NOTE

生活と創作のノート

update 2017.05.07

生活の冒険フロム・失踪者未完成の系譜TOKYO ENTROPY薔薇と退屈道草の星偽F小説B面生活フィクショナル街道乱読亭長閑


フィクショナル

BEAUTIFUL CHILDREN.s NOTE


#111 虚構住み 2016.6.10 FRI


■「テキストをトランスレートする」って言った人に対して、「文章を翻訳するってことね」、とトランスレートした人がいた。笑ってしまった。

■メンバーの一人がハマっている、というので、ゲーム実況動画というものを初めてちゃんと見てみた。確かに、すごく面白い。 そして極めて演劇的だと感じた。ゲームそのものと、それを遊ぶ者との現実とが同時展開する。それはメタフィクションの構図そのものだ。 ゲームというフィクションを遊ぶ者の姿を、またフィクション(すべてのドキュメンタリーはフィクションである)として見る我々。 その多重構造。虚構と現実の二重構造、同時進行は、劇作においては手垢のついた手管だが、例えば『オケピ!』では、劇中で上演されているオーケストラと、 その楽曲を演奏する楽隊のいざこざとの間には何の関係性もなく、実は重層的ではない。かといって、虚構と現実とが因果律によって結ばれてしまっているものもダメだ。 一見、重層構造に見える仕掛けも、うわべだけで、本質的には機能していないということはよくある。虚構とは、現実の『喩え』ではないのだ。 まったく別の、もう一つの現実として、虚構はそこになくてはならない。ゲーム上で失敗し、キャラクターが死ぬ。それを操作するものが声をあげる。その二つの現実は、剥離している。剥離して、交わっている。そこに大いなる可能性、ヒントがあるように思う。

■「面白いゲーム」とは何か。それは環境に尽きる。ゲームのプログラムを変えることはできない。ゲームを遊ぶ環境を変えることだけができる。独りでは面白くないゲームも、仲の良い友人と遊ぶことで、面白くなる。つまらないゲームをしても、その「つまらないこと」自体が面白くなる。それは現実の写し絵である。つまらないゲームなど存在しない。つまらない生活というものも、ないのだ。そこにはつまらない自分がいるだけだ。

■かつてゲームは孤独を教えてくれた。それは大変に貴重な体験だった。いま、孤独を教えてくれるものはいったい、何か。

■さて、お待たせしました。架空畳です。小空間でやや実験的な作劇を試みるシリーズ、フリップサイドの第二回は、なんと過去公演の6作品連続同時再演。手元に残っていない台本を、誤読と曲解によって捻じ曲げ、「いま」のものがたりとして再生します。一本30分、都合180分の芝居ですが、もとはと言えば600分。洪水のようにセリフが頭の中でグルグル回る日々。観るほうは、もっとグルグルするかもしれません。狭い狭い劇場です。ぎゅう詰めの客席で、孤独を感じるような芝居になればいいな、と思っています。吉祥寺で、お待ちしております。

小野寺邦彦



#112 褒めなし 2016.6.15 WED


■レコードもCDもDVDも、丸くてかわいいから普及したんじゃない?と言う人がいて、そうかも、と一瞬思ったが。丸くてかわいいのに普及しなかったものだって幾らでもあるはず。うふふ、丸くてかわいいくせに受けてないのね、クスクス…などと嘲られる様を妄想する。中途半端にかわいいばっかりに恥をかく。いっそ個性派ブサイクのほうがマシよ!とか。そんなこともないか。

■6本の芝居を同時に書く日々。むかし一度書いた芝居をアタマから思い出し、書き直してゆく。都合600分のセリフが、一日中頭の中を回っている。徹底的に、物語漬けだ。初めて芝居を書いた10年前、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。一本書いたら終わりだと思っていた。

■芝居は、どんなに不出来で不格好であったとしても、取りあえず形だけでも一本デッチあげてしまいさえすれば、友人知人親類縁者が観にきてくれて、「良かった」「面白かった」と褒めてくれる、そういうものだと思っていた。本当に良かったのか、とか、面白かったのか、ということは問題ではなく、そういう様式なのだと。周辺はみんなそうだったのだ。だから私もそのつもりだった。とにかく作ってみて、上演する。そしてシステムにのっとり、通り一遍褒められたら辞めるつもりだったのだ。 ところがどうだ。蓋を開けてみれば激烈に評判が悪く、私は呆然としたのだった。芝居をやっている知り合いが口を極めて罵ることに、唖然とした。なんで?無条件に褒めてくれるシステムなんじゃないの?って。だって周りは本当にそうだったのだ。なぜ私の作だけが「批評」されるのだ?当時はマジで混乱した。そしてとにかく、もう一本作ってみなければならないと思った。褒められるために。だがそれもちっともウケなかった。

