です。
助手 でも。
医師 オウト・オブ・ゴッデス!うぬぼれちゃいけない。オシリスが掲げしラーの天秤、その目方を神ならぬ身の上でありながら、たとえ1ミクロンであったとしても、左右に揺らそうだなんて。
助手 でもこのヒト、麻酔が効かないのに。
医師 え?
助手 麻酔が効かないんです。何度試してみても。
医師 一本の木の幹で血は立ったまま眠っているのに、物言わぬ脳の幹は不眠症のインソムニアだって?
助手 このヒトが死体だというのなら、そう、きっと眠らない死体なんです。
医師 眠らない死体。
助手 釈迦に説法を説きますけれど、ドクター。例え脳死判定の下った『死体』であったとしても、全身麻酔を施さなければ、摘出手術は行えません。それも。
医師 それも?
助手 それも、全身を固く手術台に縛り付けて!
医師 馬耳東風だ!たとえ78の臓器が取り出せなかったとしても、たった一つ!この左胸からいまだ燃えたぎる太陽を手にするためならば、与えてやるさ、眠りの一つや二つ…羊が一匹!

無数の羊が遺体を取り囲むように現れる。

医師 羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹…羊が!

羊の群が遺体に襲いかかる!遺体の足がビクリと一瞬、ケイレンして。

助手 ラザロ兆候!術中覚醒の可能性アリ!
医師 構うな!全身ガス! ……手にしたぞ!太陽を!
助手 ドクター、ソレ、太陽じゃありません。
医師 え?
助手 トマトです。なぜだか凍りづけの、トマトです!
医師 トマトだとぉ…(愕然と)チクショウ、塩、もってこい!















暗闇。墜ちてゆくパエトーンの姿。

パエトーン ……そこは、上下左右のない世界だった。俺のカラダは、重力との折り合いを見失って、ぐるぐると回る風見鶏。ゴボゴボと口からこぼれ出るバブルの音が妙に懐かしく、耳馴染みのいいその破裂音の中で、不思議と気持ちは穏やかだった。

