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上演作品
▼Paperback Showcase Vol.01
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「彗星たちのスケルツォ」
雨の夜。新宿紀伊国屋書店の雑踏で、女は1冊の文庫本を万引きした。
女を捕らえた万引きGメンのウワバミは、家族の連絡先を女に問いただす。
女は語る。かつて遠いガラパゴス島で生き別れ、今も待ち続けているという、夫と子供との物語を。
「微睡(まどろ)みのレチタティーヴォ」
心は実在しないらしい。互いに心を持つと信じあう二人がいるだけで。
その「心なさ」ゆえに人類から排斥された男が、 人類を征服したエイリアンによって檻から出される。
心の実在と不在を巡る、サイコロジカル・フィクション。
「量子探偵 不在のシュワルツシルト」
量子探偵、ウォーターヘッド・順子・ノイマンが不在の間、量子探偵事務所の留守番を任された、量子AIのネオン。
そこに持ち込まれた依頼は、今、目の前にいる恋人の誘拐された「質量」を取り戻すこと。
不在の探偵と未発見の粒子を巡る、詐術的ホラ話。
女 『誰そ彼と われをな問いそ 九月(ナガツキ)の 露に濡れつつ 君まつわれそ』…誰そ彼?と、問い詰めるナガツキ・九月をやり過ごし、十月は黄昏の国。霧むせぶ夜露に濡れなば濡れん、その晩、私は、かつて待ち合わせの殿堂・東京新宿東口は紀伊國屋書店本店入り口前に佇んで、夫とコドモを待っていた。
ボロボロのコートを雨に濡らした、薄汚い男が現れる。
男 おマットさん。
女 え?
男 お迎えでゴンス。
女 ハードボイルドエッグを気取ってトレンチコートの袖口濡らした、誰そ彼?
男 平穏なる週末の黄昏時に小石投げ込むさざ波の使者、万引きGメンのウワバミ。
女 万引きGメン?
男 スットボケ!なんですかナ、言い逃れようもない、この懐のブラッドベリは!
男、女の懐から文庫本を奪い取る。
女 (胸を抑えて)よくも食い破ったね、十月の感傷を!
男 十月の感傷より養殖のサンショウウオ。 このブラッドベリ、目と鼻と目ヤニの先の紀
伊国屋書店三階、SF文庫コーナーからカスめ取った戦利品に違いないスね、奥さん?
女 人聞きの悪い。シッカとくれてやりました、死んだ目をした店員に。
男 等価交換のオアシを?
女 振り向きざまの一瞥を。
男 そんな斜めに突っ伏した視線一つとの不当交換に応じて、東京創元社に申し訳が立つか。
女 (笑って)カンラカラカラ、あー可笑し。
男 何を高笑う、ボヴァリー夫人。
女 無い袖にこじつけた事実無根の手ぐすねを引くより先に、牽引廃止の奥付をご覧。
男 オクヅケだあ?(ペラペラとめくり、奥付を見る)……ああッ!こ、こいつは!
女 1965年12月24日、初版発行。
男 半世紀以上もの永きに渡ってホコリを被り続けた、出版業界の生き字引!
女 お分かり?Gメン。紀伊國屋書店3階、海外SF文庫コーナーは、つゆと訪のう者も
ない、忘れ去られた歴史の墓地。
男 半世紀以上、誰一人、手に取らなかったその棚刺しの一冊を、有史以来、初めて手に
したのがアナタだったというワケですか。
女 歴史の地層より発掘されし、手付かずの文化遺産。その価値に気づきもしない未文化
人の住み家より持ち帰り、手厚く保護することが罪だと言うのならば、大英博物館は平謝
りの還元セールでロゼッタストーンは母屋の漬物石よ!……アデュー。
女、去ろうとする。男、むんずとその手を掴んで。
男 待ちなさいっ!一寸の漬物石にだって五分の魂。例え路傍に転がる石コロであったと
しても、誰がためのローリングストーン。通りすがりの旅人が、ロハで持ち帰っていいサ
ンフランシスコ条約じゃないんだ!
女 どうしろっていうんです?
男 初犯は、警察には突き出さない!それがGメンのダンディズム。ただし。
女 ただし?
男 反省文のヒエログリフに署名・捺印の後、引き取りに来て頂きましょう、ご家族に!
