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上演作品
▼Paperback Showcase Vol.02
SideA/SideB
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Side A
口八丁と手八丁を駆使して身ぐるみと春を剥ぐゼゲンのアマノジャクが出逢ったのは、セルフ生皮剥ぎで自ら春を売る、売り子の姫。
幾重にも着ぶくれしたその肌全てを、見事アマノジャクはサブスク期間内に剥ぎ切ることができるでしょうか?
(『ウリコヒメ』)
自分以外のすべての人間が眠ってしまった夜。正気と狂気の二進法が支配する浜辺で、自らがつけた足跡から「夜の太陽」を探す人々。それは解いてしまった宿題の、おぞましい末路の姿だった。
(『真夜中の太陽』)
三尊をお待ち申し上げます中秋に、数日も降り続いた野暮な雨雲が退いて、見通しの効く、満月の夜だった。燃え盛る炎から遠く引き離された真っ暗闇から私を引っ張り上げたのは、一人の男の言葉だった。「リラックスして―」。
(『葵の上 Wdistortion』)
「運び屋」と呼ばれる仕事がある。モノを、人を、薬を、情報を運ぶ。その男は…体一つで国を持ち運ぶ男だった。だが一つだけ、問題があった。持ち運んだ「それ」をどうやって依頼主に受け渡すのか?その方法は…。
(『蚤の帝國』)
ウリコ カンカラリンのカンコロロン。おせんにキャラメル、じゃがポックル。くりんくりんのアイスクリン。ハッピーターンに月の石。珍品・奇品に玉石混交、取り交ぜーの、販売いたしております。行楽のお供、別れ話の気まずい沈黙、物語の待ち時間に、おヒトツいががでしょーか。…おせんにキャラメル、じゃがポックル。くりんくりんのアイスクリン。ハッピーターンに月の石…。
アマノジャクのアマノ、現れる。
アマノ ひとつおくれ、売り子さん。
ウリコ あーい、毎度。何にしましょ。
アマノ 何があるんだっけ。
ウリコ おせんにキャラメル、じゃがポックル。くりんくりんのアイスクリン。ハッピーターンに月の石。
アマノ あ、それだ。月の石、くれ。
ウリコ ハイハイ、ちょんの間、お待ちを。
と、ウリコ、やおら服を脱ぎだす。
アマノ ちょちょちょ、何してんだ。
ウリコ え?モチのロンで、もろ肌?かなきゃ、春は売れまセンけど。
アマノ アンタ、春売りかい。
ウリコ そうでっセ。若いミソラで春を売る、木瓜も嬉しき、ウリコ姫。
アマノ 売り子の、姫。
ウリコ ハイ、春の相場、一覧早見表。
ウリコ、ペラ紙を一枚、アマノに手渡した。
アマノ …おせんとキャラメル、30分。じゃがポックルは2時間半。ハッピーターンは8時間。月の石は…一か月?
ウリコ サブスクや。サブスクリプション・サービス。このカラダ、一か月間定額抱きたいホーダイ。お得ヨン。
アマノ 売春もサブスクか。時代だぜ。
ウリコ 身の丈と性欲に見合ったプランをお選び頂けマス。
アマノ …売り子さん、俺はよ、アマノジャクのアマノってチンケなチンピラだけどよ。
ウリコ アマノジャク?
アマノ 世間知らずの小娘、まずは口八丁で転がす。
ウリコ コンコロリン。路傍のライク・ア・ローリング・ストーン。
アマノ 余った手八丁で、身ぐるみの生皮ペロリと剥がして、売り飛ばす。
ウリコ まだ五分咲きの、春のつぼみの剪定業者ですナ。
アマノ そのカターいつぼみに小指を立て、手つかずの甘皮、スルリ!と剥いで、真っ赤な赤身を拝む瞬間こそ醍醐味よ。
ウリコ よっ!ジゴロ!
アマノ それが、アンタはどーだ。頼んでもいねえウチから、自分でスルっと生皮剥いじゃってよ。…シラけたぜ。
ウリコ そんじゃあ、ケーヤク破棄?
アマノ 据え膳に手を付けたとあっちゃあ、アマノジャクの面目が立たねえ。
ウリコ ショボーン。…そんじゃあ。
ウリコ、脱いだ服を着直して去りかける…と、アマノ、その服をパっと剥いで。
アマノ ホレ、万両。(と、金を手渡す)
ウリコ エッ?コレってどんな手の平返し?
アマノ アゲル、と言われりゃ、いらねえ。アゲない、と言われりゃ頂く。それがアマノジャク!
