NOTE

生活と創作のノート

update 2017.05.07

生活の冒険フロム・失踪者未完成の系譜TOKYO ENTROPY薔薇と退屈道草の星偽F小説B面生活フィクショナル街道乱読亭長閑



TOKYO ENTROPY

MODERN LOVER.s NOTE


#041 舞台に「立つ」問題  2010.05.07 FRI


■某劇団所属の役者の友人から公演案内のメールが届き、そこには『また舞台に立つことになりました』云々、と書かれていた。

■何故役者及び舞台関係者の多くは、芝居に出演することを「舞台に立つ」とか「板に立つ」という言葉で表すのだろう。 何故「立つ」なのか。「舞台に出る」とか、「芝居をする」とかではダメなのか。 あるいは「芝居に居る」というのはどうか。『あたし、今月末からあそこの芝居に居るから』。 霊的な何かか。怖いじゃないか。観にいっちゃう気がするけど。それはまあ、いいとして。 この「立つ」という表現が、役者の何かメンタルな部分を刺激するコトバなのは間違いがない。みんな、好んで使うのだから。 意気込みか。出るだけじゃない。意思を持って「立つ」。よく分からない。舞台に「立つ」とはどういうことだろう。 知り合いの俳優に聞いてみても、何だかボンヤリした返事。勿論、それを聞く私の考えもボンヤリとしている。

■先日、ミュージシャンである友人の女性のライブを聞きに、ふらりと高円寺まで出掛けて行った。開演時間からは大分遅れて行ったのだが、彼女の出演時間はまだ少し先で、ステージでは格好良いバンドが演奏中だった。彼らの演奏する姿は実に堂々としていて、観客の人気を集めていた。そこに居ることを歓迎された佇まいだった。

■バンドの演奏が終わって、ちょっと間を置いてから、彼女の番になった。アコースティックギター一本を抱えて現れた彼女の姿を見て、え?っと、私は戸惑った。小さいのだ。彼女の体が、とても小さい。私の知っている、普段の彼女の姿ではない。 彼女は特別小柄、というわけではないが、そもそもそういった体格的なことではなく、何というか、オーラの問題だ。恥ずかしがっているというのか、ギターに隠れようとしているというのか、今にも帰ってしまいそうで、頼りなく、その佇まいが、直前のバンドとあまりにも違ったために、混乱したのだった。だが彼女は帰らず、そのまま演奏を始めた。

■演奏の間中、彼女はやっぱり恥ずかしそうで、儚く、消え入りそうだった。もう一押しで崩れ落ちてしまいそうなところを、何とかギターにしがみ付いている、という感じ。それは前述のバンドの自信に満ち溢れた佇まいとは真逆のものだ。彼女は終始、恥ずかしそうに俯き、ギターを失敗しては頭から演奏をやり直し、ポツポツと歌った。次の瞬間にはもう、歌うのをやめて帰ってしまいそうなのに、彼女は帰らず、歌い続けた。それは、怖ろしく感動的な光景だった。

■もしも舞台に「立つ」という言葉が、その場に「居る」だけではない、その演者に特有の佇まいを指しているのだとしたら、あの晩の彼女の演奏こそ、彼女だけの「立ち」方だった。彼女は彼女の方法で、確かにあの場に「立って」いた。恥ずかしそうに、消え入りそうに、私はあんな風にして演奏する人を他に知らない。あんな風にして演じている役者も見たことがない。きっと、だから、感動した。人前には立ちたくないが、でも立たずには居られない何かが、彼女をギリギリで、ステージに押しとどめていた。羞恥と表現欲とがぶつかって、かろうじてほんの一目盛り、表現欲が勝った。そのせめぎあいの現場を見た。それを、表現とも、あるいは決意とも呼んでもいい。『受け入れられること』を自明のものとし、『そこに居ること』にそもそも何の疑いも持たない自信満々のバンドよりは、遥かに魅力的な佇まいだった。決意だけが人を撃つのかも知れない。板に「立つ」とは決意の現れなのだろうか。だがそれは、果たしてコトバにするようなことなのか。

■そんなことをボンヤリ考えていると、演奏が終わり、彼女が寄って来た。感想を聞かれて、「いや、まあお疲れさま」などとつい何となく、言葉を濁してしまった。すると彼女は照れたように笑った。いつもの、彼女だった。

小野寺邦彦


#042 望んでも 2010.05.08 SUN


■三月からしばらく放置してしまったこのノート。だが書き始めたら楽しくなってきた。ふつふつと更新への情熱が蘇る。 調べてみれば昨日のエントリーは思いがけず沢山の人が読んでくれたようだ。幸せだ。おお、情熱。情熱が還ってくる。

■この楽しさはなんだろう。つまるところそれは「望まれていないのに書く」ということに尽きる。 決して誰も望んでいないのに、書く。書きたいから書くのだ。芝居も同じだ。誰も我々に「お芝居して下さい」なんて頼む人はいないのであって、好きでやっておるわけです。それを観に来てくれる人がいるということが素晴らしいのだ。決して「人のため」などではない。おためごかしだけはしてはならない。好きに書きます。是非見に来て下さい。

■数か月ほど前の話。架空畳のアドレスに一通、メールが届いた。 神奈川県の某高校で演劇部の部長をしているという女生徒からで、内容はと言えば何と、私に戯曲を書いて欲しい、という執筆依頼だったのだ。 人生初の執筆依頼。2月の架空畳の公演を観てくれたらしい。だがメールを読み進める内に、顔面が凍り付いてしまった。 卒業を控えた演劇部のメンバーで自主公演を打ちたい。その際の60分の上演台本、それも完全新作を、2週間で書いて欲しい、という内容だったのだ。

■それは無理だろう。無理なんだ。二週間では絶対に書けないし、高校生が演じて楽しい芝居を書けるとは到底、思えないのだった。 どうやってお断りすればいいのだろう。望まれているのにそれを叶える手段が私にないのだった。すごく長い、長いメールを書いた。 真剣に書いた。書かなくていいことまで書いた気がする。むしろ書かなくていいことだけ書いたのかもしれないが。 すぐに返信があった。私の書いた分量の百分の一くらいの、簡潔な内容であった。執筆はダメでも、一度話を聞いて欲しい、と。 その返信の速度がすべてだった。会うことにした。

■待ち合わせの場所には、顧問と名乗る若い男の教師が同伴してやって来た。聞けば私より一つだけ年齢が上だそうだ。 そいつがまあ、良く喋る。大学生の頃に小劇場の役者をやっていたとか何とか。本当に良く喋る。私が小劇場の主宰者と聞きつけて、意気込んでやって来たらしいのだ。 難しい演劇論や用語をバンバン振ってくる。私が黙っていると大変満足したようだった。私が断ってしまった上演戯曲も、自分が書きますよちゃんとね、と彼は言った。

