NOTE

生活と創作のノート

update 2017.05.07

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未完成の

WASHOUT DOG.s NOTE


#030 年も明けてしまったが 2010.01.09 FRI


■昨年末のことだ。深夜の帰宅途中、携帯電話に向かって大きな声で怒鳴りつけている30代前半くらいの男性を見かけた。その男性は、本当にモウ大変な剣幕であって、電話の相手に怒声・罵声を浴びせ続け、「アホ」「バカ」「死ね」などと罵り続けている。そしてついに、我慢ならんとばかりにこう叫んだものである。

「お前がクレオパトラにならねえ限り、許せねえよ!!」

■そうこうしている間に、クレオパトラにもならず年が明けてしまった。今年も一つ宜しくお願いします。一つ前のエントリーで一月半ぶり、と書いたが、また随分と開いてしまった。もっとちゃんと書かないとダメだな。書く事でしかほとんどモノを考えることの出来ない体質なのだから、ちゃんと書く。

■それにしても2010年か。2000年から10年、経ってしまったわけだ。この具合なら22世紀もアッという間の気がする。あっという間の人生だから、急がなくては。急いで、楽しいことをしよう。楽しいことのためなら、多少の楽しくないことは厭わない。

■そんなわけで昨年末は、2月公演のための台本をずっと書いていた。年内に完本すると大見得を切ったものの、上がらず。クレオパトラにでもならない限り、許して貰えないのだろうか。

小野寺邦彦


# 031 気分から遠く離れて 2010.01.17 SUN


■毎日稽古をしている。

■先週の話。架空畳照明のずんだ先生に請われて照明の仕込み補助のバイトをした。と言っても実態は頭数あわせで、仕事らしい仕事はまるでなく、午前中に灯体を吊ってしまった後は(それもずんだ先生が四分の三を吊った)特にやることも無かったのだ。楽なバイトを回してくれた先生には感謝してもしきれないのである。で、その仕込みというのは、中学生の演劇大会用のものであった。

■中学生や高校生の演劇大会というのは、照明や音響のオペレーション操作(オペ)も生徒がやるのである。午後からは、そのためのリハーサル。入れ替わり立ち代りに中学生が現れて、小一時間ばかりの間に場当たりとか、キッカケとか照明音響卓の操作をして、時間だぞ~と煽られて大慌てで帰ってゆく。と、既に次の学校がスタンバイしていて、また一さらい。それが切れ目無しに五、六校も続く。何せ一つの会場で2日の間に15校ばかりが上演するというのだから、慌しいのである。

■で、察しが付く方もおられると思うが、中学生の演劇部、というのはこれはモウ97パーセントくらいは女子なのである。14,5歳の動物のような中学生女子が、5人も6人も固まって、きゃいきゃいと大騒ぎで機材をいじくっているのだから、姦しいことこの上ない。箸が転んでも笑う年頃というけれども、何がおかしいのか、皆終始、ぎゃはぎゃはと笑い転げながら作業をするのだった。その姿を後ろでぼ~っと眺めている私。

■半日、彼女たちの会話を聞いていて感じたのは、その言葉の過激さである。とりわけ「死ね」「殺す」という言葉が、どの学校のどの子の口からもポンポンと出てくるのだった。「マジ殺す」「マジ死ねよ」「埋めるぞ」といった言葉が5秒に一回、言葉の枕に現れる。勿論、本当に「殺したい」と言っているわけではない。常套句というか、反射的にどの言葉にもくっつくのである。

■例えば教師に注意された直後に「あ~あのハゲ、マジ死んでくれ」と、出る。それを当の教師の5メートル前で言っているのにも驚くが、教師もその言葉にはスルーである。全く問題にしていない。つまりこの場合の「殺す」の意味合いは「ちぇっ」という舌打ち程度のものであって、この世界に身をおいている者にとっては常識的で日常的な物言いなのだろうと思う。「気分」というか。

■僕らの頃は多分それを「むかつく」と言っていた。確かに中学生・高校生くらいの頃、何かというと「むかつく」「むかつく」と言っていたように思う。別に何かにイチイチ「むかついて」いたわけではない。それは今生きていて、生活している中で、のっぺりと、全体的に感じていたまさに「気分」そのものを表す言葉だった。だから息をするように「むかつく」と言ったし、その言葉が、当時の自分にはしっかりフィットしていたのだった。「むかつく」というしかない感覚が確かにあった。