ウリコ アゲル。
アマノ と言われりゃ、いらねえ!
ウリコ アゲない。
アマノ と言われりゃ、よこせ!
ウリコ アゲル。
アマノ いらねえ!
ウリコ アゲない。
アマノ よこせ!
応酬続く中、ウリコとアマノ、くんづほぐれつ、クルクルと絡まり合う。それは情事のメタファ。その繰り返しの果てに、一か月の時間が流れる。
ウリコ ひゃあーっ。ライク・ア・ローリングストーンの手の平に翻弄されて、くるっくるだい。
アマノ ハアハア…。生皮剥いても、剥いても、剥き尽くせねえ。甘皮の玉ねぎアンリミテッド・エディションだ!アマノジャクの手八丁を尽くして三十一夜、小娘の春ひとつ、スカンピンに剥きあげられねえとは!
ウリコ 一か月のサブスクを使い果たして、コレが最後の晩だね、ニーさん。
アマノ ヤキが回ったぜ。寝物語にせめて聞かせてくれ、売り子さん。若いミソラで春を売る、その由来とその事情を。
ウリコ (スッと立ち上がり)…ミュージック・プリーズ。
と、ウリコにスポット。音楽が流れてくる。
ウリコ …アタシが初めて春をひさいだのは、忘れもしない、そう十五、いやさ十六、やっぱし十七。番茶も出鼻を挫かれて、妙に肌寒く花冷えた春の初めのことでした、たぶん。…(アマノに向かって)おとっつぁん!
アマノ シーン。
ウリコ ノってよォ。…おとっつぁん。
アマノ おれが?ヤダね。
ウリコ じゃやんなくて、いい。
アマノ やらいでか。
ウリコ アマノジャク。
アマノ、父親に扮する。めちゃめちゃ、ノる。
アマノ ウリコ。ごめんさんやケドな。その生皮とそのカラダ、売って銭をこしらえてくれんか。
ウリコ おとっつぁんよ。そりゃ、いいケドさ。十七の娘の今がつぼみを、なんぼほど差し出せば、おっかさんを呼び戻す銭が作れんの。
アマノ ハッピーターンにひっついた粉コナ、100個ぜんぶ足した数よりちょっと多いくらいかなあ。
ウリコ そんなに!擦り切れちゃう。
アマノ おとっつぁんもナ。ちょいと出稼ぎに出るワイな。
ウリコ 出稼ぎ?
アマノ コレでもな。昔は、音に聞こえた女泣かせよ。寂しい寂しい、泣いてる社長夫人でも2,3,コマせば、お前が稼ぐハッピーターンの粉コナ5,6粒分の足しにはなるやろ。堪忍やで、ウリコ。ウリコ姫。カイショなしの親父の尻ぬぐいに春を売る娘よ。その春が売り切れて、番茶も出花がしっとりと苦み走ったエスプレッソにまで出涸らした頃、きっと迎えにくるからナ。まずお母ちゃん、それからウリコ。それでスッカリ元通りや。水入りナシの三人家族で暮らした、かつてのあの三角屋根の小さな二階建てで、額縁入りの一家団欒、きっと取り戻そ。…そいじゃあ。(去りかける)。
ウリコ おとっつぁん!
アマノ (戻ってきて)ハイ、コレ振込先。仕送りガッチリ、頼むデ。
父(アマノ)、去るアクション。見送るウリコ。
ウリコ …それでは、聞いて下さい。「春にはぐれて」。
♪ 着の身 着のまま 君の名は 春にはぐれた 花言葉
フォール・イン・ラブ なぜいつも 落ちてゆくばかりなの
私はこの恋を あなたまで駆けあがりたい
ウララ、ウララカ、春うらら ウツラ、ウツラと夢の中
ウリコ ホンじゃここいらで会場にお越しのお客様にも、マイクを握って頂きまショウ。…ハイ、つむじ曲がりのおニーさん。
アマノ え、オレ?ヤだよ。
ウリコ じゃ、イイや。
アマノ マイクよこせ!