■会う人ごとに言われたものだ。「あのね、演劇というのは、そうじゃなくて…」。そうなのだ。そうだったのだ。私はマヌケにも、演劇をつくろうなどと思ったことがなかった。演劇は手段であり、作るのは作品であると思っていたのだ。コードを外していたのは私のほうだった、間違いなく。どんなジャンルであれ、愛好者とは形式を外したものに不寛容である。私はとんだ勘違い野郎だったのだった。そんなワケで私は別の観客をみつけなくてはらなかった。褒めてほしい気持ちも捨てて、3作目からは何も考えず勝手に書いた。評価はなかったが、客は増えた。

■そういった経緯で、随分早い段階で評価はもう諦めた。誰もが無条件で褒めてもらえるはずの第一作ですら、褒められなかったのだから。『薔薇とダイヤモンド』が劇作家協会新人戯曲賞の2次に残ったとき、ある人に言われた。これを残した選考委員はたぶん、一人だと思うよ。探し出して、劇場に連れてくるべきだ、と。

■私の芝居を受け入れてくれる人はいつも、「ひとり」なのだと思う。本当はあらゆるすべての人々に褒めて欲しかったのだが、叶わなかった。こういうモノがあってもいい、そう思ってくれるたった「ひとり」が集まり、客席を埋めてくれること。それが今の私の幻視するもっとも幸福なビジョンだ。というわけで、そんなひとりを待っています。あなたを、待っています。

■そんなわけで『うつくしき子どもたち』の稽古は始まっている。キャスティングと軽い立ち稽古。新しい人もいる。「メンバー」を迎えての初めての公演。少しずつ作る。物語は、まだ眠っている。

小野寺邦彦



#113 書く日々 2016.7.10 SUN


■お報せから。24日の【誤読編】終了後に、イラストレーターのせきやゆりえさんを招いてゲストトークを行います。このノートでも過去さんざんに 揶揄した、いわゆるアフタートークである。ついにやるのだ、それを。よくある内輪話、身内褒めとはスッパリ縁を切り、創作について真面目に聞こうと思っております。 詳細はこちら。お席にはまだ余裕がございますので、是非。

■さてノートだ。前回からの日付の空白期間を見ればわかるように修羅場である。早い修羅場だ。稽古のペースはだいぶ早い。 だが6本も芝居を作ろうとしているのだから、性急なのは当然だ。ややヘバり気味。ヘバる余裕などないが。

■6本の芝居のうち、4本の台本が完成。残る2本もそれぞれあと2割といったところだ。なんとか作品毎の通しも始まった。 まだまだシーンを繋げただけだが、作品は見えた。面白い。だが長い。1本50分かかってしまってはダメだ。 150分の上演時間になってしまう。これを刈り込む。バッサリ切る。切り取ったセリフ、シーンを、残ったものに詰め込んでゆく。 もっと濃密に、コンパクトに仕上がってゆくだろう。やっと再演作品の手つきが分かってきた感がある。とても楽しい日々だ。

■手元に残った幾つかの断片を手がかりに、昔書いた台本を書き直してゆく作業は思ったほど大変ではなかった。一度書き出すことが出来れば、スルスルと出てくるものだ。一度は通った道なのだった。一通り書いてみて、眺めてみる。よく書けている、と思う。舞台の初演時、台本を書くそばから稽古場にもっていき、役者に詰め込み、慌ただしく本番を迎え、客席の後ろでコッソリと観ていたりすると、ああ、あそこは直そう、とか、こうすれば良かった、などと思うが、暫くの時間が過ぎ、さてイザ直そうと思っても、意外と手の付けようはないものだ。拙いモノは拙いなりに、その作品内での一貫した構造、法則を担っていて、ある一部を隙なく書き換えても、そのシーンが作品内で浮いてしまう。セリフも、物語の流れの中で紡がれてゆくものなので、あるセリフだけを書き換えたとしても殆ど作品には意味がないのだ。変えるのならば支流ではなく、本流、水源だ。

■台本を再び書く、という作業の中で、一番してはならないと思ったのは甘いセリフを直すことだ。今見れば甘い。急いで書いているので論理展開がおかしい。そんなセリフが数多くあるが、それらすべてをビシビシと直してしまうと、なんだか作品にならない。らしくない。チャーミングさがないというか。未熟、稚拙も作品の魅力であり、エネルギーなのだ。その作品の構造そのものが、その稚拙で未熟なセリフを必要としているのだ。そう思って、いくつもの「甘い」セリフを決意をもって残した。立派ならいい、正しければ良いというワケではないのだ。だがその線引きは難しく、スリリングだ。

