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生活と創作のノート

update 2020.02.21

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魔法

Etika.s NOTE


#153 私のモノローグ 2019.11.18 MON


■家電量販店にいた。

■レジのすぐ横に、洗濯機のコーナーがあった。その一台にこんな惹句が躍る。
『ナイアガラビートすすぎ』
ナイアガラだ。ナイアガラのビートだ。ナイアガラですすがれた洗濯物はどうなってしまうのか。
「ケチャップの汚れが落ちます」
ケチャップだ。なんとケチャップの汚れが落ちるのだ。そうだ、ケチャップの汚れはナイアガラで落とせ。

■一次的に生活環境の変化があり、今、都心から少し離れた場所で生活している。新宿・渋谷からここまで離れたのも初めてかもしれない。駅からも少し離れている。その道を毎日、歩く。電車に乗って移動する。距離が出来たら、街に出る頻度も減るのかなと思っていたが、そんなこともナイ。コーヒー一杯飲むために、わざわざ片道40分以上もかけて出かけてゆく滑稽さ。でもその移動分、時間が出来た。本を読み、音楽を聴き、文章を書く。1日の時間は変わらないのに、出来ることは増える。回避できない拘束の中にこそ自由がある。100年何もせずに生きられるのなら、100年を寝て過ごす。「移動」こそが文化を産むのではあるまいか。とか何とか考えているが、ボンヤリもする。無為無駄無用が身上だ。ただのボンヤリではない。文化的ボンヤリだ。ハハハ。

■ボチボチ年末。今年はこれまで30本くらいの芝居を観た。かつて20代の頃は年に100本以上観劇していたこともあったが、今は到底無理である。観劇は疲れる。すごく疲れるのだ。私は芝居を観るのが下手だ。うまいこと力を抜いて観るということが出来ず、毎回アタマが煮えるほど疲弊してしまう。終始「自分なら、この物語をどうするか」を考えてしまう。考えたからどうなる、ということもない。それが自作に反映されるということも、恐らくない。それはハッキリと徒労である。そうなんだが、「それ」をしないと、そもそも芝居がアタマに入ってこないのだ。以前はその疲労を心地よく思っていたのだが、年齢を重ねるに連れ、しんどくなった。観劇中の情報量を抑えるために、目を瞑って音だけを聞く、ということをしていた時期もある。しかしまあ、それも失礼な話なので、観劇の本数はここ数年で激減した。

■8月と10月、
『モノローグ演劇祭』という催しに関わった。過去、架空畳に出演したこともある佐藤辰海が立ち上げた企画で、 俳優に5分のモノローグ(独白)作品を次々に演じさせるというもの。8月の「本戦」では40本(5人ずつ8ステージ)、10月の「準決勝」では20本(×2回) の都合80本の芝居を観たことになる。それで分かったのは、私の疲弊に上演時間は関係がないらしいということだ。たとえ5分ずつでも 、5本観ればキッチリ5本分、脳が煮えた。私は名目上、審査員という形で呼ばれたが勿論、知名度や見識があるわけではない。権威などあるはずもない。 知人である佐藤の計らいで呼んで貰ったのだ。観た芝居の水準は高かった。普段、「水準」などという基準は持たないが、連続上演という性質上、考えざるを得なかった。 上演後に、他の審査員と共に、感想を言う時間があった。演劇に点数をつけて優劣を決めるという、普段の自分の思想とは真逆の仕事であるからこそ、 誠実に言葉を尽くそうとしたが、駄言を重ねてしまい、言うべきことの半分も言えず、落ち込んだ。また、言葉が整理されていない・ 思ったことを全て言うだけでは批評にならない・戯曲の構造にばかり言及して俳優の演技に対する配慮がないなどの指摘も頂いた。 すべてその通り。10月の準決勝の際には、煮え切った頭を冷やすため、北池袋から新宿までの道を、猛省しながら毎日歩いて帰った。 毎日たい焼きも買い食いした。

■「水準」と同時に「傾向」もまた、浮上した。これはずっと以前から思っていたが、演劇に登場する人物というのは、 演者や観客に近く、いわゆる「共感」を呼ぶ造形が殆どだ。そして、その人物たちの多くは、自身を取り巻く環境に抑圧を感じている。 不遇であり、社会から排除される存在であると思っている。だからこその抵抗と運動を、劇を進める原動力として行使する。それはそれでいい。 悪くはない。きっと正しい。けれど、芝居は嘘であり物語であるのだから、正しくなくても別にいい。知らないこと、自分から遠いこと、 理解できないことだって知りたい。それは面白いからだ。楽しいからだ。圧倒的に他者を抑圧する者、社会の上部構造に居る者、何の共感も出来ない人物とその倫理など、奪う側、加害する側を、もっと演劇は描いていいと思う。「人に好かれること」と「面白さ」は関係がない。それと単純に賞レースとしての戦略を練った場合、他の演目と「違うこと」は美点となるはずだ。珍しいというのは、それだけ尊い。

■モノローグという性質は、勿論ある。演者は一人で、自身の内面を外化していくのだから、突飛な感情は受け付けづらいというのは理解できる。 だが結果として、その「抑圧の被害者」という側面を抜け出た表現が、大きく評価を受けたと思う。 中でもコロさんの演目『口火きる、パトス』の、特に2ステージ目は見事だった。 抑圧を迫る世界に対して、そこへの追従でもいじけでもなく、 あくまで自身が託したコードの読み替えと誤解で対峙して見せた。 愚かな誤解一つを武器に突破する、その演技への説得力と傾斜が圧巻だった。その「傾斜」の角度は殆ど180度に近い。倒れながら立つ演者を始めて観た(比喩表現)。

■実際にはどの演目・演者も、表現のレベルでは拮抗していた。つまらない芝居はなかった(これは本当に稀有なこと)。抑圧を受けていると感じる自分自身が、(多くの場合無自覚に)他人を抑圧していること。排除されている、という生理感から、その対象を排除する側に回っていること。それは生活のレベルでは自明でも、「物語」にすると途端に漂白されてしまう。ヒトのことばかり言っても駄目だ。私だってそうである。私はなるべく深刻にならず、日々ノンキでテキトーでいい加減に生きたいと思っているし、実際にそうしている。 だがそのノンキさテキトーさいい加減さで、身近にいる多くの人を加害している事も知っている。知っているからと言ってそれを止めるわけでもない。ノンキさにも暴力性はある。そんなことを、しばらく考えている。