ウリコ プロフィールから、ドーゾ。
アマノ …コホン。オレ、アマノジャクです。左曲がりの捻くれモン。医者が言うには、親の愛情不足に由来する、自己肯定感の低さと他人に対する不信感が原因だってハナシです。
ウリコ ンじゃ、認知行動に働きかける精神療法を試しまショっか。自分で自分を褒めてくだサイ。
アマノ イヤだね。
ウリコ 腹を割って。本音で喋って。
アマノ アマノジャクに本音はねえ!ヒトがAと言えばB。Bと言えばA。逆張りの反射行動、あるのみよ。
ウリコ そんな反復横っ飛びじゃ、社会生活の波は飛び越えられないでショ。
アマノ 幸いにも、口八丁と手八丁には恵まれてら。ヒト様の皮を頂いて、そいつを被ってやり過ごしてきたのよ。そんでもって、どいつもこいつも、薄皮一枚、ペロリとめくればウブい赤身を拝ませてくれたぜ。売り子さん、アンタ以外はネ。
ウリコ 剥いても剥いても剥ききれない、分厚いロールのこの肌は、きっと、おとっつぁんの仕込んだ愛情です。
アマノ 愛情?
ウリコ 借金のカタに娘の身体を売ッ払うカイショなしだけど、幼い日から一枚、また一枚と重ね着され続けた、愛という名のこの肌が、すっかりズル剥けの在庫ナシになっちまうまで、アタシ、おとっつぁんを憎めない。ほんに、愛とは呪いの別名でアリマス。
アマノとウリコのデュエット。
アマノ ♪ウララ、ウララカ、春うらら
ウリコ ♪ウツラ、ウツラと夢の中
ウリコ・アマノ ♪着の身 着のまま 君の名は 春にはぐれた 花言葉
ジャン、と演奏が終われば、いつしか空も白み始めております。
ウリコ …歌わせて頂きました。と、シラジラしく夜も明けてきたところで、ドロンとさよなら。
アマノ 待ちなよ。
ウリコ サブスクの期限切れでっせ。
アマノ 更新しよう。月の石、1000個ぶん!
ウリコ えっ?
(Side A:『ウリコヒメ』)
運転手 ご利用有難う御座います。夜の水槽を舐め回す、あなたのための回遊魚。乗り合いタクシーの「黒いシーラカンス」で御座います。
女 アラ。いつの間にかで、タクシーの中。
探偵 ドレドレ、と…。うん、こりゃ、映画館の座席にウブ毛が生えた程度の、エコノミー・シートですな。
運転手 座席は詰めてご利用下さい。乗り合いですので…。
女 乗り合い?
探偵 いったい誰が乗り込んで来るっていうんだ。私ら以外、消息不明のこの夜に。
運転手 そりゃマア、イロイロ…。分かりますよ。クルマが動きだせば、ね。
女 そーなの?そーなんだ。…プチン、プチン。
探偵 コラ、足の爪を切るんじゃナイっ!はしたないんだからぁ。
女 あら、ヘンね。無意識よ。無意識だわ。
運転手 ジロリ。座席を汚さないで下さいね。…出発致します。シートベルトはへそのゴマ。
ゆっくりと、車が動き出す気配。しばしあって。
女 …静かだわ。怖いほど、静か。まるでエンジン音がしない…。ただ、窓の外の景色だけが、氷のように滑っていく。…プチン、プチン。無意識に任せて今、足の指の爪を切る音だけが、顔のない真夜中に、透明な付箋を貼り付ようと響くばかり…。プチン、プチン。プチン、プチン。
と、隣に座る探偵がいつの間にか眠りこけていた。その破壊的ないびき。
探偵 ブゴーッ!…ブゴゴゴゴゴ…ブゴゴーッ!
女 ムカッ。すさまじいイビキだわ。ビリビリくるわ。真夜中のタクシー、乗り合いの後部座席では、どうぞ、お・静・か・に!
女、探偵の脇腹に肘を突き立てた。
探偵 あイテっ!…失礼。つい、眠気を誘われてしまいました。
運転手 (ヒョイと後ろを振り返って)無理ありません。耳元で囁かれるタクシーポエムに抗って、眠気を噛み殺せる奥歯はありゃしない。
女 ワーッ!前、前!前見て運転して!
と、やおら運転手が運転席から後部座席へと移動してくる。
運転手 アハハ、大きい声を出しなさんな。ハイハイ、詰めて詰めて。
女 えっ、えっ?
運転手 言ったでしょ。乗り合いだって。リザーブシートに第三の影。それが、私。
女 ううう、運転席がカラッポなのに、クルマが動いてる!…ブツかる!ブツかるぅ!
運転手 アハハ。ユニークなヒトだ。アハハ。平気ですよ。回遊魚はブツからない。イケスの水槽に頭ぶつけるふぐ料理屋のふぐはいないでショ。同じコトです。
探偵 …この車。自動運転ですね。
女 え?