■ディアスポラのラストシーンだけは大きく手直しをした。当時、いくら言葉を尽くしても言い当てられなかった言葉が、作品を読んでいたらスルリと出たからだ。8年かかった。何でもないセリフなんだけどね。だがその一言が出なくて、当時、不本意なセリフを一つ入れなくてはならなかったことを覚えている。それを削ることが出来た。ラストシーンの意味が大きく変わった。満足している。

■しかし永井はよくものを食べる。稽古前、稽古中、稽古後。セリフを言って、袖にはけたと思えば唐揚げをかじっている。だが体重は私の半分だ。終戦後の日本人のように痩せている。どんな食生活だ。と聞けば、稽古の周辺でしかものを食べていないのだと言う。稽古にこなければ死んでいるだろう。いろいろなヒトがいる。全く理解はできないが、それでいいのだ。本来まるで接点のない世界に生きる人々が、ただ作品を作るという目的だけで荒々しく集まってくる。それだけのことだ。初日まで2週間を切った。おれはやる。役者も、やる。きっと、やるだろう。

小野寺邦彦



#114 飽きるために遊ぶ 2016.7.28 THU


■あるAV女優の、デビュー時から現在までのパッケージを一覧にして並べるという作業をした。デビュー時には現役女子大生、という触れ込みだったが、6年を経て、女子高生のコスプレをしていた。リアルから入場し、虚構に辿りつくのだなと知った。

■芝居にかまけている間にすっかり世間はポケモンだ。昼となく夜となく、駅前や公園に群がる人の群れ。楽しそうだ。夏休みというのも、いい。夏休みは適度な非日常だ。ポケモンの捕獲には格好のロケーション。劇場ではリアルなトランセルも発見。無事バタフリーに進化できただろうか。

■仮想現実。拡張現実。懐かしい言葉だ。21世紀も15年ばかり過ぎ、やっと思い出深い未来に辿り付いた感がある。ヴァーチャル・リアリティってすごく恥ずかしい、死語になっていたのに。90年代に予見された未来が、2000年代で一度「なかったこと」になり、それがなぜ今、復活したのだろう。単純に技術の構築にそれだけの時間がかかったということなのだろうか。それとも一度不要になった「もう一つの現実」という概念が、今また、必要とされるようになったのだろうか。パソコン通信、テレビゲーム、インターネット、チャット、ブログ、SNS。どれもが初め「もう一つの現実」として登場し、あっという間に「日常の延長」に代わってゆく。確かなことは、みな、退屈しているということだ。我々は退屈している。だから遊ぶ。それが現実であれ、虚構であれ。新しいアソビが現れ、消費される。食いつくされる。消費財としての遊び、文化。その耐久度を少しでも高めようと必死だ。いつまでも食べきることのない、永く続く遊びはないか。虚構で遊ぶか?現実で遊ぶか?その問い自体が、もはや無意味だ。

■飽きない遊びは存在しない。飽きるために遊ぶのだから。

■街中でポケモンを探しながら歩く人たちの身体はまた、特徴的だ。歩きスマホ。今や日常で最もポピュラーな、身体の「姿勢」。スマートフォンの登場によって、また新たなる身体が現れた。芝居のワークショップなどに行くと、正しく歩くための「歩行」のレッスンをやらされるが、今、そんなに「正しく」歩く者の身体がリアルだろうか?舞台上で美しく歩行する役者が、舞台を降りるやスマートフォン片手にずるずると踵を引きずって歩くとき、そのどちらが「本当」なのか。そもそも、「歩行」の訓練には、衣服や場所の概念がない。どんな格好で、どのような場所を「歩く」のか?サッパリ分からないのだった。ジャージで平らな床の上を、美しく歩く技術を身に着けた俳優たちの身体は、「歩くレッスンのため」に特化した、歩行マシーンでしかない。それはそれで美しいし、立派なことには違いないのだが。彼らはスマートフォンを持っても、背筋を張り、美しく歩くのだろうか。

■私もまた、スマートフォン片手に、イヤフォンを耳に突っ込み音楽でも聴きながら、片方の足に重心を傾けて、ズルズルとだらしなく歩く者である。稽古場でも役者の「身体の癖」を直そうとは全く思わない。ピンと背筋を張り、いい声で喋る俳優ばかりがいる芝居。何の興味もない。歪さ、正しくなさ、それが魅力。ただその歪さを、俳優自身が自覚する必要はあるのか、はたまたそれを意識してしまうとまた違うか…と悩むところなのだった。悩まなくていいところで盛大に悩んでいる。それだけ、個々人の歪さに夢中な私だ。歪さが差異を生む。差異が芝居を豊かにする。差異とは、ノイズ、合理で処理できない情報量となる。同じ芝居、同じ演目であっても演じ手によって全く印象を変えることが出来る。その時、その場所、そのメンバーでしか出現しない舞台が出来上がる。言い換えれば、それは再現性がない、ということだ。不安定ということだ。それを嫌う者は、すべての俳優を「正しく」矯正してゆくのだろう。キャラクター、物語。必然に沿って、誰が演じても全く同じものが出来るよう努力する。クオリティーを上げる。そういうものがあってもいい。とうか、それが本来のあり方なのだろうと思う。プロとは多分、そうあるべきだ。ただ、私には興味がない。それだけのハナシだ。私は、アマチュアなのだった。