■それが今は「殺す」になった、それだけの話である。けれどその言葉と実際の感情の隔たりの距離は凄い。「ちぇっ」という感情で「殺す」という言葉が出るのだとしたら、本当に「殺し」たいほど怒ったときは何というのか。普通に殺す、か。言葉のタガに感情が収まりきらなくなったとき、何が起こるか。

■ま、しかしそうやって子供の中に半日もいればすっかり慣れてしまい、「殺す」も「死ね」も気にならなくなってしまった。たった数時間一緒にいただけでこうなのだから、日々彼女らと同じ空間に生きている教師たちから、社会性が失われているのも仕方の無いことだ。ただ学校の外で一般の大人相手に、何の気なしについぽろっと「殺すぞ」と出てしまったらどうなるのだろう。そしてそれは確実に起こることだろうと思う。

■寒い日々。八王子には雪も降った。稽古はマアいろいろとあるが、まずまず順調である。 皆頑張っている。一つ言えることは間違いなく面白い作品になるということ。チケットのご予約の方、宜しくお願いしますね。

小野寺邦彦


# 032 取りとめの無い雑記 2010.01.18 MON


■たまには取りとめも無いことを。

■某日、電車に乗り合わせた中学生の会話。
A「万引きGメンのGメンって何?」
B「…ゴメンじゃない?」
A「万引き御免?」
B「かっけーな」
A「かっけー」

■某日、バスに乗り合わせた、お婆さんと、その孫娘(かな?高校生と思われる)の会話。

孫「…正月はテレビつまんないじゃん」
婆「そうかい」
孫「バカみたいにはしゃいでばっかでウルサイだけだし」
婆「そうかね」
孫「お笑い芸人ばっか出てるじゃん。てかお笑い芸人、テレビ出すぎ!もういいよ、って感じ。いっぱい出てると飽きるし」
婆「いっぱい出てるってことは、それだけ働いてるってことだ。学生が、働いてる人の悪口を言うんじゃない」
孫「…。」

■今更ながら、今年は2010年。嘘みたいな数字である。この2010という並びの未来感は何事だ。 トランスフォーマー2010。何か取り返しの付かないところまでやってきてしまった気がする。だって私が大学に入ったのは2003年。七年前になる。今回架空畳で美術をやってくれるかりんちゃんは20歳。20歳て。七年前は13歳。中学一年生じゃないか。僕が大学生になった年に、中学生になった人と今、一緒に舞台を作っている不思議。そんなんありか、と思う。大変なことだ。そして素敵なことだ。

■そんな20歳のうら若き女性がデザインした美術のタタキが本日から始まる。今回は美術も相当頑張っているので、いいモノになりそうです。どうぞよろしくお願いします。

小野寺邦彦


#033 ワープ航法 2010.02.18 WED


■新宿の路上にて。携帯電話に向かって喋るワルそうな高校生男子。
「現場押さえた!」「ガラさらうか」「ウラも洗っとけ」 昨晩『相棒』を観たに違いない。

■さて、また随分と時間が空いてしまった…ってこればかり書いてるな。消えたと思ったら現れる、ワープ航法のようなブログになってしまった。しかし続ける。書きたいことは山ほどある。わざわざ書かなくていいようなしょうもない話も山ほどある。むしろそれを書く。それだけを書いていく。

■そんなわけで『未完成な犬の末裔』が終わってから既に10日以上が経った。今回は随分と多くの方に中野まで足を運んで頂いた。そしてこれまでにない程の反応があった。多くの賞賛と、そこそこの批判を頂いた。芝居を始めて3年、その3年間で頂いた反応の全部より多いくらいの反応を、この一本の芝居で頂けた。驚いたし、嬉しかった。 客席も沸いた。架空畳の芝居でこんなにダイレクトな反応が返ってきたことは初めてだ。称賛も批判もダイレクト。ひとつ、突き抜けた感がしたのだった。