■「万人に好かれることを目指していない表現」こそ「万人が観るべきだ」と強く思う。共感・理解と、面白さ・つまらなさは関係がない。そこに物語の可能性と豊かさはある。あるのだが、それが本当に難しい。だって、誰だってやっぱり褒められたいし。そういう意味で、モノローグ演劇祭準決勝でのナナさんの演目には強靭な胆力を感じた。『ヴァギナ・モノローグ』は、その戯曲の性質上、その作品の「正しさ」を信じる観客席に向かって演じられることが殆どだ。つまり本来、意図されているセンセーショナルさとは、皮肉にも真逆の演目となってしまう。だがナナさんはそれを「不特定多数の観客が集まる演劇祭」にかける演目として選んだ。そしてその芝居は、この戯曲が「正しさ」ではなく、いつか「退屈で凡庸な」テーマへと変わってゆくことをハッキリと指向していた。 その豊かさ。この演目が準決勝1位となったのはテーマの「正しさ」故ではない。モノ珍しく、危険な領域、だがそれが一瞬の後に消費されスタンダードに 変わり得る汎用性。正しくエンターティンメントの王道だからである。それを演技というコードでねじ伏せた力業は見事だった。誤解を大いに恐れつつ言えば、本来私の好むタイプの表現ではない。だが、好みのタイプの表現が凄いより、好みでないタイプの表現が凄かったときの方が「よりスゴい」のだ。それを突き詰めれば「嫌いだけど、観に行く」ということになる。私の考え得る、それは最大の賛辞である。

■そんなわけで、12月24日の決勝戦にも審査員として呼んでもらった。本当は、ちょっとビビった。いくら私が厚顔とはいえ、さすがに決勝までは…と尻込みした。だが審査委員長の西田シャトナーさんに「逃げるな」と一喝された。ここまで足を突っ込んどいて、人にアレコレ言っておいて、安全に場所に消えるな、と。嬉しく有難い叱責だった。持ち前の厚かましさで、有難く居座ることを決めた。怖くて、楽しみだ。

■さて、人のことばかり書いて自分を棚に上げるのが私の悪い癖だ。偉そうに審査などと言っている場合でもない。 そのモノローグ演劇祭決勝の数日後、同じ王子小劇場で今度は私の芝居がまな板に乗る。審査され、評価を受ける。ザマーミロってなもんである。 評価を与える壇上に居た者が、すぐその後には評価される側に回る。この対称性に感謝したい。架空畳、2019年最後の舞台は、佐藤辰海演劇祭参加作品 『天使も踏むを恐れるエチカ』。誰かが語っていそうで、誰もが語り損ねた、倫理と無自覚の暴力を描いた三十分。共感と理解から逃れて、 どれだけ面白がれるかの実験。稽古は始まっている。チケットも受け付けている。公演が終わるまで、また少しずつこのノートを更新していきます。 語り切れていない「モノローグ演劇祭」の他の演目に関しても、書いていければ。 見ての通りの、まったくまとまりの無い連なりですが、読めば時間が経つという効能がありますので。 Facebookに稽古場メモも書くのではないでしょうか。どうだろうか。是非どうぞ、ウッスラとヨロシク。

■しかし昨年も書いたのだけど、春ぶりにクローゼットからマフラーを取り出して巻くと、なぜ柑橘系の匂いがするのか。クローゼットの中に何が潜んでいるのか、謎である。

小野寺邦彦



#154 戯曲完成 2019.12.05 THU


■モノローグ演劇祭で拝見した川上珠来さん。どうにも既視感があるなと思っていたのだけど、以前舞台で拝見していた。
#118 制作王登場
↑ここに書いてある「地に足が着くことで相対的に浮いている」俳優がそう。結構失礼なことを書いている。冷や汗である。書いてある通りなのだが、私にはナンセンスの素養がない。根本から面白がることが出来ない。センスがない。それは結構なコンプレックスだが、それを演じる俳優を手掛かりに、構造を識ってゆく快感はある。その「観劇の足場」として彼女の存在はあった、ということ。それは彼女の演技体が最もその舞台から浮いていた‐つまり客席の視線に近い位置にいた‐と感じたからだが、これはまたヤブヘビやもしれん。

■モノローグ演劇祭での彼女の演目は、プロレス中継に熱をあげる父親を、冷めた視点から軽蔑する少女の独白から始まる。次第に彼女はテレビの中の闘いに夢中になり、ルールなど一切分からないまま父親の心情に寄ってゆく。プロレスを愛好する者の多くは、その闘争に「人生」を仮託する。それはまだ自分の人生を持たない(すなわち、語るべきモノローグを持たない)少女と、既に語るべき人生を持ってしまった父親との交感の物語だった。

■特徴的だったのは、演者の立ち位置だ。舞台の中心を外し、下手側やや後ろに彼女は終始、立ちながら演技をした。多分、部屋の間取り的に、その位置にテレビがあり、前方には父親が寝転んでいるからなのだろう。だが4メートル四方の舞台に一人で立つのに、律義に「見えない父親のうしろ」に立つ、それはやはり異様だ。舞台のド真ん中に立って「そこ」が「はじっこ」だと見立てればいいだけのことだ。普通はそうする。だが、彼女は中心を外して立った。ここに川上珠来という俳優の特性を見る。モノローグという、自分独りの世界にあってさえ、彼女はその中心にはいない。いつだって、真ん中からズレた場所にいる、それが世界に対する、彼女の認識なのだ。恐るべきことに彼女は「自分自身からも浮いていた」。また必ず、舞台で観たい俳優だ。きっと観るだろう。

■この10日間ほどずっと、風邪をひいている。

■ひくだけならまあ、2年に一回くらいはあったことだ。だが完治しないまま長引くという経験は殆どない。10年くらい前に一度、39度の熱が出た事もあったが、布団に潜り込み2時間寝たらすっかり元気になっていた。 私には野生の力がある。愚かにも長いこと、そう信じていた。だが今年の前半に身体を壊してから、医者の指導もあり睡眠をよく取るようになった。それまで15年間くらい、平均睡眠時間が4時間足らずだったのだが、薬を飲み、今は6,7時間は眠るようになった。それに伴って、身体が変調をきたしたというのか、フツーになっていったというのか、健康になればなるほど風邪もひくし、疲れも感じるし、イマイチ食欲もなく、なんだかんだ5キロ以上も痩せてしまった。 野生の力が失われた。哀しみにくれる私に、だが医者はこう言ったのだ。 「あなたは、15年間ずっと『瀕死』だったのだ。睡眠が少なくとも生命が維持できているのも、病気からの異常な回復力も『そうでないと死んでしまうから』そうなっていたのだ」と。だがそれは生命の「先払い」であり、もうツケに回せる分は使い切ってしまった。これからは人間に戻っていくのだ。その過程でバケモノとしての力は失われてゆくが、ソレが普通なのだ。病気に臥せり、痩せてゆく。普通の自分を受け入れたい。

■朝、目覚めて朦朧としたまま、布団の中で仕事をする。ちょっと眠る。起きてコーヒーを淹れて飲む。少し仕事をして、また眠る。体調は崩れたままだが、なんだか妙に楽しいのだった。そうか、「風邪をひいたまま暮らす」そこにもまた、生活に潜んだ独特のコクが存在するのだ。体調が優れない、そのこと自体が今、私にはエンターティンメントだ。