と、かもめが現れる。

かもめ グーテンダーク。
パエトーン えっ?
かもめ グーテンモルゲン、グーテンアーベント。
パエトーン 誰だ?堕ちてゆくばかりの湯船の底の底、底なしの絶望にあって、おはようからおやすみまで、暮らしに夢を広げる奴は。
かもめ あたし、かもめ。
パエトーン かもめ?
かもめ 通信衛星の、かもめです。
パエトーン 通信衛星。
かもめ 過ぎ去ったいつかの気もする遠い未来、片道切符の燃料で打ち上げられて、すぐに忘れ去られた実験用の人工衛星なんです。
パエトーン それってどんなGPS?
かもめ SF作家の呟いて曰く、ホワット・ア・ワイヤレス・ワールドのイケニエ。
パエトーン やけに饒舌な衛星だ。
かもめ ワタシにダウンロードされた、元のヒトの記憶から検索しました。
パエトーン 借り物の人格なのか?
かもめ 大元はネ。けれど中古品だって、愛着もって使い倒せば、オリジナル以上。
パエトーン いわゆる一つの、人工知能?
かもめ んー、おしい。近いようで遠い。遠いようでなお、遠い。
パエトーン 確かに声が遠いな、かもめ。もっと近くに来いよ。
かもめ ちょうどいい距離よ。
パエトーン どんくらい離れてんだ。
かもめ 62.1マイル。ホンの100キロメートルの目と鼻の先。
パエトーン 天文学的な距離じゃねえか。
かもめ 垂直ならね。けれどアンタは今、ぐるぐると上下左右、垂直も並行もない世界にいる。
パエトーン それでかもめ、本来なら聞こえないはずのオマエの声が聞こえるんだな。
かもめ 距離がうやむやになって、万年に一度のオンラインだ。
パエトーン コンビニに入ると勝手に繋がるWi-Fiみたいなモンだな。
かもめ 大気圏と宇宙圏との境目に引かれたカーマンライン、その上に私はいるけれど、ホントはね、そんな線、ないんだよ。
パエトーン 便宜的に引かれた、エアーラインなのか。
かもめ スパッと線を引いて、こっち側が宇宙、こっち側は地球、なんて、そんなワケないよ。なんとなく、じんわりと、いつの間にか、宇宙になるんだ。そーいうもんさ。それがホントさ。
パエトーン そんなファジーな航空宇宙工学で、重力との折り合いがつくのかい。
かもめ 折り合いはつけるもんだよ、ソイヤと能動的に。
パエトーン 俺は今、上下左右もない無重力状態にあって、ぐるぐると回る自分の尻尾を捕まえることも出来ない、回転羊のデッドヒートなんだぞ。
かもめ シープ・ゴー・アラウンド。呪文を教えてやるよ、回転羊。
パエトーン 呪文?どんな呪文?
かもめ 重力との折り合いをつける呪文。
パエトーン え?
かもめ 凡百の羊ならば使いこなすことは出来ない。でもねパエトーン、アンタにならできるさ。
パエトーン なぜ、俺が?
かもめ 知ってるよ、君は逆子。もともと重力のコトワリを違えて、ひっくり返って生まれでた、規格外の傑物だ。手は足であり足は手である。そんな常識外れにしか使えないコトダマを、バブルの破裂音に変えて今、目と鼻の先の100キロメートルこちら側から、送り届けてあげる。
パエトーン その呪文を使うと、どうなる?
かもめ 垂直と並行を飛び越えることが出来る。
パエトーン 重力のくびきから逃れることが出来るのか。
かもめ でもまあ、いっつも成功するってワケじゃない。コツは気合と成り行きさ。なんて科学的なハナシだ。
パエトーン ……どうして。
かもめ え?
パエトーン どうして、俺にその秘術を伝えてくれるんだ、かもめ、未来からの使者。
かもめ お願いがあります。
パエトーン お願い?
かもめ 今から伝えるコトバを使って、重力を自由に操ることが出来るようになったのなら。
パエトーン なったのならば?
かもめ いつか、会いに来て欲しい。垂直も平行もヒョイとまたいで、一足飛びに。
パエトーン オフ会のお誘いですね。
かもめ デイドリーム、ビリーブ。何かの間違いで一瞬、繋がってしまったこのオンラインのか細い紐を伝って、いつか君が現れるそのときを、かもめは夢見る、夢見て眠る。
パエトーン ゴボゴボ!弾けるバブルに咳き込んで、ノイズが多くなってきた。
かもめ 破裂音に耳を澄ませて。割れるバブルに1ビットの残響音を載せて、9つのコトダマを転送するから。
パエトーン 9つのコトダマ!?

ゴボゴボとバブルの音で満たされる。一瞬、静寂。

かもめパエトーン 『は な れ ば な れ に な れ』
かもめ 伝えたよ、パエトーン。お茶もお菓子もないけれど、絶対零度の真空で過ぎ去った未来にお待ち申し上げております。
パエトーン かもめ!なけなしの通信が途切れる前に一つだけ教えてくれ。俺は今、どこにいる?底なしの湯船の底の底を抜け、ぐるぐると渦巻いて、垂直も平行もないこの場所は、一体、どこのどこなんだ?
かもめ コインランドリーよ。
パエトーン コインランドリー?
かもめ ……わたしはかもめ。また、会うかもね。
パエトーン かもめ!

激流渦巻いて、景色が変わる。















キタイロン あ、あ、兄貴、兄貴。赤犬の兄貴。
赤犬 どうしたキョーダイ。
キタイロン や、や、やっちまおうぜ、この爺。なんだかイチイチうるせえや。
赤犬 フロントデスクたる、理性担当の経営顧問が目をつむって下さるのなら。チラッ。
カストゥール 現場のことは現場判断にお任せ。
キタイロン へへへへ、お目こぼしのお墨付きだ。
ケイローン んー。なんだ、やるのか。結局、切った張ったか。
パエトーン オイ、やめとけ。
赤犬 うるせえぜ!羊の分際で!ヤッパシ俺たちコッチが本業よ!リクルートスーツは肌に合わねえ!
キタイロン あ、あ、あ、熱い!兄貴!カッカと身体が燃え上がる!
赤犬 俺もだ、キョーダイ!興奮しちゃうぜ。
パエトーン なんか、様子がおかしいな?
ケイローン あっ、コイツら、コークス食ってやがんな。
パエトーン コークス?お前がおでんの湯船の燃料にバラ蒔いた、癇癪玉?
赤犬 『マッチ一本、火事の元』!
キタイロン 『ポーの一族、萩尾望都』!