■どの俳優にも、一つや二つ、何度も稽古したのにどうしても言えないセリフがある。何故だろうかとずっと悩んでいたのだが、フと分かったのだ。それは身体的な問題なのだ。そのセリフが役者個人の身体にそぐわないのだ。その言葉をそのタイミングで発するようには、その人の身体は作られていないのだ。そうと分かれば策はある。セリフを変える、あるいはいっそ削るのだ。どうしても言え!と詰め込むこともできるが、そのセリフだけが必死で搾り出したという感じで浮いてしまうものだし、そのセリフ付近になるとやにわに緊張し、別のセリフを間違えたりするのだった。芝居は役者のものだ。セリフは役者を表に出す口実に過ぎない。言えないセリフを一つ削るとき、戯曲的な正しさは損なわれるが、上演台本としては磨かれる。ゴリゴリと磨けばいいのだった。

■しかし削った、削った。稽古の後半は、私はもう台本削りマシーンであった。削って、繋げる。パズラーがそこにいた。削りに削って、誤読編は1時間55分。曲解編は2時間5分。ナニが90分だ。恥を知れ。恥以外にも知ることは多かった。一見、削ってもいいようなセリフだが、削るとガラガラと構造が崩れてしまう。あるいは、重要で削れなさそうなセリフをがっつり削り、たった一行、代わりのセリフをポンと置けば成立してしまう。無駄なセリフを残し、重要なセリフを落とす。するとまた異なる芝居になってゆく。日々変わってゆく芝居の中で、俳優は限界まで頑張ってくれた。私は稽古場で無意味に裸足になって、ボンヤリとその様を眺めていただけだ。

■芝居が終わって夏が始まる。また少しずつ、新しいことも始める。飽きるために遊ぶ。その消費財となるための芝居。耐久度はまだ、何ほどのモノでもない。

小野寺邦彦



#115 くじけ星 2016.9.22 THU


■『かけみちるカデンツァ』が劇作家協会新人戯曲賞の一次選考を通ったようです。4年ぶり2回目。前回は2012年『薔薇とダイヤモンド』。二次選考落ち。

■大喜びするほどのことでもないけれど、2回目というのはまあ、良かった。それくらいのアベレージは出せるということで。俺は面白い!と自負がある人間の出した作品、100本のうちの10本には入るくらいのクオリティということで、ちょうど良いのではないでしょうか。ちょうど良い面白さ。面白すぎるってのも、イヤらしいからね。楽しむ人もそこそこいる。それくらが、ちょうど良いのです(今回はまだ落ちてないですけど)。

■Twitterを見ていたら、ある人のアカウントが消えていた。ハっとして、その人がかつて主宰していた劇団のウェブサイトにいったが、サイトはなくなっていた。最後の更新から4年が過ぎていた。私は、その劇団の、その人の作品のファンであった。派手な芝居ではない。照明は変わらないし、音楽もかからない。むしろ地味過ぎて、客席で船を漕ぐ人も散見された。だが、私には問題ではなかった。深い謎だけで構成された芝居。解答はなく、質問だけがあるというスタイル。新鮮な感動があった。客席で、裏切られたと感じたことは一度もなかった。

■2000年代の初め。今と比べればインターネットはまだまだ未整理であり、SNSという言葉も馴染みがなかった時代。有名な、演劇のレビューサイトがあった。あるとき、彼の劇団の、ある作品が、そのサイトで小さく『炎上』した。心無い罵倒の書き込みに、劇団の関係者が応戦し、小競り合いとなった。火に油を注ぐ野次馬も現れたが、結果的には10レスポンス程度の些細な『炎上』だった。だが、後日、劇団のウェブサイトで、主宰者である彼は、劇団の休止を発表した。そこに書かれた文章にはこうあった。