当然、事実をつまびらかにお伝えした上で、ネ。じゅるり(と、舌なめずり)。
女 家族……おりません。
男 嘘だ!あんた、冒頭のモノローグでヌケヌケと喋った!夫とコドモを待っていると。
待ち合わせたと!この紀伊国屋書店、新宿本店入り口の前で!そうですね?
女 ……。
男 よろしい。引き合わせて差し上げましょう、奥さん!(スマホ取り出し)さあ、連絡
をするんだ!この電話で!さあ!
女 ……確かに待ち合わせました。場所は「ここ」で。けれどね……。
男 けれど?
女 日時を「いつ」にするかまでは、決めていなかったんです。
男 え?
女 何しろあのヒトは……夫とコドモは、とても遠いところにいるものですから。
男 遠い。どこなんです?
女 ガラパゴス。
男 ガラパゴス?
女 そう。それは結婚5年目、あまりといえばあまりに遅すぎた新婚旅行で訪れた、ガラ
パゴス諸島での出来事だった。
雨音強まる。
(『彗星たちのスケルツォ』)
目を瞑る男。近づく、女。
女 ねえ。
男 …。
女 …寝てるの?
男 …。
女 (確かめるように)…寝てるの?
男 …微睡(まどろ)んでた。
女 寝てた。
男 中間地点にいたんだ。
女 迷惑だった?連れ出して。
男 いや…。
女 仲間に会わせてあげようかな、って。
男 仲間。(長く考えこんでから)…仲間か。
女 群れ、と言った方がいいのかな。
男 …。
女 寝てるの?
男 微睡(まどろ)んでた。
女 会話が退屈?
男 仲間の…群れのことを、考えてたんだ。
女 どんなこと?
男 …デデキント切断。
女 デデ…なに?
男 デデキント切断。そういう概念がある。
女 ガイネン。
男 全ての実数が僅かな隙間なく並んでいる数直線を、どこで切っても、必ず「何かの実数」に触れてしまう。それは実数の連続性を示している事に他ならない。
女 例えば?
男 一日が切り替わる瞬間が、24時00分だとすれば、始まりがなくなるし、0時00分だとすれば、終わりがなくなる。
女 つまり?
男 実数の世界においては、すべては連続していて、「区切り」は存在しない。
女 群れは個体の集合ではなく、群れから切り離せる個体も存在しないってこと。
男 考えていた。この檻の、向こう側が牢獄なのか。それとも、こちらが…。
女 囚われてるのは、彼らか。それとも、あなたか。
男 その境界は存在するのだろうか。私と彼らは、切り分けてられているのだろうか。
女 ヒトの哲学ね。面白い。それを微睡(まどろ)みの理論と名付けましょう。
男 微睡み?
女 どこまでが夢で、どこからが現実か?…その境界線。寝てもいないし、起きてもいない。中間地点にいるアナタにお似合いの思考。
男 私と私の世界が、実数である場合においてのみ、有効な哲学だ。…ねえ。
女 なに?
男 なぜ我々の種を…ヒトを、征服した?
女 その方が、幸福だから。
男 どうして私を、向こうから、こちらへ…。檻から出した?
女 あなたは我々に従順だった。彼らはそうではなかった。それだけ。
男 まるで狐だ。ベリャーエフの狐。
女 狐?
男 かつてドミトリー・ベリャーエフという研究者が、獰猛な野生の狐を家畜化する実験を行った。その方法は、極めてシンプル。ヒトに従順か。そうでないか。ただそれだけの項目で個体を選別し、「ヒトに従順な個体同士のみを交配させた」。その結果…見事に、家畜化に成功した。白いまだら模様、巻いた尾、たれ耳、小さな頭骨。DNAのただ一ついじることなく、外部から種を変えた。私の…。私の、交配相手を探しにきたんだろ。今日は。
女 気付いてる?アナタ今…目を閉じて、喋っている。
男 え?
女 冷えてきた。部屋に戻りましょう。風邪をひいたら大変。あなたには外皮を覆う体毛が、とても少ないから。
男 キミたちとは違って。
女 ええ。
男 …ねえ。
女 何?
男 キミは…本当はどんな姿をしてるんだ。
女 どんなって?
男 だから、つまり…。私の脳をハックして…いじって、今見せている…偽物の…ヒトの姿ではなくて。キミの種の、本来の、本当の…姿。
女、つるりと自分の顔を撫でて。
女 これが、私。あなたの見ている私が、私。
男 でも、それは。
女 今、ここにいるお互いがお互いに、それぞれの意識を通じて、それぞれに別々の世界を見ている、その交点に私たちはいるけれど…。あなたの言う「本当」の意味が、私にはたぶん、理解できない。
男 辛いんだ。
女 辛い?