赤犬とキタイロン、口から炎を吹き出す。ヒルコの里が火に包まれる。

パエトーン 火だ!火を噴いた!
ナビ ババババ、バケモノじゃんか!どーすんの?
ケイローン 心配ご無用。……せいっ!(ブン殴る)
赤犬キタイロン キャン。
ナビ あっ!つつつ、強い!ジジイの羊がメチャクチャ強い!
ケイローン せいっ!せいっ!
赤犬キタイロン キャンキャンキャン!
ケイローン 恐れ入ったか、半神半獣の力。
カストゥール 恐れ入った。だがそれ以上の狼藉は、お目こぼしの対象外だ。正真正銘、神の力の執行対象とせねばいかん。
パエトーン 待てよ、カストゥール。もう充分分かった。ヒルコの里の不動産は、契約書通り、全部明け渡す。俺が欲しいのは土地じゃない。ヒトなんだ。この地に住まうヒルコ全員を連れて、歴史の表舞台に移住するから、土地は好きにするがいいや。
キタイロン それが出来たら苦労はないんだなー。
パエトーン どうして?
赤犬 見たろうが、ヒルコの生態を?(ナビを指して)ご覧の通りの一反モノ。地面にベタっと広がるばかりで、起き上がることも出来ない。
カストゥール つまりこの地とヒルコは一心同体。切り離して連れてゆくことなど、叶わんのだ。
パエトーン え?じゃあ、この地面いっぱいに広がっている布キレが、全部、ヒルコ?
赤犬キタイロン そーそー。
パエトーン そんならハナシは早いや。約束するかい、カストゥール。もしも俺が、この土地の表面から、すべてのヒルコを引っぺがし、連れ去ることが出来たのなら、それを咎めはしない、と。 
カストゥール いいでしょ。
ケイローン 幾らなんでも、そりゃ世迷い言だ!老人の特権だ!
パエトーン 歯の根の合った正論の証拠、見せてくれようか、王の力。
ケイローン 王の力?
パエトーン 『はなればなれになれ』!

するとナビ、その場にすっくと立つ。同時に、地面という地面の皮が剥がれて、無数のヒルコが立ち上がる。

ナビ あっ!
ケイローン たたたた、立った!立った!ヒルコが立ったぁ!
赤犬 ヒルコの群れだ!里中のヒルコが、いっせいに立ち上がったぞ!
キタイロン すげえ!初めて見た、こんな超常現象!
パエトーン うまくいった!俺は重力を操れるんだ、ケイローン。気合と成り行きによっては。
ケイローン こいつはぶったまげだ。王どころじゃない。神だ。神の力に並んだ!
パエトーン 半神半獣。ケイローン、お前の肩書は俺が引き継ぐ。
ケイローン おおパエトーン!ヒルコの王の誕生だ!
カストゥール ……たった今、時代が変わって潮目も変わった。この流れを読んで、もっぺん転職しよっと。

