天使も踏むを恐れるエチカ

WORKS

上演作品
▼佐藤辰海演劇祭 / かながわ短編演劇アワード2020 参加作品
天使も踏むを恐れるエチカ

2019.12.27_29/2020.03.22







わたしは、想像する。

今と同じ時代、今と同じ時間、今と同じ場所。

独身者用のアパートに、一人の男が越してくる。
挨拶の為に訪ねた隣人の部屋、 そこに潜んでいたものは…。
アラビアの海に浮かぶ部屋。
天井のシミュラクラ。
嗅ぎまわる犬。
宇宙船の帰還。
そして寝酒に濡れた隣人。
共通の話題はたった一つ。
たった一つの、小さな殺人事件。

「こう考えてみたらどうかな? この部屋の、このドア一枚が、たまたま二つの国の国境線上にあったってこと。」

信じて貰えるだろうか?こんなに大きなHORROR話。













ホゾ宮(腕時計覗き込みながら)スリー・ツー・ワン…ゼロ。ご免くださぁい!…返事はナシ。 さりとて、天邪鬼を気取った邪宗門に耳をそばだてると…(扉に耳を充てる仕草)微かに聞こえる、 電気仕掛けの振動。そして、獣が息を潜める気配。いるんだ、いるんでしょ、いるに決まったぁ。…ご・め・ん・く・だ・さぁ・いっ!

老婆4、新聞紙の影から立ち上がると澄香となる。

澄香 ふぁーい。 
ホゾ宮 うっ、臭ぇ!
澄香 ゴメンね、ボク。昨夜の寝酒と、火床(ほど)の火照りが抜けきらなくて。
ホゾ宮 ドキドキ。どんなハーレクイン・ロマンスが展開された、昨夜のベッドルームだったんだろう。
澄香 サイドテーブルに乗せた夕陽を眺めていただけ。
ホゾ宮 動画ですか。ボクもね、よくやりますよ。燃え爆ぜる火の粉や、寄せて返す波の音なんかを環境音にして、 眠れぬ夜の静寂を埋めること。手元の端末一つあれば、望みの場所は想いのママだ。
澄香 好きな時間に、好きな場所、好きな風景…いい時代ネ。
ホゾ宮 けれど意のままにならぬコトもある。
澄香 例えば?
ホゾ宮 何度ベルを鳴らしてもジッと息を潜める隣人に、開かずの扉を開かせること。
澄香 十年選手のベテランとは申せども、女の一人暮らし。警戒しますよ、ドアの前でジリジリと小一時間も気配を探られていては。
ホゾ宮 そうか。ドア一枚隔てて気配を伺っていたつもりで、伺われていたんですね、ソチラからも、コチラを。
澄香 貴重な上演時間を浪費して、どんな気配を探っていたの。
ホゾ宮 (腕時計を指して)AM9時を待っていたんです。
澄香 それってどんな午前様?
ホゾ宮 幼心に沁み込まれた、僕のエチケット。まだつむじも揃わぬ未就学児童の昔。 日曜の朝ともなれば午前6時には飛び起きて、すぐ隣に住んでいたマーちゃんちのドアを叩き、 「あ・そ・び・ま・しょ!」と大声あげた僕の倫理を、母親はすりこぎでブっ叩いてくれました。 「今何時?いまクジラ、の朝9時までは、ヨソさまのおウチのドアを叩いてはいけません」。
澄香 その教えが今も息づいて、朝9時になるまで、ドアの前で時計の針と睨めっこしてたってワケ。
ホゾ宮 そして今、このトキを迎えました。名乗りの瞬間こそドラマは最高潮。僕、ホゾ宮マサルです。
澄香 アタシは澄香。澄んだ香り、と書いてスミカ。はぁーっ(息を吐く)。
ホゾ宮 うっ…臭ぇ。けれど慣れます。離れたる親類より、隣人の寝酒。
澄香 隣人?
ホゾ宮 越して来たんです、隣の部屋に。202号室。そんでつまり、ご挨拶。

ホゾ宮、そこから一歩、進もうとする

澄香 待って!…ビザは持ってる?
ホゾ宮 僕、ウーバーイーツの配達員じゃありません。
澄香 ピザじゃない、ビザ。入国許可証。
ホゾ宮 この顔にピタリと張り付いた「誠実」の二文字だけがパスポートですが。
澄香 覚えておいて。その一歩は、天使も踏むを恐れるワダチ。
ホゾ宮 えっ?