■猛烈に喋りまくる先生の隣で、メールをくれた部長の彼女は終始俯いたままで、何も喋らなかった。本当に、喋らなかったのだ。 教師は一しきり喋り終わると、トイレに行くと言って席を外した。ほんの一瞬、二人きりになったその時、彼女はポツリと一言、「恥ずかしいです」と言った。 そして「先生の書く台本は、絶対にやりたくなかったんです。でも、もう駄目です」とも。彼女との会話は、それで終わりだった。

■彼女が私の芝居を観に来てくれることはもう、ないだろう。それどころか、演じることも、観劇そのものも、やめてしまうのではないか。私は無力だった。どうしようもなく無力なのだった。この話を書いてもいいかというメールに返信がないまま数か月が過ぎて、無許可のまま、書いた。問題があれば削除する。連絡をください。

■夏のような日差しが続く毎日。昨日はパラパラと、小雨も降って蒸し暑くなった。夜、湿気から逃れるために喫茶店に入った。隣のテーブルで喋っている若い男が何度も「日本国、日本国」と繰り返し言っていたのを、ぼんやりと聞いていた。ニホンコク、ニホンコク…それはまるで外国語のような響きだな、と思った。

小野寺邦彦


#043 どこかに 2010.05.09 SUN


■大学時代の友人から連絡があった。引っ越したという。京王線の仙川駅だ。その駅にある都立神代高校に、私は通っていた。 会って、夕方から仙川の町を2時間余りもぐるぐると歩いた。高校に通っていたのは、もう10年前だ。当時は特に何もない、本当に何もないこぢんまりとした静かな町で、遊ぶ場所なんてまったくなかった。学校帰りによく通ったのは駅前の渋いうどん屋だ。だから遊びに行くのは新宿や渋谷、あるいは下北、吉祥寺なんかだった。

■それが変わった。10年。まるで違う街だ。お洒落な店と人とで溢れかえり活気がある。中央線沿線の人気のある駅前のようだ。実際今では、若者が住みたい町なのだという。伊勢丹にスターバックス、ツタヤにモスバーガー。うどん屋はファッションビルに。駅前に生えていた桜の巨木は撤去され、跡地は開けたターミナルに。焼き鳥の屋台は影もなく、古着屋、セレクトショップ、インドカレーの専門店まである。象の神様がお出迎えだ。

■今、自分がこの駅に通う高校生だったら、わざわざ新宿や渋谷に遊びにはいかないだろう。充分だ。仙川で充分、楽しめる。友達だって呼べる。デートも出来る。当時は…無理だった。この町にあまりいい印象を持っていなかった。ちょっと寂れた、つまらない町。 快速電車だって停まらない(今もだが)。なんてことを考えていたら、思い出したことがある。大学に入りたての頃、知り合ったばかりの油絵科の友人が話してくれた言葉。

■「俺の田舎はね、何もナイところなんだよ。何もナイ、ってゆうのは喩えじゃないんだ。本当に何もナイんだ。田んぼと、山と、原っぱと、家だけなんだよ。映画館も、カラオケも、ファミレスだって、一時間掛けて山を降りた先にしかないんだよ。そんな所にはね、美術に興味がある人も、絵を描く人もいない。理解できないんだ。仕方がないけどね。俺は田舎では変人だよ。いつだって一人だったよ。だからね、こっちに出てくるしか、俺が生きていく方法は無かったんだ。ここから出て行きたいって、それだけを思って、絵を描いていたんだよ。2浪もしたけどね。俺は東京にいたら、多分美大には来てないだろうな」

■話し込んで、すっかり遅くなってしまった帰り道。集合団地の裏手、もうずっと空き地だった場所に、ポツンと新しいコンビニが出来ていた。

■出来てから一週間ほどらしい。店の前の駐車場には原付きバイクの群れがあった。もう溜まり場になったのだろうか。彼らは、このコンビニが出来るまでは、今までどこでたむろしていたのだろう。家にいたのだろうか。もっと遠くまで遊びに行っていたのだろうか。ちょっと店内を覗いてみた。バイクの持ち主であろう少年たちが、お菓子や飲料水を手に、はしゃいでいた。これからバイクに乗って、何処かに行くのだろうか。それとも、何処へも行かずに、ただこの駐車場でダベり続けるのか。どちらも楽しそうだな、と思った。羨ましかった。

小野寺邦彦


#044 パラダイムシフト 2010.06.19 SAT


■6月。 デスクワークの合間にチラチラとワールドカップを見る日々。スポーツ解説にはつきものの常套句問題。やはりサッカーも例外ではないようだ。 なかでも「これがワールドカップです」というのが多すぎて煩い。

スペインがスイスに負ける→「これがワールドカップです」。
フランスが点を取れない→「これがワールドカップですよ」。
オーストラリアがドイツに4失点→「これがワールドカップなんですねえ」。

・・・知ってるよ。これはナニもワールドカップに限ったことではない。

「これがオリンピックです」
「これがウィンブルドンです」
「これがマスターズです」。

だからなんだよ、この野朗。

■そう言えば高校受験のとき、 学年で極めて成績優秀だった男子生徒が試験当日風邪を引いてしまい、 絶対確実とされていた志望校を落ちてしまったことがあった。 すると教師はその事例を朝礼で引き合いに出し、あまつさえ本人を自分の横に呼び、 彼の目の前で言ったものである。「これが受検というものです」。 よく殴られなかったな。

■一年ほど前の話。 事務用品の搬入のバイトで、 都内の某公立高校に行った。 作業自体は短時間で終わったのだが、 担当者が不在とのことで、ハンコが貰えず帰れない 。仕方ないのでしばしの間休憩となった。 コの字形に建てられた校舎の内側のスペースに設けられた 中庭でダラダラしていると、丁度昼休み、 生徒たちがワラワラと沸いて出て、 たちまちの大賑わいとなった。 思えば私が高校生だったのも、 最早10年も前のことである。 さぞや隔世の感があろうと、 生徒たちの姿をぐるりと見渡したのだが…。アレ?

■驚くほど、 違和感がないのである。 何も変わっていない。おかしいな。 だって10年だよ。10年経っているんだ。 「ああ、俺等の頃とは変わったなあ」と思うのが普通だ。 でも、同じなのだ。同じに感じるのだ。 何故だろう?それはすぐに分った。 格好だ。格好が同じなのだ。 特に女子。ワイシャツにベスト、 膝上の長さのスカートに紺のソックスにローファー。 所謂定番の女子高生ファッション。 私が高校生の頃も、女子は既にこの格好をしていた。 いや、より正確を期すのなら、 10年前の女子高生こそが、このスタイルを確立したのではなかったか。

■私が中・高校生だった 90年代半ば~2000年代初頭というのは 、『女子高生』という存在(カギカッコ付きのジョシコウセイ)が 、やたらにフォーカスされた時代だった。一部の先鋭的な『 女子高生』たちはスカートをたくし上げて『コギャル』化し 、髪を『チャパツ』に染め、『ルーズソックス』を履いた。 日焼けサロンに通って『ガングロ』化し、『ベル(ポケベル)』や『 ピッチ(PHS)』や『ケイタイ』を使いこなし、街に繰り出した(「 ベルを打つ」なんて言葉に出会ったときは感動した。現在では「メールを打つ 」がベルを打つ、こそが語源ではないだろうか)。そんな彼女たちに対する世 間の視線は冷笑的で、端的に「新種の不良」として扱われた。