カストゥール、ヒュドラを連れて、去る。

ナビ 信じられない……パエトーン、あんた、ひょっとして『マレビト』?
パエトーン そうウワサされたこともあった。けれどそいつは看板倒れ、20過ぎればタダの人、と凡百のレッテルを貼られてはるばる、出荷されて来たんだ。
ナビ いや、きっとホンモノだよ。絶対そうだ!あのねパエトーン、耳貸して。アタシ、ヒルコだけど、ヒルコじゃないんだ。
パエトーン ヒルコじゃない?
ナビ ヒルコの不出来は生まれつき。でもね、アタシにはあったんだって。産まれたトキにはね、内臓。けれど大事な大事な誰かのために、ソックリ全部、プレゼントされたらしいや。そのプレゼント相手が、
パエトーン 『マレビト』?
ナビ とっても素晴らしいヒトなんだって。太陽のような人だって。だからパエトーン、(パエトーンの腹さすり)アンタのこの内臓はきっと、アタシからのギフトだったに違いないよ!
パエトーン そうか、そうだったのか。そいじゃあ、理の必然、元サヤに収まるか?
ナビ 元サヤ?
パエトーン 結婚しよう。
ナビ ケケケケ、ケッコン?
パエトーン そうさ、ナビ。もしも俺の内臓が、元の木阿弥、元々は、そっくりお前からのイタダキなんだとしたらサ、俺たちもっぺん一つに戻ろう(と、いいつつ踏む)。
ナビ そういって、どうしてウットリ、足で顔を踏むの?
パエトーン だって俺、逆子です。
ナビ 手と足とがひっくり返った愛情表現なのね。
赤犬 ハナシは聞いたぜ、ヒルコの王。
キタイロン お式の準備はお任せ、兄貴。
ケイローン 貴賓席の荒野はワシのモンだ。
パエトーン 派手に頼むぜ。なんせ、ヒルコ全員での、合同結婚式なんだから。
赤犬キタイロン 合同結婚式?
パエトーン そうさ。闇に葬られた、ネズミ講の底に潜むノーカウントの人類、そのこと如く一斉が同時に結婚式をあげるんだ!これならさすがに何人たりと無視はできねえ、させねえ。さあ、結婚式だ!マスコミ呼んで、派手にやろう!

































アウトリュコス ……あのぅ。
パエトーン え?
アウトリュコス サインを下さいませんか、マレビトさま。
パエトーン サイン?
カストゥール あっ、アンタはもしや、先輩ボールボーイのアウトリュコス?
アウトリュコス そうです、かつて華々しいウィンブルドンの古株ボールボーイ、しかして今はご覧の通りの哀れなアウトリュコスに、話半分のウワサのタネ、サイン色紙を恵んでは下さいませんか、マレビトさま。
パエトーン サインか。いいだろう、アウトリュコス。こんなこともあろうかと、このキャンパス・ノート170ページに渡って夜毎、開発に明け暮れた255種類のサイン。この中で、最もイケてるデザインを選んでやるからネ。
アウトリュコス そんな大それたモノでなくて結構!この薄布一枚に、チョチョイと書いて下されば。
パエトーン えっ、そうか。折角考えたのになー。ま、いいや。チョイ、チョイ、と。……これでいいか。

舞台壁面にサインの文字が出る。『マレ人』

アウトリュコス 歓喜雀躍、雀の踊り。ただ近頃、浮世の光にすっかり盲いてしまい。申し訳ないけれど、このサイン、読み上げては頂けませんか、ちょいとそこ行く目抜き通りで目を回してるレディー。
ヒュドラ え?何だい?読むのかい?文字を?おメメぐるぐるのアメのウズメに、読ませるのかい?この地を這った明朝体を?目が回って、間も伸びた、9枚舌に、文字を?
アウトリュコス 存分に、間伸びして、お読み下さい。
ヒュドラ ま、れ―、ビト。

舞台壁面のサインの文字が変化する。『マレ人』→『マレー人』

平留主 マじゃなくて、レが伸びた。
ナビ これじゃ、マレー人だネ。
アウトリュコス それだ!尻尾を掴んだァ!
群衆 えっ?
アウトリュコス 東京都入国管理局立川出張所!不法入国の内偵捜査だ!マレー人(じん)ども!
パエトーン ま、ま、マレー人?

群衆、マレー人の群れとなり、駆け乱れる。

アウトリュコス よくもこれだけタップリ詰め込んだな、立錐の余地もない四畳半、ヒトの尊厳なぞ皆無のタコ部屋に!覚悟しやがれ!てめえら全員、ハダカにひん?いて、強制送還の素寒貧にしてくれるっ!
パエトーン オイ、まてよアウトリュコス。これも式次第か?何が何だか……!
アウトリュコス 黙れ不法入国者、イリーガル・イミグランツ!思い上がるんじゃねえぜ!犯罪者の頭領如きが、役人さまと対等な口をきこうなどと!粛々と法務大臣様のお裁きを受けな!
パエトーンナビ 法務大臣?