運転手 エエ、そうですよ。今時、ありませんよ。人間がワッパ握ってクールクルなんて。絶対安心・安全のAI自動運転。
女 AI。
運転手 運転手なんてね、張り子のタイガー。座ってるだけでいいんです。座ってるだけが、いいんです。ネッ。
女 はあ。
運転手 古代・ギリシャ人は奴隷に。現代を活きる我々は機械に。仕事は任せる。手ぶらになる。おかげで産まれたボーダイな時間、ヒマを使って…ユークリッドは光の反射を発見したし、アルキメデスは円周率を計算した。
女 ではデカダンの申し子たる、現代人。そのヒマの活用法は?
運転手 決まってます。趣味ですよ。徒労という、最も贅沢な趣味。
女 趣味?どんな趣味?
運転手 え、そんじゃ一つ、リザーブシートもあったまってきたところで…失礼。(と、やおら手首をかっきって)ブシャーッ!
女 ギャーッ!ててて、手首を切った!
運転手 ハハハ。まだまだ。ブシャーッ!ブシャーッ!
女 ち、ち、ち、血よ!血だわ!
運転手 心配ご無用。…セッセ、セッセ。
探偵 アッ、噴き出した血が、まるで糸のように巻き取られていく。
女 編み物よ。編み物をしてるんだ。手首を切った血で!
運転手 ♪縦の糸はヘモグロビン。横の糸はグロブリン。…話しかけないで!…一段でも網目をかけ損なったが最期、元の木阿弥ではじめっからのやり直しだ。メンヘラの手首だって、タダじゃないんです。セッセ、セッセ。
女 あっ、その網目…。変わってる。とっても…。
探偵 どう変わっているんです?
女 メリヤス編みでも、ガーター編みでもないわ。不規則なようで規則的。
運転手 ゼロの次は、イチ。イチの次は、トオ。トオの次は、トオとイチ。その次は、ヒャク。その次は、ヒャクイチ…。
女 101の次は110。その次は111。その次は…1000。
探偵 覚えがあるんですね?編みこまれた紅い数字の羅列、その法則に。
女 忘れようとしても思い出せない、慣れ親しんだ数字、のような。
運転手 ビット編みですよ。
女 ビット編み?…って、何だっけ?
運転手 センの次はセンとイチ。その次は、センとトオ。その次は、センとトオとイチ…。
探偵 果てしないすな。
運転手 果てはないんです。果てがないのがいーんです。これは仕事じゃない。趣味なんだから。徒労です。今という時間、過去という時間。編んで重ねて…徒労をしゃぶる。それが21世紀を生きる、態度ってモンだ。仕事は機械に任せました。完全自動運転。誇りに思います。このカンオケの中で、ずっと私は…。
探偵 しかし失礼ですが…。完全自動運転であれば、そもそも必要ですか?指一本、運転に携わらない、張り子のヒューマニティが?
運転手 そりゃあアタリキですよ。絶対必要ですよ。…センとトオとイチ、その次は…
女 あの、それよりビット編みって…。
運転手 その次は、イッチマン!
と、その瞬間、キキーッ!と急ブレーキ。衝撃音。
運転手 ガシャーン!…やっちまった。夜より深い夜の底、そのドテっぱらにブツかった。
女 絶対安心・安全じゃなかったの?
運転手 上手のAIからだって零れ落ちるメモリー。イカに精巧な自動運転技術であっても、万分の一遍、人を轢く確率はゼロにはなりません。…お分かり頂けましたネ?この日の為に一日千秋、私は座り続けたんです。自動運転のAIカー、このカンオケの中に。
女 え?
運転手 無人のAIカーが人を轢いて、誰がその責任を取るんです?こればっかりは、キカイには勤まらない。償いは、誰かがしなきゃいけません。償いはね…。
女 償い…。
運転手 (手首を見て)…網目を掛けそこないました。やり直しです。ここまでかかって、イチからやり直し。ゼロの次は、イチ。イチの次は、トオ。トオの次は…次は…。
しばし沈黙。ややあって、運転手,探偵と女に向き直り。
運転手 申し訳ございませんが、降車をお願い致します。「黒いシーラカンス」、ご愛顧を賜りまして、ありがとうございました。
探偵、車から去る。と、続いて降車しようとする女に向かって、運転手が声をかけた。
運転手 ああ、ちょっと!…お忘れ物ですよ。
女 え?あ…でもシートの上には、何も…?
運転手 シートの下を、ご覧下さい。
女 シートの下…?下…?下…?やっぱり、何もないけど…?