■だがそんな「不良」たちは 日々続々と街に増え続け、 見慣れて珍しくもナンともなくなり、 ブームでなくなってしまった頃には、 いつの間にやら「普通の子」たちもそ れらのファッションを取り入れてしまって いたのだった。ミニスカートに茶髪にケイタイ。最 早その姿は「不良」でも何でもなく、女子高生ファッションのス タンダードとなった。ブームを経て一般化された、 その過程でルー ズソックスやガングロなどの急進的な要素は淘汰さ れていき、マイナーチェンジを経て「女子高生」のス タンダード・フォルムが出来上がったというわけだ。 そのファッションが現れた頃とは真逆に、非個性の象徴としてさえ扱われるようになった。 こうして彼女たちのメタモルフォーゼは完了した。

■例えば、90年代末の女子高生の姿と80年 代末の女子高生の姿とを比べてみると、 全然違う。80年代末の女子高生と70 年代末の女子高生の姿もまた、全然違うはずだ。 ところが90年代末の女子高生と現在の女子 高生の姿はほとんど変わらない。細かなハヤリモノや 小物等以外の部分では、恐らく見分けは難しい。 すなわち「女子高生」のファッション=形体は、90年代 末~2000年代初頭に完成されてしまったのではないか。この先、これ以上 のドラスティックな変化はないのではないか。社会での認 識や価値観が劇的に変化することをパラダイム・シ フトと呼ぶが、あの90年代末~2000年代 初頭にこそ、女子高生のパラダイム・シフトが為された のではないだろうか。

■それがどうした一体何の話をしてお るのだ、と思う方は架空畳の次回公演を是非ご 覧下さい。関係があったりなかったりするハズで す。きっと、あります。あるはずだ。私は信じています。

■そんなワケで次回公演は実はもう、来 月の終わりには始まってしまいます。詳細 など、ホームページも更新しましたのでどうぞ 宜しくお願いします。

小野寺邦彦


#045 人間扱い 2010.08.05.THU


■病院へいく。

■ 妙にフラフラすると伝えると、貧血だと診断された。そうか、なんだ貧血か。安心していると、医者が言う。
「輸血をします」
えっ…。ユケツ。言葉の大きさに怯む。貧血で輸血。大事なのかたいしたことないのか分からない。しかし、するというのだから仕方ない。もらおう。ひとつ血をもらおうじゃないか。 輸血のための針を刺してくれたのは、ずいぶん若い女性看護士だった。私の腕をとり、血管を探す。だがなかなかうまくいかず、2度、3度と針を刺し直す。申訳なさそうに「痛いですよね、ごめんなさい。…アレ?…ごめんなさい、痛いですよね…」と繰り返す。 確かに痛い。しかしいたたまれぬ程まじめにやっているのだ。腹は立たない。痛いだけで。

■ただあまりに時間が掛かるので、見かねた医師が他の看護士を呼んで、代わりに針を刺すように命じた。 交代したその人はベテランに違いなく、私の腕を掴むと、ぐいっと一発で針をぶっ刺した。 その思い切りのよさよ。感度的である。そして、なぜあの若い看護士が上手く針を刺せなかったのかが分ったのだ。

■彼女は、私を人間扱いしていたのだ。 腕に針を突き刺される者に対しての遠慮、配慮。なるべく上手く、痛くないようにしなくてはならない。 その思いが、皮肉にも思い切りの良さを殺してしまい、ビクビクと何度も何度も針を突き立てる結果になってしまった。 対してベテラン看護士のあの思い切りのよさは、針を突き立てる相手が意思のある人間であるということなど、その瞬間、恐らく微塵も配慮していなかった。 そこに突き刺す腕があるから、遠慮なく針を突き刺したに過ぎない。 モノ扱いに等しいが、しかし結果として、それが患者にとって最も苦痛のない方法なのである。針は一発で見事に刺さった。それが、ベテラン看護士のスキルなのだ。

■いい、悪いの話ではない。看護士を貶める意図も全くない。ただ、私の顔色をチラチラと伺いながら申訳なさそうに何度も針を刺し直した彼女も、いつかは無表情にぶすりと一発で針を通すようになるのだろうか。そんなことを考えながら、輸血に掛かる退屈な数時間を過ごしたのだった。

小野寺邦彦


#046 夏を計る単位  2010.08.06 FRI


■体調が思わしくなく、寝転がって過ごす午後。遠くで子供の歌う声がする。
「♪夏はセンチメートル」
なかなか素敵な単位だ。

■10年以上使っていたオーブントースターが壊れたのだった。昨日までは何の問題もなく、全く普通に使えていたのだ。 それが今日、突然、カクンという感じで動かなくなってしまった。

■モノは壊れる。例えば少しずつ、徐々に壊れていき、もうダメか?いやまだ使えるか?と騙し騙し使っていく内に、やがて「もうダメ」という感じで使えなくなる。 この場合はこちらも「壊れかけ」を使っているという認識がある。覚悟している。 10年間、入退院を繰り返した闘病の果てに逝った人。家族もそれなりの覚悟はもう出来ている。悲しいが、お疲れ様でした、と労う気持ちもある。そこでは、長い時間の中でゆっくりと力尽きていった経過が可視化されている。

■あるいは直前まで全く壊れる素振りなど見せずに働いていたのに、ある瞬間、急にパタリと動かなくなり、それ以降ウンともスンとも言わなくなってしまう、という壊れ方もある。100あったパフォーマンスが80、70、と徐々に低下していく、というのでなしに、いきなりの100からゼロだ。働き盛りの40代サラリーマンがある日脳いっ血で突然ポックリいってしまう。周囲の人間は心の準備も出来ていないのでアッケにとられてしまう。だがそれは誤解なのだ。 どんなモノも本当は少しづつ壊れている。それが目に見えるかそうでないか、という違いに過ぎない。

■学生時代に読んだ詩でこういうものがあった。交通事故で突然、幼い子供を失った父親の心情を描いた詩だ。葬式が済んだ後、父親は冷蔵庫を開ける。そこにはつい数日前に、生前の子供が「欲しい」と言ったので買った、箱詰めのオレンジが開封されることなく入っている。父親はそのオレンジの出荷された日付を見る。子供が死ぬ数日前の日付が刻まれている。父親はイメージする。大きな畑で計画的に栽培され、収穫され、出荷されたオレンジがスーパーに運び込まれ、パッキングされ、陳列される。それを子供が手に取り、買い物籠に入れる。全ては偶発的に思える。しかしその実、それは綿密に用意されたものなのだ。農場でオレンジの種が蒔かれたその瞬間から、息子の死へのカウントダウンは始まっていたのである。栽培され、出荷され、パッキングされ、陳列されるオレンジのように、それは計画的に用意され、粛々と近づいてきていたのだ。ここでは、死というものが、逃れられない予定調和の中に約束されている。全てのことは偶然ではないのだ、という考え方がある。