■問題は、鼻毛だ。鼻毛である。眠って起きると、明らかに毛量が増えているのだ。ものの数時間で、物凄く伸びている。わさわさしている。鼻水って、もしかしてスゴく栄養があるのか。滋養を垂れ流しているのか。蜜を舐める小虫とか寄ってきたらどうしよう。イヤ過ぎだ。未経験の事態に、身体がビックリして反応しているようなのだ。未進化の生物みたいである。こうしてまた一歩、人間に近づく。だがその鼻毛にチラホラと白髪が混じっているのが、味わいを一段と深いものにしているのだった。

■1日、「天使も踏むを恐れるエチカ」の戯曲が完成。そのまま稽古に持っていき、ラストまでざっと演出をつけた。自分の能力の少し上をいけたホンが書けた。その自負がある。 「彗星たちのスケルツォ」「モダン・ラヴァーズ・アドベンチャー」と、一昨年からまあなんだかんだと短編作品を年に一本ずつ書いてきて、自分なりのアプローチ方法をやっと見いだせたような気持ち。結局は情報量、ということになるのだが、その並べ方というか、積み立て方というか、「仕立て」の手つきにこそ短編の妙味はある。それと情報の選別。上演時間が90分、120分とあれば、経過してゆく「時間」そのものが情報の「質」を平らに均してくれる。だが20分、30分という時間では、その作用が起こらない。なので、意図的に無駄な時間、緩慢な時間を差し込んで、自覚的に質を均す必要があるが、そこが過ぎるとすなわち人工的・人造的な印象となる。難しく、面白い。

■まあ、20分30分の上演時間で四苦八苦している私はまだまだヌルい。何せモノローグ演劇祭での一演目の上演時間は5分。芝居に長さは関係ない、それは正論だが、ある程度の「退屈さ」「冗漫さ」の中にあるからこその感動的な一瞬、 というものは確かにある。30分、20分、5分。上演時間が短くなればなるほど、「冗漫さ」を仕込むことは困難になってゆく。情報を吐き出すだけで、時間は埋まってしまう。 だが必要な情報だけをみっしりと詰め込んだ瞬間の連続というのは、豊かなようでいて実は貧しい。 芝居は無駄無意味無用を積み重ねた果てにクルリとそれらが輝くような 、冗漫な魅了を秘めていると思う。 私はその無駄な時間こそがすなわち「情報量」なのだと考えるようになった。その意味で、モノローグ演劇祭本戦で観た星秀美さんの演目には瞠目した。 5分という制約から 「上演時間に必要な情報量を詰め込まざるを得ない」演劇祭の特性にあって、タイトルだけで情報のほぼ全てを伝え、演技中は「冗漫と退屈」で5分という時間を「持て余して」みせた。それがたとえ2時間でも、5分でも、時間は持て余すことが可能なのだ。 どうしようもなく発生してしまう余白の中にこそ、言葉は埋まっている。

■何にせよ、「エチカ」は完本した。また書けて良かった。1か月前には影もカタチもなかった作品が産まれて今、幸福だ。稽古はまだまだこれからだが、この作品はですね。相当、イイです。まあ書く者は皆そう言う。当然である。傑作の自負のない作品を稽古場に持っていけるわけがない。その作品の尻を拭くのは俳優なのだ。不出来だと少しでも思っている作品を、人に演じさせる戯曲家は廃業すべし。とか言ってまた0点かもしれない。それもまた、良し。この作品ならば悔いはない。これで駄目ならゴメンナサイだ。お席の予約受付中です。是非ヨロシク。

劇団LINEなるものも立ち上がり、なんか公演の情報とか、稽古場での雑感なんかも配信されているとのコト。 公演の際には割引とかイロイロ、登録しておくとささやかに良いことが起こるかもしれないので、酔狂な方は登録をお願い致します。私自身は、LINEに呪われている人間なのだが(過去3度アカウント消失)。公演とは別に、ヨソの芝居を観た感想なんかも、このLINEで上げていければいいかなーとも秘かに考えている。過去、何度か自分で観た芝居の雑感をまとめたブログみたいなものも試みたのだけど、ネットの世界に放流するには、語る言葉の「規模」がそぐわない気がして、すぐに止めてしまっていたのだった。不特定多数に向けた発信は、つい言葉が大きくなる。私は、芝居のハナシはもっとひっそりと、隣に座っている人に聞こえるくらいの「規模」の言葉で語りたいと思う。言葉の種類によって、正確に使わる媒体は異なると思う。

■体調が悪いまま外出すると、本屋の店頭で何故かホットカーペットを販売していた。 これに寝転がって読書せよという趣旨らしい。 ボーッと観てたら店員が 「人生変わりますよ」と囁いた。 そんなわけで今、部屋にホットカーペットがある。 明日になれば全て幻になっている気もする。

小野寺邦彦



#155 回遊生活 2019.12.14 SAT


■昼間、部屋にいるとピンポンとチャイムが鳴った。

「ガスの点検に伺ったんですが…」
「前年の同時期に比べてガスの使用量が3倍です!」
「機器に異常があるか調査出来ますがどうしますか?」

すいません。先週まで戯曲を書いてたんです。 1ページ書いてはシャワーを浴び。 2ページ書いては風呂を沸かす。 それが私の執筆方法なのです、とは言えず 「ハハハ不思議ですねー」と誤魔化した瞬間も実は風呂上りだったのだ。部屋に死体を隠してスッとぼけてる、猟奇殺人鬼みたいだなと思った。

■『天使も踏むを恐れるエチカ』稽古の日々。

■戯曲は完本したものの、ビミョーなところを現場で修正している。戯曲と、それを上演台本にしたときの差異を埋めてゆく作業。いらない余分を削って、必要な余分を足す。いらない余分とはナニか。一番簡単なのは主語である。戯曲はある種「文芸」なので、台詞を喋る人物が「私は~」「僕は~」とか、主語をつけて喋ったりする。それは「読み物」としては必然であっても、俳優が実際に喋れば「そいつが喋ってること」は明白なワケだから、いらない。で、その削った数文字分の「空き」に、別のどうでもいい情報を流し込む。そうやって情報をコントロールする。この場合の「コントロール」は「混乱」と同義である。意図的な混乱。秩序だった混沌。まあ、それを「意図的」だと読む観客はいないだろう。私のやることはいつだってデタラメである。

■Twitterなんか眺めていると、しばしば「そういえば」という言葉をアタマにつけている人がいる。別にそういわなくていい。ズバっと本論から入れといいたい。アレは自分がこれから行う発言のエクスキューズである。別にゼヒこの話をしたい!知らしめたい!というんじゃなくて~今さあ~フと思い出したから言うんだけどさ~、というポーズ。待ち伏せしていたストーカー野郎が「あ、偶然だね」って言って物陰から出てくる如し。必然的に「そういえば」の後には自慢や宣伝が入る率高めである。そんな「そういえば」には、情報を制御出来ていない、むしろ自分が扱う情報の性質に言葉が引っ張られている迂闊さを感じる。自然を装うそぶりは、下心丸出しなのである。まあ、つまり迂闊さを表現するにはいい言葉だ。そういえば。しかし太古の昔から、ネットに言葉を書き込む人たちは定型文が好きだ。一つの類型が流行ると、こぞってそれに単語を流し込んで遊ぶ。類型で継ぎはぎされた、サイボーグのような文章の群れが、SNSを回遊している。