■「無難なモノより極端なモノ」を作りたいし、作らなければ「劇団」と名乗る意味が無い。(「生活と冒険」に書いた通り)。 「こう作るのが普通だよ」「こうしたら上手く出来るのに」、そんな意見が山ほど聞こえてくる。正しいだろう。まっとうなのだろう。 そのまっとうな感性を大事にして、面白いものを作って欲しい。私はそれを否定しない。まったく否定しないのだった。 それぞれがそれぞれに様々な面白さを追求すればいい。架空畳はもっと極端に、もっと不器用に、もっとヘタクソな方法で面白くなっていく。 そういうことがしたくて始めた劇団だ。

■極めて真っ当に、物語、ストーリーというものに取り組んだ作品だ。あれで?と思われるかもしれないが、あれで、そうなのだ。 風呂敷を拡げて、たたむ。そのとき、ずっと目の前にあったにも関わらず見えていなかったものが見えてくる。世界は変わらない。世界を見る、その目が変わる。変わるのはヒトだ。 今はこれが精いっぱい。エピソード、ストーリー。それはただの「おもしろい話」ではない。世界との接続と誤解、その方法だ。もっと考える。考えながら、書く。

■楽しい公演でした。足を運んで下さった方、来られなかったけど気にして頂いた方、どうもありがとうございました。

小野寺邦彦


#034 それから先のことは… 2010.03.03. WED


■夕方の帰り道。駅前で、募金を訴えかける子供たちの前を通り過ぎた。

■きっと直前か、あるいは前日に集められ、練習をして来たのだろう。改札口から出てくる人々に向かって、大声を揃える。大きく息を吸って、バズーカ砲のように声を吐き出す。ちょっとバツが悪そうに、足早に通り過ぎて行く人々。その背中に追い討ちを掛けるように、また子供たちの声。一言一句変わらない文句を何度も、何度も繰り返す。

■世界各国の恵まれない人や地域への共同募金、難病手術費用、被災地への義援金、理由はイロイロある。その理念と行為自体に文句はない。立派なコトだとも思う。ただ問題は、そのための手段だ。何故大人が言わないのか?どうして子供を使うのか。

■幼い頃、私は作文が大変に得意であった。評価は常に最高点であり、先生に褒められ、授業中、何度も皆の前で朗読をさせられた。地域の作文コンクールなどでもよく入賞し、他の優秀作と一緒に本にまとめられたりもした。とにかく私の作文は、大人にウケが良く、褒めれられ、時には感動さえされたはずだ。それは当たり前のことだった。だって私は大人に褒められるための作文を書いていたのだから。

■私は、いつだって大人の顔色を伺っている子供だった。良いコトとは、大人が喜ぶことだった。だから大人の機微に敏感になった。私にとって作文とは、「思ったこと」や「感動した出来事」を「自分の言葉で書く」モノではなく、「大人が求めている正解を目指して書く」モノだった。そして私の正解率は、極めて高かったというわけだ。褒められるのでどんどん書いた。規定の分量の2倍、3倍と書くこともザラだった。桝目に埋められた文字は、けれど何一つ私の言葉などではなかった。模式的で定型的な「子供らしさ」が並べたてられ、終りにちょっとテクニックを使ってヒネってあったりする。「巧いでしょう」とでも言いたげな、小賢しく、妙にひね媚びて気持ちの悪い文章だ。けれど私は、このようにして書くことを覚えたのだ。それは忘れてはいない。

■そんなわけで私は子供に同情を訴えられても、絶対に心は動かない。芝居や映画を観ても、大人のフリをしたコドモのセリフにはピンとこない。心動かされるのは、もっと得体の知れない、何かだ。

小野寺邦彦


#035 客演案内 2010.03.04 THU


■前日夕方からの仕事が翌朝までかかっても終わらず、やっとこ全て終わったのが昼過ぎ。数時間後には、もう夕方。本日分の仕事にかからなければならない。さて、寝るか遊ぶか。当然、遊ぶ。そんな男たち5人が真昼のカラオケに繰り出す。額を油でテカらせながら。死んだ目をしょぼしょぼさせながら。