■僕は運命論者ではないし、「おおいなる力」みたいなものを感じた経験もない。今後もないだろう。だた、次第に壊れていくものと、突然(に見えるように)壊れてしまうものとがあり、後者の方がその驚きや悲しみは深いというだけだ。芝居を作るとき、どちらが「あざとい」表現だろうか。そしてそれは何に対する「あざとさ」なのだろう。答は分っている。これは次の芝居で使うだろう。

■夏だからか感傷的になってしまった。この感傷は、何センチメンタルだ。

小野寺邦彦


#047 ホラー話 2010.08.07 SAT


■「近くにさ、出来たんだよ。大きな。ほら、スットコ」。コストコだった。スットコはお前だ。

■『駅構内での暴力行為・痴漢行為は犯罪です』
駅の外でも犯罪である。やるならヨソでというわけか。頼むからウチではやらないでくれ、他でやる分にはどうなろうと知ったこっちゃないので…。中学生のころ担任が「酒・タバコは高校生 になってからやってね。私はそういう問題とは関わりたくないんで」と堂々と言い放って、軽蔑した。担任はベテランであった。もう、生徒からの軽蔑など屁でもなかったのだろう。信頼厚き良い教師として生徒の問題に向き合うよりも、軽蔑されたとしても、何事にも干渉せず波風たたぬことが第一の事なかれリーマン教師のほうがマシ。これらの考えから見て取れるのは『疲れ』だ。みんな疲れている。その疲れは、悲鳴に似ている。

■夕方、駅前にあるうどん屋に入り、「冷やしたぬきうどん」を注文した。まつこと一分、出てきたうどんはホカホカに湯気が立っていた。熱気できゅうりがシンナリしている。2秒ほどフリーズして考える。冷やしではない。常温ですらない。ホット冷やし。おなかが弱そうな客へのサービスだろうか。そんなサービスがあるか。おばさん、これホットだよ。ホットなんだ。そう声をかけようと立ち上がると壁の貼り紙に目が留まった。
『商品及び従業員へのクレームは悪質な営業妨害とみなし、警察へ通報します』
静かに着席してホットを啜った。トマトが煮えていた。疲れている。みんな、疲れているのだ。

■誰もが疲れた人間にはなりたくない。だが、マトモに相手をしていては理性が持たない相手というのもまた、いるに違いないのだ。そういう相手に出会い、出 会い続けて、傷つき、疲れ果て、そして頑なになっていく。ディスコミュニケーション。気づけばホラーの世界にいる。無秩序に、無遠慮に。フイにその世界に放り込まれた者にできることは、ただ悲鳴をあげることだけだ。あるいはその悲鳴さえ押し殺し、鍵を掛けた部屋で震えながら家から出て行ってくれるのを待つしかない。そうだろうか。ほんとうにそれしかないのだろうか。

■日々バカバカしい暑さだ。暑さめ。暑さの野郎。私も疲れている。まだ夏はだいぶ残っている。

小野寺邦彦


#048 シュール考 2010.08.10 TUE


■子「お母さん、たんし、って何?」
母「え?たにし?」
子「たんし」
母「たにしでしょ」
子「たにし、じゃなくて、たんし!」
母「それは、たにし、よ」
子「たんし、だって!」
母「たにしの聞き違いよ」
子「そうかなあ」
母「そうよ」
子「じゃあ、たにし、って何?」
母「貝殻よ」

…端子、だろうか。

■なぜその言葉なのか、がまるで分からないワードが、日常に数多くある。例えば『ファッションヘルス』という言葉。そういう業務のどの部分がファッションでどこがヘルスに相当するものか、皆目理解できない。最近山手線をよく使うのだが、五反田駅を通り過ぎるたびに、その文字が書かれたデカデカとした看板を見送ることになる。その都度考えるのだ。ファッションとヘルスについて。まるで答えはでない。ググれば由来はすぐ分かる。だが何となく、分かりたくない。謎のままにしておきたい。自分なりの『誤解』にたどり着きたいのだった。

■自分の従事している仕事に付けられた名称と、その実態が剥離している、あるいはぜんぜん関係がなかった場合、どんな気持ちになるだろう。明日からあなたの仕事の業種名が変更になります。本屋は「バーニング木の皮屋」です。床屋は「ホモサピエンス柔道」、クリーニング屋は「ピザ屋」に。混乱は避けられない。

■人の名前には「当て字」が許されている。「大」と書いて「ひろし」。「翔」で「かける」。「平和」は「ぴーす」だし、「次郎」は「さぶろう」と読んでも構わない。名付ける、という行為の、指し示す、という要素が際限なく薄らいでゆく。ここでは、名前は何かを指し示すための手段ではなく、名前そのものとして存在している。独立している。名前の内部にはもはや意味は存在しない。名前それ自体が意味なのだ。そういう種類のことばがある。「ファッションヘルス」が明日「パッションファルス」になろうとも、何も起こらない。本屋が「バーニング木の皮屋」になると困るのは、本屋ということばが、まだ内部-本を売る、という意味-を持っているからなのだ。意味を必要とすることばと、意味など不要なことばが、世間に等しく存在している。

■問題は、意味を必要としていないものにも、名前が必要だ、ということだ。「なんでもいい」。その「なんでも」が一番、難しい。「なんでもいい」とは、なんであっても100点というわけではない。逆だ。何であっても完璧ではないから「なんでもいい」のだ。昼飯を食べるとき、「なんでもいい」というのは「なんでも食べたい」のではなく、「特に食べたいものはない」ということだ。食べたいから食べるのではない。時間だから食べるのだ。その際に選ばれるだろうラーメン、カレー、牛丼、ハンバーガーなどのファーストフードは「なんでもいい」の定番だ。つまり無難。そこでは無難が選択される。そのはずだ。

■そこで再び『ファッションヘルス』だ。これが「何でもいいんだけど取り合えず」で付く名前か。どんなセンスだ。昼飯が決まらず「ナンでもいいんだけど、んじゃあジンギスカン」とかいうか。無難はどこへいった。謎は深まる。あとヘンな名前のマンションや団地。

『メゾン・ド・セリーヌ川 のほとり』
『ゼウス横濱』
『ブォンジョルノ天志館』
『モンマルトル神田川』
『シーアワセダ』
『モナヤマモト』
『カモン高松台』

いいかげんにしろ。取りあえず何でもいいから、でつく名前かコレが。

■「取りあえず」「何でも」その言葉の先に、迷宮がある。尽きせぬ謎がある。

小野寺邦彦


#049 長い夏 2010.08.20 FRI


■甲子園。野球中継を一日つけっぱなしにしながらデスクワーク。試合が始まり、試合が終わる。あっという間に夕方になる。

■東海大相模の一二三(ひふみ)投手が素晴らしい。 トルネードでサイドスロー。球威抜群の球をビシビシとコースに投げ分ける。顔もいい。悪そうでいいのだ。 ただ珍しい名前のおかげで、中継のアナウンサーが「巧みな一二三」だの「一二三、四連投」だのと事あるごとにイジってくるのが気に障る。 うまいこと言ってんじゃねえよ。中継をしろ。