■まあそんなこと言って、私もSNS、フツーに使っているし類型も使う。もはやネットの化石と化したこの「ウェブ日記」(ブログですらない)であるノートも書くし、facebookで稽古メモも再開した。YouTubeの「岸田戯曲賞を読む」ではベラベラとお喋りもしているし、加えて前回のノートで予告した、劇団LINEでのささやかな劇評も始めたのだった。勿論全部勝手にやっているのである。ビタ一文、誰にも頼まれてはいない。当然芝居だってそうだ。頼まれてもいないのに、やる。幼少時よりそれしかしてこなかった。利点は誰にも止められないこと。難点は、飽きたらやめてしまうことだ。今のところまだ芝居には飽きていない。「飽きないでいること」には、これまで相当なエネルギーを使ってきた。

■学生時代の終わり頃、ホンの少しだけテレビアニメの脚本の仕事をした。同時期に芝居を始めて、知り合いなんかも出来てなんだか「演劇界」みたいなところに足を突っ込むかどうか?という選択肢も発生した。で、私は結局その両方ともから逃げた。出演した知人から誘われた有名劇団の打ち上げ、芝居のあとに「連絡して」と名刺を置いていったプロダクションのプロデューサーからの呼び出し。全て無視した。急速に飽きていく自分を感じたからだ。私は「業界」にいると、どうもすぐそれに飽きてしまうらしかった。少し離れた門外漢の立場から、ちょっと片足入れてますっていうのが好きだ。結局、無責任なのだ。その業界でマットーに奮闘している人からすれば逃げなのかもしれない。ならばその逃げ足を鍛えようと思った。飽きないために距離をとる。演劇からはつかず離れず、丁度いい距離の他人でいようと思った。そういった理由で、芝居とは直接関係ないところで書く仕事を始めて気づけば10年。プラプラと遊びながら生きてこられたのはまあ、冗談みたいなものだ。だが10年経てば冗談の質、遊び方の質も変わってくる。また少し、異なった仕事も始めようと思う。

■そんなわけで書き仕事、記名・無記名合わせてイロイロやっている。華々しいことは特になく、淡々と。直近では神田明神で始まったイベント型展示 『日本あかり博』 にてストーリーとセリフの執筆。モノローグ演劇祭で知り合った俳優にちょっとお手伝いなんかもしてもらい。あとは近々、某なにやら文化的なサイトでコラム連載なんかも始まる予定。方々に取材に行けて楽しい仕事だ。日々、遊びながら生きている。いつか進退窮まるまで、素知らぬフリで逃げようと思う。

小野寺邦彦



#156 髪を乾かすように 2019.12.31 THU


■アメリカで起きた「銀行から盗んだ金をSNSで見せびらかして逮捕された男は、手にした一千万円でベンツの頭金を払い残りはローンを組んでいた」という事件に笑った。銀行強盗をする大胆さと、ローンを組む堅実さ。そのどちらもがきっと真実で、なんだか愛せる人物だ。いや、銀行強盗なんだが。

■「天使も踏むを恐れるエチカ」は一昨日、終演。お客さんも沢山いらして頂きひと安心。終わって芝居観に来てくれた大学の演劇部同期や過去公演の出演者らも交えて打ち上げ兼忘年会。終演が16時だったので、飲んで騒いでも夜22時には解散となった。素晴らしいな。次回公演は我々も、昼終わりにしようと久々に酔ったアタマで誓った。帰ってすぐ寝て、起きて、もう次の仕事だ。渋谷に出かけて、人と会い、本年最後の打ち合わせをした。時間は水のように流れる。終わったことが溶け込んで、少し濃い水になる。佐藤辰海演劇祭、素晴らしく楽しい催しだった。だが私にとって演劇はお祭りではなく、日常であり生活だ。その思いを強くした。次のことを考える。その足掛かりとして、常に現在を大切にしたい。乱暴に扱うことも含めての大切さ、だ。なんだかDV野郎みたいな物言いだろうか。そうなのかもしれない。俺は粗暴である。

■芝居に関しては、facebookの
稽古メモでちょこちょこ書いた。そのうちサイトにも転載するつもりだ。今日はまあ、大晦日ってやつで、別に今更どうということもないのだけど。これから知人と夜通し悪い酒を飲む予定までの時間つぶしで、本年ラストベローチェに寄った今、少し書き留めておきたいこともある。現在19時20分。今日は20時までの営業らしい。時間ギリギリまで書いてみる。

■夏が過ぎた頃に調子を崩し、薬を処方されて20年間のショートスリーパー生活が終わった。朝の7時に寝て11時に起きる生活から、夜1時に寝て8時に起きる生活へ。永いこと誤解していた「眠る」ことの意味を知った。人生の三分の一の時間、この世界から意識を失くすこと。そして覚醒し、身体を起こし、意識を起こし、少しづつまた、世界に身体を馴染ませてゆくこと。そういう事がこれまでは分からなかった。それまでの私の睡眠は、パソコンのスリープモードのようなもので、少しの間意識は途絶えたとしても、常にスタンバイの状態ではあり、翌日とは睡眠の前の「続き」に過ぎなかった。私の芝居がせっかちなのも、そういう所にあるのかもしれない。情報量、情報量、といたずらに言い募ってきたが、連続し続ける世界と、断絶を挟んだ反復の世界、そのどちらが豊かなものであるかは分からない。分からないが、少なくとも私の認識していない世界は常に、当たり前に、あるのだという、極めてフツーのことが分かって良かった。決まった時間に食事をして、出かけて、生活をする。半年で7キロくらい痩せてしまった。この世界にいるごくありきたりな生き物として、迎え入れられようとしているのだろうか。或いは新たな変容への前段階なのか。少なくとも確実に中年力を蓄えている身体が、悲鳴をあげていることは事実だ。

■8月、劇作家協会の催しで長野県の上田市へ行った。私はタダの物販販売要員として付いていったのだが、そこでも色々と楽しいことはあった。だが最も印象深いのは、上田の「道」だ。道が広い。前方に何の建造物もない。あるのは山と、空だ。朝6時に起きて、宿の周辺を歩いた。目的物も、遮蔽物もない、プリミティブな「道」を歩いていると、ある地点から地点への移動という意味が失われ、ただ「歩く」という行為に純粋に没頭していった私は、どこで引き返せばいいのか分からなくなってしまった。結局往復で6キロ歩き、宿に戻ったときには汗だくだった。

■初めて座・高円寺、或いは吉祥寺シアターなどの劇場を使ったとき、それまでの舞台に比べて間口が倍くらい大きく、俳優の移動のテンポが掴めなくて苦労した。それまでは「移動すること」は、今いるアクティングポイントから次のアクティングポイントへと俳優を動かすだけだった。だがその距離が10メールになったとき、そこには「移動するという目的」以外の動機が必要になったのだ。私は、その方法論を持っていなかった。結局、芝居の殆どは舞台の中央で行われ、広い舞台を狭く使ってしまった。ある行為が、空間・時間を違えることで別の意味を持つ。それは理屈としては分かる。だがその空間・時間を認識できなくては、実践が難しいと思った。

