量子探偵 ミンコフスキー密室/レムニスケート消失

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▼「量子探偵 ミンコフスキー密室/レムニスケート消失」

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架空畳 第20回公演 量子探偵 ミンコフスキー密室/レムニスケート消失
インタビュー vol.1 小野寺邦彦(前編)

聞き手・記事 日野あかり(日本のラジオ)

「量子探偵」登場と江花実里

――今回の公演で「量子探偵」シリーズを上演しようと思ったきっかけについて教えてください。

やはり一番の理由は、実里さんが出演するということが大きかったです。架空畳では、岩松さんと実里さんがほとんどの公演に出演していますが、いつもは岩松さんが中心になることが多いです。ただ、それは実里さんに配慮してという意味ではなくて、彼女がいろんな劇団に出演していてスケジュールが合わせづらいという事情もあるんです。
ここ数年、本公演で実里さんがメインを張る作品をやっていなかったので、劇団として今後の展望を考えたとき、やはり実里さんが主役となる作品が必要だと感じていました。劇団の看板俳優として、彼女を中心に据えた作品を作りたいという思いがずっとありましたし、単純に特別扱いしたいという気持ちもありましたね。
実里さんがほぼ最後に本公演に出演したのが、2021年のコロナ禍に配信と劇場のハイブリッドで上演した『あいまいな未来』というリーディング公演でした。そのとき、チケット購入者に追加コンテンツとして勝手に音声や映像の「おまけ」を配信していて、新たに7本ほど戯曲を書いたんです。その最初の1本が『量子探偵登場』でした。5分弱の音声ドラマで、「シュレディンガーの猫」的な発想を密室劇に応用した、「誰も観測しなければ密室は存在しない」という内容を量子探偵が語る作品です。
この『量子探偵登場』を実里さんが一人で演じてくれたのですが、そのときのノリがとても良くて、彼女自身もキャラクターを気に入ってくれました。その反応を見て、シリーズにしても面白いかもしれないと思うようになったんです。最初はシリーズにするつもりはなかったのですが、タイトルに「登場」とつけた時点で、次の展開があるような感じになりますよね。そんな流れで、シリーズものとして展開していくのも一つの面白い枠になるかなと思いました。
その後、昨年から今年にかけて3本の『量子探偵』シリーズの戯曲を書きました。うち2本は、Paperback Studioで上演したショーケース公演用に書いたものです。その公演時点で、今回の座・高円寺での公演が決まっていたので、架空畳として何を上演するかを考えたときに、「実里さん主演作」という看板を掲げるのが良いのではないかと思って、だったら、それに向けて1年かけてシリーズを仕込み、今回はその劇場版としてやってみようと。マッチポンプ的な発想です。

「量子探偵 不在のシュワルツシルト」

――劇団としての展望を考えたときに実里さん主役作品を作りたいと思った、そのあたりをもう少し詳しく教えてください。

演劇って、やはり俳優を観に来るものだと思うんです。正直に言うと、私が書いている物語や戯曲そのものを観に来るというのは限界があると思っています。演劇の本質は「この俳優を観たい」という気持ちだと私は考えていて、そういう動機で劇場に足を運んでほしいんです。
実里さんはさまざまな劇団に出演していて、年間を通してたくさんの舞台に立っています。つまり、その気になれば、いつでもどこかで彼女の芝居を観ることができる。でも、だからこそ「架空畳の江花実里」は、架空畳でしか観られない特別な存在であってほしいと思っています。
他でも見られる実里さんが架空畳にも出ている、という状態だと、観客は他の公演で済ませてしまうかもしれない。けれど、架空畳という劇団にわざわざ足を運ぶ意味があるようにするためには、やはり実里さんを看板俳優として明確に位置づけることが大切だと考えています。
岩松さんは今のところ架空畳しか出演していないので、自然と「ここでしか観られない」存在になっているけど、実里さんはそうではない。だからこそ、彼女の出演作が「ここでしか観られない」特別なものになるように演出していきたいし、俳優が一番魅力的になる方法を考えることを、優先順位の一番に持っていきたいと思っているんです。

「彗星たちのスケルツォ」

――劇団と俳優のいい関係ですね。「量子探偵」の実里さんは本当にかっこいいですし、立ち姿やキャラクターの輪郭が濃い気がします。

実里さん自身が「量子探偵」というキャラクターを気に入ってくれているというのは大きいと思います。最初からそうなるとは想定していなかったのですが、結果として非常にハマった役になっていて、それがシリーズ化を後押ししたところもあると思います。
実は、彼女は架空畳の演技スタイルとは根本的に合わないところもあるんです。実里さんは、役に深く入り込み、内面から役を作り上げていくタイプ。一歩動くにも理由が必要で、「なぜそこにいるのか」「なぜ今この感情なのか」といったことを丁寧に積み上げていくアプローチを大切にしています。
でも架空畳の演出はその真逆で、一挙手一投足を私が指示して、外側、つまりハード部分を作り、中身のソフト部分を俳優に委ねているという部分が大きいので、彼女にとっては苦労が多いやり方かもしれません。実際、普段はかなり悩みながら演技を組み立てていると思います。
その点、シリーズものとして繰り返し演じてきた「量子探偵」は、既にキャラクターができ上がっていて、彼女の中に蓄積があります。だからこそ、多少突飛な設定や台詞でも、「このキャラクターならこう考えるだろう」といった下地があるぶん、演じやすくなっているのではないかと思います。
「量子探偵」というキャラクターは、毎回ある程度の量子力学的な解説を求められる存在です。シリーズ初期では、実里さんもその台詞を咀嚼しながら演じていましたが、今ではほとんど呼吸するように自然に言えるようになっていて、それがキャラクターとしての説得力にもつながっていると思います。
今回上演する『消失』の方では、スリーピー・スリップという一般人のキャラクターを新たに登場させました。実里さん演じる量子探偵が語る難解な量子理論に対して、全く理解ができなくて目を回すっていう役割が欲しいなと思ったんです。そうすると、実里さんが本当に成長してるように見えるなって思って。それは事実そうだし、シリーズを踏んでるからっていうのはあるのかなって思ってますね。

――架空畳の演出スタイルが独特なのは、私も以前何回か出演させていただいて、ひしひしと実感しているところです。

俳優って、どんな台詞でも感情をつけてくるじゃないですか。そこが面白いんですよね。私の書く台詞って、基本的に感情も何もない、すごく無機質なものなんです。最近は特に意図的に、内発性を排除した、プラスチックのような台詞にしているんですけど。
でも、俳優はそれをただの空っぽな箱としては扱わない。自分の体温で温めて、意味を注ぎ込んで返してくる。しかも、その“満たし方”が人によって全然違う。どんなふうにそれを満たしているのか、そこを見るのがすごく楽しい。
だから、台詞も自然とその俳優に合ったものになっていく部分があるんです。最初は戸惑う人も多いんですけど、ある瞬間に完全に台詞を“踏み台”にして、自分の演技に変換してくれることがあって。それって本当に感動的なんですよね。ほとんど台詞を聞かなくても、何を言っているかが伝わる、そういう瞬間。
(VOL.2へ続く)