運転手 もっと。もっとよく見て。
女,シートの下に潜ってゆく。
運転手 ほら、あるでしょ。あなたの切った、足の指の爪が、こんなに!こーんなに!
ザザーッ!と爪の束がシートから溢れ出てくる。
女 ワーッ!床が、切り落とした爪、爪、爪でいっぱいだ!
運転手 全てお持ち帰り下さい。ひとつ残らず。よっく探して下さいね。リザーブシートのヒダの奥まで。
女 …!
爪の中に埋もれていく。
(Side A:『真夜中の太陽』)
男 リラックス、してくださいね。
女 はい。
男 今日は初回なんで、簡単な問診だけで。
女 はい。
男 交通事故ですか。車同士の、接触事故。
女 脇道から、向こうの車が、突然飛び出して来たんです。ライトも付けずに、すごいスピードで―。
男 避ける間も無かった。…事故の規模は?
女 漏れ出したオイルに引火して、両方の車とも、燃えてしまったと聞きました。
男 それだけの大事故で助かったのは、不幸中の幸いだ。
女 子供の頃からずっと、20年勤めて貰った運転手を亡くしました。
男 お気の毒です。けれど、後部座席のあなたは、コレといった外傷も無く、ほぼ無傷。奇跡的だ。
女 ですからそれは、間違いです。
男 間違い?
女 私はあの事故で、取り返しのつかない傷を追っております。
男 それは?
女 そこにある書類に、書いてあるんでしょう、そのコトは。
男 直接伺いたいのです。あなたの口から。
女 先生で三人目です。タライ回しはもう、うんざり。
男 これが最後になるよう、努力致します。
女 …あのとき、私、突然のことに何が起こったのか、全く分かりませんでした。初めに大きな音がして、次に目の前 が真っ暗になって。そして火花が散りました。火花はすぐに真っ赤な炎になってー。私、その炎に焼かれて、灰になる覚悟を決めたんです。けれど、誰かに手を取られて、すごい力で引っ張られました。その瞬間に、私、もう一人の私からベリベリと剥がされたような気がしたんです。
男 もう一人の、私?
女 見ていたんです。連れ去られていく私が、あの場所に取り残さる私を。そこで風景がまた真っ暗になって、気付いたらー
男 ベッドの上だった。
女 ええ。
男 その話を、医者にしましたね。
女 担当の外科医に。
男 何と言われました。
女 幻覚だと。私は事故の瞬間、座席に頭をぶつけて、脳震盪を起こしていたそうです。
男 その説明に納得しましたか?
女 しませんでした。今も、していません。幻覚とか、気の迷いだとか、そういうことじゃないんです。先生方、皆、こうおっしゃいます。精神的な問題だと。
男 違うんですか。
女 違います。肉体的な問題なんです。私が、私の体が半分になってしまっているというのは「たとえ話」ではなく…実際に、本当に、体が半分こになっちゃてるっていうことなんです。そういう実感があるんです。…先生?
男 何です。
女 例えば、その、脳みそがありますよね。
男 脳みそ。
女 右脳、左脳っていうでしょ、脳みそには右と左があって。
男 ああ、ハイ。
女 私、考えたんですけど…例えばその、私の脳みその、その右だか左だかの、半分が潰れてしまっているとか、無くなっちゃってるとか、そういうこと、ないでしょうか?
男 …レントゲン写真は?
女 見ました。
男 極めて、正常。後遺症もナシ。
女 確かに、そう説明されました。でも、私―、
男 大変ユニークなお話です。興味深い。
女 あなたも…気が触れてる、って思っているんでしょう、私のこと。
男、女に近づくと鏡を覗き込むように、その顔を覗き込んだ。
男 とんでもない。…失われた自分の半分。よく分かります、そのお話。
女 え?
男 私もね、ずっと、探してるんですよ。自分自身の、失われたもう半分。私はね―、小さい頃…女の子として育てられていたんです。
女 女の子?
男 おかしいですか?おかしいですね?これでも、子供の頃は…本当に、女の子と見分けがつかないくらいに、可愛らしかったんですよ。
女 あなたが?(笑う)
男 ええ。(笑う)両親は―特に母親はね、私にスカートをはかせたり、伸ばした髪を三つ編みにしたり。
女 お人形さんごっこね。
男 私自身にも、特に疑問は無かった。小学校に入るくらいまで、続きましたが…。まあしかし、物心が付くころには…周りとは違うんだな、ということくらいは分かるようになった。母親も急に熱が醒めたみたいで、「男の子らしくしなさい」なんてね。
女 勝手なものね。
男 勝手なものです。で、私は外では…普通の、男の子の格好をするようになった。
女 じゃあ、家では?