■八月に入ってから体調を崩してしまった。起き上がることが辛い日が多く、この一週間ゴロゴロしてばかりいた。 フトンの中で
「文壇高円寺」というブログをずっと読んでいた。 筆者が凄く身近に感じられる。何だか他人のような気がしないのである。古い友人と話しているような気分になる。 本を買い、本を読み、本を売り、そして文章を書いて生活する。アルバイトもする。毎晩、酒を飲んで眠る。 時々国内旅行に出掛ける。そして旅先でも本を買うのだ。私のような人間からすれば、一種の理想的な生活に思える。勿論他人の気楽さで言うのだけれど。 でもきっと世間一般の人々の評価は違うのだろう。いわゆる、「いい年してブラブラしている人」というやつだ。 アウトロー、と言えば格好良い気もするが、まあそんなにいい目では見てくれないだろう。

■ブラブラしながら生活する。「ブラブラしながら」とは「好きなことしながら」ということだ。 その困難さ。自分は世間から「ズレた」人間なのだと知りながら、でもその様にしか生きていけないから、そうする。 いつも圧倒的な世間とのズレを感じながら日々を送っている。「活字と自活」も購入した。荻原魚雷のファンになりそうである。また高円寺にも行ってみよう。

■連日、記録的な酷暑続き。だが今日はストンと涼しくなった。 とはいえ気温30度。これで涼しい、とは。夏は短いものだけれど、今年は違った。フトンの中でジっとしながら過ごす夏は、長かった。

小野寺邦彦


#050 キャラ 2010.08.21 SAT


■電車で向いの席に座っていた男女。女性は大胆にも胸元が大きく開いたシャツに、超ミニスカートの足を組んだ格好。シッポリと隣の男性の胸元にしなだれかかりながら甘ったるい声で、

「ユミ子さあ~あの子~、ちょっと女の武器使い過ぎ~。見ててハラハラするから~」

と女の武器を使いながら話をしていた。 キャラだ。キャラがいる。お色気キャラだ。 油断すれば「ウッフン」とか言い出しかねない。危ないところだった。

■どんな人も、多かれ少なかれ、人に対するときには自分に「キャラ」を課す。 だがその「設定」があまりに「キャラ」に忠実ぎると、内面を失う。記号化される。つまりギャグになってしまうのだった。 『ガリ勉くん』『ヤンキー』『オタク』。類型的で記号的な「キャラ」。そんな分かり易い奴は現実にはいない。 いないから、ギャグであり、カリカチュアなのだ。 それら「キャラ」と化した人々は、己のキャラクター原理に忠実であり、自分のキャラから外れた行動・思想は一切取らない。 そのように「キャラ」化した人々をフィクションに配置することで物語は生産されるのだった。 例えば、テレビドラマ。そこで必要なのは、映った瞬間、その人物が何者か分るということだ。 従って先の展開もほぼ100パーセント分るので、究極、見る必要がない。 だからテレビはつけっ放しにしながら料理したり友達にメール打ったりお喋りしててもいい。話は分っているのだから。 ストレスにならない。現在、テレビドラマで予定調和を崩したストーリーを流すと「意味が分らない」「クソ脚本」と言われる。 見ていないからだ。見ていなくても分かる脚本が「良いハナシ」なのだ。 誰かが階段から転がり落ちるシーンを映す場合には、登場人物に「アっ、〇〇が階段から転げ落ちた!」というセリフを言わせなければいけないという。

■しかし舞台は「ながら」で観てもらうものではない、 むしろ集中力をフルに使って観て貰うものなので、キャラ芝居は危険だ。 先の展開が読めた瞬間、そしてそれが裏切られることがなさそうだと感じられた瞬間、 時間を確認したりトイレ行きたくなったりメール打ちたくなったり隣の人とお喋りしたくなったり眠くなったりする。 私は「役づくり」や「キャラクター設定」なんてものは不要だと考える。劇場はリビングではないからだ。

■しかし「演じすぎていて面白い」ということも、あるにはある。過剰。あまりに過剰にキャラを「乗せる」ことで、むしろキャラの記号性から離れていってしまうような。 何だか分からない存在になっていくというか。志村けんの『変なおじさん』とか。あれは「変」を越えてもう「変なおじさん」という意味ではなくなっている。

■だが日常で過剰に「キャラ」を演じれば、それは「痛い」奴ということになる。「厨二」とか言われる。 「不思議ちゃん」や「天然ちゃん」。「あの子、キャラ演じ過ぎだよね」といった言葉にハッキリと存在する、否定と嘲りのニュアンス。「キャラ演じてる」人に、その感情が届いていないわけがない。では何故そうまでして彼ら、彼女らは「演じる」のだろう。「イタい」奴だと言われながらも「キャラ」を通し続けるのだろう。単に鈍感なだけなのだろうか。「周りが見えていない」のだろうか。「空気が読めてない」のだろうか。 そうではない。「キャラを演じ」続けなければならない、極めて個人的な、ある切実な事情があるのだとしたら。もしそうなら、それは一体どんな「事情」なのだろう。私は、それが知りたい。物凄く知りたいのだ。

■そんなことに頭を悩ませている私は、ハタから見れば「只のボサーっとした人」だ。今日は甲子園の決勝戦。ボサーっとしながら観戦する。

小野寺邦彦


#051 ふぞろい 2010.08.28 SAT


■8月も終わろうというのに、暦の上では秋だというのに、全く涼しくなる気配がない。連日、タイにも負けない熱気(と、タイ人が言っていた)。このまま熱帯になってしまうのもいい。アロハの国になってしまうといい。

■猛烈な日差しの中を一時間も歩き回っていると、頭が痺れて足元がフラついてくる。 涼を求めて逃げ込んだ昼時の喫茶店はギッチリ満員だ。熱帯特需。喫茶店もさぞ儲かるだろうよ。 メニューを見ればグリーンカレーに冷製パスタ、調子に乗った新メニューも開発されようというものだ。 氷ばかりのアイスコーヒーをすすり、しばしグッタリとしていると、後ろの席から女性の話し声が聞こえてくる。

「なんであんなコと付き合うわけ~。ホント、意味わかんないっていうか。不揃い。あの二人、絶対に不揃いだよ!」

不釣り合い、かな。フゾロイフゾロイ…中井貴一や時任三郎の暑苦しい顔が浮かんでくる。そういえば何故か最近また再放送をやっていた。 折角涼しくなった体にじっとりとイヤな汗が浮かんでくる。熱帯の気候にはお呼びでない顔だ。別に冷帯でも要はないが。 そんな気持ちもお構いなしに、フゾロイこだます昼下がりの喫茶店である。