天空から光が差し、法務大臣のアポロン現れると、そこは立川のアパート、築四十年のタコ部屋。リアリズムの空気流れる。

アポロン ……ひとつ願うは人間。ふたつ願うはケダモノ。願わぬ者こそ神である。どうも、現職法務大臣のアポロ川常彦です。
パエトーン あ、ポロロン、とアポロン。
アウトリュコス 無礼者っ!オリュンポスの頂にも匹敵する雲の上、霞みががった霞が関にあってもトップ・キャリアを誇る殿上人の法務大臣様が、これなる立川の掃き溜め、畳のケバもケバケバしい築四十年・風呂なし・和式トイレ共同四畳半のタコ部屋なんぞに降臨する奇跡、有史以来、初の快挙であるぞ!
アポロン なあに、ホンの気まぐれの夕間暮れ、遊び半分の実況見分よ。
ナビ ジッキョーケンブン?
アポロン アピールよ、アピール。選挙も近いしね。後でマスコミも来る手筈よ。『あさチャン』で宇垣美里アナに2ショット写メ、お願いしちゃお。SNSもやっちゃう、庶民派法務大臣で売ってます。
ナビ 聞いたこともねえ呪文ばっかり喋る神様だネ。
アポロン 見たこともねえ生態に言われる筋合いがあるか。
アウトリュコス 立川では雑巾にまで自律歩行の生態系が通っております。
パエトーン 何をゴチャゴチャ言ってんだ。アポロン!僕だ、僕ですよ。いつかの気まぐれな夕間暮れ、一方的なОB訪問でセッカイを教えて頂いた、英雄教育の現役生。
アポロン キャリキャリと積み立てたキャリアホルダーに不法移民の竹馬の友がいてたまるか。いいか、マレー人。叩けばホコリの出る後ろ暗い身の上、昼日中からカーテンを締め切った薄暗い四畳半に引きこもり、人目を盗み、息を殺して生活している間に、現実をトロかし、逃げ込んだんだ、貴様は!自らに都合のいい英雄譚、弛緩しきった出来合いのストーリーに。
パエトーン それってどんな羊頭狗肉?
アポロン ……世界を教えてやろうか?
パエトーン え?
アポロン 世界を教えてやる、視野狭窄の使徒!出来合いのストーリーを溺愛した御都合主義者の目を覚まし、引きこもりから布団を引き剥がすために窓を開け放て!神話のストーリーに引きこもった不法入国者どもを、酷薄なるリアリズムの日の光に晒すんだ!

窓が開け放たれ、部屋の中に眩い光が差し込む。

ナビ オウ、サンシャイン!
アウトリュコス パッチワークされた神話の皮膜をひん剥く、醒めた理性の灯だ!

明かりが変わると、ドタバタと走り回っていた群衆が、バタリとその場に倒れ込む。まるで、死体の群れのように。

パエトーン ややややや、どーした、どうした?おい、ケイローン?ナビ?……アリーナ!二階席!貴賓席!
ナビ おかしいな、おかしいよ。重力との折り合いがつかなくてフラッフラだい(倒れる)。
アポロン 化けの皮が剥がれましたナ、ベロンと。
アウトリュコス 貴様が溺れて愛した世界観の薄皮は無残にめくれ、アパートの一室に、凄惨なる大量殺害の現場が出現したあっ!
アポロン 分かるな、世間ズレに靴擦れた子羊。貴様はずっと、この部屋で一人、死体の群れと暮らしていたんだ、つかず離れず。
パエトーン そんなバカな!
アポロン 実況見分!調書と言質を取れ!
アウトリュコス ハラワタがないのは何故だ?
パエトーン ハラワタ?
アウトリュコス 内臓だ!内臓がないっ!どの死体も!抜き取られているんだ、コイツも、コイツも、コイツも!……論より証拠の壁の穴。(ナビの腹を指さし)見ろ!腹に据えようとも据えかねる、このウロンな空洞を!
ナビ 据えかねる腹がないや。
アポロン 決まったな。口にするのもはばかられる、大量臓器売買の温床。子羊を解体するモリヤの山、アブラハムの地下室!そのおぞましき解剖現場だ、この一室が!
パエトーン 違う!
アポロン 違わないっ!
ナビ 違うよ。
アポロン 違わないっ!臓物を抜かれた死体は喋らないっ!
アウトリュコス まだ世界観を受け入れきれない雑巾がいますね。