■10代の終わりころ、世田谷パブリックシアターが主催した連続ワークショップを受講した。そこで講師が変わる度に、「歩行訓練」が行われた。演劇のワークショッパーたちは歩行が好きだ。歩行マニアだ。歩行のために芝居をするのかと思うほど歩行を愛している。歩行の出来ない者など人間ではない。歩行の為なら死ねる。とにかく、歩行は大事らしい。普段、誰もが当たり前に行えていることが、舞台で意識すると出来なくなる。ぎこちなくなる。無自覚に行っている身体の操作を、自覚的に再現する、それが技術だという説明はなるほど、納得できるものだ。だが、とそのときの私は考えていた。日常で出来ることは日常に任せておけばいい。結局、フツーのことが当たり前にできるようになりなさい、では学校の授業と変わらない。失望はまだあった。歩行訓練をマスターした熟達のワークショッパーが、その後のエチュードで例えば「パソコンを操作する人物」を演じた際に、両手をやおらカチャカチャと素早く動かして、まるっきりデタラメなタッチタイピングを披露してしまうのだった。いったい、どこのどのキーを押しているというのだ。 エンターキーはどこだ。キーボード全体の大きさが凄いことになっている。その動作で、彼が普段キーボードをいかに無意識に扱い、 かつそれをこの場で再現する気遣いが一切ないか、ということが分かる。つまり技術を応用できていない。舞台上で素晴らしく自然に歩けるのは、無意識の動きを意識的に再現できているのではなく、単に「舞台で歩行することに慣れている」だけだ。それはただの習慣だ。技術ではない、と思った。普段、パソコンを扱い慣れていないのならば、指一本でポチポチとゆっくり押すべきなのだ。普段はそうするのだから。だが、皆、一様に「達人風」にカチャカチャ。歩行訓練で、モデルのようにスルスルと歩く彼らの身体への無自覚さがそこに表れている。足を引きずったり、腰を曲げたり、音楽を聴きながら歩いたりするときの身体がそこには無かった。一体、東京の、世田谷の、渋谷の、新宿の、どこにそんな素晴らしい身のこなしでスイスイ歩ける路があるというのだろうか。プログラムの半分を消化して、私はワークショップに通うのは止めた。

■初めて一緒に暮らした恋人が、風呂から上がって髪を乾かしていた時、私は「髪を乾かす時間」というものが、この世界にあることを初めて知った。長い髪を丁寧に時間をかけて乾かすその時間を、彼女は愛していた。同じ時間を同じ場所で過ごしていても、そこに流れる意味は異なる。日常とはその発見の連続であり、幾多の異なる個人的な時間のレイヤーが、存在する人毎に偏在している。演劇(に限らないけれど)の表現するある恣意的な時間とは、そのレイヤーから選択されたものでなくてはならない。いや、ならないってこともないが、けれど結果的にくみ上げてしまうものだろう。その源泉が濃ければ濃いほど、時間の持つ濃度は上がる。日常を発見し、選別する。そこに「歩行」も現れるはずだ。地点から地点へ移動する必然以外の動機としての「歩行」が。その一歩を演劇論と呼ぶのかもしれないし、ただの誤解であるのかもしれない。 ただ、自分にとっては過ぎていくだけである時間から、誰かの「髪を乾かす大切な時間」を見つけるように、常に、今も、私は誰かの特別な時間を見逃し続けているということ。それをこそ忘れたくはない。私は、私の想像することができない世界に、いつだって暮らしている。

■と、いうところで19時50分。店員が頻繁にテーブルを拭きに来るようになってきたので、この辺で。まったく推敲も見直しもしていないので、さぞや支離滅裂な文章だろうと思うが、まあこのノートはそれでヨシ。2019年も普通に過ぎた。普通に楽しく、普通に暮らした。それが愉悦だった。また来年、生活でお会いしましょう。

小野寺邦彦



#157 嫌われそうな話 2020.1.23 THU


■年明けは、例年とおり友人の部屋で15時間くらい、楽器を弾いたり、どうでもいいビデオを観たりしながら、地獄のような飲酒の中で過ごした。

■深夜、近所のコンビニへ買い出しに出ると、なんとシャッターが閉まっていた。大晦日から三が日は、24時間営業を止めますと貼り紙があった。そういえば、と友人が言った。職場そばのファミリーレストランも最近24時間営業を止めたのだ、と。それが当然なのだ。きっと、これからはそれが当たり前になってゆくだろう。 夜は、静かに眠るものだ。当たり前に戻ってゆく時代。たかだかホンの数十年、24時間店が開ている時代があった。老人になって誰かにそう語るとき、えっ信じられない、 そう言われるのだろうか。それを語る私自身も、きっと「気が狂っていたんだな」と思うだろう。さて未来の若者たちは、行く当てのない夜の道を、どこへ向かって歩くのだろう。そんな話をしながら珈琲を飲み、朝方に別れ、自室に戻って眠った。 目が覚めると、年が明けていた。

■嫌われそうなことを書く。

■芝居を観にいくと、上演前に諸注意などアナウンスがあり、そこで必ず「スマートフォンなど音の出る機器の電源を切るように」言われる。上演中に音が出れば芝居が台無しというわけだ。この注意は舞台での定型句であって、私が観劇を始めた90年代終わり頃には「ポケベル・携帯電話・PHS・腕時計など」の電源を切る事が忠告されていた。「音」は舞台にとって極めて重要な要素であり、音に鈍感な演出家は信用ならない。であることは確かだが、近頃やけにこの「電源を切ること」を厳重化しすぎていると感じる。舞台はナマであるから、いろんな事が起きる。そしてそれは、主に客席ではなく舞台上で起こるものだ。私は、観劇中に停電になった芝居も、セットが全部倒れてしまった芝居も、俳優の指先がちぎれて血が止まらなくなった芝居も、客席の脚が折れて客が舞台に投げ出されてしまった芝居も、観たことがある。だが、そういう事態に遭遇して、劇団やスタッフが不注意から確認を怠ったとは思わないし、その手抜かりを責める気もない。舞台がライブである以上、不測の事態は起こり得る。どれだけ万全を期しても、絶対に安心、などということはあり得ないのだ。

■であるから、観客だって、切ったつもりでスマホの電源が入っていることはあろうし、予期しない機能が突然働いてしまうこともあろうし、ポケットの中で電源が押されてしまうこともある筈だ。それはまあ、不幸な事故であり、ゴメンなさい、で済む話である。