■不揃いというか、不釣り合いというか。そんな言葉で思い出すことがある。高校生の夏休み、工場でアルバイトをしたときのことだ。

■高校を卒業したばかりの19歳や20歳くらいの若い女の子が、よく40代や場合によっては50代くらいの男性と付き合っていることが多かった。 若くてかわいい普通の女の子が、である。別にチョイ悪とか、ロマンスグレーなんていう類じゃない、しょぼくれたフツーのおじさんとイチャイチャと付き合っている。 休日は山登りなんかして、お土産に銘菓をくれたりする。そして多くの場合、女の子の方がおじさんに入れ込んでいて、おじさんは結構女の子を振り回していた。痴話げんかの果て、階段の陰なんかでシクシク泣いている女の子の姿なんかも見たことがあった。 仕事は退屈で暇だったので、リサーチしてみたところ、以下のようなことが分ったのだった。

■女の子は女子高出身者がほぼ100パーセントであった。また、大人しい感じの人が多く、男性と付き合ったり遊んだりした経験があまりない、もしくは全くない、 どっちかというと「男の子は苦手」という人がほとんど。早い話が男性に免疫がないのである。 自分と同世代の男の子と接することに苦手意識があり、プレッシャーを感じずに接することが出来る男性はいわゆる「お父さん」のみというワケだ。 そこでパクっとやられてしまう。おじさん連中もそこは心得たもので、そういったタイプの女子を見極め、近づき、 モノにしてしまう技術というものがハッキリと確立されている。「一緒にいて楽」そう感じさせれば勝ったも同然だそうで、ハッキリ言ってチョロイとうそぶくオヤジもいた。 近頃、会社員をしている友人に聞いたところ、会社にもそのテの親父はよくいるそうで、 やはり男にほとんど免疫のない女子大出身の新入社員なんかがターゲットにされ、それはまあ簡単に落ちる落ちる、ということであった。 毎年、誰が一番かわいい新入社員をモノに出来るか競っている連中までいるとか。仕事をしろ。

■女性側の証言も必要だろうということで、また別の友人(女性)に会って話を聞いた。会社に入って2年、既に3人の男性と付き合ったという。 その3人ともが上司でいわゆる「おじさん」、うち一人は妻子ある男性だったそうである。 彼女も、かつては一見して「大人しそう」で「男に免疫なさそう」な感じのする女性であった。 だが現在の彼女曰く「オッサンをその気にさせるのなんてチョロ過ぎる」とのコト。…おじさんと若き女子、 どちらがチョロく扱われているのか、あまり知り過ぎたくはない。ただ一つ確実に言えることは、 件の友人の持つバッグが、会う度にグレードアップしているということだけだ。 それとこのテの話に「若い男」は一切出てこない。哀しい話である。

■夕方。新宿で『キャタピラー』を観た。映画館を出て駅へ向うと、乗るつもりだった京王線のホームで事故が起こっていた。 誰かが「死んでる、死んでる!」と何度も繰り返し叫んでいた。はしゃぐ子供の声のようだった。今も少し、その声が耳から離れないでいる。

小野寺邦彦


#052 打たれ弱い天使 2010.08.29 SUN


■NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」を観ている。

■土曜日の午前中に一週間分の再放送をしているので、それを観る。まあまあ面白い。水木サン、イケメンすぎるがそれはファンタジーとして許せる。片腕がないことを特に気にさせず「自然に、ない」よう演出されている点が素晴らしい。 で、先日もそれを観ていたのだが、ドラマの中で祖母が孫に対して「ボーっとして歩いてると車に轢かれるよ」と言うセリフがあった。なんだか懐かしい言葉だ。 今でも大人は子どもにこういう言葉をかけているだろうか。 ゲームをしながら歩いている子供というのは結構いるし、手元の携帯を操作しながら歩いている者もいる。みんなみんな轢かれるよ、と声をかけて回りたい私だ。 そんな私自身は、子どもの頃 よく本を読みながら歩いていた。本に顔を落としたまま、道をちゃんと曲がって家に辿り付けるテクニックを身につけていた。 そんな私に対して、道行く大人がしょっちゅう声を掛けてきた。「歩くことに集中しなさい!」…本を読みながらでもちゃんと歩けている、 と思っていたのはたぶん自分だけだった。実際は相当フラフラしながら歩いていたのだろう。かなり投げやりな歩き方だったに違いない。 おかげで今でも私は歩き方がヘンである。靴の減り方もあり得ない程に奇妙だ。

■「ボーっとして運転してると人を轢いちゃうよ」という人もいるだろう。そういう人の運転する場面には出くわしたくはない。

■夕方から高円寺で友人と会ったのだった。

■彼は映像作品やアニメーションなんかを作ってウェブサイトで公開しているのだけど、 時折来る酷評や作品を罵倒するようなメールなんかに「すぐ心が挫ける」のだと言う。そんなもの問題にしなければいい。 作りたいものを作りたい様に作るしかない。作品を作って公開している以上、見た人全員に絶賛されることなどありえない。正論だ。理屈では分っている。 分っているのだが、でもやっぱり心が沈んでしまってしばらく身動き取れなくなってしまうのだと。「俺は打たれ弱いから」友人はうなだれて何度もそう言った。

■経験則として思うのだが、「打たれ弱い」ことを表明している人には、そういう人を痛めつけてやろうという「攻撃」が集中してやってくる気がする。 ヤツラはどうも、作品を叩かれ、ショックを受ける人を見たくて堪らないらしい。 理解し難いが、そういう人種は確実に存在する。私も芝居なんぞをしていて、作・演出をしているから、アンケートでボロクソに書かれることはしょっちゅうだ。 どういった思惑か知らないが、そんな酷評のアンケートをワザワザ持って来て僕に見せ、嬉しそうに「どう?ショック?傷ついた?」と嬉しそうに聞くスタッフも、 過去にいた。「いや、まあ、仕方ないよね」と無難にかわそうとするも、「いやあ、傷ついてるでしょう?」「ショックなクセに」「無理してるよね」としつこい。 根負けして「まあね」と答えると満足そうに頷いて「まあ、クヨクヨすんな」なんて言って去っていく。 後日、人づてにそいつが「アイツに酷評見せてやったらヘコんでたよ」と喜々として触れ回っていると聞いた。ホントに何だったんだろう、アイツは。

■確かに「打たれ弱い」人はいるのだろう。私も人から見たら「強がっているだけ」で「本当は弱い」クセに、と映るのかもしれない。 でもそれがどうしたというのだろう。むしろその「打たれ弱さ」「心の弱さ」があるからこそ作れる作品もある。自信満々で「強い」ばかりの人が作った作品は、 個人的にはあまり好きではない。どうしてこんなに「弱い」のに、人前に出るのだろう?どうして傷つくことが分っていながら表現を止めないのだろう? むしろ、そんな人の作品に心が動く。傷ついてでも、表現欲が勝つ作品。以前も書いたことだけれど、それが作品の佇まいというものになるのではないか。 そこにあることが当然である、といった顔をした表現は、ちょっと苦手だ。かと言って卑屈なものも嫌いなんだ。そこら辺は、まあ趣味もある。