■昼のカラオケは至極快適である。まず、安い。喫茶店でコーヒー一杯飲むより安い。もう夜なんてバカバカしくて行けなくなるぜ。そして客が少ない。少ないと何が良いのかと言えば、ソフトクリームが減らない。 そう、ドリンクバー、スープバーでは飽き足らず、今やカラオケにはソフトクリームバーというものまである。それを知ったのは最近だ。ソフトクリームバーの件を職場にて御忠信申し上げると、男達の中でたちまちカラオケ熱が燃え上がった。 昔話の王女でも、なかなか食べられないあのアイスの、あのソフト。それがフリーでだだ漏れとは。 えらい時代に来たもんだ。

■ただやはり人気があると見えて、夜などの繁盛時には、すぐ枯れる。 ソフトクリームが枯渇する。するとたちまち不機嫌になる我々だ。ソフトが無くて何がカラオケか!かったるそうな金髪店員の手によってソフトの素がちんたらとバーに補充されるまではまんじりとも出来ない。歌など歌っている場合ではない。

■けれど昼なら安心だ。嬉々として思う様ソフトを啜る男達。すると枯れた!2時間の内にやっぱりソフトが枯れた!言うまでもなく全ては我々の腹部に収まった。補充は頼まなかった。 しれっと退出した。日が傾く頃、その身にソフトを満たした男達が、戦場へと還ってゆく。

■ちょっとした枕のつもりが、ついソフトの話で埋まってしまった。力が入ってしまった。本当は芝居の話を書こうと思ったのだ。

■架空畳の主演俳優である岩松毅が明日(5日)から他劇団に客演致します。その名も肉体オルグという大層恐ろしい劇団名。決してオルグはされていないそう(本人談)。 架空畳も旗揚げ公演を行った荻窪アールコリンという劇場にて。小さいけれどとても良い劇場。芝居を始めた劇場だ。

■しかし、「客演」というのも誰が言い始めた言葉なのか。ヨソサマに「客」としてお邪魔します、ということで、やはり劇団というのは「家」なのだろうか。何せ劇団だ。団だぜ、団。このモノモノしさは何だろう。架空畳のことを人に説明するとき、手っ取り早く「劇団です」と言ってはいるが、しかしその言葉に対する違和感は拭えないままだ。

■そんなわけで岩松毅の出演する、肉体オルグ第2回公演「接続」。明日から金・土・日と荻窪でやっておるとのことです。私も観に行きます。(→肉体オルグ第2回公演「接続」※現在リンク切れ

■寒い一日だった。けれど冬のそれではない。春の寒さだった。

小野寺邦彦


#036 センチメンタル 2010.03.05.FRI


■公演直後の、ある夜の話。終電車で八王子駅に帰ってくると、駅前に大きな鞄を持った女の子が5,6人もポツン、ポツンと所在なさげに突っ立っていた。何だろうと思いつつ、一度は通り過ぎたのだがどうにも気になり、引き返して、一番大きな鞄を持っていた人に、何をしているのか?と聞いてみた。ホームレス、かも…と、その人は自嘲気味に呟いたのだった。

■近くの工場で働いていたのだが、閉鎖となり、今日で寮も追い出されてしまった。差し当たって今晩は会社が用意したカプセルホテルに泊まる予定なのだが、迎えの車が予定の時刻を一時間過ぎてもまだ来ないのだと。

■時刻は12時半を回っていた。雪がちらつき始めて、とても寒い夜だった。ちょっと温かいものでもどうですか、と、近くのうどん屋に彼女を誘った。驚くほど自然に言葉が出た。何も言わず、そのひとはついてきた。

■終電帰りの人々で賑わう店内。しばらく迷ってから、おずおずと「温玉ぶっかけうどん」というものを注文した彼女に、店員は「温かいのですか、冷たいのですか?」と聞く。すると彼女はびっくりして、反射的に
「冷たいのはぶっかけないで下さい!」
と大声を出した。あまりの大声に、一瞬ポカンとなり、そして思わず笑ってしまった。店員もクスリと笑った。近くにいたお客もつられて笑った。それを見て、彼女自身も大きな笑顔を作って、声にならない声で笑った。彼女のその笑顔があまりにも幼くて、無邪気で、ギクリとして動けなくなった。厳しい表情をしていて気づかなかった。間違いなく、私よりずっと年下なのだった。