受けたことのない痛みで、どう快復したらいいのか分からない。

■名前を出して作品を発表している以上、批判、酷評は受けて当然だ。お金を払った観客が、どんな意見を言おうとも、作者は甘んじて受けるべきである。寄せられる意見をいちいち気にしているようでは作家とはいえない。それは正論だろう。すべて正しいのだろう。 確かに酷評は必要だ。あるべきものだ。だが、酷評に耐えることのできる精神を持つ作家と作品だけが世に残るというのなら、それはつまらないことだ。自作への幼稚な酷評 にさえ心を傷めるその感受性が、繊細な彼の作品を成立させていた。そのことは忘れたくない。

■その辺が私はまあ、中途半端だ。批判などモノともしない、という程強靭な精神ではないが、一矢でバラバラになってしまう程のグラスハートでもない。傷はつく。傷だらけである。傷つきながら書く。傷だらけで書く。方法はそれしかない。本当に、それしかないのだ。

■秋ですね。半袖ではもう、肌寒い。今年の夏は涼しかった。体力も温存された。温存された体力で部屋に籠って本を読む。YOUTUBEで大滝詠一の出演したラジオ番組を片っ端から聴いている。カレーも作る。たまには、友人に会う。そんな日々。

小野寺邦彦



#116 手紙を書くように 2016.9.27 THU


■新宿の喫茶店にいたのだった。隣の席には男性が一人。テーブルを挟んだ向かい側の席に荷物を置き、2席を確保していた。程なくして女性が現れると、男性は向かい席の荷物を除け、自らは立ち上がって彼女を出迎えた。女性はまず席に座り、そして彼が座っていた席には自分の荷物を置いた。

…え?

男は数舜、固まったが、すぐ笑顔に戻ると、両肘をテーブルに突き、それから店を出るまでの小1時間、立ったまま彼女と話した。そのとき彼の飲んでいたものがコーヒーや或いは軽いアルコールの類であったなら、そのスタイルは小粋、とさえ映ったかもしれない。

だが注文はデラックスマンゴーパフェだった。

私は事の次第を初めから見ていた。だがその姿を途中から見た者はどう思っただろう。 デラックスなマンゴーパフェを啜りながら、小一時間中腰でいる男。それは罰ゲームに違いないのだ。

■なんだかんだでいろいろ忙しかった9月。神田の新しいオフィス、司3331でのパーティというか、バザーにTOKYO ENYROPYとして参加した。 少し離れた神保町駅で降り、街を歩く。10代の頃には毎週のように通った街だ。古書店通いの経験のある全ての人々と同じく、私もまた、人生の最も多感な時期を、あの薄暗く、かび臭い穴倉に潜ることに費やした。そこで見つけた古本は宝石のように輝いていた。店によって値段が違う。何よりもそのことにシビれた。そこに定価という概念はなかった。価値とは多様であり、それを決めるのは自分である、ということ。それは私を夢中にさせた。痛い目には数えきれないほど合った。掘り出し物も、ごくごく稀には出会うことがあった。インターネットがやってくる、ホンの少し前の時代。街は正しく、学校だった。

■そうやって少しづつ集めていった古本も、しかしいつの間にか手に取らなくなり、この街へと向かう足も遠のいた。それでフと、バザーで古本屋をやろうと思ったのだ。かつてこの街で拾い上げた本を、もう一度、この街へ返そうと思ったのだ。書棚の奥の奥から埃だらけの蔵書を引っ張り出し、陳列した。並べてみて思わず笑ってしまった。なんてリッパなラインナップだ。かつて私は、信じられないほどにド直球でマットーな純文学少年だったのだ。福永武彦、武田泰淳、金子光晴、田村隆一。しかもハードカバー。箱、オビ、美本。今、こんな本を欲しがる若者がいるものか。市場価格、という意味で大した価値のある本でもない。個人的な思い入れ優先でラインナップした。そこに価値があるかどうか。それを決めるのは、私ではない。そんなわけで本は売れなかった。売れなかったが、それでいいのだ。

■来年上演する芝居をぽつぽつと書き始めている中で、改めて思う。大きな思想、全体的なテーマ。何の興味もない。それは幻で、芝居を時間とおりに終わらせるための方便だ。スモークが焚かれ、感傷的な音楽が流れて、説教が始まる。聞きたくないんだ。どうでもいいんだ。そんな知った風なハナシ。

■手紙を書くように、客席に座るたった一人に手渡す物語。いま、そこにしか価値はないのではないだろうか。

小野寺邦彦



#117 石の転がる 2016.10.10 SUN


■山手線のホーム。電車が到着し、ドアが開くと、先頭にいた12歳くらいの子供が降車客を一切無視して、突っ込んでいった。オイオイ、と注意しようと思ったら、なんとその後ろにくっ付いて、大人たちがゾロゾロと乗車。そして、シッカリと座席をキープして1秒で狸寝入り。 子供の威を借る大人の図。世の中を憂いたりするのは馬鹿馬鹿しいし、くだらない。憂いはない。憂いたりはしない。憂いるものか。そこには馬鹿馬鹿しい子どもの群れがいるだけである。