男 誰もいない隙を見計らって。部屋に鍵をかけて。
女 お化粧は?
男 初めは、母親のものをちょっとずつ、失敬して。そのうち小遣いを溜めて、買うようになりました。学校から帰ってきて一人、鏡の前でアイラインを引く―、そのとき、私は私自身に、本当の私に還ることが出来た。ところが―やがて身体に変化が起き始めました。
女 第二次性徴。
男 (頷き)顔つきが骨ばってきて、体はゴツゴツと筋肉質になり、髭がはえ、体毛が濃くなっていきました。
女 声変わりは?
男 しました。喉仏が出て、一夏のうちに。鏡を覗いても、もう以前の美しい私の顔は何処にもありませんでした。まるで、
女 まるで?
男 まるで自分が醜い、ケダモノになっていくような気がしてー。対照的に、同級生の女の子たちは、見違えるようにキレイになっていって、すれ違うと、いい匂いがして。…まるで鏡のウラオモテ。「大人」になっていく彼女たち。「オス」になっていく自分。
女 絶望した?
男 絶望しました。私は、ヘテロセクシャルです。ただ、美しいものが好きだっただけ。だから…私は、私が美しいと感じる私を失った私自身に…興味を失いました。すると恋人が出来た。ガールフレンドが出来ました。
女 女性の。
男 女性の、恋人です。半年くらい付き合って…ある日彼女の部屋で、お互い裸になりました。そのときの、彼女の裸。…興奮するというより、正直、嫉妬しました。
女 とんだボーイフレンド。
男 分かったんです。男としての自分と、女としての、自分。その両方ともが私自身だった。けれどもう二度と、あの美しかった自分自身に還ることは出来ない、鏡の向こうの私は、もういない。…いないと、諦めていた。
男、女に近づく。
男 あなたこそ、僕の、失われた半身なのかも知れない。
女 あなたが、無くした私の、もう半分になるって?
男 許されませんか、似た者同士。欠けた半身を補い合って。
女 お安い文句。正気を疑うわ。診察のためにやって来た患者を、会うなり口説く医者だなんて。
男 これは「転移」という、レッキとした心療方法です。
女 「転移」。
男 患者と擬似恋愛の状態を作り、話を引き出す方法です。
女 へえ、そう。そうなんだ。では何故、その手の内を明かすの?
男 それはー
女 先生。お話、大変興味深く拝聴しました。でも駄目。あなたは計算している。
男 計算?
女 あなたの話は嘘ではない。けれど…その話を聞く私の反応をあなたは観察している。鏡前に立って化粧を引くときの冷酷な目つきで、私を分析している。
男 それは…私、医者ですから…。
女 あなたがもし私のもう半分になって、欠けた部分を埋めてくれるというのなら…鏡の表側、主導権を握るのは、私。
男 え?
女 化粧は、私が引いてあげる。あなたは、お人形。私の分身に相応しいお人形になって頂きます、先生。
男 人形…。
女 まずそうね…もっと立派なお部屋をプレゼントしましょう。その部屋のアルジたるにふさわしい、地位もね。私が通うお部屋なんだから…みすぼらしいのは、ダメ。
男 そんなことがー、
女 出来ないとでも?知っているでしょ、私の父のこと。
男 勿論。…考えられませんね。この国で、あなたのお父上のことを知らない人間がいるなんて。
女 …あなたは、その新しい、マッサラなお部屋で、私のことを待つ。私だけを、待つの。
他に患者はいない。一週間に一度、あなたの寝屋(ねや)へ…診察に来てあげる。その一週間を…私を待つ間を、この椅子だけ眺めて過ごしなさい。私の座る、椅子。
男 …疲れたでしょう。今日は、これくらいに…、
女 (遮って)今も抜け目無く私を観察するその目。鏡の裏から睨み返す、冷たい目。その面の皮を…引っぺがしてやりたい。…これは実験。
男 実験?