澄香、ホゾ宮の首に手をかけ部屋の中で引き込むと、たちまち闇に包まれる。闇の中で新聞紙がガサガサと動く気配。









エチカ ピピー、ピピー。ピピー、ピピー。…静寂の宇宙からこうして眺めていると、あと僅か数時間後には、 あの優雅に輝く青い地球が、ドカンと爆発してマッチロな光の粒に変わってしまうだなんて、とても信じることが出来ないココロモチだ。 ピピー、ピピー。あと3秒。私は言葉をつぐむ。ピピー、ピピー。あと1秒。私は息を潜める。

と、新聞紙がガバとめくれて、ネムリが顔を出す。

ネムリ 何を眺めてんのサ。
エチカ 夜の闇よりも深い開明墨汁よりもまだ深い漆黒の宇宙から、滅びゆく我が星を高みの見物。
ネムリ どれ?どれが地球?
エチカ (天を指差し)見えるだろ。あそこに真ん丸。
ネムリ エエ、あのシミは二階から目薬。こないだの水漏れの名残にござんす。
エチカ 水漏れ?
ネムリ 二階のデッド・シーが、立つ瀬の無い満潮で、水浸し。
エチカ あそこにシリウス、そこにはプロキオン、そんでこっちにペテルギウス!
ネムリ 結構なトライアングルですナ。シミ、シミ、シミのシミュラクラだ。
エチカ シミュラクラ?
ネムリ ヒトのマナコはね。三つの点が集まると、何だかそれが人の顔に見えてくるように、プログラミングされてんの。
エチカ それがつまり、シミュラクラ。
ネムリ そーよ草枕じゃあないのよ。ムニャムニャ。
エチカ そー言われちゃうと、天上に瞬く冬の大三角形が、滅びゆく人類、その苦悶の表情に見えてきちゃった。
ネムリ 心霊写真のクラシカルなテクニックです。
エチカ 見上げた博識だ。トロリと眠そうなマナコに似合わず。
ネムリ マンガだよ。マンガの知識だよ。義務教育に必須の知恵知識知見は、全部マンガに描かれてるのサ。むにゃむにゃ。そんじゃ、オ・ヤ・ス・ミ(寝る)。

と、ガバと別の新聞紙がめくれて、鏡御前が顔を出す。エチカ、ビクリと硬直。

鏡御前 そこに誰かいるか?(辺りを嗅ぎまわり)…やはり、思い違いではない。貴重な食糧と…そして酸素が減っている…。 鏡のオモテ裏をかいくぐり、紛れ込んだか。密入国者が。
エチカ ピピー、ピピー。あと3秒。私は言葉をつぐむ。ピピー、ピピー。あと1秒。私は息を潜める。…スリー・ツー・ワン…ゼロ!。
鏡御前 !

ドアを叩くような、激しい音!

















写真撮影:松村事務所 / 平川千晶

波が引き、拘束されたホゾ宮が現れる。その背後に、鏡御前。さらに背後に、新聞紙を切り刻む老婆たちの姿。

鏡御前 パスポート。
ホゾ宮 この顔にピタリと張り付いた「誠実」の二文字だけがパスポートですが。
鏡御前 入国許可証。
ホゾ宮 何恥じ入ることのない、裸一貫。
老婆たち ザワザワザワザワ。
鏡御前 パスポートもビザもなく、裸一貫で立ち入った。それを密入国者と言います。
ホゾ宮 密入国?
鏡御前 ヨルダンとイスラエルの真ん中。その死海にプカリと浮かんだ、狼藉者。厚い温情の強制送還をくれてやる。どちらの岸からやってきた?
ホゾ宮 どちらの、岸?

老婆の中から、まひるが現れる。

まひる 東海岸のヨルダン?