■江花さんが出演する舞台を観て、芝居のうまさに驚く。架空畳では、俳優のうまさ、というものを一切問題にしていないので、ヨソの芝居を観て、初めてそのうまさに気付くことはよくある。田村さんも澤岡さんも、ギジレンで観たらうまかった。架空畳は、作家としての私の色が強すぎる。濃厚、特濃だ。どんな料理にも大量のソースをブチ蒔け、山盛りのマヨネーズを塗りたくるが如くで、素材の味わい、すなわち役者の技術や個性をねじ伏せてしまっているのではないか。それは初めから意図したものではなく、必要からそうなったものだ。ズブのシロートばかりで芝居を初めたために、うまさを問題にされないような作り方に偏る以外、方法が見つからなかった。おかげで私の作劇は回を追うごとに極端に振れてゆき、ハタと気づいたときには、どうやったらマットウに作れるのかが分からなくなってしまった。今も分からないままだ。

■だが、俳優は磨かれる。様々な舞台に立ち、経験を積み、技術を身に着ける。その10年の蓄積の差が、コレだ。偏り続ける一方の私と、うまくなってゆく俳優。そのうまさを生かせない私の演出術。途方に暮れる。俳優にとって、私の芝居に出演することは苦行なのではないか。技術に勝る『良いお芝居』に出たほうが幸福なのではないかとも思う。私は徹底して、人に褒められるために芝居を作ってはいない。自分のため、作品のために魂を削っている。削り過ぎて、最近は魂の目方を増やさないと足らない程である。だが、俳優としての幸福はまた、別にあるべきだ。俳優は、本質的に祝福されていなければいけない。チヤホヤされて欲しい。その折り合いをどうつけるか。作劇の階層をもう一段、掘り進める必要がある。表層を作り込む必要がある。それがドラマであり、キャラクターであるはずだ。だが……。

■近頃は、そのことばかり考えている。

■以上は上演台本および演出のハナシ。一方で、戯曲というのは読み物で、最初から最後まで作家のものであるから、これはもう好き放題に書く。呆れるほどデタラメに書く。そのデタラメの方法にも手管、バリエーションがあり、だいぶ自覚的に操れるようにはなった。人の戯曲を読むと、大体、全体の三分の一くらい読んだあたりで、10通りくらいの展開が思いつく。その中で、最も自分の『ツボ』を押す展開はどんなものかと、読む手を休めてしばしジックリと考えることが愉悦だ。そして100%の確率で、私の好む展開には実際進まないのだけれど、それはそれで良い。他人の戯曲で、私の好む展開になってしまえば、もう私が戯曲を書く必要はなくなるからだ。私は、私にしか書けないものを書く。誰もがそうだ。自分が本当に欲しいものがないから、自分で作る。それしか、作劇を続ける意味はない。 とはいえ、世の中に、もう少し、デタラメで滅茶苦茶な戯曲が増えて欲しいとも思う。 ボソボソとした何気ない日常の会話から芝居が始まらなくてもいい。倫理的、道徳的な説教以外にも、物語の着地する地平はある。作者は誰からも愛される『いい人』でなくてもいいはずだ。

■そんなわけで、戯曲の途中までを書いて貰って、その続きを私がデタラメに考案する、戯曲のワークショップというものを考えたのだった。だがそんな講義を受けたい者などいないだろう。そう、それは私のための講義だ。それを講義とは言わない。それはそう、奉仕である。

■2年間使い続けたiPhone5Sの液晶が割れ、バキっと卍にヒビが入ってしまった。修理に出す間、代替機として渡されたandroidのアクオスフォン。画面がデカすぎて、片手で持つと手のひらが吊りそうだ。ホーム画面上部に所狭しと並ぶアイコンの群れを、どう対処していいか分からない。煌々と発行するディスプレイを眺めていると、目が疲れ、眠くなり、引き釣り込まれるように眠ってしまった。

小野寺邦彦



#118 制作王登場 2016.12.23 FRI


■初めて訪れた街で、食堂に入る。ドカチン者やトラック野郎の、鉄の胃袋を満たすためにあるような、街道沿いの大盛り食堂である。カウンター席に着席し、さて注文、と思ったら、目の前には壁だ。そびえたつ壁である。厨房とカウンター席とを区切っている仕切り板の背が異常に高いのだ。見上げると、壁と天空の切れ間から、店員の顔が3分の1ほど覗いている。アタック・オン・タイタン。注文を告げると、店員は壁の奥へと消えた。きっと以前に、客と店員との間で何らかの諍いがあったのだ。そして両者は高い壁で区切られた。どの街の、どの店にだって歴史はあるのだ。