女 籠の鳥のあなたが、ピカピカのお部屋で一日中、私のことだけを考え続けて…いつか訴えるような目つきで、私を求めて、貪り、その冷たい瞳が欲情で真っ赤に充血するかどうか!…人ではない。ケダモノにしてやる。
女、既に男を見ていない。まるで鏡に映る自分に話しかけるように。
女 そのとき初めて、あなたは私の半分になる。ライトサイド?レフトサイド?…アハハハハ!そうだ!その瞬間、私はあなたを、捨てるんだわ。きっと、びっくりするくらい、アッサリと。それが出来たら私…きっと、無くなった自分自身を取り戻すことが出来る…いや、違う。私は半分を失ったんじゃない、自ら選択して捨て去ったに違いない。幼稚な美意識、成熟を拒む臆病な自分自身を。…そう。私は大人。大人の女。愛し、育て、捨てる。夜が来る度脱皮して…美しくなる。あんたは、生贄。夜の実験材料。アハハハハ!…どうしたの?…そんな顔しないで。あなたは私の半分になるのよ?与えてあげる。地位も、名誉も。恐くない。恐くないんだから。リラックスよ、リラックス。…リラックスしてー。…アハハ!アハハ!アハハハハ…
(Side B:『葵の上 Wdistortion』)
1 脳波が出ました。…お目覚めね。
2 ここは…?
1 保健室。
2 保健室?
1 キミは入学式の途中で、意識を失いブっ倒れたの。
2 入学式?…そうだっけ…。
1 意識が混濁してる?
2 (胸に手を充てて)ドキドキしてる。
1 蚤の心臓ね。
2 血が薄いんです。子供の頃から。
1 ふっ。まだコドモの分際で。
2 もう、13です。
1 そう。4月2日産まれのキミは、中学校の入学式を待たずして、学年で誰よりも早く13歳になった。
2 13歳…。大人だ、僕は。
1 では大人のキミにふさわしく、誰よりも早くカリキュラムの予習をしましょうか。
2 予習?
1 化学と歴史。…どっちを先にする?
2 じゃあ、化学。
1 DNAは知ってるでしょ?
2 ウン。
1 DNAハードディスクは?
2 DNAハードディスク?
1 人間の身体を、デジタルデータの保存容器にする技術。
2 カラダに、データを?
1 DNAは30億個の塩基対で構成されている。1つの塩基対は2ビットのデータと同じ。さて問題。1対の塩基で2ビットのデータを記録できるとすると、30億対では?
2 60億ビット。
1 ピンポン、正解。60億ビットは、750メガバイト。細胞一つの核に、それだけのデータが保存できるってわけ。そして、人体の総細胞数は、およそ60兆。
2 60兆、掛ける750メガバイト…。
1 それが人間という器の最大容量。ところが実際のDNAには、たったの2%にしか情報が詰まっていない。
2 じゃあ、DNAの98%はカラッポ?
1 それを、ノン・コーディング・エリア…非コード領域、と呼ぶ。
2 その非コード領域に…
1 ズバリ。データを書き込む。それがDNAハードディスク。
2 すごい。
1 オウム返しに任せて 詰め込まれる知識をただ鵜呑みにしては、ダメ。疑問を差し挟みなさい。
2 疑問?どんな疑問?
1 いくら保存容量が膨大でも…実質、無限のデータをクラウド保存できてしまう現在、ローカルメディア保存に果たしてメリットがあるのか?
2 ウーン。
1 …例えば。そのデータが…誰にも知られてはいけない極秘事項であった場合は?
2 え?
1 ここからは、歴史の授業。今から10年と少し…そう、キミが産まれるちょっと前。一人の運び屋がいた。
2 運び屋。
1 データの運び屋。クラウド保存ではハッキングされてしまう国家機密レベルの情報を、DNA非コード領域にバックアップし、その身ひとつで国外へ持ち出す。そして持ち出したデータを書き出したら、再び非コード領域を白紙に戻す。そういう仕事をしていたの。…そして13年前のあの日。運び屋は、その人生で最も大きな…最後の仕事を請け負った。
十数年前の風景。3(=運び屋テラ)、現れる。
1 テラ、次の仕事だよ。
3 馬鹿言うな、この顔見ろ。
1 (見る)キズモノ特売品のウリザネ顔。
3 顔色を見るんだよ。マッシロだろ。前の仕事で書き出したDNAに、まだタンパク質が戻ってきてないの。
1 気合で戻せよ。
3 DNAを気合で操れるかよ。
1 どれくらいかかる。非コード領域の修復に。
3 まあ、3カ月。
1 2カ月にしよう。そーしよう。
3 あのな。
1 ダメならクビだ。カラッポのカラダひとつ抱えて、野垂れ死ねば。
3 シシー。お前、長年のビジネスパートナーに向かって何ちゅう冷たい声だ、目だ、顔だ。
1 また顔か。どうだ?私の顔は。特売品か?