老婆の中から、ネムリが現れる。

ネムリ 西海岸のイスラエル?
ホゾ宮 どちらでもない…。どちらでも。
老婆たち (笑う)カンラカラカラカラ!
鏡御前 それじゃあ浮かぶ瀬もござんせん。
ホゾ宮 外国じゃない。俺は、隣の部屋から来た。202号室。
鏡御前 そう、隣の部屋で、そして同時に外国。
ホゾ宮 だって、隣人だ。この壁一枚、ドア一つを隔てた、隣に住んでいるんだ。
鏡御前 じゃあ、こう考えてみたらどうでショ。この部屋の、このドア一枚が、たまたま二つの国の国境線上にあったってこと。
ホゾ宮 荒唐無稽だ。マンガだ、そんなこと!
まひるネムリ ええそう、このコの知識は全部、マンガですから。
ホゾ宮 えっ?
まひるネムリ 一日中、マンガばかり読んでいますよ。ところ選ばず、蒲団の中、押し入れの中、天袋の中、そして湯舟の中。

老婆の中から、澄香が現れる。

澄香 マサル君。…どちらのお母さんが、本当のお母さんなの?
まひる 東海岸?
ネムリ 西海岸?
ホゾ宮 どちらでもあって、どちらでもない。母さん。僕の母さんは…二人います。
澄香 二人?
ホゾ宮 昼の母さんは、いつだってニコニコと、僕のやること、何だって許してくれます。夜の母さんは、眠っています。ずっと眠って、目覚めない。僕が…僕が、どんな目にあっていても!
澄香 どんな目に、あってるって?

鏡御前、ホゾ宮を拘束する。

ホゾ宮 うわーっ!
鏡御前 嗅ぎつけたぞ!頭隠してバケツ隠さぬ、狼藉者のスメル!密航者だぁ!
まひるネムリ わぉーん!

その瞬間、エチカ、鏡御前に飛び掛かる!人々、散り散りになる。ホゾ宮、その場に倒れる。

鏡御前 …貴様ぁ!寝返ったな。手懐けられたなあ。
エチカ …やめて。大きな声を出さないで。

鏡御前、エチカに襲い掛かるが、身体がグラリと崩れる。

鏡御前 く・る・し・い…!貴重な酸素が…足りない!密航者一人分、酸素が!

背後で、人々がバタバタと苦しそうにもがく。同時に、バシャバシャ、バシャバシャと水をかく音が聞こえてくる。

エチカ 大きな声を出さないで。私はそれを許されていない。
鏡御前 吸うな!その酸素を!ここは…このエアーロックは、俺の領地だ!おれの国だ!吸うな、外国人は、俺の国の酸素を! …シリウスから…プロキオン…ペテルギウスをぐるり巡って7万年。やっと…やっと、ここまで…
エチカ 大きな声を出すことを私は許されていない。少なくとも。
鏡御前 あとホンの少しで…あの鏡合わせの故郷に…地球に…戻れる…と・こ・ろ・なのに…!
エチカ 少なくとも、AM9時までは!わおーん!

その瞬間、ゴボゴボと水底に沈む音!沈むホゾ宮。その周囲に老婆たち、集まってきて、新聞紙をかける。澄香=老婆4、 新聞紙開いて立ち上がった。

老婆4 …「遥か7万年のテラフォーミング調査を経て、地球に帰還目前でありました、 ドナリエラ77号が、エアー・ダクトの故障から全滅。航空宇宙局の捜査によりますと、死亡しました乗組員全員に、 首を強く絞め合った痕跡があった、とのことです」。…今日帰ってきた、四コマ漫画のオチでした。
老婆たち ボツ。
老婆4 えっ?
老婆5 許せるわけあるか!こんなオチ!…澄香姫っ!

一瞬で、老婆たちが取り囲む記者会見の風景。


2019年
12月27日(金)~ 29日(日)
花まる学習会・王子小劇場
「佐藤辰海演劇祭」参加作品

2020年
3月22日(日)
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ
「かながわ短編演劇アワード2020」参加作品

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅/江花明里/田村友紀/澤岡史織/永井友梨/佐々木諒




Copyright (C) 2007 架空畳