■友人とも、卑屈にならなければいいんじゃないか、と話し合った。勿論、自分自身にも言い含めるコトバとして。ヘコむのは仕方ない。でも卑屈はだめだよ。 卑屈はなあ。貧しさしか産まない。

■夜、帰り道。お祭りの帰りらしい小学生の集団が、力いっぱい自転車を漕ぎながら、モノスゴイ奇声を発して通り過ぎていった。ギョエー!とかキエー!とかウヒャー!とか。小学生の気も触れる8月終わり。その声は、去ってゆく夏休みを惜しむ悲鳴のようだった。目の前に立ち塞がる宿題への悲鳴かも知れないけど。

小野寺邦彦


#053 混乱したまま書く 2010.08.30 MON


■スーパーで買い物。近所の中学校のジャージを身につけた女子数人組が惣菜のコーナーでキャイキャイと騒いでいる。皆でお金を出し合って何か買おうとしているようだ。所持金で何がどれだけ買えるか、最も効果的な組み合わせは何か、議論をしている。

「コロッケパンと、シューマイにしようよ」
「水だったら3本買える値段だね」
「おにぎりと唐揚げは?」
「残ったお金で水が一本買えるね」
「シューマイと唐揚げとチョコレートで完璧じゃない?」
「でも水が買えないよ!」

かっぱが一匹まぎれている。

■昨日のエントリについて、ツイッターで何人かから言及された。ある人からはメールも貰った。直ぐ返信しようと思ったが、思うように文章が書けなかった。作品の佇まい、などと書いたがそれを論理的に説明することが出来なかった。イロイロと試行錯誤もし、夜通し書いて、何とか書き上げたのだけど、送信はしないでおいた。朝、読み直してみたら、思ったとおりの感傷的な気持ち悪い文章だったので、消去した。うーん未熟。未熟である。迂闊なことは書けないと思う。でもまあ迂闊な私だ。仕方がない。そういうブログです。日々、推敲。

■書けないメールを書きながら思ったのだが、私はあまり物事を批判的、或いは批評的に考えるということをしない。本に書いてあることなどは基本、鵜呑みだ。 自分の価値観に照らして賛成できないことでも、まあそういう考えもあるか、と済ませることができる。 影響を受けやすい。私が喋ったり考えたりしていることは、大抵その直前に読んでいた本や話していた人や見ていたテレビなんかの影響を受けている。 丸々パクって喋ってもいる。人の言ったことをいかにも自分で考えたかのようにいう。そんなことばかり上手くなってしまった気がする。

■これではいけない。いけないのじゃないか。いけないはずだ。いけないに決まった。今日からは批判する私だ。もりもり批判する。批判人生。これからは批判に費やす半生だ。 なんだそれは。

■日々の中で許せないと思うこと、それは違うだろうと思うことは勿論ある。でもそれを作品にしようとしても上手くない。 試みて、失敗したこともある。私はそういう風には書けないのだと思う。疑問や怒りはそんなに簡単に発散したり、昇華したりは出来ない。そんなにサッパリと処理できない。膿のように体にじゅくじゅくと静かに溜まっていき、蓄積してゆくものだと思う。じわりじわりと染み出してくるものだと思う。それが文体とか、筆跡とか、そういうものになってゆくのではないだろうか。正直、まだよく分らない。

■分らないことばかり書いてしまった。書きながら考える私だ。書けば何か分ることもあるかと思ったが、ダメだった。そんなこともある。

小野寺邦彦


#054 QアンドA 2010.10.02 SAT


■あっという間の一ヶ月、早10月である。ついこの前まで暑さに喘いでいたのに、大雨が降った一日でくるりと季節が変わってしまった。 たちまちの晩秋の気配。時間は水のようにするすると流れる。

■九月中は特にナニをするということもなく、ジっと大人しくしていた。暑くて動き回る元気もないので本ばかりやたらと読んだ。穏やかな日々であった。本はインタビュー集のようなものばかりを集中的に15冊ほど読んだ。インタビューの文体、というものに唐突に興味がわいたからだが、これが面白かった。真剣勝負のインタビューというのは、読んでいてもその緊張感などが伝わってきて相当面白い。作家なんかへのインタビューだと作家は「ホンネなんか言いいませんよ」という気配が濃厚であり、インタビュアーはそこを巧みに切り崩していこうとする。巨大な岸壁をじわじわと攻略していくかのような面白さ。だから作家が「うっかり」喋ってしまっているインタビューなどはインタビュアーの腕がいい、ということなのですね。こういうのは本当に面白いです。ピリピリした空気が伝わってきて、おお「プロの現場」であることだなあ、と感心してしまう。

■一方で、インタビュアーが自分語りをはじめたり、妙に馴れ馴れしかったり(音楽誌に多いです、何故か)、相手を必要以上に持ち上げてたりする、なあなあの宣伝めいたインタビューというのは退屈だし、妙に腹の立つものである。御用記事、提灯インタビューである。こういうのはビュンビュン飛ばす。

■ところでインタビューの世界にもやはり常識的に「常套句」「おきまりの質問」「及びそれへの回答」というのがある。 油断していると、奴らは決まってこう聞いてくるのである。

「あなたにとって〇〇とは何ですか」

野球選手には「あなたにとって野球とは何ですか」。画家には「あなたにとって絵とは何ですか」。音楽家には「あなたにとって音楽とは」、建築家には「家とは」、 マンガ家には「マンガとは」。小説化には「小説とは」…大体、最後の質問にこれを持ってきて「締め」とする場合が多い。一丁上がりだ。

■しかし最後にこれを聞く人は相当にバカである。今まで何のためにインタビューをしてきたのだ。一言では言い尽くすことができないアレやコレ、 または本人でさえ意識していないようなことを、受け答えやエピソードからじわじわと炙り出していくためのインタビューではないのか。 さんざん話を聞いた後に「じゃあ今したハナシを一言でまとめて下さい」ってそれはもうバカと呼ぶ以外にない。

■だが質問が常套化している、ということはその受け答えもまた、しっかり定型化しているのである。 曰く、「僕の全てです」「生涯、離れられないパートナーかな」「運命だと思っています」。必要だろうか、このくだり。 やめちまえ、しゃらくせー。用意された質問、用意された解答。マッチポンプ、出来レースだ。スリリングの対極だ。 はっきりいって舐めている。 そこでこんなスリリングなインタビューはどうか。

Q 「本日は、お忙しい中、有難うございました。それでは最後にもう一つだけ」
A 「はい」
Q 「あなたにとって、私は何ですか?」
A 「人生の…え…何?
Q 「あなたにとって、私は何ですか?
A 「…え…あの…」
Q 「あなたにとって、私の存在は、一体何なんですか?」
A 「その…」
Q 「…」
A 「…人生の…全てです