■だが「観劇前の忠告」があまりに厳重かつ厳密なトーンで発せられると「ここまで注意しておいて、もしそれが起こってしまった場合、あなたは償いきれない罰を負いますよ」とでも言われているかのようで、ハッキリ言って怖いのだ。そしてSNSで「音を鳴らすことは、同じく客席に座っている他人の楽しい時間を奪ったに等しい」などという言説を目にするにつけ、もう絶対に劇場になんて行きたくないと思う。この「あなたの不手際が『みんな』の迷惑になるのだ」という同調圧力が、私は大嫌いだ。それを口にする「私」には絶対にそんな事が起こらないと思える、その想像力の貧しさが嫌いだ。もちろん、備えはする。迷惑がかからないように努める。だがその上で、起きてしまう不測の事態に寛容でない限り、ナマの表現は辞めておいた方がいい。

■音を切ること、は、本来は主宰側から観客への「お願い」であったハズだ。それが暗黙のうちに強要され、罰を負わされるルールへと変わるとき、そこで行われる芝居の質も、変容する。その変容をこそ求めている表現というものもきっとある。物音ひとつ立てないことを観客に要求する芝居、そういうものがあっても良いし、それは事前に表明されていれば、尊重すべきスタンスである。音をたてぬよう影のように集う観客たち、それは大変刺激的だ。例えば入場時にスタッフが、観客一名ずつ実際に電源を落としたか確認するような方法も、問題を観客個人に負わせないという意味で、一つの取り組みと言えるだろう。 だがそれらは、各集団が個別に表明するべきポリシーである。私と私の表現は、そこからは少し、緩い場所にいたい。理想は、上演中に音が鳴ろうと 一切気に障らないほど客席が集中するような 芝居を作ることだ。が、まあこれはカマトトというべきだろう。誰だって、そう思って作っている。

■ま、勿論、上演中にスマホでゲームしてたり、SNSに書き込んでたり、音楽聞いてたり、お菓子食べてたり、お喋りしてたりすれば、叩き出すけども。言うまでもないことは、当然言うまでもない。

■性懲りもなく、まだジワジワと痩せている。そもそもそれだけ「痩せで」があるほどの身体だった、というだけの事だ。半年ぶりに会った仕事先の人に、「太っていることに飽きたんですね?」と言われた。自身の肉体に起きた変化を指す、一番シックリくる言葉だった。

小野寺邦彦



#158 はかる世界 2020.1.29 WED


■確定申告に必要な書類を取得するため、駅前にある市役所出張所に行った。

■窓口職員は提出した書類を一瞥し、「これじゃダメ」とバサッと投げて返した。私はその場で2、3秒静止してから、なるべく穏やかな口調を心掛けながら「なぜ、そのような態度を取るのですか?」と尋ねた。するとその人はハッとしたように「すみません、あなたの様な人ならいいかと思ってしまいました」 と言った。

■きっと、 凄く怖い人や 面倒な人や、理不尽な人や、ヘンなことをいう人が居て、日々職員を困らせ・いじめているのだろう。 そして「私のような人」に、そのフラストレーションが巡ってくる。 人は人に計られている。「それ」をぶつけてもいい相手かどうか、値踏みされている。私も日々、人を計り、計られている。私は、どんな基準で計られているのだろう。思い起こされるのは、25歳くらいの頃。赤坂のインドカレー屋に入って椅子に座った瞬間、店主に「あなたのような人は…大盛りです」と宣言されたことだ。計られる世界。私は、苛立ちをぶつけても良く、そしてカレー大盛りの男。あまた偏在する「基準」が多層的に重なって、私と私の世界は出来ている。

■昨日、記者会見によって発表となったが、KAATで行われる演劇祭に、今年も選出して頂いた。なんだかんだ3年連続となる。KAATの舞台を使っておおいに迷惑かけつつ、遊ぼうと思う。演目は年末、王子小劇場でお披露目した「天使も踏むを恐れるエチカ」。ギジレンの懐を借り、架空畳に全く興味のないお客様の前でこの演目をかけ、足りなかった部分、未熟であった部分、戯曲で伝えようとしたことと客席との微妙なずれ、などがパシっと分かった。その幾つかは想定していたものであり、また幾つかは想定外のものだった。王子小劇場とKAATでは劇場の機構も、客席も、舞台面の広さも異なる。よりデタラメに、しかし芯を食ったデタラメになるよう、架空畳の俳優たちと、チューンナップして臨もうと思う。これまで私と私の表現は「何を伝えるか」より「どう伝えるか」を重要視してきた。そのバランスが偏れば偏るほど戯曲の構造が際立つよう意識して書いた。だがこの作品は「何を・どう・伝えるか」の一致を目指したものだ。それは保守化、であるかもしれない。凄く普通のことであるかもしれない。でもそれが今、私が一番困難に感じ、怖いと思っていることでもある。 私は普通をしてこなかった。この俳優と、この物語であればあくまで特殊な・「私たちの普通」が現れると思う。 そこに根拠はなくただ目の前には既に作品がある。演出も戯曲も微調整する。作品に捧げる。是非、横浜にお越し下さい。もう一つの、エチカの物語をお見せします。

■曲を作って、録音して、友人に聞かせたりしている。一つのフレーズをギターで弾いて延々とループさせ、そこに音を重ねていく。まったく同じフレーズを機械的にリフレインするだけなのに、繰り返されるほどに興奮が高まってゆく。音楽は不思議だ。音楽は恐ろしい。一瞬で・繰り返すことで・如何様にも心を掴んでしまう。その秘密を解こうと、古代の偉人たちは化学・科学・天文学・数学などと同列に、音楽を神の授けた「問」として取り組んだ。和音と音階、そして「解決」という概念。だが繰り返されるたった二つの和音の連なりが、21世紀の今日でさえ、心をグリップしてしまうとは何事だ。たった二つの対話のリフレインで戯曲は成立するだろうか。音楽のように物語を操ることは出来るだろうか。ただ一発、このバスドラムのキック音さえあればいい、そんな物語を。

■2月の予定を埋めていたら、今年は29日まであることに気付いた。うるう年。うるうって何だ。ふざけているのか。 うるうの奴め。古代エジプト人は、4年に一度ズレてしまうような不完全な「暦」なんてハナにもかけず、 常に不変の恒星シリウスの動きを頼りにしていたという。だが同じく恒星であるペテルギウスの爆発の可能性が報じられる昨今。 そこから地球に届けられる明かりは所詮、642年前のものであり、既に「ない」その存在を頼りに人類の生活は積み立てられてきたのかもしれない。それくらい、まあ、世界の基盤だってテキトーなものだ。4年に1度ズレてしまう程度の、いい加減なコトワリで我々は暮らしている。それがうるうの思想だ。何だかよくわからない言葉に依って、テキトーに暮らす。

小野寺邦彦



#159 読むこと喋ること 2020.2.10 MON


■この文章を読んで「作文」について考えた。


■今思えば、学校で 書かされた作文で求められていたのは 内容ではなく、表現であったのだと分かる。 運動会、遠足、お遊戯会…皆同じく経験したことをどう差異をつけて表現するのか。何を書くかではなく、どう書くのか、ということ。それは例えば美術の写生でも、理科の実験でも、ひょっとしたら算数のような問題の「解き方」でさえもそうであったのかもしれない。だが私はそれには全く気付かず、遠足で大蛇が出た、とか 運動会に変質者が乱入、などという嘘を書くことで 物語性を足そうと躍起になっていた阿呆だった。面白いことがあるのではなく、面白い書き方、感じ方という「方法」があるのだということに思い至らなかった。退屈な世界があるのではなく、退屈な自分がいるだけだった。