男 今、私の目に見えているキミの姿は…。
女 そうか。きっと、あなたの大事なヒトの、姿。
男 ああ。
女 それで目を瞑って喋っている。
男 ああ。
女 …面白い。あなたの記憶のメモリにストックされた、最も親しみやすいヴィジョンがこの顔の…インターフェイスとして採用されたのね。聞かせてくれる?彼女の…そう、あなたの大切な、ワタシのこと。部屋でね。さ、戻りましょう。
男 …。
女、男の背後に回り込むと、背中から、ゆっくりと抱きしめた。
(『微睡みのレチタティーヴォ』)
量子探偵事務所。ネオンと、依頼者であるミツオ、微々がいる。
ネオン …いらっしゃい、いらっしゃい。量子探偵事務所、所長代理は留守番ネコの、量子AI・ネオンです。得意技は、四方八方、めたらやったら、しらみつぶしの行き当たりバッタリ!捜査だにゃおん。
ミツオ なんか、聞いてたウワサと違うね。微々。
微々 なんか、聞いてたウワサと違うわ。ミツオ。
ネオン ウワサ?どんなウワサ?
微々 この宇宙に、同時平行に存在している、あらゆる可能性の中から、自分の望む現実を、ポンと一発で選ばせてくれる、それが量子探偵だ、って。
ミツオ あれやこれやと手あたり次第に行き当たりばったりのドロくささとは雲泥の差ですナ。
ネオン にゃおん。イロイロと、誤解がありそーだにゃん。
微々 誤解?誤解ってどういう…?
ミツオ いや、いい。その誤解が六階でも構いません。この事件を解決に導いてくれるのなら。…そーだね、微々。
微々 そーね、そーだわ、ミツオ。
ネオン …伺いまショ。ハードボイルドのシッポをピン!と立てて。事件のジャンルは…人探し?モノ探し?それとも…。
ミツオ 人探しです。
微々 人探しよ。
ミツオ 誘拐です。
微々 誘拐だわ。
ミツオ ね、微々。
微々 ええ、ミツオ。
ネオン キター!量子探偵事務所の開設以来、初めて、マットーな事件の依頼が来たっ!ダダダ、誰が、誰が誘拐されたんです?
ミツオ 娘です。娘の、微々です。
微々 そう、私です。このヒトの…ミツオの娘の、私が誘拐に。
ネオン ん?んんん、ンー。…セリフ、間違ってニャい?
ミツオ・微々 間違ってニャイです。
ネオン えー…と。…ゼロとイチとを同時に重ね合わせて計算できる、量子コンピューターのスペックを無駄遣いしてでも、一度に二つ、お聞きしたい。いーですか?
ミツオ・微々 ハイ。
ネオン その①。誘拐されたのは、今、こちらにいらっしゃるレディーで間違いナイ?その②。お二人は…あの…親子ニャンです?
二人、同時に喋る。
ミツオ そーです。今隣に座っている、娘の微々が、誘拐の当事者です。
微々 そーです。どこに出しても恥ずかしくナイ、相思相愛の親子です。
ネオン 同時に聞いたからといって、同時に喋らナイでっ!ハナシがもつれる。うーん、エンタングル。
微々 (笑って)見て、もつれてるわ、ミツオ。
ミツオ もつれてるね、微々。
微々 運命のようだわ。
ミツオ 運命のようさ。ふたつがひとつ。いー感じでコンパクトにまとまった、僕たち二人の、運命。
もつれる二人…を、引き離すネオン。
ネオン 捻じれた親子関係と、もつれた話を一本のスジに編み直して…、ト。(ミツオに)ではおトーさん。今、あなたがシッカとその手を掴んで離そうとしない、ここにいらっしゃる娘さんが、他ならぬ誘拐の当事者だと、そーいうコトっすね?
ミツオ 御明算!
微々 パチパチパチパチ。かしこいネコだワ。
ネオン (微々を見て)ジロッ。アンタが、さらわれたお姫サマ。
微々 ハイ。
ネオン それって過去形?