「お待たせしました」

物思いにふけっていると、天空から声が響く。食事の乗ったお盆を掲げ、店員が私を見下ろしている。…アレ?これ、この状態で受け取るのか?店員が客席に周りこんでくるのではなく、この壁越しに食事の受け渡しは行われるのか?戸惑う私。混乱の中、つい着席したまま、両手を天空に高く掲げ、お盆を受け取った。ポークとチキンの2重がけカツカレー大盛り。その重み。二の腕が悲鳴をあげる。グラつくお盆。カレーは皿からあふれる寸前、カツの衣がパラパラと降り注ぐ。すべてが不安定な今、強引に手元にお盆を引き寄せれば、大惨事は免れない。静止だ。まずは静止するのだ。するとどうだ。天に向かってしっかとカレーを捧げるポーズの阿呆がそこにいた。神なき時代。大衆食堂に咲いた一輪のあだ花。それが私だ。

■立って受け取ればよかったのだ。それに気づくのはまだ少し先の話である。

■2016年も終わる。今年も一本しか芝居をしなかった。その一本に魂の全てを捧げた。脚本は6本書いたけどね。3in1×2という公演形態は大変すぎたが楽しかった。こういうことを書くと、メンバーにしこたま怒られる。お前以外はもっと大変なのだ、と。ま、そうだ。私は大変なのも好きだが、人が大変そうにしているのも好きなのだ。馬鹿者だ。ただ、そんな私のワンマン体制を続けてきた架空畳にも10年目にして初めて制作を担うという者が名乗り出た。制作…その役割は各集団によって大きく異なる。プロデューサーであり、実際の総責任者という場合もあれば、当日会場にて受付を手伝ってくれる人、という程度の扱いのことも多い。特に小劇場においては、チラシのスタッフ欄の、大抵は最後にその名前は記され、訪れる客からすれば殆ど気にもかけない存在だろう。

■だが、ホントは違うのだ。制作は劇団の全てだ。芝居(ソフト)は作家と役者が作るが、劇団(ハード)は制作が作る。ファミコンがなければファミコンのソフトでは遊べないのだ。その重要さを知っているからこそ、私はこれまで制作を置かなかった。その場凌ぎのヘンなハコには入りたくなかった。ソフトだけがあり、ハードがない。それが架空畳の最大の歪な問題ではあった。つまり、架空畳は劇団ではなかった。道に落ちている謎のカセットを拾って帰り、中身を開いて解析しなければ遊べないオモチャだった。そこに登場した歪な器の人間。私はそのハコに収まってみることに決めた。繰り返すが制作は劇団とイコールなのだ。つまり、王なのだ。そこで私は、その役職の者を制作王と呼びたい。制作王。どうだろう。頭のワルそうな感じが中々良い。偏屈者の集まりの役者連中も、単なる制作の言葉など聞く耳持たぬが、王の話ならば真剣にならざるをえない。なにせ、王だ。制作王。その名を口にするたび、誰かの口元は緩んでいる。制作王などという阿保らしい肩書の者の言葉に、誰がマトモに反論したりするものか。そう、支配とは、つまりこのように興る。王の支配する器の中で、私はこれまで以上にノビノビとデタラメを書くだろう。すべては手のひらの上だ。ご期待頂きたい。

■そういえば、戯曲賞はまたしても2次落ち。なかなか最終候補への壁は厚いものだが、この賞が切っ掛けで、ある高名な劇作家の方より自作の感想を頂くことができた。曰く、『これに懲りず、通俗に堕さす、また頑張ってください』とのこと。なんと!私の芝居は通俗ではなかったのだ。ならば足りないモノはそれかも知れない。10年も芝居を続けてしまい、自分の興味の持てるものは大抵、さらってしまったと思っていたが、その手があった。そう、今、私が一番興味があることは『私が興味がなさそうなこと』をすることだ。一人の人間が好きなものなど、たかが知れている。興味の外にこそ、世界は広がっているのではないか。きっとそうだ。それに決めた。これまでの自分が絶対にやらなそうなこと『だけ』をやること。それが次回公演の展望だ。何度も書く。私は、私のためだけに芝居を作る。誰かのためでも、何かのためでも、決してない。それを料金を取って人に見せる。それが一番面白いことなのだ。

■そんなわけで次回は通俗だ。さて、通俗とは何だろう?この一つの問から、全ては始まるのだ。きっと、そうなのだ。

小野寺邦彦



#119 極私的LABO 2016.12.26 MON


■JR神田駅のすぐ近くに、小さなクリーニング屋がある。6畳くらいのスペースに受付カウンターがあるだけの、本当に小さな店だ。週末の午前中にその前を通りかかると、決まって若い大学生風の男たちが10人ばかり、洗濯物を抱えて行列を作っている。