と、『死体』として床に伏していたカストゥール起き出し

カストゥール ……たった今、時代が変わって潮目も変わった。流れを読んで今、この世界観からの、卒業!(起き上がる)法務大臣さま!ワタクシ、カストゥール、神話の世界から四畳半リアリズムの世界へと難民申請致しますっ!
アポロン 溺れる羊のカルネアデス、世界観トレードの手土産は?
カストゥール 不躾なる安普請、木造モルタル四畳半、ベニヤ一枚5㎜越しの地獄をご覧アレ!

と、床に伏したヒュドラが、虚空に向かって独り言。

ヒュドラ ……マレー、ジン、もしもし……。……マレー、ジン、もしもし……。
カストゥール お聴き頂けましたか、頂けましたね!トントンカラリと隣組、これなる潜入捜査のそもそもの大元は、隣人からの匿名密告電話から始まった!
アポロン 確かか?
アウトリュコス ハッ!大タコ部屋に不法就労のマレー人が立錐の余地なく群れ集い、息を殺して暮らしている旨、チクリを頂きました、立川にお住まいの匿名希望さんから!
ヒュドラ ……マレー、ジン、もしもし……。……マレー、ジン、もしもし……。
カストゥール それが、彼女です!そして、ワタシの母ですっ!そう決めたから、そうなんです!……如何か、法務大臣様!虚飾たる神話の被膜を破り、リアリズムの強制捜査を手引きした名前なき功労者。この功績を買って、召し上げては頂けませんか?密告者の母とその愛息を、第一級名誉難民として!
アポロン いいだろう、機を読むに敏なる者。飼ってやる、目端の利いた犬として。
カストゥール わぉーん。
パエトーン カストゥール、貴様っ!総合司会の責務はどーした!披露宴の式次第途中降板なんてヒトとしてやっちゃイケナイのココロなんだぞっ!
カストゥール それはヒトとヒトとの契約のハナシ。白々とリアリズムの光の下で、紅く濡れた両の手をよっくご覧、王様。その正体はおぞましき臓器売買のブローカー、はぐれ者の英雄という羊の皮を被った人畜以下のケダモノ野郎!
パエトーン 貴様ぁ―っ!