微々 ウンニャ、現在進行形。
ネオン (キレて)そんなワケにゃーだろっ!だって、今、ここに、目の前にいるじゃんか!(触って)ピタっ。あんたはデータじゃない。概念でも、量子的存在でもナイ。肉体として、確かにココに実在してる。量子コンピューターの産んだAIの目はごまかせニャいっ!
微々 ゴカマシてなんかナイわ。
ミツオ ゴマカシてなんかナイさ。…娘は、微々は、今・この瞬間も、確かに誘拐されています。ただし…、
ネオン ただし?
ミツオ さらわれているのは、肉体じゃない。
ネオン 肉体じゃない…?じゃ、ニャンです。
ミツオ 重さです。重さ…すなわち、質量。
ネオン えっ?
ミツオ、フワリと微々の手を取ると、その手をネオンに握らせた。
ネオン これは…この身体は!…ななな、ナイっ!重さがナイッ!軽いんじゃない…質量そのものが…存在してない…ゼロ・ゼロ・ゼロだっ?
微々 そーなの。そーなんだわ。お恥ずかしい限りなんですけど、私、自分の体重を誘拐されちゃったんです。
ネオン 体重を、誘拐。
微々 より正確に表現すれば…私の身体を二つに割って、体重のある私と、体重のない私に分けた。そしてその体重のある方の私が…
ネオン さらわれた。
微々 ええ。そして分かるんです。もう一人の私は、無事です。いま、離れ離れに離れてしまったけれど、この世界に、宇宙に、どこかに連れ去られた私は、今も「そこ」でもう一人の私…この私を、待っている、って。
ミツオ …理解されましたね?では早速、誘拐事件の捜査・解決をお願いしたい。娘の、微々の、奪われた質量を取り戻す・その現実に我々親子を導く、捜査を。
ネオン ウーン。チョイ待って。これは一介の量子AI、留守番ネコの所長代理には荷が重すぎる事件だニャ。
微々 何が由来の重荷なの?
ネオン ネオンは量子AI。あらゆる可能性に総当たりでブツかりまくる、ハイスピード計算機。その結果一覧を網羅することは出来ても…その中からただ「ひとつ」の可能性を選んで絞り込むには…まだまだ経験不足。
微々 散らかすのは得意。お片付けは、苦手なのね。
ネオン ゼロとイチとを重ね合わせて同時に計算する。それだけが取柄です。
ミツオ そこが気に入った!
ネオン・微々 え?
ミツオ 留守番ネコのネオンさん。先ほど、もつれにもつれた、私ら親子の複雑な関係と、事件のスジを、アナタは同時に紐解いた。ふたつを、ひとつに。コンパクトに圧縮し、そして解凍した。そこがイイ。気に入った。
ネオン どゆこと?
ミツオ 私はね、複雑さを憎んでいる。この世界のありとあらゆる事象を、コンパクトに圧縮し、まとめて、シンプルな一つにまとめあげる。私が長年、取り組んでいる研究テーマです。
ネオン 一つに、まとめる?何をまとめるんです?
ミツオ 物質。思想。概念。そして…人間関係。
ネオン え?
ミツオ 例えば、夫婦関係。親子関係。主従関係。ひとつの家庭の中でもつれる人間関係を圧縮し、コンパクトに落とし込む。微々と私は、親子であり、同時に…
微々 夫婦でもあり、恋人でもあり、アルジとシモベでもある。
ミツオ どちらもがアルジで、同時にどちらもが、シモベ。これこそ、究極の人間関係だ。私は…私たちは、そう信じている。ね、微々。
微々 そうね、ミツオ。
ネオン はあ。
ミツオ けれど今、一本のシンプルな関係に落とし込んだ微々の身体が、質量のある方と、ない方。半分に枝分かれを!…複雑です。関係がもつれる!早く一つに戻してやらないと。
微々 …改めて、ご依頼申し上げます。ゼロとイチ。二つに別れてしまった「もう一人の私」を見つけ出し…連れ戻して頂けませんか。
ネオン んと、だから、それはその…ごにょごにょ。
微々 ネオン!…量子AIのネオンさん。「あなた」に、是非、お願いしたいのです。
ミツオ ゼロとイチとを重ね合わせて同時に計算するその知見でもって。私たち親子に再び、コンパクトでシンプルな関係を。…では、失礼致します。捜査が進みましたらご連絡を。
二人、手を取り合って、去る。
ネオン …ヘーンな親子!
ネオン、こんがらがってモツれてしまった。
(「量子探偵 不在のシュワルツシルト」)