■ほんの10分足らず、温かいうどんをすすって、彼女と別れた。

■今日は一日、汗ばむような陽気。春の日差しだった。その日差しの中で、ふとあの晩のことを思い出した。センチメンタルを許してもらいたい。

小野寺邦彦


#037 打ち上がらない男 2010.03.07 SUN


■荻窪で岩松の客演した芝居を観てきた。荻窪アールコリン。前にも書いたが、私たちが芝居を始めた場所。イロイロと思い出すこともある。

■何せ役者・スタッフ併せて10人いなかった。役者は3人、そのウチの1人が岩松だ。ステージはド平日、火曜と水曜の2回のみ。客が入るのかとても心配だったが、知り合いに声をかけまくり、何とか160人くらいの人が観てくれた。でも手伝ってくれた受け付けのコが遅刻して来た岩松のお父上を「満員ですから」と追い返したりもした。わざわざ仙台から来てくれたのにだ。それ以来、岩松君のお父さんは芝居にいらしてくれない。申し訳ありませんでした。

■たった2日間の公演はあっという間に終わり、千秋楽の余韻に浸る間もなく、その日の内にすぐバラシ(後片付け)。機材や廃材を載せたトラックに岩松と照明のずんだ君と3人で乗り込み、一路八王子を目指した。その間、他のスタッフや知り合いは一足先に打ち上げ会場へ。2時間もあれば楽勝で合流できるハズだった。しかし道に迷いに迷い、何とか打ち上げ会場へと辿りついた時にはすっかり燃え尽き、死体のように転がる人々の姿。大層盛り上がったようである。飲み・喰いの残骸がテーブル一杯に撒き散らされていた。それを横目に岩松と二人、ひっそりとビールを飲み、何かボソボソと喋ったハズだ。その会話の内容は、もう忘れてしまったが、確かなことはその一週間後に、彼が当時付き合っていた彼女にフられたことだ。

■私は打ち上げ、というのがあまり得意ではない。嫌いというわけでもないが、しかし大人数での打ち上げというのはどうにも身の置き場が無くて困る。うっかりすると真面目なハナシやしみじみとしたハナシが始まってしまうのも油断ならない。酒の席ではバカ話意外はあまりしたくないのだ。他の人が聞いているからである。どうにも照れてしまってダメだ。早くカラオケに流れてソフトでも吸わせてくれればいいものを。

■旗揚げから5ヵ月後に、第2回目の公演を打ったときのこと。やはりバラシを終え、一休みしていると劇場の人に「これからが本番だね!打ち上げ、頑張って!」と言われて、ひどくムっとしたのだった。他意は無かったのだと思う。当時は学生劇団だったワケだし。しかし「打ち上げのために芝居してるワケじゃないぞ」という感情がムラムラと湧き上がってきて抑えることが出来ず、頭を冷やすために学芸大学前の駅前を独りでウロウロと歩き回った。

■それまで芝居をすることに関してあまり深く考えたことは無かった。ただ楽しいのでやっているだけだった。…違うな。正直に思えば、ただ楽しいのでやっているだけ、というフリをしたかったのだ。マジメに芝居をやる、というのが恥ずかしかったのだ。片手間でヘラヘラやってますよ、そんなに真剣じゃないですよ、そんなポーズを取っていた。だから劇場さんの一言に腹を立てた自分自身に驚いていたし、初めて今後のことを考えた。芝居を辞めるか、続けるか。あの第2回公演の、あの劇場さんの言葉が無ければ、続けていなかったと思う。

■極端に言えば、続けるか、続けないかは「打ち上げが無くても芝居が出来るか」 ということだと思った。そして、出来る、と思ったから今も続けている。

■などと感傷に浸っていたら、芝居が始まり芝居が終わった。

小野寺邦彦



#038 退屈の風景  2010.03.10 WED


■やくみつるは金髪・髭のチンピラにしか見えない風貌で、人の腰パンルックをどうこう言んじゃない。

■八王子にある、架空畳の物置件寝泊り所の上の階に、絵に描いたようなヤンキールックの女性が住んでいる。先日、出掛けにすれ違ったとき、黒々とした筆文字で「般若」とバックプリントが施された半纏をまとっておられたので、すわカチコミか、と気色ばんだ。その2時間後、近所のコンビニにてバイトをしている彼女を発見した。普段着かー。