と、唐突にエウリュトス登場。脇に麻酔を従えて。

エウリュトス ピンポンピンポンごめん下さい消防署の「方から」参りましたエウリュトスです。
麻酔 麻酔(マヨイ)です。
ナビ ハイハイ、今空けますよ、ごろんごろん。ごめんなさいねー。すっかり重力に弱くなっちゃってネー。
麻酔 ポイズン・シックにお気の毒。そのお身体じゃあ、火に蒔かれ、煙に巻かれれば到底、逃げ切れませんでしょ。
ケイローン ナニ、乾布摩擦で鍛えとるからね、イザとなればね、匍匐前進の行軍で背中を擦ってのグレート・エスケープよ。(ナビをぶん回して)ごろごろ。
ナビ ひゃーっ!ひゃーっ!
麻酔 そんな摩擦的行為など及びもしない大炎上がスグやって来るというのに。
ケイローン ダイエンジョー?
ナビ マー大変。燃えちゃうの?
エウリュトス 燃えちゃいます。大黒柱も鬼釘も、要石さえケシズミのアメの村雲。
ナビ 大変じゃんか!血の一滴まで絞り切って乾き果てた反物は、二次災害に格好の火種!
エウリュトス そ。だからね。種火の灯る、すんでの間でのこのタイミングでフックアップ、サルベージに来ました、我が優秀なるスタッフを。……ミズコさん。
ミズコ (死体から起き上がり)え?ハイ?
エウリュトス ゴクローさんでした。目の前で起こるデタラメに四苦八苦、額面通りに受け取った、いいレポートをどうもありがとう。ゴーストライター、合格です。
ミズコ なんだか、寝耳にミズ。
麻酔 時間がないわ。早くコッチの世界観に乗り移って。
エウリュトス これからね、この四畳半はコゲコゲ大炎上するからね。ごらん口さがない隣人を。
ヒュドラ ……マレー、ジン、もしもし……。……マレー、ジン、もしもし……。
エウリュトス あの口からこぼれ出るコトダマは近隣住民に届き、たちまちせ・け・ん、という荒波の中に弾ける石鹸のバブルに変わる。そのパチパチと弾けるバブルの音が、いつしか蒔の燃えはぜる音、天をも焦がすホムラの響きに変わってしまえば、すべて根絶やしの大炎上。もう二度と、この地にヒトの住むことは出来なくなる。
ミズコ でもね、エウリュトス様。アタシ、見たんです。人目はばかるヒルコの里、そのコインランドリーの果てから黄泉平坂逆走し、蘇った百人並みが、一瞬、反逆のカリスマとして輝く様を。

と、物陰からマナコ登場。

マナコ ……裏を読みなさい。
ミズコ え?
マナコ その場しのぎにパッチワークの英雄譚、ヒトではない者の指導者。けれどそれは裏を返せば、かの地でヒトと呼べる者は、たった一人!それ以外は皆、棺に納められるべきムクロの群れ!
ミズコ ……羊の群れだと思い込んで、棺の群れをゴーストライトしてしまっていたんだ……。
アポロン さあ、世界観の乗り換えは済んだか、諸君!ヨーソロー、お忘れ物なきよう!口さがない誹謗中傷の大炎上は間もなく!
赤犬 (死体から起き上がり)では、その火付け役、種火の口火はこの赤犬にお任せ!
キタイロン (死体のまま)アニキ?
赤犬 マッチ一本、火事の元!見事大炎上につながる火種の役割、果たしてみせればお慰み。誰もが躊躇するその第一手に手を付けるんだ。汚れ役の報酬、救命ボートの末席は、リザーブシートでお願いしやすぜ。
アポロン ……汚い息遣いだな、駄犬め。フロントデスクは、現場には出ない。
カストゥール 現場のことは、現場判断にお任せ。
キタイロン ああああアニキ、おおおオイラも。
赤犬 おっと、悪ィな、キョーダイ。カルネアデスの板は満員御礼の慇懃無礼よ。浅ましくもしがみつく意地汚いオトコのことは忘れてスッパリと美しく、慣れ親しんだ世界観と心中しな。
キタイロン そそそそ、そんな!
アポロン 上演時間も半ばをとうに過ぎて、客席が船を漕ぎだす頃合いだ!派手目な音と明かりを導くべく、口さがない密告の種火に油をくべる大炎上の口火を切れ!
赤犬 ……ガイコクジンだ!この部屋に、ガイコクジンがいるぞお!

その瞬間、四畳半の外から凄まじい轟音でヘイト・スピーチが流れ込む。

DATA

2017年
7月14日(金)~ 16日(日)

シアターモリエール

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅 /田村友紀 /江花実里 /澤岡史織 /細井メリハ /江花明里 /佛淵和哉 /佐藤美樹 /佐藤拓実 /大浦孝明 /佐々木千枝子 /林大輔 /高木碧 /片腹年彦 /黒澤風太/門田友希 /鈴木まりこ

スタッフ
照明:黒太剛亮/ 音響:久郷清/ 舞台美術:辻村夏美/ 舞台監督:にしわきまさと/ 衣装:小川優太/ 宣伝:orange21/ ステージング:佐々木諒(架空畳)/ 写真:Shin Matsumura/ 制作:永井友梨(架空畳)/ イラスト:町田メロメ



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