■不思議なのは、みな洗濯物を袋などに入れず、ハダカのまま両手で抱きかかえていることだ。それは少し異様な光景だ。なぜ行列を作ってまで、彼らはそのクリーニング屋に並ぶのか。なぜ1人の例外もなく、洗濯物をハダカで抱えているのか。そして、彼らの表情は何故かウキウキと明るい。だがお互いに言葉を交わすでもなく、じっと順番を待っているのである。店員が美貌の看板娘、というわけでもない。チラと覗いてみたが、まあ、普通の…50代半ばほどの、言ってしまえば『おばさん』である。だがきっとそこには理由がある。知ってしまえば、なんだ、というような事実があるに違いないのだ。かつての私であれば、何通りもその答えを類推し、突き止めようと努めたはずだ。だが今はまるでそんな気にならない。むしろ積極的に知りたくない。『神田の大学生は週末の午前中に、洗濯ものをハダカで抱えてクリーニング屋の前に行列を作る』。そういう生態なのだと理解したい。不思議は、不思議として、街にあればそれでいい。

■思索の方向性、その好みも変わってゆく。

■いよいよワークショップの準備をしている。しかしこのノートでも何度も言及しているように、ワークショップという名称に、まず躓いてしまうのだった。やはり実体の判然としない、借りてきた言葉に依っては何も始めることができない。それは私の悪い癖で、つい『ワークショップとは何か』というワークショップをやろうか、などと混ぜっ返してしまうのだった。でもまあ、しょうがないのだ。ルックスが量産型の、出来合いの人形には、愛情が注げないというか。子供時代、プラモデルを買っても、他人と同じモデルであることがイヤで、必ず顔面を削って修正していた。例外なく里芋みたいな顔になって悲惨だった。

■中身がチャンとしてれば、外見はどうでもいいじゃない、とは全然思えない。まず外見。自分の好みに外殻をカスタマイズして初めて、そこに魂を宿すことが出来る。戯曲も例外なくタイトルから考える。内容を先に思いついたことは、一度もない。面食いなのだ。外見さえ好みならば、中身は何とでもなる。ワークショップ。その言葉のルックスを、どうやら私は愛することが出来ないようなのだ。ワークショップ。いい奴なんだろうけど。嫌いじゃないよ。みんなに好かれてるし。でもなあ。紹介して貰って悪いんだけどね。好みじゃないんだ。恨まないでほしい。

■そんなわけで、『上演を前提とした、あくまで架空畳としての芝居を作るための実験と思索の現場』こそが【極私的LABO】である。必要なのは、公共性も汎用性も全く顧みず、ただ私個人(=架空畳)が芝居を作るために必要な実験と思索のための場所であって、何かの役に立ったり、文化的な意義があったりする必要は全くない。というか、無理である。そんな甲斐性持ち合わせていてたまるか。そしてあくまで上演を前提とした試みであること。

■絵画のワークショップならば、描いた絵を持ち帰ることが出来る。写真、彫刻、書道などいずれも手元に作品が残る。私は即物的な人間なので、どうせならモノが残ると嬉しい。演劇のワークショップにおいてはどうか。発声方法や身体操縦方法などの技術論、或いはメソッド、戯曲の読解方法や俳優としての心構えなどは学ぶことが出来るだろう。だが、それは演劇の部分であって、演劇自体ではない。演劇のあらゆる技術は、あくまで上演のために存在する。芝居に必要な技術さえ学べれば、芝居そのものはやらなくてもいいとは思えない。というか、上演を前提としない芝居の技術なんて、何一つ知らないし、分からないよ。上演してこその演劇だ。当たり前すぎる話だ。方法論が芝居ではない。方法論に依って作り上げた作品だけが芝居なのだ。

■勿論、あらゆる芝居に通用しうる、汎用性の高い技術というものはあるだろう。だがそれよりは、たった一本の芝居、たった一言のセリフ、それ『だけ』を作るために特化した、他に全く応用の効かない特別な表現を模索したい。それはハッキリと『効率』『合理』へのアンチである。効率よく、合理的に使い回される量産型演技からどれだけ遠くへいけるか。作品を作ることは、孤独な作業だ。だからつい、効率や合理性や蓄積される技術などに依ってしまう。だがそれは幻だ。幻にすがって孤独な作業に背を背けるのならば、芝居なんかやっても仕方がない。ハダカの洗濯物を抱えてクリーニング屋にでも並ぶがいい。

■大層なことを言う。どんどん首が締まってゆく。その分必死に考える。切羽詰まった未来の自分の仕事に、大いに期待する。

小野寺邦彦


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