■ここ数日、朝の早い時間に電車に乗ることが続いた。所謂通勤・通学の時間帯。ラッシュは厳しいが、朝、人々の会話をチラチラと聞くのは楽しい。それで気付いたのが、あまりテレビ番組の話をしている人がいないということだ。

■私が高校生の頃は、朝の通学電車の中で「昨晩みたテレビ番組の話」を話題にしている人は多かった。特に女子に多かったと思う。テレビドラマや歌番組の感想などをきゃいきゃいと言い合っているのが当たり前の風景であった。そういった会話が毎朝、聞くともなしに耳に入ってきた。おかげで、あまりテレビを見ず、芸能人などに疎かった私でも、何となく情報を仕入れることが出来た。今は、もうまるでダメだ。自分の知っていることしか知らない。

■電車の中というのは、「退屈の風景」である。ある場所から、目的地へと移動する。誰もがその過程の時間を、どうにかやり過ごそうとする。お喋りをする。読書をする。音楽を聴く。化粧をする。睡眠を取る。そんな風景も、気付けばここ数年で大分変わったようだ。今は携帯電話、ゲームにアイポッド。10年前に比べてそれらのグッズの充実ぶりといったらどうだ。どれも子供の頃、「こんなモノがあったらいい」と思ったようなモノだ。夢のオモチャだ。では、電車の中でそれらに興じる人々の姿が充実しているように見えるかといえばそんなことはない。それはやはり退屈そうだ。

■オモチャというのは、退屈を紛らわせるために生まれたモノだからだ。だからオモチャの方がどれだけ進化したとしても、それをいじくる人は―どれだけ熱中していたとしても―本質的に退屈なのだ。ただ、風景は変わる。退屈であることに変わりはナイけれど、その風景は確実に変わってゆく。

■芝居を観にいって「退屈」を表現するシーンで、役者が「携帯電話をいじる」マイムに出会うことが結構ある。うつむいてカチャカチャとケイタイをいじる、この姿一つで(しばしば安易に)「退屈」が表現される。当然のことだが、20年前にこの表現はなかった。では代わりに何をしていたのかと思うと、これはたぶん「タバコを吸う」というマイムがそれに近い役割を担っていたのではないか。私が芝居を観始めた頃、「タバコを吸う」マイムはまだ多かった。役者は舞台上でよくタバコを吸っていた。そして10年、気付けばあまり見かけない。

■ゆっくりと、その姿を変えてゆくものに気付くことは難しい。

■昨日は季節外れの雪。今日は午後から快晴になった。溶けてべしゃべしゃになった道を自転車で突っ切った。楽しかったが、背中に一本、泥の線が入った。

小野寺邦彦


#039 床屋の怪(そのⅠ)  2010.03.11 THU


■先日、といってももう一月近くも前になるのだが、床屋へ行き、散髪をしたのだった。

■床屋へ行くのは中学生以来、実に十数年振りのことだった。その間美容院に行っていた―というのでは勿論無く、自分で刈っていたのだ。私を知る人は、散髪直後の悲惨な私のアタマに覚えがあることと思う。床屋に行かなくなったのには特に理由は無かったが、一度自分で刈ってしまうと、金を払って散髪に行く理由が見つからなくなってしまった。オカシな頭になっても、まあ10日もすれば気にならなくなる。そうこうしている内に、床屋へ行くという意識が無くなった。

■だが公演直後、道端のショウウィンドウに映り込んだ己の姿にフと目をやれば、髪はバラバラ、髭はボウボウ、服はボロボロで、あまりといえばあまりに酷いナリである。衝動的に、通り道にあった床屋に飛び込んだ。