3 …いつ見ても不安になる、その顔。年齢というものがない。5歳にも、100歳にも見える。
1 運び屋の晩年はだれだってこの顔だ。書き込み・書き出し。擦り切れるほどにゲノムを酷使して…ある日クラッシュする。エピジェネティック修復機能がぶっ壊れて、この顔になっている。
3 おれはごめんだ。人間の晩年を生きる。マットーに老いて死ぬ。
1 その夢を叶えてやろうか。
3 え?
1 リタイアさせてやるよ、一生困らないだけの取り分を渡して。
3 足抜けさせてくれるのか。
1 次の仕事次第。大きな仕事だ。運び屋の伝説になる。
3 その看板に用はないけど。
1 テラ、2カ月だ。キッチリ2カ月でカラダを戻すんだ。DNA非コード領域に1ビットのチリも残さず、真っ白に磨き上げておけ。
3 待てよ。大仕事なら万全の準備を…、
1 時間がない。2カ月、それ以上はもたない。
3 え?
遠く砲撃の音。別空間に、保健室の風景が浮かび上がる。
1 …その運び屋の最後の仕事。それは、あるひとつの国家のデータをまるまる全部、コピーして持ち運ぶこと。
2 国家のデータって?
1 歴史。国民。宗教。財政。全部よ。まるまる全部。…それは軍事侵攻を受け、征服され、地上からまさに今、消えてなくなる国家の、誕生から滅亡までの、全データ。
別空間
3 シシー、オマエなんちゅうこと考えるんだ。
1 そのデータを書き込んで持ち出すことが出来れば、テラ、あんたは身体ひとつで国家を持ち歩く男になる。
3 国を持ち運ぶ男。
1 食うや食わずで野垂れ死ぬしかなかったオマエを、運び屋として仕込んでやった、その恩を返せ。人類史上、マレなる偉業で。
2と3、別空間で各々、息も荒く左胸に手を置いた。ドクン、ドクンと心臓を打つ音。
1 …どうしたの。
2・3 ドキドキしてる。
1 蚤の心臓ね。
3 違う。俺の心臓には毛が生えてる。張り巡らされた血管がいま、フル回転で稼働を始めた。身体中を巡り巡ってDNAを真っ白に洗う、その準備をはじめたんだ。
1 テラ。キッチリ2か月後だ。いいね。
3の姿、闇に消えて保健室の風景だけが残る。
2 それで?
1 データの書き込みは成功。けれど計算違いが起きた。男のDNA非コード領域に限界まで書き込まれたデータが…書き出せなくなってしまったの。
2 えっ…。
1 データの書き出しには、細胞分裂を利用する。新しい細胞が、古い細胞を押し出す。
2 その古い細胞から、データを取り出すんだね。
1 けれど男の身体に書き込まれた空前のデータ容量によって、細胞がバグを起こした。
2 バグ。
1 男の細胞分裂は止まり、データは…国家は、その身体に閉じ込められた。…やむなくコピーを取ったわ。全データを、100のレジストリに分割して。運び屋の身体から、別の100人の身体へ、
2 コピー&ペースト。
1 けれどDNAハードディスク間の体細胞コピーには高いエラーリスクが伴う。転写を成功させるには、コピー先に、なるべく摩耗していない、老化の少ない細胞を選ぶことが必要。…さて問題。データを可能な限り安全・確実にコピーするためには、どうすればいいでしょう?
2 誰かに、移す?
1 そう。誰に移す?
2 子供に、移す。
1 ピンポン正解。100分割したデータを100人の胎児にコピーして、人工出産を行う。但し子供が育ち、塩基配列データが安全に取り出せるようになるヌクレオチド安定期まで…かかる時間は、13年。
2 13年。…13歳。
1 そう。13歳。4月2日産まれのキミは、中学校の入学式を待たずして、学年で誰よりも早く13歳になった。そして滅びてしまった国家…私の祖国のデータを持つ100人のうちの一人、その第一番目。
2 (胸に手を充てて)ドキドキしてる。
1 キミの血が薄いのはね。非コード領域が少ない為、ヌクレオチド鎖(チェーン)が不足するからよ。でも心配ない。今日から1年をかけて、この保健室にあと99人、ヌクレオチド障害の生徒が運び込まれる。
2 じゃあ僕の学年、全員が…。
1 入学おめでとう。そして復活する。私の、私たちの国が。今日がその記念すべき一日目よ。
チャイムが鳴る。1、闇の中に消えて2だけが取り残される。
(Side B:『蚤の帝國』)