■今年の岸田戯曲賞の候補作が発表になった。既に雑誌掲載がなされている一部の作品を除いて、候補作が期間限定で公開されている。ので、2日間かけて全て読んだ。どの作品も面白がり方の「方法」を模索し、提出したものだった。世界があるのではなく、世界を観る視線がある。そのどこを触り、どう捌くか。奇想は奇想のためにあるのではなく、奇想でのみ触れることの出来る普遍を探そうとしている。しかし、戯曲はいい加減である。未だ、定まった書き方というものもないし。セリフに「」つける人、つけない人。ト書きの段落分け。各々、勝手に、思うように書いている。きっと芝居という形式自体、はじめからずっと破綻していて、その破綻のある「局面」をいかに捉えるかということに、戯曲の価値がある。破綻しながら同時に成立していく表現が私は好きで、それに一番近いのが、芝居である気が、今はまだしている。

■そんなわけで勢い余って、人を呼びつけて賞の候補作について延々喋ってしまった。当然のように3時間オーバー。まあ狂気だ。一応、録音などもしたのだが、 コレ、公開とかしていいモノなのか。物凄く見当違いのことも、失礼なこともいっぱい喋っている。間違いも事実誤認もきっとある。だがまあ賞などという「たかが権威」、せいぜい人に会ってお喋りをするそのキッカケ程度に使ってちょうどいい。皆、読んで、勝手なことを好き勝手に言って、取るに足らない自分の取るに足らない感想を言語化していけばいい。その散らかった砂利のようなノイズの中からしか、言葉はきっと見つからない。見つからないのだ、という虚勢で突っ張りたい。それがテーマ。賞の選考と発表は13日。

■1月は公私とも多忙だった。忙しさ、というのはスケジュールの詰まり方だけのことではなく、その予定一つ一つを消化した後で心理的にどれだけ尾を引くか、というロスタイム的な意味合いも含んでいる。幾つかの区切りがあり、手を離れた仕事や新しい仕事があり、物理的・心理的ともに離れた人がいた。かつてその人と街を歩いたとき、汚れた求人広告の看板を見て「【住み込み】ってかいてある仕事を見ると胸が締め付けられる」と言っていたことを思い出す。生活が仕事に吸収されてしまうことを余儀なくされる状況。私も友人も生活を愛していたし、きっとこれからもそうだろう。生活をする。息をする。労働は、それからだ。その程度のことだ。そんな知った風なことを今、言えるのも偶々のことだろう。偶々の今の時間を大事に・粗雑に、生活に浸して暮らす。

■架空畳、10月公演の出演者募集を行っています。3月イッパイまで。その前にKAATでの演劇祭。いっぱい遊びます。私たちの遊びを、どうぞヨロシク。

小野寺邦彦



#160 できないをするために 2020.2.18 THU


■薬による7時間15分のシャットダウンから立ち上がると、急ぎの仕事が入っている。返信の痕跡はないが、既にその仕事を受ける前提でハナシは着々と進んでいる。

■眠りすぎは損をするなーと思いながら、パソコンと文庫本を抱えて喫茶店へ行く。不思議なことに、飛び込みで「急ぎ」の仕事ほど、切迫感を感じない仕事もない。 こっちに追う責任がまるでない仕事は張り合いがない。ペラペラと文庫本をめくりしばし寛いでいると、隣のテーブルにスーツ姿の若い男性が座った。やおらビジネスバッグから取り出される、パソコン、電源タップ、ACアダプター、スマホ、タブレット、紙資料の山。そして、ガラケーをドンと設置。するやいなや、方々へ電話をかけたり、パソコンのキーを忙しくたたいたり。折り返しの電話がくる。「お世話になっておりますー」「確認しますー」「すぐ資料送りますー」。 天は轟き海は割れ地も裂けよとばかりにキーを叩く轟音が店内にこだまする。「手配しますー」「見積り出しますー」「発注しますー」。 店内は別に電話禁止ではない。仕事をしてはいけないワケでもない。現に、私もこの場所に、パソコンのキーを1万2千文字ほど打ち込むために来たのだ。 同じ穴に住むムジナ、ではあるけれど。あるけれどな。手配はいいだろう。見積もりも、まあするがいい。でも発注するんじゃない。発注はダメだ。発注は喫茶店でするんじゃない。喫茶店では、見積りまで!発注はオフィスで!そういう、何かそういう線引きが必要なんじゃないのか。読書する者の隣で発注はできるだろうが、発注の隣で読書は出来ない。その非対称性に線を引く、それが「公共」の仕草だ。発注に胡坐をかくものは、いつか発注にしっぺ返しを食らうだろう。発注死が奴の末路である。

■結局、店を移って、読書を続けた。ビタイチ、パソコンは開かなかった。

ジエン社「わたしたちはできない、をする」を観た。昨年、架空畳の公演を観に来て下さった、多摩美の学生さんが出演する旨、たまたまTwitterで見かけたので。たまたまは、いい。たまたまは何よりも観劇の原動力となる。で、行って、観た。ジエン社は過去2回くらい観ている。いつもの、と言えばいつもの、作風ではあったけど。半ばエチュード的というか、行われる段取りの「ハコ」は決まっていて、その「中」をややフレキシブルに俳優に委ねているような作り、だったのだと思う。テーマはハッキリと明示されており、それが「できない、をする」ということだ。してしまったらそれは「できない」ではないから、トンチ的なコトバだが。その不可能が、劇的ロジックからではなく、オーディションで集められた若い俳優たちの居住まいから現れるのではないか、と期待したような公演だと思った。俳優たちと作家との、対話(それはおそらくセラピーに近い・作家、俳優両方にとって)によって、各人のセリフや役割は決まっていったと思しいが、作家の構成力を凌ぐような俳優を発見することは出来なかった。「できない、をする」という居直りが逆説として「できる」者を排除する理論に結びつくことは、作家の視野に入っている。その居直りが居直りを越える切実さとなって迫ってくるほどには、俳優たちは牙を剥いてこない。

■若さ・は関係がないだろう。多分、魅力的で論理的な演出家なのだと思う。その包容力、というか懐柔力、のような力に、抗うでもなく、身を預けた「居直り」は自らを守る繭にはなっても、自分語りの堂々巡りから脱出する膂力たり得ることはない。なり得なくても、まあいいのだけど、そこに自覚的であるかどうかは問われる。 【できない】のではなく、【できない、をする】と言うのであれば。 トカナントカ、だからといって芝居がつまらなかったかと言えばそんなことはなく、上演時間中、興味深く観劇した。このように本来十分実験的な作品でさえ「飽きることなく観せてしまえる」作家・演出家の力こそ、出演した俳優たちにとっては巨大な壁であったはずだ。ただ、その壁は柔らかく、居心地がいい。まったく厄介な存在なのだった。壊すことなど出来ないと知りつつ、それでもその壁を叩く俳優を観たかった。