■入り口のドアを開け、「いらっしゃいませ~」と声を揃えて出迎えてくれたのが、まず全員女性だ。それも20~25歳くらいまでのうら若き女子が5,6人もニコニコと出迎えて下さる。男は一人もいない。エ?美容院と間違えたか?いいや、床屋だ。そのハズだ。入り口には赤と青で構成された馴染み深いオブジェがウィンウィンとトグロを巻いているのだ。間違いない。 しかし…不安はぬぐえない。出迎えてくれた女性店員たちのメイクが何かこう、水商売だ。巻き髪に、目の大きさが3倍くらいの隈取メイク。 店の業態を間違えたのだろうか。「床屋プレイ」的な、いかがわしい店だったのだろうか。そういえば表の看板の電飾がやけにデコラティブであった。と怯んだところに、目尻が垂れ下がった娘が、妙に鼻に抜けた声で言い放った。

「チケットをお買い求め下さ~い」

ん?チケット?見れば確かに、「松屋」や「C&C」で日ごろ慣れ親しんだ、食券マシーンと同様の機体が入口ドア付近に設置されている。 飲食店と異なるのはそのメニュー内容だ。 「豚めし」では無く「カット・シャンプー」が。「ハンバーグカレーマイルド」の代わりに「顔剃り」が。トッピングは「唐揚げ増量」ではなく「マッサージ10分」である。 それらを客が必要に応じて買う仕組みらしい。床屋新時代。私はとんだウラシマ野郎だ。

■カットにシャンプー、髭剃りにマッサージ、そして主に野球や政治の話題に特化したトーク。それらが全て一体となっためくるめく60分間ワンセットこそが、 散髪というジャンルだと私は認識していた。だがかつて「散髪」をガッチリと構成していたそれらのピースは、 今ではバラ売りされ、客が自由にカスタマイズする仕組みらしい。
君だけの組み合わせで、最強の散髪を作り出せ!
完全に余談だが、私はラーメン屋で「麺の固さ」やら「スープの濃さ」やら「油の量」やらを客に聞いてくる店が嫌いである。 客に選ばせないでほしい。リスク回避。責任逃れ。この店で一番自信のあるモノを持ってきなさい。自己責任でメシなど喰いたくないではないか。 うん、長くなりそうなので、次回に続く。

小野寺邦彦


#040 床屋の怪(そのⅡ)  2010.05.06 THU


■最強の散髪をカスタマイズするべく券売機と対峙する。とはいえ今日のところは様子見だ。 無難に「カット・調髪」を選択。しかし驚くべきことに「髪型を選べ」という。選ぶのか?ここで。果たして現れた選択肢は パーマ(有/無) パーマの有無かよ。パーマなしだ。ノーパーマチケットを掲げて散髪台に鎮座する。カットを担当してくれるのも勿論女性だ。 ものすごくウェービーな前髪をした女性だ。 店内に男性の姿はない。女だらけの理容室。そういうのがあるのか謎だが、それならそれで宜しい。存分に刈ってもらおうか。だが甘かった。

■妙なのだ。妙に体を押し付けてくるのだ。たかが後頭部をバリカンで刈り上げるために、 理容師の胸部と客の背部とは、こうも密着しなければならないものなのだろうか。 前髪を切り揃える度に、ゴージャスグロスで塗り固められたつやつやリップが眼前2ミリに接近する必要性は。 このカット・フォームは日本理容協会推奨のスタイルなのか。もう何も分からないが、恐ろしくて聞けない。 聞いた瞬間、いやにファンシーな奥のカーテンから、今にもパンチの男性がまろび出でるのではないか。肝も冷える理髪の午後である。

■結論から言えば何も起こらなかった。カット料金1300円以外は一切請求されることもなく散髪は終わったのだった。 過剰なサービスは経営方針か。営業努力なのか。帰り際、座ることはなかった待合室を何の気もなく覗いてみた。するとどうだ。 入店時には閑散と、人っ子一人いなかったその場所に、どこから沸いたか5,6人ものおっさんが座っているではないか。 実は結構な人気店なのだろうか。そういえば、入り口にあった貼り紙の『連日サービスタイムあります!』の文句が今はヤケに気にかかる。 今からがサービスタイムなのだろうか。教えて欲しい、妙にソワソワした感じのおじさん達。

■謎深い理髪店。きっとまたこの店にくる日もあるだろう。それは偶然サービスタイムかもしれない。そう、全ては廻り合わせなのだ。

小野寺邦彦



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