結婚、おめでとう。

小野寺邦彦


#055 不死の研究 2010.10.03.SUN


■1日からタバコが大幅に値上げされた。400円、ちょっとした昼食代である。喫煙者は正に今「食うか・吸うか」を問われている訳だ。その結果として「吸う」ことを選択しているわけだから、もうちょっと堂々と吸わせてあげてもいいと思う。別に法を犯しているわけじゃないんだし。そう邪険にすることもない。

■ところで増税に際して、タバコ業界では値上げ以外の可能性は果たして検討されたのだろうか。例えばお値段は据え置きで、タバコの長さを短くするというのはどうだ。うまい棒のように。不況になると定食屋のどんぶり飯の分量が減るように。または円筒の直径を小さくして、ちょっとづつ細長くなっていくとか。キャバ嬢が吸っているような細長いタバコを皆で吸うのだ。そのうち爪楊枝みたいになったりして。まあ、私はタバコは吸わないので所詮人事で好き勝手なことを言います。

■不死・不死身についての本をまとめて読む。

■次の芝居を、何となくホラーにしようかと考えた。それで単純に「自分が一番怖いと思うコトは何だろう」と考えたところ、それは「死なないこと」なのだった。 「死ぬこと」より「死なない(死ねない)こと」のほうがよっぽど怖い。『火の鳥・未来編』を読んでしまった幼児期以来その想いは変わらない。人類滅亡の日に、 残された人々は何とか生き延びようと「不死」を取り合うのだが、やがてそれを手に入れてしまった主人公は、たった一人世界に取り残されたことに気付いてしまい、今度は一転して「死」を求めることになる。 だがそれも叶わないと知ると、自身の手でもう一度世界を創造し、他者を生み出そうともがく。だがそこに他者はいない。 すべて自分で作った世界であるからだ。『神とはなんと孤独で退屈なものか…』。シンプルで美しいプロットだ。 私もこれに倣って「死」を求め会う人々の群像劇を書きたいと思っている。 思っているだけで、本当に書くかどうかは分らないし、果たしてそれを人が見て「ホラー」だと思うかどうかも分らない。 ホラーとは未知の別名だ。分からないことが怖いのだ。死ぬことも、死なないことも、私には等しく謎なのだ。そして、観客も。

小野寺邦彦


#056 サボタージュ 2010.10.05.TUE


■「国民の総意」という言葉が、今、一番恐ろしい。

■近ごろ、興味深く思うこと。かつてブログを頻繁に更新していた人がツイッターに流れ、放置されたサイトはすっかり寂れて廃屋と化している。そこへ久々のエントリー更新。するとその内容は決まって

「ブログを止めたワケではありません/ブログはとても大事な場所です/また更新をしていきます/ツイッターとブログでは役割が違うのだから…」云々

というものになる。そして大方の予想通り、それ以後、再び更新は滞り、廃屋は荒野へと突き進む。すっかり過疎化の一途を辿るブログ村だ。

■面白いのは、皆、ブログを放置してツイッターにばかり書き込んでいることに「罪悪感」を表明しているところだ。 どちらも自分の意思で始めたものだし、続けるも終わるも全くの自由なのだ。 であるのに「本来はブログ(長文)を書くべき俺がツイッターにばかりうつつを抜かしている」という状況に後ろめたさを感じている。 誰に頼まれて書いているわけでもない、好きでやっているものであるのに。 つまりは誰に強制されるでもなく、能動的に自分自身で始めたものであっても、人は安きに流れる。 なるべく怠惰な方面に動いてゆく。それが面白い。

■中学・高校時代に不思議だったのは、部活動で運動部に所属していた連中が皆、練習を嫌がっていたことだ。彼等は毎日「雨が降らないかな」とか 「グラウンド使用中止にならないか」などと言って練習がイヤだイヤだとこぼしていた。別に誰に強制されてやらなければいけない運動ではない。たかが部活動なのだ。 そんなにイヤなら止めればいいじゃないかと思うが、でも結局放課後になると皆ちゃんとグラウンドやコートに出て行って練習をするのだ。 運動をしたい気持ちと練習をサボリたい気持ち、どちらもきっと本当なのだ。その両方が等しく吊りあっている状態。アンビバレンツ。 私にとっては謎だった。今も謎である。

■私は芝居をやっていて本番は楽しいが稽古はイヤだなどと思ったことはない。どっちも等しく好きだし、どちらかと言えば稽古の方が好きだ。芝居の醍醐味は稽古にある。こんなに楽しいものはないのだ。まあでもそれは芝居の現場では私が作家であり演出家だからかもしれない。役者はやっぱり稽古をサボりたいものなのかもしれない。野球の練習が大好きなのは監督なのかもしれない。

■相変わらず、本を読んでいる。読書に没頭する。ちょっとした合間にも読む。いいコンディションだ。 脳が活字をスルスルと吸収してくれる。幸福だ。ここまでの好コンディションは近年ちょっとなかったので、この隙にどんどん読む。 読むことで、考える。死について。不死について。まだまだ考えることがある。

小野寺邦彦


#057 白いノート 2010.10.06 WED


■メールで質問がきた。ツイッターについて。

■昔、ゲームセンターや喫茶店にあったコミュニケーションノートみたいだと感じた。店に来た人が勝手にいろいろ書き残していく。ゲームの攻略法、雑記、伝言、イラスト、ただの落書き。名前と日付だけ、というのもあった。誰かの発言にレスポンスがつき、思わぬ盛り上がりをみせたり、ひとつの話題に火がついてノート内にコーナーができたりすることもあった。インターネットが今ほどメジャーなものになる、ホンの一瞬前。ウェブ上でのBBSや掲示板といったものに取って代わられる直前まで存在した、それはローカルなコミュニケーションツールだった。ひとつひとつの書き込みにさしたる意味はなく、発言自体が特に面白いというわけでもない。だが、まとまったものを1冊、2冊と読むと感慨深く、面白い。一つひとつは些末な情報の、その総体がひとつの歴史、文脈となって読めるからだった。

■ちなみにそのノートは本来、店に来たついでに書いていくというものだったはずだ。だが常連の中には、そのノートを書く、あるいは読むためにその店に通うという者も現れる。逆転である。書き込みが人気の常連の中からはノート内に『連載』をもつものさえ現れた。それは私もそうだったのだが…まあ、その話はいずれ。

■ウェブ上で白いノートを広げておくと、いろんな人が勝手なことを書いていき、たちまち一冊埋め尽くされてしまう。その技術はサイバーな感じだが、手触りは何だかローカルだ。リアルタイムに埋め尽くされてゆく無尽のノートをぼんやり眺める、そのムードが現在にマッチしていると思う。ミクシイやブログのような、何か書かなくては、という切迫したムードがない。 何を食べた。今どこにいる。それでいいのだ。提供されているのは、ソフトではなくハード。コンテンツではなく遊び場だ。そこに「いる」ことが重要で「なに」をするかは問題ではない。 思いもかけず、長続きするツールになるのではないか。その「重要度のなさ」ゆえに。

■外に出ると金木犀のにおい。秋がストンとやってくる。

小野寺邦彦



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