■作品世界そのものについての感想は、公式LINEに書いて、配信するつもり。それとは別にちょっと考えてしまったのが、パンフレットに書かれた主宰者・ 山本健介の現状である。金銭的に困窮し、公演が打てない現状だと言う。そのため昨年は創作とは無関係の仕事をしていた、と。山本は2016年に『30光年先のガールズエ ンド』で岸田戯曲賞の候補になっている。東京芸術劇場がセレクトするシリーズ『芸劇eyes』にも選ばれていたはずだ。一定の評価を得ている作家が公演をうてない現状は、 演劇界にとって損失である。演劇は「芸術」と同時に「興行」であるから、どれだけ芸術的評価が高かろうとも、客はこないということはあり得る。だが、客が来なく ともいい芝居はいい。そんな作品と作者をこそ、フックアップする義務が「権威」にはあるはずだ。ヨーロッパから偉い演出家呼んで上演のあとに講演会でもして「国 際交流」とか言ってる、その打ち上げ会場に注がれる資金の十分の一でも、工面するべきだろう。でなければ十年後には荒野しか残らない。既に、荒野な気もするが。 私なんぞは元々がカラッカラのサボテンなので一向に痛痒を感じないが、潤うべき才能はバシャバシャと潤って欲しい。

■一方で山本の言う、昨年の自分のような「演劇を出来ない・観られないひと」たちが求めるものが、今回のような芝居なのかは、疑問だ。だが手を伸ばし、「そうなのではないか?」と自問する、巨大な疑問符のような作品を作り上げる姿勢には敬意を表する。現代口語演劇という、何だか分かったような分からないような、斬新なような手あかのつき切ったような、面白いような退屈なような、いずれ「どこかで見た手段」で半ば自嘲を込めつつ、今自身が立つ場所、パーソナリティを腑分けしてゆく技術。なんかヘンな芝居、作ってくれそうという期待。個人的に、熱心に通うというタイプの芝居ではないが、何年かに一度、ふらりと観にいけば「やってる、やってる」って感じで居続けていて欲しい存在だ。

■予想外にたくさん、偉そうなことを書いた。本当は別のことを書こうと思ったのだけど、「急ぎの仕事」に悲鳴が混じってきたので、また後日。3月20日からのKAATでの演劇祭、架空畳「天使も踏むを恐れるエチカ」もヨロシク。10月の出演者募集もやってます。あれやこれやで生活は回る。

小野寺邦彦



#161 未完成を遊ぶ 2020.2.21 FRI


■第三エロチカ88年の野外劇「ボディ・ウォーズ」のビデオを観せて頂いた。

■かつて戯曲は読んでいたが、戯曲の完成度をある意味で壊してしまいかねないほどの野趣溢れる演出。 物語は人間とレプリカント(アンドロイド)の構図に見立てた異民族間抗争である。 レプリはもともと戦争兵器として開発されたが、予測よりも戦争が早く終結してしまった結果、街中に溢れてしまった。 レプリ側からは、人間と同等の待遇を求める公民権運動が起こっており、そのリーダーが レプリ初の大統領候補として立候補し、当選目前である。 レプリの記憶は、インプットされたものであり、また寿命もまちまちに設定されている。レプリたちは自分の意識が捏造の記憶で作られたことに悩んでいて、唯一、確かなものは己の肉体、「ボディ」のみ。だが終盤、大統領候補のレプリが秘密を知ってしまう。レプリは寿命を迎えると、記憶が書き換えられ、同じ肉体を再利用した別人にされるのだ。記憶は模造であり、肉体は再利用品。唯一のよすがであった「ボディ」さえオリジナルではないことを知り、この事実を隠蔽するための「レプリカント大虐殺」が指揮される。この凄惨なジェノサイドシーンに轟音で鳴り響くマーラー!このケレンというか、大見得というか。「やってくれますなー」といった按配でニコニコしてしまった。

■だが当時の劇評は、芳しくなく酷評気味だった。作風が硬直化し、予見的であった未来を幻視するヴィジョンが衰えたというような指摘。 非常に高いハードルを設定されていたんだな、と思う。上演から既に充分時間が経ち、「古い」ことが前提でこの作品を観たとき、シンプルに凄く面白い物語であり、見世物だ。作品が作品以上の価値を求められていた時代から離れて観る、現在の方が、きっと面白いドラマなのだ。劇団の運動とか、時代との斬り結びかたといった文脈の読み解きから離れて、今、かつての作品を作品としてだけ、観ることが出来る愉悦。もっといろいろ、観てみたい。 ドラマを、ドラマとしてのみ発掘したい。

■作品を仕上げられない、ということに今、非常な興味がある。

■私自身は、着手したアイディアは全て完成させてきたので、途中で放り出した作品というものが、一本もない。それは「この作品をどう仕上げるか」という完成形を、作っている最中はまったく考えない為だろう。意図的にそうしているというより、そういう風にしか作れない。出来てしまったものが作品だ。過去、何度かその作り方を改めて、チャンと事前に設計図を書こうと試みたが、その作り方ではそもそもアイディア一つ、浮かばないのだった。

■かつて、
こんな文章を書いた。作品を途中で放棄する者には、きっと理想の完成形があり、一向にそこに近づかない為に投げ出してしまうのだろう。理想を持ちつつ書きはじめ、そこに辿り着く見込みなく放り出されてしまった作品の断片はどういう形をしているのか、書く過程でどう捻じれ、逸れたのか。その中断の痕跡・断面が知りたい。究極、完成度を度外視して完成させてしまうのが、私自身の作劇方法で、ために芝居を初めて5年くらいは作品の強度のようなものが安定しなかった。ヨタヨタの作品ならヨタヨタの姿を見せようと思った。偉いもので、続けていれば同じ書き方でも、「いける」感覚は手堅く引き寄せられるようになってゆく。だが、途中で放り出してしまうほどの困難を経て、完成度を積むという志向と技術はない。だから、それを知りたい。途中で放置したアイディア、書きかけの断片、着想のメモ書き、なんでもいい。結局姿を現さなかった作品の断片を読みたい。

■それは次回公演のテーマにも、きっとなる。自分の知らない世界を知ること。多くの形を成さなかった「中途半端」の上に積まれた世界。だが世界は垂直ではない。平行する無数の可能性の、プツリと途切れてしまった道を逆回しにして、現れるはずだったその先を幻視化すること。そんなわけで、未完成作品を持ち寄って、ああだこうだと好き勝手にバラしてゆくような集まりが出来ないものか、今、考えているところ。

■問題はそんな酔狂な場に、果たして未完成作を持ち寄る人がいるのか、なんだが。どうなんだろう。どうなんだ。

■三寒四温。今日は半袖シャツを着た。

小野寺邦彦




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